千曲万来余話その332「プロコフィエフ、ピーターと狼を録音したカラヤン」

 ヘルベルト・フォン・カラヤン1908年4月5日、ザルツブルグ日曜日、夜11時に誕生。父親のエルンストは太陽と土星が白羊宮にあり、星座は険しいながらも成功への道を予言していた。ローマ・カトリック教会の儀式に従い、ヘリベルトという名前で洗礼を受けさせていたと伝えられている。フォンといっても、貴族出身ではなく、ギリシャ系カラヤヌスのというほどの意味だから、注意が必要である。三歳でピアノを習い、ワーグナー作曲ニュルンベルクの名歌手前奏曲の冒頭部分を体験させたといわれている。絶対音感を発揮していて、音楽家への努力をするようになったとある。    22時頃、東の夜空を眺めるとおおぐま座から、アークトゥールスという輝き放つ星、その先さらに現在は、木星、その下にスピカという春の大曲線が見られる。振り返ると西の空には、プロキオン、べテルギウスというオリオン座の頭、その下方にシリウスという青白色星が一際目につく。冬の大三角形。プトレマイオス・クラウディオス、いわゆる、二世紀の天文学者、トレミーの所以によりギリシャ神話で星座は語り伝えられている。公式には、八十八の星座から、星図は成り立っているという。1808年、オリオン座のことをあるドイツの学者などは、ナポレオンの名を冠しようとしたとか伝えられている。1922年、国際天文学会により星座名称の確定は図られたそうで夜空には、ギリシャ神話の世界がちりばめられていることになる。    
 1936年4月、1週間で作曲、9日間でオーケストレーションを完成された交響的物語、ベーチャと狼、よく知られているのは、ピーターと狼と呼ばれる作品67。セルゲイ・セルゲエヴィチ・プロコフィエフは1891年4月23日旧暦4月11日木曜日午後5時、ウクライナ南部、ソンツォフカ村に生まれている。伝記によると父はモスクワからやってきたとあり、母マリアはペテルブルグ出身。セリョージャ、プロコフィエフの愛称、は母の弾くベートーヴェンやショパンのワルツをよく記憶していたという。1900年、彼は最初のオペラ、巨人ヴェリカンを作曲し家庭内で演奏されている。子供のための、ピーターと狼は自作の物語、最初のタイトルは、ベーチャはどう狼を出しぬいたか?というもので、現役指揮者、井上道義は、とある演奏会で狼は何を意味するか?と聴衆に問いかけていた。彼は一言、それは当時の社会で、自由!と語っていた。盤友人にとって、それは明快、さもありなんというもの、ただし狩人たちに射撃されて退治された狼のお腹には、アヒルが生きていたというおちがある。弦楽部と一管編成とホルン三本、弦楽四重奏でベーチャを表し、鳥はフルート、アヒルはオーボエ、猫はクラリネットで低音域のスタッカート、おじいさんはファゴット、狼は三本のホルンで演奏される。
 緑の牧場のベーチャ、猫が小鳥を狙い失敗、森から狼が出てきて、アヒルを呑む、ベーチャは小鳥の助けをかりて狼と闘う、かけつけた狩人たちとベーチャと小鳥と猫が、アヒルを呑んだ狼を動物園に連れていく行進、という展開になっている。     
 カラヤンは1956年12月に ロンドン、キングズウエイホール、フィルハーモニア管弦楽団を指揮して録音している。彼らのコラボレーションとして、ホルン奏者のビッグネイム、デニス・ブレインとの最後のセッション録音。特に彼らは、愛車シトロエンとフェラーリを乗りかわす仲だったというエピソードがある。