🎼 千曲万来余話 by盤友人

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 1970年11月、パリで録音されたチェロによる日本抒情歌集。宵待草(多 忠亮)を耳にすると憂いを帯びた旋律が、胸をうつ。
 ピアノ伴奏はアニー・ダルコ。その音色からして低音に特徴があり太い音の録音である。クレジットは無いので不詳だがベーゼンドルファーの感覚がある。テンポの設定が巧みで、違和感は少しもない。そのところは名人芸といってよいだろう。カリオペのワンポイントマイク録音とある。右チャンネルにしっかり定位している。
 ステレオ録音というと左右のチャンネルが強調されるが、忘れてならないのは中央の感覚であろう。チェロの深い音色が設定されている。
 アンドレ・ナヴァラ、1911.10/13仏のピアリッツ生まれ~1988.7/31伊のシエナで死去している。1931年パリでソリストとしてデビュー。カザルスにも師事していて、62年には初来日を果たしている。49年から79年までパリ音楽院教授を務めている。エルガー、サンサーンス、ラロなどの協奏曲やバッハ無伴奏チェロ組曲集カリオペ盤などが代表的録音。
 彼の演奏を耳する時、その音色の多彩な変化に惹きつけられる。一番目の旋律が明るければ、二番目には単調さを避けて変化を加え、違う音色を選択していて、流石である。その巧みな演奏は全編に溢れている。浜辺の歌、出船、この道、さくらさくら、赤とんぼ、荒城の月が第一面。 
 音楽は慣れ親しむという側面があり、荒城の月ではいかにもオリジナルの感じがする。ところが、これは山田耕筰の編曲によるもので、移動ド唱法で、ミミラシドシラ、ファファミレミのところ、滝廉太郎はレの音に半音高い変化記号を付けている。山田はそこに手を加えて、音程が全音の感覚に直している。この旋律こそ日本人の耳に慣れ親しんだものなのだけれど、作曲者のオリジナルではない。作曲者の故郷、大分ではしっかり半音高いレの感覚で歌われ続けているという。それは、微妙な問題であり、多数の演奏がそのように演奏すると耳に慣れることなのだろう。ちなみに、ソプラノの鮫島有美子、デンオンLP録音では、作曲者のオリジナルで歌唱している。わずか一つの音でも、その違いは大きいものがある。
 故郷というと、ふるさと、唱歌の代表曲であるけれど、今や、その歌を大きな声で歌えなくなってしまったといえる。水は清きふるさと、そのように歌えない人々がいるのである。音楽に何の罪もないのだけれど、時代3・11以後ではそういう問題を抱えたものと云えるからだ。微妙なこと、この上ない。チェロ独奏に歌詞は無いのだけれど、それを思わせるのは悲しいことである。日本の原風景でも、時代を経て背負った問題には根深いものがある。
 第二面、城ケ島の雨、故郷、浜千鳥、夏の思い出、叱られて、砂山、夏は来ぬ、どれも親しみのある音楽で、それにふさわしい演奏である。名演奏家というのは、楽譜から読み取る世界に国境はない。フランス人であろうが、日本人以上に日本的な風情たっぷりのものなのである。城ケ島の雨など、情を交わした男女の別れを描いた名曲であるのだが、始めの旋律で、息を吸うように声を出して歌いなさいと言われたことある盤友人にとって、ナヴァラの演奏は、見事である。巧みな演奏でそこのところ表現に成功している。 
 音楽は感情の表現ではなく、演奏を受け取る鑑賞者の催す感覚なのだけれど、それが見事というのは、名人芸のなせる業であろう。テンポと音色、音程、強弱感、リズム感、すべてがまとめられて演奏できるのはナヴァラがはるかな高みに有る孤高のチェリストであることに他ならない。チェロの深い音楽を愉しめるのは、LPレコードの所以である。

 世の中では、その人が演奏すると名演奏のノシを付けて宣伝するようである。ということは、レコードにされたものはほとんどが名演奏。そこは趣味の世界だから、自分の好みと合わないものも多数である。そんな中で、鉄板の名演が記録されたものの1枚がブリトゥン指揮したプラハ交響曲。
 針を丁寧におろした途端、リスペクト感の充満した演奏が展開する。モーツァルトの作曲した五線譜がこんなにも丁寧に演奏されたレコードは、他に有るのだろうか?という思いが湧いてくる。イギリス室内管弦楽団のメンバーは、無心、モーツァルトの愉悦を繰り広げる。無心なのだからリスペクトがあるものか?という突っ込みが聞こえてきそうなのだが、それは、聴いてみると湧いてくる自然な感興というもので、演奏するモチベイションがそこに有るのだろうということだ。伝わる世界、どこにも説明書きは無いのでも、伝わるものである。リスペクト尊敬というものは、畏怖の世界、芸道の世界では、そこが醍醐味である。そういう深い感興こそ、求めてやまないのである。
 ベンジャミン・ブリトゥン1913.11/22~1976.12/4は1956年に来日している。イギリスを代表する作曲家、指揮者、ピアニスト・・・オペラはピーター・グライムズ、そして戦争レクイエム、日本政府委嘱作品の鎮魂交響曲、青少年のための管弦楽入門などなど名曲がずらりである。モーツァルト作品を指揮したレコードは、どれも名演。とりわけ1972年頃録音のプラハ交響曲、室内オーケストラの演奏だから、コントラバス3丁とすると、チェロ4、アルト6、第2Vn8、第1Vn10という30人余りの弦楽部分、フルート1、オーボエ、ファゴット、ホルン、トランペット二人ずつ、そしてティンパニーという41人編成規模が想像される。小振りだけれど、モダン楽器の編成で古楽演奏とは別な小編成感覚である。
 1786年フィガロの結婚K492発表、1787年交響曲ニ長調K504、自作指揮成功。プラハで大歓迎されたという。交響曲でも3楽章形式でメヌエットは省略されている。
 ブリトゥンの指揮がなぜ名演奏なのか? 弦楽合奏はきわめて明快で、丁寧に仕上げられている。クレッシェンドという強弱の漸増が自然で、リタルダンドというテンポの揺らぎも意識させない具合で演奏される。
 ここでステレオ観について考えてみるに、左チャンネルが第一と第二Vn、右チャンネルには、アルト、チェロ、コントラバスという低音域である。左右が高い音域から低い具合になだらかにグラデイションがかっている。すなわち、チェロとコントラバスの音域は、透明度が高く聞こえてくる仕掛けである。これは、1960年代に多数派を形成したステレオ観。決して作曲家の時代からのものではないことに気を付ける必要がある。何を言いたいのかというと、作曲家の時代にはヴァイオリン・ダブルウィング両翼配置という言葉が生きていた。すなわち、現代多数派のステレオ観は、これをネグレクトした世界なのだということである。
 ブリトゥンの録音に何もケチつけるつもりは無いのだが、無意識のネグレクト、前提として高い低いという音域優先の嗜好は、モーツァルト世界の破壊であることは指摘しておきたい。左チャンネルで第一と第二Vnの掛け合いは、左右のスピーカー、左右両翼配置こそ理想的演奏形態なのである。11/6札幌hitaruホールにて.アイスランド交響楽団のラフマニノフ作品を鑑賞した。指揮者アシュケナージは舞台上手にチェロを配置する形態を採用していたのだけれど、案の定、旋律線の掛け合いというよりは、レガートな音響を優先させる演奏に終始していた。彼の耳は、掛け合いよりは音響を優先したということだ。より理想的配置を望むところ・・・

 音楽の愉しみ方は、実際の演奏会、記録の再生と二通り。演奏会派はレコードなんて所詮缶詰でしょう?という感覚だろう。ところが盤友人などは、記録再生の目的が音楽のためにであって、それは一つの趣味の世界なのである。これには相当の投資によるものでも、投資することにより目的達成なのかというと、そうでもあらず試行錯誤それ自体が登山のようなもので目標をしっかり持つことこそブレてはならないことであろう。
 グレン・グールド1932年9/25トロント出身~1982年10/4同地没は、1955年にバッハのゴールトベルク変奏曲を発表(CBS)している。同じ頃ウエストミンスターレーベルから、イエルク・デムスによるモノーラル録音LP盤がリリースされ、競合している。歴史を見渡すと、デムス盤を発売枚数上回ったのがグールド盤の方で、両者を比較すると微妙な事実が想像されて興味深い。
 盤友人が最初に感じたことは、D氏の演奏を鑑賞すると、彼以前の伝統に則っていて、歴史をさかのぼる感覚が自然と湧いてくる。子供じみた評論によると伝統の範囲を逸脱しない、おとなしい仕上がりということになろう。ところが、G氏の演奏はさにあらず、はじけていて個性的、どこにも手本の無いグールドの宇宙がある。バッハの音楽というよりバッハを演奏する歓びの発露という世界なのである。
 グールドはこれからどのような演奏を発表するのだろうか?という聴衆に対するツカミは充分であり、キャッチーな録音盤といえるだろう。だから、この演奏を缶詰だと一蹴するのは簡単、でも、このレコードを生の演奏のように再生するというオーディオの世界は深遠である。それこそ、オーディオ人の愉しみ、前頭葉を遺憾なく作用させることである。これは、モダンオーディオかヴィンテージ世界かを選択するリトマス試験紙になる。
 G氏の演奏はスタインウエイによる、これは別にクレジットがあるからではないのだけれど、ピアノの音色からすると、という話。ちなみに、81年録音盤では使用楽器がヤマハということは周知の事実クレジット有り。ところがデムスの演奏ではベーゼンドルファーのようである、というのは、クレジットが無いからで、でもその様な印象を受けるのも事実である。ピアノの音色というと、低音域の倍音の音色から推して、その違いは認識される。だから言い方を換えると、その違いを再生できることこそオーディオの醍醐味なのである。A・コルトーやS・フランソワの稿で触れたことであるけれど、彼らの使用楽器はフランス製プレイエル、というのもあの黒光りする低音からそのように認識されるのだ。
 D氏を聴いた後にG氏の演奏を再生すると、どこか違う印象を受ける。それは、左手の演奏から受ける印象の違いである。主題があって第一曲のあと、第二曲ですでに気づかされるのだが、音量でなく、表情が際立っているのである。彼は左利きなのではあるまいか?そう思わされる。盤友人の発信は、フェイクニュースかもしれないから、そのように受け取っても構わない。だがしかし、評論家の発信は、権威づけから割り引いても、そのように受け取る必要があろう。評論家の発信で注意すべきは、フェイクではないというスタンスから、独善、権威化に傾くきらいがあることである。事実、盤友人が高校生の時分、情報の源は「現代の演奏」という吉田秀和氏の評論。大御所である彼の評論は既に神格化されている。ところが、昭和58年に発表されているベートーヴェンのニキッシュSP盤の389小節目に全休止の無い事実には、終生彼は触れることが無かった。盤友人が彼の権威化に疑問を呈する一点である。
 グールドが左利きだったというのは、本当だったら・・・?

 ショパンは、シューマンと同じく1810年で3/1ワルシャワ近郊生まれ1849年10/17パリにて没。三曲のソナタ、他に二曲の協奏曲、前奏曲集、練習曲集、ワルツ集、マズルカ集、四曲のバラード、スケルツォ、そして夜想曲集やチェロソナタなどなどピアノ音楽を主に作曲を残している。
 古典派に続く、シューベルトやリスト、そしてメンデルスゾーン、シューマン、ショパン達はロマン派ということで呼ばれている。ベートーヴェンは古典派でありながら、すでにロマン派の音楽を内在させているのだが、ショパンは明らかにロマン派。どこが違うのかというと、音楽の構造、形式によりながら、感情の表出を前面に押し出しているところが、古典派に続くロマン派の面目躍如たるゆえんである。ロマンというのは、永遠なるものを求める精神の発露であり、浪漫という漢字あてはめた感覚は、いかにも印象的である。
 オーディオの世界で、アナログとデジタルという二つの側面があるのだが、現在の多数派はデジタル、ところがアナログを指向する趣味の世界はしっかりと存在する。真空管アンプ、LPレコードプレーヤーへのこだわりは、究極のアナログであり、深くて大いなる音楽の楽園パラダイス。日々新たし、果てしがない。最近、パーツをドイツ製品に集中させて製作したラインアンプを入手した。ラインケーブルもドイツ製品、スピーカーもオイロダインの励磁式フィールド電源仕様、ということで札幌音蔵社長KT氏渾身の力作をドライブすることになった。メインアンプはPX4という三極出力管のモノラルタイプ、すなわち真空管アンプのマッチングが一段階向上したということである。フォノイコライザーはLCRで音蔵製品。デジタルのCDで聴くのとどこが違うの?という素朴な疑問は、普通の人なら当たり前であろう。
 LPレコードというと、オリジナルの初版盤は相当な価格、ところが、再発のレコードは安価で入手可能である。ショパンの夜想曲、第2、4、5、7番を続けているドイツ・エレクトローラ盤を再生してみた。アルフレッド・コルトー1877,9/26ニヨン~1962,6/15ローザンヌ没。1949~53年録音の夜想曲ノクターン。以前から聞いていたものだが、その再生した音に、驚天動地、たまげてしまった。CDとLPは違うと、人は口にするのだけれども、それが、どのように、どれくらいの違いまでかは、人それぞれであろう。一言でいうと、倍音、そのニュアンスの差異に尽きる。コルトーの録音が、一定の情報で記録されているのだが、オーディオ機器をグレードアップすることにより、その世界が実感されることになる。あきらかに、以前の感覚とは截然と異なる。彼の使用している楽器メーカーはフランスのプレイエルだということをきいている。ホロヴィッツやルービンンシュタインなどのスタインウエイとは、違う世界。何が違う、それは、低音域の倍音の手応えだ。今までは、少し違うなあという感覚だったものが、明らかに違うという具合にグレードアップした。アナログ世界ならではの向上で、スピーカーに空気感が充満する音、振動感が放射されて顔全体、身体全体で実感する具合なのである。夜想曲第二番は作品9-2で、映画愛情物語、キムノバク主演というとお分かりの方は、盤友人と同世代。メロディーを聴くと多数の方は聴かれたことがおありと思われる名曲。1830年頃の作曲で、二十歳の作曲とは思われないほど天才ショパンならではの音楽、これをサロン音楽と理解するか、妙なる音楽と評価するかは、その人の人間性によるものであり、切り捨てるには惜しみてなお余りあるものがあるというのは、最近の盤友人の心境である。

 ♬ミファラソーファミレッソ、ドレミファミレー田園交響曲、主題の一節である。伝え聞くところによると、ウィーンに飛来しているアフリカ産の渡り鳥の鳴き声であるとのこと、ファゴットで演奏されると、さもありなんと思われるから不思議だ。田舎についた時の愉快な気分というのは第一楽章に付けられた作曲者による一文。ベートーヴェンの残した九曲の交響曲唯一の標題で、1808年12月に第五交響曲と共にウィーン初演された。第六交響曲ヘ長調、作品68。ブラームスは作品68で第一交響曲ハ短調を残している。
 よくブラームスは交響曲作曲に二十年余りをかけて、といった説明がなされているのだが、その年数もさることながら、第一楽章のリズムパターンに気づくと、明らかにベートーヴェン、ハ短調交響曲のモチーフに影響されていて、その作品67の後に続けて発表したものなのであろう。ブラームスは、その偉大さを自覚した後、リスペクトの表明として作曲したものなのである。それらには、標題が無く絶対音楽、ところが、≪田園≫にはプログラムが与えられていて、ある評論家など、絶対音楽より格下と評価していて、そのように鑑賞しているらしい。
 盤友人は違う。その標題プログラムによる音楽などではなくて、具象として、作曲者が耳にしていた旋律の作曲表現なのである。すなわち、B氏は聴覚障害として耳が聞こえない作曲家というレッテルを貼られていて、それに対するプロテストなのである。彼の自覚は1798年27歳の頃から始まっていて、会話の不成立からによる。彼には会話帳が多数残されていて、記録として確かであろう。その十年余り後の作品として、運命交響曲と並行して作曲が進められた。
 第五番が作品の67、チャイコフスキーはピアノ協奏曲第一番を作品23で発表している。ただそれだけなのだけれども、興味深いものがある。
 田園交響曲の第二楽章は、小川の情景。小川の流れ、ウィーン郊外のハイリゲンシュタットの森に流れるせせらぎを表現していて、小川というのをドイツ語でいうとバッハ、意味深である。彼は、ヨハン・セヴァスティアン・バッハの音楽を評して、大海のごとくであるといったのは、正解である。彼の感覚センスを伝えるエピソードとして価値あり。郭公や小夜啼き鳥ナイチンゲールが囀ることになる。第三楽章は、田舎の村人による踊りの様子、ファゴットが、同じ節回しでいて愉快さが強調される。ホルンによる演奏にはスリルがあり、演奏者泣かせ。第四楽章、雷鳴と嵐、ここではティンパニーが活躍する。使用されるティンパニーはCとFの二つ。ドとファの音程を持つ打楽器で、トスカニーニーなどはその数に不足感をもって、さらにロール奏法を追加して、雷鳴を増やしている。B氏は、ヘ長調の範囲以内で、隙間はある。和声の問題で、トスカニーニの感覚は単なる野暮だ。第五楽章が接続されていて、羊飼いの歌、嵐の後の歓びと感謝、まさにB氏の大自然への讃歌で、聴衆へのアピールとして効果的という音楽になっている。1975年頃の録音として、ラファエル・クーベリック指揮、パリ管弦楽団による名録音がある。ドイツではなく、フランスの管弦楽団による演奏、色彩的で、歌謡性抜群、これ以上の演奏は無いといえる。パリ音楽院管弦楽団が1966年当時の文化政策により組織改編されて1967年にシャルル・ミュンシュ指揮で披露演奏会実現している。ベートーヴェン演奏のレコード記録としてカール・シューリヒト指揮があり、由緒あるオーケストラ。
 左右両袖に展開されたヴァイオリン演奏は、それ以上の効果を発揮していて、クーベリックの面目躍如として評価されるべきレコードである。

 オーケストラを指揮するコンダクターは、音を出さない。演奏させるのではあらず、その邪魔をしないで演奏する歓びを間近で表現する人、心を寄せる人なのだ。ブルーノ・ワルターは、その意味で歌わせる名人である。大戦以前はヨーロッパで活躍し、戦後にはアメリカで録音活動に専心した指揮者。1876.9/15ベルリン~1962.2./17ビヴァリーヒルズ。彼はマーラー大地の歌、第九交響曲の初演を果たしている大指揮者。ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、アムステルダム・コンセルトヘボウ、ニューヨーク・フィルなどなど、演奏活動経歴はエネルギッシュで、1956年9月80歳で現役引退を表明、以後はコロンビア交響楽団を手兵としてモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスなどの録音を残した。
  1959年1月録音モーツァルト、交響曲第35番ニ長調K385ハフナーは、風格ある演奏の代表格であろう。ウィーン風の歌いまわしを見事に表現し、コロンビア交響楽団という録音用編成のオーケストラで、モーツァルトの愉悦を充分に味わわせてくれる稀有の名演奏である。多分、表情はあっさり目ででいて、往年の演奏を耳にしている趣味人たちには物足りなさを感じさせるかもしれないのであるが、フレーズの収め方、テンポをいったん止めて、新しい感じでスタートさせる歌わせ方は、かつての技術を遺憾なく発揮させているといえよう。
 第一楽章、華麗で豪壮、雄渾な音楽、コントラバスの旋律線がしっかり描かれていて、それを巧みに演奏するオーケストラは、その醍醐味を満足させてくれる。軽快な第二楽章、テンポの設定が楽団員と意思統一がなされ、軽妙な味わいを表現する演奏は、くつろいだ印象を充分に表現していて最高である。メヌエット楽章は、単純な三拍子の演奏でありながら、全体の中のひとつのピースとして収まりはベストである。第三楽章で舞曲のリズムを持ってくるという考えは、ウキウキワクワクという聴き手の胸中を、共有する指揮者は名人であるといえるだろう。ただ三拍子というだけでなく、演奏者と聴衆の一体感を的確に感じとるフィーリングは、指揮者の感性として必要十分な条件である。日本人には、このメヌエット、ワルツ、という感覚が乏しいために、モーツァルト演奏として、むつかしいハードルである。しかしながら、ワルターの演奏を耳にして、ときめき感は充分に楽しめる。
 ワルターを評論する時、よく、ウィーン時代の演奏を基準として、彼の演奏の表面的な印象を前面に出すものが見受けられるのであるが、表現が枯れていても、全体の構成感は一級品であり、心から彼の演奏に身をゆだねることは、モーツァルトの愉悦として、極上である。たとえば、58年以降のステレオ録音、オーケストラの配置は、左スピーカーから高音域、右スピーカーには低音域という設定である。右スピーカーにくるコントラバスの上にチェロ、アルト、第二ヴァイオリン、そして左スピーカーに主旋律の第一ヴァイオリンという基準、これは後のステレオ録音のスタンダードとなっている。だがしかし、これはモーツァルト音楽の愉しみを半減させている事実なのである。右から左へと上に向いていて、M氏の音楽で、左右は第一と第二ヴァイオリンの対話こそオリジナルなのである。ステージの中央にチェロとアルトをまとめて両袖にヴァイオリンを展開させる配置こそ醍醐味である。ウィーン・フィル1980年代録音のモーツァルト交響曲全集で記録されLPレコードでリリースされている。
 ワルターのステレオテイクモノーラル録音盤で聴くハフナー交響曲はその意味で第一と第二ヴァイオリンを展開されていなくても、モノーラルでは左右スピーカーからVnが聞こえて、そこのところ救われて幸いである。

 LPレコードができるまで、マスターテープ、マザーテープという具合にカッティングされるまで、録音テープが介在する。マザーテープが第一世代の時、それによりカッティングされたレコードはオリジナルと呼ばれて、初発売につき高額の価格で取引される。例えばそれが25万円値段がついていても、同じ演奏だからといって再発盤は500円しか価値が無い場合があるといわれるのは、そのためによる。マザーテープが異なると、情報は著しく劣化していてコピーであるから、再生される音は似て非なるものがある。同一の音源によってもLPレコードは、さまざまなのである。
 1953年、フルトヴェングラーの生前にウラニア盤エロイカ事件が発生している。米国ウラニア社が1944年、ウィーン・フィル演奏による英雄録音盤が提訴されて発売禁止の措置が取られた。ライセンスが所有されていなかったことによるものなのだが、その理由はいかなるものに拠るかは不明だったから当時、話題になったのである。
 同じ音源のLPレコード、ソヴィエトのメロディア社から1990年、一連のベルリン・フィル、ライヴシリーズの第一巻にリリースされてそれが陽の目をみることになった。1944年12月19、20日録音というもので、ウラニア盤と同じもの。録音データに注意すると意外な事実が浮かび上がることになる。ウラニア盤と同一音源を、EMIフランス・パテ1969年プレス盤で入手することができた。
 録音タイミング、第一楽章ウラニア盤(フランスパテによると)14分55秒、メロディア盤15分56秒。およそ一分間の違いがある。当然、聴いた印象は微妙に違うものがある。前者は刺激的な面が強調されて、後者はおとなし目である。第二楽章17分00秒、メロディア盤AB面を足すと16分04秒で、両者誤差の範囲に有る。第三楽章はウラニア盤6分12秒で、後者は8分25秒、終楽章、前者12分10秒、メロディア盤11分02秒と、ここでも一分間ほどの違いがある。考えられることは、A面とB面におさめるために、ウラニア社はマザーテープの回転数を調整して、速めの第一楽章、遅めの終楽章という傾向の調整が成されたことは容易に想像される。
 両者は果たして同一演奏なものか?という疑問が生じる。
 盤友人はポケットスコアを開いて音源のチェックを試みた。第四楽章の257小節目、フルート独奏の華麗な音楽の後、弦楽のエピソードが一段落する5分10秒あたりで、椅子の軋む音が聞き取れる。この音は、ウラニア盤復刻レコード、EMIフランスパテ盤、メロディア盤の三枚とも確認できるノイズである。これを再生すると、同一ソースという断言は可能になるといえるのだ。
 演奏内容というと、ムズィークフェラインザール録音という残響が豊かに録音されていて、聴衆によるノイズの無い、ライヴ録音ということのもの。ライヴということわりは、テイクによる修正の無い一発勝負の演奏というものである。第二次大戦後半のナチスドイツ戦況不利の中、緊迫感漂う壮絶な演奏、しかし第二楽章の葬送行進曲では、管楽器の演奏にはヴィヴラートは無く、弦楽器もノンヴィヴラート風の演奏である。作曲者の時代には、現代オーケストラとは違った楽器編成数であったことだろう。すなわち、規模は、ほぼ倍増していることが容易に想像される。それは、二千人収容規模の会場が現代なのに対して、昔は一桁違ったといえるのだろう。ところが、ベートーヴェンの精神を、フルトヴェングラーは一期一会の音楽で集中表現を実演記録している。それは指揮者58歳の演奏で、気力が横溢していて、ウィーン・フィルと万全のコンビネーションだ。F氏は最後まで残りの人生10年ほどとなる。

 1969年11月16日、日生劇場ライブ録音を聴いた。フランクの前奏曲、コラールとフーガで始められ、フォーレの夜想曲第6番変ニ長調、即興曲第2番ヘ短調、ドビュッスィ前奏曲集第一集から、デルフィの舞姫、亜麻色の髪の乙女、沈める寺、花火(第二集)、ピアノのために、というラインナップ、まさに王道を行くフランスピアノ音楽の粋である。
 サンソン・フランソワ1926.5/18フランクフルト生まれ~1970.10/22パリ、彼はドビュッスィのピアノ作品全集レコーディングセッションの途中、心臓発作で・・・ EMIのピアニスト・サンソンはアルフレッド・コルトーに才能を見出され、マルグリット・ロンのもと、パリ音楽院で研さんを積んだ。ピアノや作曲法を身に着け、第一回マルグリット・ロン、ジャックティボー音楽コンクールでグランプリを獲得している。四十六歳という短い人生で彼のレコーディングは多数である。盤友人はキングインターナショナルがリリースしたBEITBLICKレーベルのモノーラル録音LPレコードを再生した。
 一聴してすぐ印象づけられることは、香るようなピアノの倍音、精妙な香しきその音色にある。それはフランクを聴き、フォーレの夜想曲や即興曲に移行して発揮されるピアノの演奏である。フランソワの打鍵は、明らかに、作品の本質を聴衆に訴えていてやまない。黒光りするような輝かしくも、閃光をともなった音階、力強い左手の旋律線メロディライン、実に印象的なリサイタルであり当夜、聴衆の幸福感が伝わるそんなライヴ録音である。
 なぜに日生劇場ライヴなのか?という素朴な疑問は始めからついて回ったのが、ピアノという楽器の音色を再生して氷解する。日本のコンサートホールで多数のメーカーはスタインウエイである。ピアノというと、その音色がついてまわるのだが、フランソワの求める音はそこに無い。すなわち、日本で不幸なことに、知らず知らずのうちにピアノというとスタインウエイの音色が刷り込まれていて、それが基準スタンダードになっていることである。多分、フランソワの判断は、それとは異なった音色にある。ただ、どこにもクレジットはないから、盤友人推測の範囲を超えないのであるのだが、クロード・ドビュッスィの前奏曲集などを耳にする時、沈める寺でピークに達するのであるのだが、作曲者の狙いがストレートに伝わる世界なのである。
 LPレコードの楽しみの一つにジャケットの情報を丹念に探ることにある。文章や写真にじっくり見入るとき、見開きの曲目紹介の下にあるフランソワのピアノ前のポートレイトに釘付けされた。そうだ、鍵盤の上の蓋にクレジットは映っていないか?
 なんと、微妙な映りでYの文字がうっすら浮かんでいる。そのようなクレジットのメーカーは何か? もちろん、そのピアノが直接演奏に採用されたかは不明なのであるのだが、日生劇場とそのジャケ写真から類推するに、プレイエル、というメーカーが思い浮かんだのである。即断することは危険なのであるが、LPレコードの音色から連想されるのはプレイエルの音色である。それが、日生劇場に有った楽器なものか疑問ではあるのだが・・・
 フランソワの学んだ教師としてはコルトー、ロン、ナディア・ブーランジェなどなど錚々たるビッグネイムが記されている。彼の経歴で特筆されるべきは、作曲法のキャリア。これは、ピアニストの演奏習得の上で、極めて強力なファクターとなる。表現の深みが増すというか幅の有るピアニズムの条件の一つである。
 当時、聴衆の一人は彼に直接、手紙をしたためた交流が伝えられている。そのエピソードから知れるように、このレコードを手にする人には、福音がもたらされるといえるのであろう。

 今まで聴いていたヴァイオリニストのレコードは、多数が名器といわれている楽器で演奏されている。ストラディバリウス、グァルネリウスなど。今回リリースされたエディット・パイネマンのLPレコードは未発表録音のモノーラル盤。それで二十歳の時、録音されたシューベルトの幻想曲を聴き、その才能に感心させられる。ところが、ライナーノーツに詳しいのであるけれど、1965年にはジョージ・セルなど名指揮者の配慮により名器グァルネリウスに出会ったとされている。
 このLPでは、1966年と67年にビッグネイムのピアニスト、イエルク・デムスとの演奏が記録されている。ベートーヴェンの第二番、シューベルトの第三番、ブラームスのスケルツォ。
 一聴して分かることは、彼女がデビューしたころと、名器で取り組んだ演奏との違いを愉しめることになるのである。デムスとのシューベルトやベートーヴェンでは、明らかに楽器の鳴りが豊かなのに心踊らされる。そして、その輝かしい音色、1965年を境にして明らかに彼女の発展が記録されたことになる。念のために付け加えるのであるけれど、以前のイギリス製、伝パーカーの音色が劣るのではあらず名器グァルネリウスの本領が、遺憾なく発揮されているというのにすぎない。芸術を愉しむのに、優劣を判定する趣味は決して褒められる評論であらず、両者の違いを合わせて鑑賞するところにこそ醍醐味はあるといえるのではなかろうか?
 B氏のソナタ第二番イ長調作品12の2は1798年頃の作曲で若々しいはつらつとした作風。第1~3番は作品12。第4番は作品23、第5番春は作品24、第6~8番は作品30、第9番イ長調クロイツェルは作品47、第10番ト長調は作品96。このように、B氏の作品をながめてみると、交響曲作家として、ほかには、ヴァイオリンソナタ十曲、チェロソナタ五曲、弦楽四重奏十六曲などなど弦楽器音楽の作曲は、いかに幅広いかということが知られる。
 パイネマンの演奏を耳にしていると、いかにB氏は生命力あふれる音楽を作曲していたのかが分かる。第一楽章のアレグロ、第二楽章のアレグレットというように、その音楽の対比が鮮明である。そのテンポを一段抑えた音楽には、深みが加わり、そこのところ、モーツァルトのそれとは、一味異なるものがある。こういう音楽には、デムスの音楽が的確に表現してサポートしていること、というよりリードしているといえるのだろう。彼は、ベーゼンドルファーを中心として、色々、それだけのメーカーにこだわる録音ではない。たとえば、バックハウスなどというピアニストは、ほぼベーゼンドファーピアニストといって、差し支えない。ところが、デムスは一色では無い。だからここでも、ベーゼンとは言い切れない音色である。ベーゼンは低音域の倍音に特徴があって判別は容易である。このLPで、それとは断定はできないのが難点と言えば難点である。デムスの軽快明朗なピアニズムは、B氏の演奏に相応しいといえるだろう。
 いずれにしろ、LPレコードによる鑑賞は、弦楽器とピアノの演奏の兼ね合いが楽しい。ピアノという鍵盤楽器は、それだけで充分な世界を構築する。ただ、室内楽としてのヴァイオリンソナタは、テンポの設定、アンサンブル合奏としての呼吸など、魅力はまた格別であり、このレコードでは、モノーラル録音なのでモノーラルカートリッジで再生すると、その豊かなサウンドを堪能できる。なんといってもアナログで録音されていて、空気感が横溢している。雰囲気が伴っていてパイネマンとデムスの視線が感じられる音楽で、そこのところ室内楽の醍醐味が加味されて嬉しい事この上ないのである。

  先日、札幌の交響楽団9月定期公演で大変驚いたことがあった。ヴァイオリンの第一と第二が4プルトずつステージ中央にまとまり、いつもの第一Vnの位置にアルト、そして対面の舞台上手にはチェロが配置されていたのである。悪い予感はてき面に当たって、中低域の音楽は広がり感が充分なのだけれども、サンクトゥスなどでVnが加わってから音楽のつまらなさはピークに達していた。すなわち、指揮者の感覚としてアルトとチェロを多用した音楽だからそのようにセッティングしたのだろうけれども、結果、ヴァイオリン・ダブルウイング両翼配置という王道の採用をネグレクトしたことによるリスクは、否定しようがない。つまり、指揮者があえて避けている意図からヴァイオリンの音響が効果を発揮できず、ステージ中央で展開されるべき中低域の音楽が拡散されたからである。一番否定されるべきは、チェロの演奏があのように配置されることにより音響の方向が正面を向かないことである。Vn両翼配置だと舞台下手にコントラバスが配置されてチェロは中央に向かうことにより、音楽の安定感は自然になる。ホールがステージを取り囲むワインヤードの形式により、ダブルウイングが破壊されることは、作曲者のそれに異ならないことなのである。
  コーラスは中央に男声がまとまり、左側にソプラノ、右側にアルトが配置されて、その旋律線がいつもより明瞭だったのは、喜ばしい選択だったといえる。テノールはアルトの隣で、ソプラノ側にバスが配置されていたことにより、外声部と内声部が整理されていたのは、効果的であったといえる。だから、オーケストラの弦楽部も、ヴァイオリンが女声の配置と同様であるのだろう。指揮者の配慮は、ミスチョイスと言わざるを得なかった。
  ジャン・フルネ1913.4/14ルーアン生まれ~2008.11/3、パリ音楽院でゴーベールとモイーズにフルートを学んでいる。1953年6月録音、ラムルー管弦楽団、エリザベト・ブラッスール合唱団、ピエレッテ・アラリーのソプラノ、カミーユ・モラーヌのバリトンという独唱陣、モーリス・デュルフレのオルガンでガブリエル・フォーレの鎮魂曲レクイエム作品48を聴いた。モノーラル録音だから、楽器配置の問題は何もない。ただ、女声が左右のスピーカーから聞こえるのは安定感があるし、ヴァイオリンも同様である。音楽面で云うと、合唱のレクイエム・エテルナムという発音は、グレゴリオ聖歌にさかのぼる伝統が感じられる演奏になっている。日本人合唱団だと、キレイだけれども、それだけで心に迫るものが無いのとは、大きな開きがある。言葉に力がこもっている。祈りがストレートに聴く者に迫るのである。
  バリトン独唱のカミーユ・モラーヌは、エヌの発音に気を遣うのが伝わってきて、シャンソンの伝統を感じさせるものがある。言葉はラテン語でも、その配慮はフランス語的と云える。天下一品のソロで、ソプラノのアラリーも、格調高く、骨格のしっかりした仕上がりになっている。ピエ・イエズああイエスよ、という音楽、彼女の歌唱も貴重であり、孤高のレヴェルに達している。どちらかと言うと情緒的になる傾向の音楽なのだけれど、アラリーはそこのところが高みに達していて高潔である。そういうソリスト達を支えているのが、オルガンのモーリス・デュルフレ。ストップによる音色の選択も的確で豊かな低音域など、理想的な演奏である。なんといっても当時四十歳であった指揮者ジャン・フルネの指揮ぶり、音楽は悠然としたテンポ感で支えて、立派な音楽である。どちらかというと、力感に溢れていて一時代前という批判は予想されるのだけれど、あるべき姿の理想的演奏だといえる・・・

 二十数年来、人様から頂いたコーヒーカップを口にしていて、その縁(ふち)の感触というか、口当たり素晴らしいのが一瞬間、感じられたことがあって、ああ、いい感覚だなあと思ったことがある。滅多にない経験で、すなわち、当たり前であったことを異なった感触に気づくという経験で、深く、心動かされてしまった。これは、オーディオの世界ではよくあることで、当たり前とスルーしていたことに対して、違った感覚に気づくことは、貴重である。
 いい音とは何か、などという疑問は、答えは一通りではあらず、装置にスイッチを入れるときはいつも、わくわくしてしまう命題であろう。今まで、何、この音という感覚で聴き過ごしていたレコードも、たとえば、札幌音蔵のアクセサリー、スタビライザーという木製品のスペーサーを上手に利用してグレードアップを図ったおかげで、以前聴いていた感覚と、特別な再生音に変化していて、驚いたことが最近の歓びである。
 ジャック・ティボーのSP盤で、1905、1916、1917年フランス録音されたものを聴きなおし、その違いを鮮明にして歓びは一入であった。ティボー1880.9/27ボルドー~1953.9/1バルスロネット近郊(飛行機墜落事故による)は、日本人にとってSPレコードで広く愛好され、実際の演奏会でも接した稀な名演奏家の一人。歴史上伝説のヴァイオリニストであり、我々にとってはSP復刻レコードで記録再生できる存在、それを、上手に再生することは、オーディオの醍醐味である。
 オーディオ業界の宣伝文句で、眉唾物のコピーは数々あるのだけれど、音は最近のものほど目も覚めるような音と言うものがある。それは、真っ赤なウソ。ティボーのSP復刻盤、一番魅力ある録音は1905年のものこそ極上音楽である。少し再生して分かることは、ヴィヴラートとポルタメントの掛け具合、基本的にヴィヴラートは抑制気味のうえで、1916年と1917年録音盤にないものは、ポルタメント奏法である。旋律がキイの高い方を目指していて途中、下降音がある時ポルタメントがかけられる。いつもかけられるのではないのだが、これは、一時代まえの演奏スタイルで、二十四・五歳のときには記録されたもが、十年の後では、演奏されないスタイルで記録的に貴重な経験である。
 いい音とは何か?答えるのに一通りではあらず、様々な答えがあるのだが、盤友人としては、ここで、SP復刻録音LPレコードで楽器の音圧状態をと指摘したい。1905年物は、極めて、明瞭に楽器の鳴りが鮮明な情報で再生される。もう一言いうと、ヴァイオリンが高音域の時、表面の板が振動していて、低音域は裏板が豊かに共鳴している。これは、よくある経験ではないというか、そんな再生に出会う経験は稀である。ティボーの演奏は、すでに、最初の録音で成し遂げていた演奏である。なぜ、ポルタメントは封印されたのであろうか?思うに、時代の問題なのであろう。多数の演奏家がそのように、演奏するからそのようなスタイルへと移行したものなのだろう。趣味の問題で、再生する側として、アナログから、デジタルへの移行に似ている。良しあしではなくて、そのような傾向へと推移してったのであろう。現代のバイオリニストが、もし、復活させたら?とありえないことを盤友人は想像している。すなわち、レコードの世界にしか求められないことである。
 ジャケット写真、よく見ると、楽器ケースの内側には、弓が四、五本目にする。これは、何を意味することであろうか。多分、これまで発信した疑問に対する答えが、情報として混ざっているに違いないだろう。いずれにしろ、SP録音から再生すべき情報は無限なのである。

 北海道震災から一週間が過ぎて亡くられた方は41名を数え、まことに痛ましい惨事となってしまった。
 未明3:08、M6.7の大地震、そのメカニズムを想うに、核であるマグマを包む固体の中層部マントル、それを包む地殻、卵で云うと殻に当たる部分でプレートのヅレによるヒズミの連動が考えられる。その日は月の出が00:53、月齢は26.1で下弦から三日目にあたる。東側に向くと月、地球そして太陽が列をなしていて、地球自体にひねりの圧力が加えられた状態になっていたのだろう。2011、3.11の東日本大震災の日は、月齢6.3で大潮に当たっていた。新月から二日目ということは、太陽、月そして地球という一列で、ひねりが加えられ始める状態であったように考えられる。太陽、地球、月が一列の時は満月でテンションは極限、比較的安定しているのだけれど、新月から上弦に向かうときとか、下弦から新月に向かうときなど、地球に対してひねりが加わっているというテンションに注意したい。いずれにしても、犠牲になられた方々、被災された方々にはお悔やみ、お見舞い申し上げます。
 地震後、昨日に初めてオーディオに電気を流してみた、盤友人はワルプルギスの夜の夢が聴きたくなったのだ。ベルリオーズの幻想交響曲。標題音楽の典型で、ロマン派ならては、作曲者の世界はおどろおどろしい闇夜を体験させてくれる。特に、1959年頃録音になるRCA盤、ピエール・モントゥー指揮、ウィーン・フィル演奏するものを再生する時、弔いの鐘には衝撃をあたえられる。映画評論などでは、ネタばらしと言って嫌われるのだけれども、今から六十年近く前の録音盤で未聴の方もおられようけれども、それはそれとして、始めの一撃は普通でも、三打目の音は、音程間隔が下の方に広い音になっている。つまり、深く感じられて、一瞬虚を衝かれることになる。不気味な感覚といえばそれまでなのだが、そういわれていても、聞いてみるとよく味わうことになる。一瞬、深みにはまるのである。
 夢と情熱、一人の青年は、美しい彼女の姿に胸を奪われる。舞踏会で、再会。野の風景では孤独、そして遠雷、彼は断頭台への行進を体験し、ギロチン斬首の上にそれは転げ落ちて、あたりは魑魅魍魎の跋扈するワルプルギスの夜の夢、という具合に50分ほどの交響曲である。
 音楽をプログラムで語るとは、文学でもあるまいに、音楽は、管弦楽のそれ自体こそ鑑賞すべきであって、言葉の格下のにあたる芸術ではありえない。言葉はイメージのツール手段であり、それに囚われることは芸術の鑑賞としていかがなものか?ということは充分承知の介、レコードを再生する。  モントゥーの弦楽器配置によると、左スピーカーでは、第一Vnとアルト、右スピーカーではチェロ、コントラバスそして第二Vnが展開する。全体として、第一と第二ヴァイオリンの掛け合いは、一聴に値する。先日、NHK-Eテレでオンエアされた、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル、フェアウエルコンサート、マーラーの悲劇的交響曲の弦楽器配置もそのようであった。ラトルはこの後ロンドン交響楽団の音楽監督就任が決まっているという。1960年代前半LSOのシェフはピエール・モントゥー、単なる偶然なのであろうか?ラトルが、音楽監督を司っていたBPOを後にするにあたり下した結論はモントゥーの楽器配置と一致したのであったという事実、盤友人にとってきわめて興味深い。
 アンセルメ指揮芸術において、第一と第二Vnは左スピーカーに束ねられていて、周知のごとく、二十世紀後半の多数派。それに対してモントゥーは第二Vnを右側に配置した展開。鑑賞する方としては、一体、どちらが興味あるのだろうか?お尋ねしたいものである。

 ゆらゆら、ゆらゆら、ばしゃばしゃばしゃ、ごごごご、という具合で二~三分くらい長い揺れ方、未明の地震だった。9月6日午前3時08分頃、眠りを覚ます震度5強の震度で、その規模は続いた停電で知らされた。消えては付き、そして消えてという停電の仕方は、尋常ではない経験だった。あとで、伝えられた胆振東部地震、震度7、マグニチュード6.7、震源の深さは40キロメートル。その後、道路のいたるところで、信号機は点灯しない状態が二日間続いた大停電であった。
 被災された方々に心よりお見舞い申しあげますとともに、一日でも早く通常の生活を取り戻せますよう切に願います。

 さて、地震の前日のことですが、ふと、ベルリオーズ、ワルプルギスの夜の夢が聴きたくなり、アンセルメの録音盤に手が伸びた。1883.11/11ヴヴェイ生まれ~1969.2/20ジュネーブ没、1968年6月来日公演を果たしている。幻想交響曲作品14、スイス・ロマンド管弦楽団の演奏、スイスはフランス、ドイツ、イタリア、ロマンスという四つの使用言語地域に分かれていて、フランス語地域をスイスロマンドと言う。数学者でもあったアンセルメはパリ、ソルボンヌ大学にも籍を置き、エルネスト・ブロッホには作曲法を学んでいた。1918年秋に、スイスロマンド管弦楽団を組織して1966年まで常任指揮者に就任、1967年に後任はパウル・クレツキ。その頃のデッカ録音に、幻想交響曲がある。
 第一楽章、夢と情熱、輝かしい弦楽器の音色に驚かされること受け合いである。明るい音楽の第二楽章舞踏会、第三楽章野の風景、静かで穏やかな情景、そして遠雷、 第四楽章、断頭台へ行進、第五楽章ワルプルギスの夜の夢、クライマックスは音楽が低音へと推移していき、やがて最低音、そこで鳴り響く弔いの重低音となる鐘の音へとつながる。舞踏会を過ぎた緩徐楽章でのコントラバスの量感を経験して、誘導された音楽は、おどろおどろしい複雑怪奇な姿を現す。管楽器のけたたましい音楽、ブラスの彷徨。弦楽器にによるグロテスクな音色などなどと1830年作曲、初演された音楽としては本当に前衛のフランス音楽として本領を発揮している。
 ベートーヴェンの音楽の中では、古典主義の骨格、そしてロマン派の萌芽が既に内包された音楽になっていた。彼は、形式を土台として精神は、進取のロマン派の音楽であったところが、ベルリオーズ1803~1869の音楽は、純粋なロマン派の音楽として君臨したのであった。メンデルスゾーン交響曲第二番変ロ長調作品52讃歌の初演は1840年のことで、当時の年表をひもとくとワーグナー1813~1883の活躍を始める時期と重なることが分かるのは、興味深い。
 アンセルメの音楽、その指揮芸術というと、管弦楽の音色に対する趣向であろう。モノーラル録音時代から、近現代音楽に造詣が深く、ストラヴィンスキーとの親交などからうかがえる如く、きわめて繊細に表現していたことが特徴的である。それは、一定のテンポ感、すなわち、アゴーギグ緩急法としてそちらの注意は、あくまで、一定のものである。その上での音色感に対する指向は、普通以上の注意力と云える。デッカ録音の特徴として、中低域の量感にあり、その上で高音域の華美な音色が印象的と云える。最後の録音が、ニューフィルハーモニア管弦楽団との、ストラヴィンスキー作曲した火の鳥。これは、アンセルメ指揮芸術の総決算であり、幻想交響曲はそのすぐ前の仕事であったのは、決して単なる偶然というものではない。そこのところの評価がスルーされると、凡庸な音楽として片づけられるきらいがある。アンセルメの指揮はしたたかで格調高い音楽、最近では聞かれないものである。

 1956年3月ライプツィヒでのライヴ録音、モーツァルト、プロコフィエフ、ドビュッスィ、リスト、クープラン、そしてラモーというラインナップ。
 彼女はパリ音楽院でラザール・レヴィに師事している。近現代音楽をレパートリーとして、コンサートではオーケストラとの共演やリサイタルに活躍していた。1909.10/20パリ出身~1987.6/9パリ没という生粋のパリジェンヌで、ライプツィヒでのライヴは当時、共産圏での演奏会というから異色のソースでその拍手などからでも、暖かい雰囲気が伝えられてくる。
 モーツァルトK330を聴くと、ハスキルと同じ感覚が伝わってきて、フレンチピアニズム、スクールが同じことを実感する。こういう音楽を再生すると嬉しくなるのは、モーツァルトという幸福の共有であり、女流ならではの世界か?と考えさせられてしまう。ただし、ギーゼキングなどの経験を振り返ると、つくづく、その違いこそ、微妙な味わいからして、一刀両断する無意味が想像されて、評論するその意味を考えさせられるというか、評論家を評論できるリトマス試験紙としてのM氏音楽の天才性を、指摘しておきたい。男性や女性、そして猫が鍵盤を踏んじゃっても音は同じではあるが、猫は音楽を演奏できるわけがないことを思い知るべしということだ。音と音楽の違いはそこにもある。
 プロコフィエフ1891~1953は、ロシア出身で、ソヴィエトから亡命を選択、そして祖国に永住する決意を実行した作曲家。1918年来日経験もあり、近代音楽の代表である。第7ソナタ変ロ長調作品83は、戦争ソナタ1939-42年作曲として中でも演奏回数の多いもの。ハイドン風の古典的性格からシューマン的抒情という二種類の音楽的感情を混成していてモダニズムの面白い音楽である。アースの演奏は、きびきびしていて、一本筋が通ったプロコフィエフに仕上がっている。東ドイツで披露した演奏、ピアニストとして、本領発揮した録音である。
 モーツァルト、プロコフィエフと聴いた後に、ドビュッスィを耳にするとき、彼女のピアノ演奏が出色の出来栄えであることを実感させられる。ピアノという楽器が、その性能を遺憾なく発揮している。ピアノからフォルテまで縦横無尽、何より、色彩感が一杯であることに異論をはさむ余地など無いのである。地味な音色、倍音の充分な味わい、それが働かせる感性の世界は、ピアノ音楽の醍醐味であろう。一般的に、スタインウエイという華麗な音色に慣れている耳にとって、この録音で聞き取れる音色は、渋い。ベヒシュタインの可能性が感じられる。すなわち、クレジットが無いから断定できないのではあるけれど、このディスクの後に、別な録音LPピアノ演奏レコードを再生すると、すぐ、実感できるから、盤友人としては、ベヒシュタインの音色であるのかな?という指摘にとどめるほかはない。香るような倍音世界は、ドビュッスィの一手専売、ピアニズム発揮の独壇場である。映像集第一巻、水に映る影。
 それに続くリスト、演奏会用練習曲第二曲、軽やかにクワズィアレグレット1848?頃作曲した音楽を耳にすると、ああ、リムスキー・コルサコフは、1900?頃にサルタン皇帝の物語で間奏曲、熊蜂の飛行を作曲したアイディアでオリジナルの感覚を受ける瞬間に気づく。
 クープラン、ラモーの鍵盤楽器のための音楽こそ、フレンチピアニズムの生粋。つくづく、モニク・アースがピアノの使徒として、ヨーロッパで活躍した片鱗をこのLPレコードで再生できる喜びは何にも代えがたいものがある。
 ピアノの余韻から、倍音の世界を経験して、その世界を再生するこそ、アナログレコードの使命であり、キングインターナショナルのリリース…

 ディスココープという非正規録音盤LP、1954年8月30日ザルツブルグ音楽祭、ウィーン・フィルによるレコードをじっくり聴いた。当時、F氏は聴力の劣化に悩まされていて、周囲との会話にも苦労していたという話がある。しかし、演奏には微塵も悪影響など感じられない、雄渾な演奏が記録されているから驚きである。不滅で、入魂のベートーヴェン演奏の代名詞と云える。
 ベートーヴェンは、生涯に全十六曲の弦楽四重奏曲を完成している。特に、作品95セリオーソまじめに(標題ではない)以後13年ほど、カルテット作曲から遠ざかり、第十二番作品127から二年間で五曲完成している。その作品130でフーガは終楽章にあたり、後に単独で大フーガ変ロ長調作品133とされた。ロシア貴族ガリツィン公からの依頼で第12(作品127)、13(作品130)、15(作品132)番が作曲されている。作曲順でいうと、12、15、13。第十四番は7楽章形式。第十三番は全6楽章形式。第十五番は全5楽章だ。そして第十六番ヘ長調作品135はB氏56歳の年の作品、最後の大作となっている。
 大フーガは第十三番として作曲されていたにもかかわらず、作品の巨大な性格から単独出版されていて、ここでは、弦楽五部による五重奏曲として成立している。コントラバスが6丁使用されていた時、チェロ8、アルト10、第二Vn12、第一は14として、50人編成の規模となるのが通例。ディスココープ盤は非正規録音であるために、コンディションは、最低である。ただし演奏テンションの度合いは最高と云える。わずか、20分前後演奏は、空前絶後の境地に到達している。
 フーガ前半の部分は、第一Vnから第二Vn、アルト、チェロ、コントラバスと横一列並びが想像されて、窮屈感がひしひしと横溢している。すなわち、そこのところでVn両翼配置の場合、指揮台の左右に音楽が整理整頓されて、コントラバスが舞台下手でもチェロ、第一Vnと、音響が確立されたとき、舞台上手側にアルト、第二Vnが展開されて、作曲者のパレットの思い通りであろう。
 演奏が進むうちに、ウィーン・フィルのメンバーはヒートアップ、どうなったのかというと、舞台上上手のコントラバスを中心線として、チェロとアルト、第一と第二Vnの間の境界線が出現したかのように、舞台下手側に向かって、左右展開されて音楽は整頓を見ることになる。雄大なフルトヴングラー指揮芸術が、貫徹される。ウィーン・フィルとF氏の壮大なドラマの記録となる。
 いうまでもなく、ベートーヴェンの音楽は、単なる聴覚障害というハンディキャップを克服したことにとどまるのではあらず、生きる意志発現の作品である。ムス エス ザイン? エス ムス ザイン! かくあらねばならない! という発信は、音楽芸術の底辺に脈々と流れていて、弦楽合奏の傑作として成立、ここにフルトヴェングラーの記録はディスク化されたといえる。
 コンパクトディスクによる音源もあろうかと思われるのだが、基本的にLPレコードの価値を思いいたすがよいだろう、熱気が再生されるのである。デジタルソースでは、再生不可能な世界である。
 つくづくF氏のレコードを求めていると、こういう世界に出会い嬉しい。これは、F氏の実演によりB氏の音楽を再生する歓びとなる。心が折れそうになった時、暗闇の世界、そこに音楽を聴く。アナログソースには、高価な費用対効果が、必要とされているがその上の話で、ヴィンテージオーディオには、約束された世界が広がっている。この地平には、ウィーン・フィルハーモニカー、フルトヴェングラー、そしてベートーヴェンと、それを愉しむ人々との一体感こそ、求めるべき音楽なのであろう。

 その日の夕方、いつものように盤友人はトミー館に足を運んだ。札幌音蔵のはす向かい、栄通にある喫茶店で、マスターはコーヒー焙煎の求道者、苦味や酸味を自在に引き出す味のアーティスト。昔、10年近くマンデリンばかり飲み続け、その後10年以上酸味系のキリマンジャロとか味わっている。今回出会った味は、コロンビアで焙煎に違いがあるという。お客さんが持ち掛けた話で、珪藻土を使用して遠赤外線効果を高め、酸味の引き出しに成功したという。今年一番のショックを覚えた味わいだった。コーヒーもオーディオと同じく、奥が深いとマスターは口にする。二十年以上通い続けても、日々新たし、魅力たっぷりトミー館である。
 キングインターナショナルは、新しい音源のLPレコードリリースの快進撃を続けていて、嬉しいことこの上ない。この度、スイス放送協会提供による、ヨハンナ・マルツィ1976.11/30録音、バルトーク、ラプソディ狂詩曲第一番、モーツァルト、ヘ長調K376クラフィーアとVnのための奏鳴曲ソナタ、シューベルトのデュオという二枚組。  バルトークを始めに聴くのはしんどい、と思いモーツァルトから聴き始める。なんと、その輝かしい音色が耳に飛び込んでくる。彼女の特徴は、ヴィヴラートという音の揺らぎにある。深いヴィヴラートに彼女の面目が表れていて、出会えた喜びはひとしおである。
 その音色こそ1950年代のDGドイツグラモフォンとか、EMIのレコーディングに記録された歴史ある歓び、といえる。モーツァルトのディスクは数あれど、その歓びに出会えるかと言うとさにあらず、通り一遍のものが多数である。そんな中、マルツィのLPレコードは、今まで求め続けた努力に報いるというか、出会うべくして出会えたというか、求めていたからこそ出会えたという醍醐味は飛び切りである。
 これまでは、モノーラル録音が主体であったところ、今回はステレオ録音、その違いは何かと言うと、ジャン・アントニエッティではなく、イシュトバン・ハイデュというピアニストの違いに負うところ大である。モノーラル時代が格下なのかというと、さにあらず、アントニエッティも立派な演奏で披露していた音楽も、ハイデュの演奏は風格ある、格調高い音楽を提供していて、聴きどころ満載である。バルトークのラプソディ第一番など、民族色を遺憾なく発揮していて、舞曲のリズムなど生命力にあふれている。すなわち、音楽の幅が、古典派ロマン派から民族楽派に至る幅を見せて、彼女のバイタリティの拡大を記録している。ルーマニア出身でマジャール系のマルツィの魅力を、引き出すことに成功している。
 板倉重雄氏によるライナーノーツ、力のこもった愛情の上にマルツィの芸術を語り、その魅力を伝えていて充分である。盤面割も余裕があり、高価なレコードでも、その価値はそれ以上である。ステレオ録音ということは、定位ローカリゼーションが左右感を表現していることである。モノーラル録音でも、オトカズは限られているから、それほど不足感はなかったのだけれど、ステレオ録音という臨場感は、一味、魅力があるというもの。キングインターナショナルの宣伝文句に、偽りはない。それは、現在に引き寄せるリアルタイム感の表現でもある。ああ、マルツィが目の前で演奏している感が横溢、彼女が生きている感が、さらに増して幸福感を与えてくれる。この上ない至福のひと時とは、このディスクの再生に相応しい。
 彼女のプロフィール写真はどれも、美女感あふれているのだが、実際は・・・煙草を愛し、声質も低く、カール・シューリヒトのCD集に付属したDVDを観たことがある・・・まあ、いいやfine

 モーツァルトは14歳にしてベートーヴェンが誕生した1770年に初めて弦楽四重奏曲を作曲する。B氏が作品18で取り組み、それより以前の作品3変ホ長調では、弦楽三重奏曲を発表。作品9や作品8ニ長調のセレナーデで次々とトリオを完成している。ここでは、アルト=ヴィオラやチェロが重奏の旋律を受け持つ能力を発揮し、音楽として高めている。
 ここでは、レコードを再生する歓びとして、楽器の定位ローカリゼーションについて考えてみたい。楽器の配置である。マイクロフォンは、チェロとアルトの位置関係を表現することはできるのであろうか?
 ヴァイオリンは楽器の構造からして、f字孔という音響を発信する部分を聴衆に向けるために座席は決定される。そこで、アルトは対面すると考えるのは自然というもので、作曲する上からも、Vnと旋律の掛け合いが試みられている。さらに、チェロはどこに配置されるのがベストなのか?ということも取り組むテーマであり、むつかしい問題である。Vnとアルトと一直線上に並べるのが良いものか?ステレオ録音では、そこのところ、魅力ある問題であり、それは、四重奏の配置を考えるきっかけとなるであろう。すなわち、左右のスピーカーの対話をどのように設定するのか?という問題なのである。左スピーカーがVnというのは、決定的。ならば、右のスピーカーには、チェロなのかアルトなのかという二者択一である。舞台に奥行きというものがあるとするなら、その中央にこそチェロがふさわしく、右側にはアルトがふさわしいといえるのだろう。定位でいうと、Aチャンネル、Bチャンネル、その中央にアルトよりも断然、チェロがf字孔を向けるという設定をするのが正解。だから、レコードの再生にとっては。中央の実体感こそステレオ録音必須の条件であるといえるのだ。つまり、チェロの前でVnとアルトの対話が感じられる再生音こそ、求めるステレオ録音だ。
 ここで、ブラームスの生きていた時代、ヨーゼフ・ヨアヒムの弦楽四重奏の絵画を目にする。Vnの内側には、チェロが配置されている図。すなわち、ヴァイオリン・ダブルウィングという言葉が前提とする、第二Vnが右側上手配置の決定的証拠である。
 ここで、舞台を直線一列に考えるのが、第一、第二Vn、アルト、そしてチェロという配置。ところが、舞台に奥行き感を醸し出す、中央にチェロとアルト配置、そしてVn両翼配置を設定するのが、作曲者の理想とする配置であろう。このように考えを巡らせるレコード再生こそ、いい音の条件であり音楽の魅力とは、演奏する意思の発現こそ目指す境地である。すなわち、音にではなく音楽のために、オーディオは有る。
 四十年近くオーディオの道を歩いてきて、最近つくづく良い音とは、音楽の再生であって、演奏者の音楽性こそ、魅力なのであるという実感である。いい音とは、それぞれのスピーカーは表現しているのだから、スピーカーの数ほどいい音は有る。ところが、どれだけ演奏者の音楽性が表現されているのかというと、疑問である。キレイだという音は多数あっても演奏家の音楽性を表現している再生音は数少ないと云えるのだろう。B氏の弦楽三重奏曲は、どれも、演奏者の気迫が乗っていてこそ聴き映えがする。当たり前というとそうなのだが、それは決して演奏スタイルの問題ではあらず音楽の魅力の問題と云える。演奏の問題でもあり、再生目的の問題でもある。それを的としないオーディオは、未来の無い世界であり、音楽追求こそ的として普遍の価値を持つ究極である。ベートーヴェンは、作品発表の順番として、そこのところをしっかり解決していたといえるであろう。

 大福というもの、種類は一つだけではなく、こしあん、つぶあんなど大ざっぱに云って二種類はある。何を言いたいかというと、こしあんだけが大福かというと大違いで、粒あんを賞味してその男性的な、ワイルドな味に舌鼓を打つことになる。甘いという一色も、そこに塩梅、塩ぐあいというものがありそれは、こしあんだけでも充分なのだが、そこに粒つぶ感が加わると、世界は奥行きを与えられるというものである。濾すということは、その小豆の殻を取り除くものなのだけれど、その行為は純粋さを目指す。ただし、多様性は無い。ヴァイオリンというと、一色なのだけれど、第一と第二という音域で低音域を演奏する第二ヴァイオリンがあるように、この二種類は、味わいが深い。云ってみると第一は女性的でも、第二は男性的音域の音楽である。粒あんは男性的だ。
 ピアノは猫が踏んじゃっても、女性が弾いても男性が弾いても、音はピアノという楽器だから、みな同じピアノ、と言い切るのは、浅はか千万でピアノの音楽は、音一つだけではあるまいに、タッチというものでは女性的、男性的と云えるではないか?すなわち、ピアノは多様な音色を愉しむ、奥深い世界である。だいたいピアノというものは、本来ピアノフォルテと言った如く、二種類の音色を指すものを、ピアノだけで云うのは、片手落ち、フォルテをお忘れなく・・・ということだ。モーツァルトの時代は、クラヴィーアで鍵盤楽器というのが通例で、ヴァイオリンソナタも、クラヴィーアとヴァイオリンのための奏鳴曲ソナタというのが正解である。すなわち、M氏の世界は、ピアノが主体と云えるだろう。彼のケッヘル番号379ト長調第35番はピアノの演奏が印象的である。
 1992年7月2日、新潟市音楽文化会館、シモン・ゴールドベルクと山根美代子女史による最後のリサイタルが、LPレコードでキングインターナショナルからリリースされた。
 ゴールドヘルクはSPレコード時代から、リリー・クラウスとの共演でモーツァルト演奏の神髄として有名である。彼には協奏曲の名曲を録音していないから、意外に知られていない。彼は1909.6/1ヴウォツワヴェク・ポーランド出身~1993.7/19富山市。1917年名教師カール・フレッシュに師事。12歳でワルシャワデビューを果たし、1925年ドレスデン・フィルのコンサートマスターに就任、4年ほどしてウィルヘルム・フルトヴェングラーの招へいにより、ベルリン・フィルの同地位1929~34年に着任する。1930年にはパウル・ヒンデミット、エマヌエル・フォイヤマンらと弦楽三重奏団を結成しアンサンブルで活躍。そのころリリー・クラウスとも共演している。ゴールドベルクは第二次大戦には、1941~45年にかけて、ジャワ島で日本軍により抑留された経験を持つ。この際、評論家菅野沖彦氏のご尊父が対応されたことは、周知の事実である。そんな彼には、1936年リリー・クラウスと来日経験もあり、1938年にはアメリカデビューを果たしている。1955年には、オランダ室内管弦楽団、音楽監督、指揮者に就任。1969年からはロンドンに居を移しその後ピアニスト山根美代子と結婚、1990年から没年まで日本に居住し、新日本フィル、水戸室内管弦楽団を指揮している。★札幌音蔵の社長KT氏、TY氏は、1992年、ゴールドベルク・ラストリサイタルに足を運んだという。そのライヴ録音が、立派にLPレコード化された。チューニング、音程を下から上に取る取り方、三味線のと同じ感覚で、興味深い。人はよく、ゴールドベルクの音程の取り方の不安定さを指摘することが多いのだが、それはガット弦特有の癖であろう。大変立派な、モーツァルトである。美代子女史は、音楽評論家山根銀二氏のご親戚に当たる。リリー・クラウス、ラド・ルプー1975年コピーライトのモーツァルト、ソナタ全集などを経て、生涯の伴侶とした美代子女史のピアノ演奏は、いかにも、女性的である。フラームスの第一番、第二番のソナタと、ゴールドベルクの剛毅なヴァイオリンとともに、寛いだ感の演奏レコードは、彼の人生を象徴して、意味深いものがある・・・

 ヴァイオリン小品集としてコロムビア正規録音集、SP録音復刻盤がキングインターナショナルからリリースされた。
  SP録音というと再生は、78回転がもっとも相応しい。意外なことに、ノイズよりも信号の情報がしっかりしているために、三分間位は集中して鑑賞が容易である。すなわち、復刻LP録音はノイズが強くて、敬遠される向きが多い。ところが、オーディオのグレード・アップに力を注ぐと、決して、ノイズだけの情報ではないことに驚かされる。良いオーディオとは、そういう努力の上に、獲得される境地ではある。
 甘美なる新即物主義の権化というサブタイトルは、いかにも、コダワリ感が横溢するネーミング、権化と言うよりかは、神髄の方が、尊敬の程度はふさわしいように想われるのだが・・・それはどうでもいいこと、とにかく、シゲティの再生を経験すると、その人のオーディオ人生は、程度が知れるだろう。それくらい、再生芸術の上で肝といえるのが、シゲティのLPレコードといえるだろう。
 針を落とすという言い方は、一般的。ただし、盤友人としては落とすという言い方に抵抗感は大である。針をおろすが相応しいであろう。だいたい、一生懸命という言い方すら、疑問である。一生命のある限りと言うのは変であり、一つの所に命を懸けるというのもオリジナルなのであるから、心ある方は、このような言い方に、心を用いてもらいたい。針を落とすとか、一生(命あるうち)命を懸けるなどという言い方に疑問を感じないのは、片手落ちというものである。一所懸命、針をおろすという言い方感覚のオーディオマニアこそ歓迎したい。
 シゲティ1892.9/5ブダペスト~1973.2/19ルツェルンは、伝え聞くところ、名器グァルネリを愛奏したという。輝かしく、豊麗な鳴りを併せ持つ。これは、ストラディバリウスという美しい音色のヴァイオリンと識別できるのは、再生の目的であって、醍醐味というものである。
 B面のケッヘル番号K304ホ短調のクラヴィーアとヴァイオリンのための奏鳴曲は、1937年3月ロンドン録音、ピアノをニキタ・マガロフがあわせている。この曲を盤友人はハスキルとグリュミオーで聴き始めていて、その演奏の違いぶりに驚かされる。いかにも、新即物主義といわれる所以である。まず、マガロフの男性的なモーツァルト演奏は、興味深い。彼が演奏するのはグランドピアノであって、クラヴィーアといわれるような、古楽器ではない。当然というと当然なのだが、最近では、フォルテピアノといわれる楽器、クリスティアン・ベザイデンホウトなどの演奏するモーツァルトとは明らかに一線を画する。音量のダイナミックスは比較にならない。グランドピアノは、二十世紀の楽器なのであり、フォルテピアノこそ、1778年22歳M氏時代の音楽に近いだろう。ただし、弦楽器もスチールストリングではなくて、ガット弦使用のタイプなのだ。
 SP録音時代の楽器もガット弦使用というのは、押さえておくべき重要なポイントである。その演奏で、よく音程の不安定な状態を指摘する向きもあるのだが、いくらスチール弦がやすやすと音程を確保しても、その魅力はガット弦を超えることは無い。それはマガロフの男性的モーツァルト演奏とシゲティの演奏する肝と一致する。その上で、モーツァルト、ベートーヴェンとメヌエット演奏に続き、ドヴォルジャークのスラブ舞曲ホ短調と聴き進み、思わず膝を叩くことになる。初登場となるストラヴィンスキーのパストラールも、その曲調としての新しい調性感は実に、驚きをもって鑑賞する。
 SP復刻録音再生というのは、むつかしいけれども、それを超えて獲得する再生の悦びは、何にも代えがたいものである・・・

 1952年5月30日ケルン放送交響楽団フリッチャイ指揮、ピアノ協奏曲第19番ヘ長調K459がクララ・ハスキルにとって、ドイツで演奏を始めた頃の出会いだったようだ。その後1953年1月20日、ベルリン放送交響楽団と共演、1955年9月21、22日にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とドイツグラモフォンLP録音を果たしている。
 チャールズ・チャップリンは1953年11月、初めて出会ったクララに、貴女あなたはとても素晴らしく偉大な芸術家ですという言葉を贈っていたという。
 1954年には、フリッチャイと彼の細かい気配りによる指揮で気楽に弾くことが出来、しかも、彼は彼女の弾き方に共感していたようだった。まるで魔法にかかったように突然ピアノで魅力的な歌を花咲かせてくれたというのはF氏の言葉で、共演している時でもクララの演奏を聴く時でも限りない喜びを享受していたとも語っている。
 ハスキル1895年1月7日雪の降りしきる日ブカレストに生まれた。ユダヤ系のイサクを父に、ベルタ・モスクーナを母に誕生している。クララは自宅にベーゼンドルファー、グランドピアノがあり、耳の良さと指使いに非凡な才能を発揮していたという。叔母の名を受け継いでいても、ピアノのレッスンや語学の学習を通して幼少を過ごしていた。そんなクララの無二の存在はディヌ・リパッティであった。ディヌの早逝を乗り越えていて、フェレンツ・フリッチャイやラファエル・クーベリックとの共演、彼女の演奏活動は幅を広げていった。
 ピアノ協奏曲第19番は弦楽五部と木管楽器、フルート、オーボエ、ファゴットそして、ホルンという管弦楽との協奏曲。まるで野原に遊び、小鳥のさえずりと交わす会話のような歌の第一楽章、幸福感の横溢する音楽になっている。フリッチャイ1914.8/9ブダペスト~1963.2/20バーゼル、彼の指揮は歌に溢れているところに心を打たれる。オーケストラの演奏者たちは、喜々として演奏を披露していて、それは、開始の弦楽合奏からすでに明らかである。
 モノーラル録音、楽器に近接した捉え方になっていて、ハイファイ録音に近いものがある。ピアノの音は輪郭が明確で、ハスキルの演奏は錦上華を添えている。このような演奏は、稀で、希少価値充分、不滅の記録とはこのディスクに相応しい言葉である。
 7月31日、火星は地球に最接近5758万9633Kmという距離で、南南東、山羊座と射手座の中間部に見える。その右側に土星、少し離れて木星、西の空には宵の明星として金星が並び、惑星のラインナップはそんなに見られない星空ではある。
 北から南にかけてミルキーウエイという銀河の星空、中空には琴座のベガ、わし座のアルタイルという織姫と彦星、1年に一度の逢瀬が準備されている。一期一会という悠久の流れに、一瞬の出会いは、ドイツグラモフォンのレコードに閉じ込められていて、その再生の悦びは、何物にも代えられない珠玉の贈り物と云える。ハスキル、フリッチャイこの二人のモーツァルトの魂は、味わい深い、夜空にきらめく星座のハーモニー、二度と無い奇跡の音楽になっている。エアというのは、空気、旋律メロディー、ともに人生を彩るあそび、いとなみ、音楽の再生は、音響による時間の芸術。
 1960年12月にはクララが、1963年2月にはフェレンツがそれぞれ天に召されてしまう。見上げてごらん、夜の星を、小さな星の、小さな光がささやかな幸せを、歌っている ・・・