千曲盤来余話その88「クロイツェル・ソナタ、B氏有名な遺書の後で。」

1802年10月にB氏は一大事を経験し、翌年にヴァイオリンソナタ第9番イ長調作品47を完成させている。
一大事というのは、遺書の書き残しであり、彼は、それを乗り越える傑作の森という最盛期を迎える。クロイツェル・ソナタは、その皮切りに当たる名作である。
三楽章形式の大きな作品で、管弦楽を伴った協奏曲を彷彿とさせる。
ジャック・ティボー1880.9.27~1953.9.1は、1923年、1936年に来日公演を果たしている偉大なヴァイオリニスト。1953年、昭和28年、三度目の来日を遂げる直前に訃報が届いた。愛器はストラディヴァリウス1720年製。
1905年、カザルス、コルトーらと共にカザルス・トリオを結成している。1927年のベートーヴェン没後100年、バルセロナの演奏会でイザイ指揮、三重協奏曲の演奏は聴衆を熱狂させたと伝えられている。
ピアニストのアルフレッド・コルトー1877.9.26~1962.6.15は、1902年25歳にして、ワーグナー作曲楽劇トリスタンとイゾルデのフランス初演を果たしている。1928年のパリ交響楽団設立に際してはエルネスト・アンセルメとその指揮者に就任している。
1929年5月、パリのプレイエル楽堂でティボーとコルトーは、B氏作品47クロイツェル・ソナタを録音している。
布目、棒付きジャケットで、COLHコルホ92ナンバー、SP復刻のLPレコードを、3月20日に聴いた。その日は、昭和26年ヴィニール製レコード最初の日本発売記念日、LPレコードの日に当たる。
コルトー52歳、ティボー49歳という脂ののりきった演奏家達の偉大なレコードとなっているこの演奏は、二重奏その演奏スタイルの極致であり、熱気と冷静の両立する奇跡的なレコードという印象を与えられる。吾ら人類、至上の法典とさえ言える。
この音楽に接し得ることは、聴く前に無かった貴重な幸福感を味わえる僥倖と言えよう。