🎼 千曲万来余話 by盤友人

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 7/16午後7時のニュース、米国大統領は、報道陣の質問に対して、クァイエットゥ!を繰り返し発言していた。問題に感じたのは放送協会の字幕で、だまれ!とされていた事。盤友人は疑問を感じて辞書を引いたら、だまれ!は、ホワッダズ!であって、静かに!というのが正しいだろう。すなわちメディアの発信は、たとえ意訳であってもニュアンスが異なることに対して、細心の注意が必要ということである。
 コゥリドン・スィンガーズ、corydonコリドンがネイティヴに近いのかもしれない。1983年4月ロンドン録音で、耳にしてすぐ気の付くことは、ソプラノの後ろにバスが発声していること。つまり、SATBという合唱のセッティングで日本の多数派とは、違うことだ。女声SAが前列で男声バスは指揮者の左手側、テノールは右手側というステレオプレゼンス定位が決まっている。さらに聴き進んでいくと、左チャンネルにソリスト四人配置されていることがわかる。
 ミサ第一曲はキリエ、エレイソン神よ憐み給え、クリステ、エレイソン、キリストよ憐み給え。第二曲グロリア、神に栄光あれ、第三曲クレド、信仰告白と続いていく。コーラスの醍醐味は、一斉にフルコーラスもあるけれど、アルト、テノール、ソプラノ、バスと自然発生的に単声部がそれぞれ歌い始めるところにある。すなわち、指揮者右手側の開始から左手側へと対話が、魅力、というのがステレオ録音の生命線である。SATBというのは、それらに気が付かなくなるのであるといえる。それは、作曲者が指揮者の背後、客席に居るという前提の上での話であって、二十世紀後半のステレオ録音の前提は、左側スピーカーからソプラノ、次第にアルト、テノール、右側スピーカーからバスという高低音グラデイションの配列、セッティングの前提となっている。
 それは、時代がそうなのであって、これからの時代は、多数派として女声前列、後列が男声という配列を期待する。というのは、オーケストラがコントラバス中央というピリオド楽器録音の興隆により固定観念が覆されて、コントラバスとチェロが、第一ヴァイオリンの奥席というVnダブルウイングが復活した二十一世紀劈頭である。よくオットー・クレンペラーという指揮者を頑固者と勘違いしている御仁もいるのだが、さにあらず、頑固者とは、Vnダブルウイングをタブー視する指揮者に他ならない。すなわち、その御仁の師匠にあたる指揮者たちは古いとして否定した配置がダブルウイングに当たりその教えに従っているまで。その前提を否定すると新しい時代こそVn両翼配置である。
 録音技師にとって、右側スピーカーから低音楽器が聞えた方を良しとする。それは分かり易い話しなのだが、作曲者の舞台パレットは、第一と第二ヴァイオリンの対話こそ、対比コントラストになる。ところが、時代として、高音域低音域という対比で育った耳には、なかなか理解に時間がかかる、慣れという問題がある。ソプラノとバスは、和音の上で外声部すなわち、近しい関係にある。テノールとアルトは内声部という長調か短調か調性を決定する役割がある。和音というのは、和する、調和する音と云うまで。
 コゥリドン・スィンガーズは、10名ではなく2~30名程度の中編成のアンサンブルに聞こえる。これは聴いた上での推測であって正確なことではない。マシ(テ)ュウ・ベスト指揮のコーラスは、小編成にあらず、多すぎもせずに声部の厚みがしっかりしていて、大変聴きごたえがある。
 オーディオは何のためにあるのか? 贅沢ではなく、ステレオ定位などの解析向上にある。お金がかかる、ではあらず、お金をかけるのはそのためにある。60ヘルツ変換器を購入して飛躍的な向上を図り、合唱音楽が一段と面白味を増した気がするのは・・・

 シューベルトはベートーヴェンの音楽を、楽々に超えて大輪の花を咲かせたエピゴーネンにあらずして、真に偉大な後継者、そして青年は荒野を目指す・・・
 古典主義からロマン主義への展開とは、確立された形式から感情主体でありながら、なおかつ、あふれ出る情熱の自由な発露、そして永遠なる王国としての花園という自由な精神世界を創造する。ピアノトリオとは、ヴァイオリンとチェロ、そしてピアノによる合奏音楽、室内楽アンサンブル。三名の演奏家が、丁々発止、それぞれに音楽する。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンというウィーンの作曲家により名曲は確立されて、特にB氏の大公トリオという巨大な名曲をピークに、さらにそれを超える高みにまで作曲と云う芸術作品を築き上げたのがシューベルトのトリオ第二番変ホ長調作品100。彼の死の前年、1827年の創作で第一番変ロ長調作品99に続く大曲となる30歳の作品。アレグロ快速に、アンダンテ・コン・モート歩くようにゆっくり、動きをもって。スケルツォ諧謔かいぎゃく風に、アレグロ・モデラート快く中庸で、という四楽章形式。ローベルト・シューマンは、より第二番を好み、痛み、激痛を感じる音楽として受け止めている。それは多分にベートーヴェン・ロスというS氏にとって精神世界のビッグバンである。第二楽章で、そして陽は再び沈むという民謡を主題にした音楽は、ロマン派の真髄である。
 パブロ・カザルス1876.12/29スペイン・ペンドレイ~1973.10/22プエルトリコに没した20世紀最大のチェリスト、指揮者、4歳でピアノ、11歳からチェロを学びバルセロナ市立音楽院に進学、1896年から演奏活動を開始、1939年スペイン第二共和政崩壊とともに、フランス、ピレネー近くのプラドに隠棲した。
 カザルス・トリオはアルフレッド・コルトーのピアノ、そしてジャック・ティボーのVnという豪華メンバーによる。1950年プラード・カザルス音楽祭は、アレキサンダー・シュナイダーVnの提唱により開始された。カザルスの偉業は、30年代バッハ無伴奏チェロ組曲を発掘したことである。チェロの演奏を飛躍的に拡張して、精神性をして価値ある音楽にまで高めた。シューベルトのトリオ第二番変ホ長調は1952年のライヴ録音、アレキサンダー・シュナイダーのVn、ミショスラフ・ホルショフスキーのピアノ。三者三様でありつつ格調高い歌謡性にあふれた展開を披露する。室内楽の原点ともいえる、名演奏のフィリップス録音。荒々しいまでに劇的な演奏か?というと、さにあらず、淡々と脱力し歌心溢れた演奏、スウイングたっぷりのメロディーに、心地よいリズム感、即興性、劇性に富み実演でありながら、傷は皆無で、当たり前と云うとそれまでのことなのだが、完成度、芸術性ともに高い不滅のレコードなのである。
 カザルスは1972年ニューヨーク国連本部で、鳥はピース、ピースと歌うと発信したカタルーニャ地方、鳥の歌は万感胸に迫る、記録である。彼の信念は戦争の経験をもとに、平和の尊さを志向した不屈のメッセージ。NHK交響楽団首席チェロ奏者、早逝した徳永兼一郎氏、終末期ホスピスで気力だけの演奏を果たし、TVドキュメンタリー番組で盤友人は視聴している。チェリストを志す人は、カザルスを目指し、LPレコードの再生は、その高みを目指して登山を続けるという愉悦に連なる。演奏するとは何のためにあり、いい音とは、いい音楽とは、ぜんぶ、ここにある。演奏家、そして鑑賞、音楽する全ては、カザルスにつながり、シューベルト、ベートーヴェン、バッハそれはそれは、尽きせぬ努力の目的である。ウィーンは永遠の都、第二のローマなのかなあ?

 文ひらき月、ふづき、季節は秋で七夕に由来する名前、えっ、秋だって?これから夏だというのに・・・これは旧暦の話で、新暦の7月でも3日は水無月の朔日ついたちに当たるから観念のスイッチを効かせる必要がある。
旧暦で云うと今年の七夕(季語、秋)は新暦8/7で、8/8が立秋だ。
 セルジュ・ボド1927.7/26マルセイユ生まれは、1981.4/24札幌厚生年金会館第214回札幌響定期公演のタクトを採っている。メイン曲はサンサーンス、交響曲第三番ハ短調オルガン付き(平部やよいorg)、精緻な演奏に仕上がっていて、何より、演奏者たちの指揮者に対するリスペクト感がひしひしと伝わり吉田真吾さんのティンパニー連打で圧倒的名演奏の幕切れを印象付けていた。
  サンサーンスのこの名曲、LPレコードではポール・パレー指揮デトロイト響マルセル・デュプレorg<57年録音>やシャルル・ミュンシュ指揮ボストン響ザムコチアンorg<59年>、エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管スゴンorg <62年>、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管ビッグスorg <62年> 、プレートル指揮パリ音楽院管デュルフレorg<63年>、マルティノン指揮フランス国立放送管マリークレール・アランorg<70年>、カラヤン指揮ベルリン・フィル、ピエール・コシュローorg<81年>などなど目白押しの名演奏で共通するのは豪放の、豪快な傾向のもの。そんな中で、セルジュ・ボド指揮ロンドン・フィル、ジェイン・パーカー・スミスorg<82年>のEMI録音はワトフォードタウンホール収録ディジタル、83年スコットランドでのオルガン後採りによるもの、ジェインは佳人オルガン奏者で異色盤、この後採り方式はカラヤン指揮コシュローorg盤パリ、ノートルダム寺院での後採りでリリースされ話題盤だった。
 オルガン交響曲は1886年5/19、ロンドン・フィルハーモニーソサエティの作曲者指揮演奏会初演になる。第1楽章の後半部はポコ・アダージョ少し緩やかで、一説によるとサンサーンス、ご自身の令嬢逝去を悼んだレクイエム鎮魂の曲といわれる。ここに軸をおいた演奏が、ボド指揮の音楽に当たり、ミュンシュ指揮のような即興性に重きを置いた豪放磊落な演奏とは一線を画している。すなわち、ボド指揮盤はクレッシェンドも時間をかけてダイナミックス強弱の幅も大きい。そして、ピークの時、トランペットの吹奏は、けたたましさと無縁のものに決めている。抑制の美学、これは、曲の開始から一貫して大団円に至るまでキープされているのが、よく伝わることになる。
 口はばったいけれども、第一と第二ヴァイオリンの掛け合いなど、これらのLPレコードでは左のスピーカーだけで行われていて、Vnダブルウイングでは、左右二つのスピーカーで実現される話である。モノーラル録音の世界ではあるけれどトスカニーニ指揮NBC交響楽団クックorg<52年>のものは、格調高い両翼配置型による名演奏。札幌交響楽団620定期公演ユベール・スダーン指揮orgシモン・ボレノ第20代札幌コンサートホール専属オルガニスト、大変立派な演奏会だった。実演で聴いて分かることは視覚の上でも、中央にチェロとアルト、舞台両袖にVn群というのが理想なのであって、現代主流の第一と第二ヴァイオリンを束ねる配置は、正に、片手落ちの演奏だといえる。評論家たちが誰もこのことに触れないことは、時代転換期においてそれが誰の仕事か? 問われているのである。
 6/23Eテレでベートーヴェン交響曲第5番ハ短調ホルスト・シュタイン指揮NHK交響楽団1992年4月演奏が放映された。テンポはアレグロで、プレスト風のものではなかった。Vn奏者の弓さばきアップダウンが印象的で、一糸乱れない、389小節目全休止も指揮振りは一瞬溜めたもので、全演奏者と客席双方の緊迫感を高めていた。そこのところに一瞬でもブウイングが入ると、膨らんだ風船に針を刺すようなものになることだろう。テンポをさらに一段階緩めると、無意味化が果たされる。すなわち、作曲者のものとはならない証の瞬間である。
 「運命」の緊張感を高める演奏は、2008年小澤征爾指揮のNHK響、第一楽章終了で拍手が起きたことがあるほどである。ところが両翼配置型採用トスカニーニ指揮のものなどは、ステレオ録音になるとすると、左右スピーカーの掛け合いがものいう配置となる。これは、時代というもので、音楽としてはこれまでを保守するのではなく、その否定する指揮者たちが出現することを待望するまでだ。テンポのアレグロ「快速に」は、快いテンポということであって、プレスト「急速に」に傾いてはならない。
 シュタイン指揮を否定するのではなく、これからの演奏の有り方として新時代到来を体験したいものである。ちなみに、ボド指揮の「オルガン交響曲」もそこのところ一時代前の配置解釈といえる。これは否定するための評言ではあらず、これからの指揮者たちに期待することなのだ・・・

 リコーダーという縦笛は、息を吹き込みながら指孔を押さえたり開いたりさせることにより演奏する。このとき、息の圧力と楽器共鳴する関係や指使いの妙技性に、面白味が発揮されて、その空間に鳴り響く音楽は技術と高い精神性の発露として時間藝術の真髄を経験することになる。
 バロック時代は、バッハやヘンデルの他に、テレマンというビッグネイムがある。バロックから古典派の移行期にドイツを代表する作曲家ゲオルク・フィリップ・テーレマン1681~1761はライプツィヒ大学で法律を学びながらも音楽的才能を開花させてのちにハンブルクで活躍した。聖職者の家庭に育ちオルガニストの地位から、既成の枠を超えた活動をした。ゾーラウ、アイゼナハ宮廷、フランクフルト、1721年にはハンブルク市の音楽監督に就任、宗教音楽のみならず世俗音楽の作曲家として当時から有名な存在であったといわれている。平易な音楽、力強さや華麗な技術を遺憾なく発揮させる音楽づくりに貢献している。絶大な人気を博し、各国の器楽様式とジャンルを百科全書的にまとめた「ターフェル・ムズィーク」「忠実な音楽の教師」ほかに受難曲、教会カンタータ、ハンブルク・オペラなどなど、イタリアにはヴィヴァルディ、ドイツにはテレマンといわれるほどの作曲家である。日本ではバロックというとヨハン・セヴァスティアン・バッハが有名でも、ドイツでは当時から人気の作曲家として活躍していた。
 リコーダーは、音域的に高いソプラノ、ソプラニーノがあり、中音域ではアルト、テノールそして低音域ではバスという多種類の旋律を担当する吹奏楽器だ。合奏するのは通奏低音、数字付き楽譜をもとに即興的に低音声部を担当するチェンバロなど鍵盤楽器と共に、ファゴットやチェロが最低声部を演奏し合奏する。ドイツ語によるとゲネラルバス、イタリア語ではバッソコンティヌー、英語ではトゥ(ス)ルーバスといわれる。三種の楽器による演奏は、ハイドンやモーツァルトではピアノトリオ、すなわちヴァイオリンとチェロ、ピアノの音楽へと発展した。フランスではラヴェル、イギリスではジョーン・アイアランドに名曲があり歴史としてその源流に当たるのがテレマンのトリオ三重奏になる。
 ミカーラ・ペトリ1958.7/7コペンハーゲン出身のリコーダー奏者で、演奏会に足を運んだ人は、本当に美しい人、その美貌に感動しそして天才的な高い技巧に圧倒されるという。リコーダーは小学生でも演奏可能であって、なおかつ、長い演奏経験を積み重ねると、フルートやヴァイオリンに比肩する楽器に変容する。一般にか細い音色と思われがちなのだが、どうしてどうして、突き抜けるような音から、柔らかい音色まで幅広い音楽を表現する。チェンハロ(ハープシコード)やチェロの音量に負けることなく、心に届く音楽を演奏する楽器である。リコーダーで合奏するのも楽しく、独奏する旋律楽器としても抜群である。ペトリの音楽性は、確実な技術、幅広い表現、豊富な演奏経験と云う三拍子揃ったリコーダー音楽を提供してくれる。その技術と魅力は多数のLPレコードで鑑賞できることで、コレクター冥利に尽きると云えるだろう。弦楽器や鍵盤楽器のほかに、吹奏楽器としてのリコーダーは、音楽の鑑賞として幅を広げてくれる。器楽の鑑賞は、自分が演奏するのもそうなのだが、かなわぬ演奏を聴くことにより鑑賞行為を高みにまで拡幅させるものである。受け身としての鑑賞を、一体感を共有することにより、能動的に参加するという、なかなか微妙な世界が待ち受けている・・・・・

 知人のオーディオルームに招待されて、スピーカー設置の考え方、実験する機会を持った。 その人は普通にダウンロードや、LPレコードを聴いていた。そして、小型スピーカーをハの字にしてリスニングポイントを構えていた。
①スピーカーの設置は、一列が原則。ABチャンネルを並べて、中央空間を確保する。
②すなわち、ステレオ録音では、定位ローカリゼイションという感覚を実際に表現するために、中央の音の厚みを実現する必要がある。モノーラル録音では、二個のスピーカーの総体により、ひとまとまりの空間を表現するために中央空間を設定する必要がある。ということは、二つの間隔は開け過ぎず、狭すぎずにする調整が必要である。聴いて判断するので、じっくり耳を傾けることが必要。
③そのとき、ソースとして、音数、音の数として一つあるいは二つ、そして四つと少ないもので確認すると、割合に空間の実際を聞き分け易いのである。特に、チェロとピアノの時、チェロという楽器のボディ感覚と、ピアノの音の伸び方に判断するポイントは有る。ここで焦点を確立することにより、オーケストラものなど、自然に定位はプレゼンスするから不思議と云えば不思議である。管弦楽で焦点を判別しなくとも自然に成立する。
 スピーカー設置の実際は聞こえ方が、じっくり聴くことによりチェックする必要があり、原則として、スピーカーは空間が中央にあってその姿を消すことが最終目標となる。だから、ヘッドフォン的感覚ではなく、楽器空間、そのように発想することが原則だ。
 ひるがえって、ベートーヴェンの交響曲第5番運命の第1楽章テンポの設定は、思いっきりゆっくり演奏してみて、具体的に指摘すると346節目から始めて389小節目の全休止を確認すると、その不自然さが浮き彫りとなることだろう。間違いの「間」と云うことである。音楽としていかに不自然であるか指揮者、ならびに演奏者は実感することになる。いつも通りのテンポで繰り返されても、気が付かないということである。
 盤友人が44年前に出会った小節数は、提示部124、展開部123、再現部126、終結部128という総計で501小節。楽章の開始は、八分休符であることから、楽章最後の和音で500小節の音楽と云うことになる。作曲者の感覚としては、わざわざ、完全を目標にしているのだから、502という一小節分多いということに気が付くのは自然の成り行き、389小節目の全休止は、「音楽には間が大事」という感覚により、後付け理由で成立している。
 指摘しなければ気づかれないことなのだが、123と124小節目では全休止が二小節分確保されている。ベートーヴェンは実際に「間」は確保しているのであり、「389」節目の全休止をしない演奏として、ニキッシュ、山田耕筰、パウル・クレツキらが指揮したものに、その「間」は設定されていない。ただし、クレツキ指揮するソースは、南西ドイツ放送交響楽団のものと、チェコ・フィルハーモニーの二種類があり、後者には「間」が有る。
 作曲家の諸井三郎氏は、昭和25年の解説では501小節でありながら、その翌年には、502小節の解説を残している。すなわち、諸井氏自身も501と502小節の数字は、2種類残していたことになる。どういうことかというと、現実389小節目の「間」という現実の全休止を否定しきれていなかった現実がある。「間」説が有力な時代で現実が優先されているのだ。124、123小節を足すと247というのは、第2楽章の数字と一致して、126小節を足すと、373小節それは第3楽章の小節数と一致することなどから、それを根拠として、数字の完全性を前提として、かの「間」を間違いだと断定することになる。
 現実の楽譜を否定することは、有力な理由が認識共有されることなく実現できず、不可能なのは現実なのだが、その存在理由を認識することは、必要なのだろう。盤友人として、44年間、確信がゆらいだことは無く、ブライトコップ版楽譜に疑問を提出するだけである。
 オーディオライフは、そのためのものに過ぎない・・・・・中国大陸、朝鮮半島、日本列島、そこに生活するのは、等しく「人間」がいるだけなのだろう。ベートーヴェンも同じく「人間」である。

 
 交響曲はシンフォニー、すなわち三声部の旋律を基本として仕上げられた合奏曲をいうのであり、管弦楽とティンパニーが組み合わせられていて音楽を構成している。ということは、舞台に楽器がどのように配置されるのかは、指揮者と管弦楽奏者の理解を前提として成立する。一般的に、オーケストラはその時代経過により合意が形成されていて、その背景を探ることが指揮者たちに要請されているといえる。2019年の時点で、大きな転換の潮目を感じているのは盤友人だけのことなのだろうか?たとえば、NHKのクラシック音楽館では、同じオーケストラが異なる弦楽器配置で演奏が成されている。これは、1960年代からTVを視聴してきて新しい経験なのである。
 交響曲第5番ハ短調作品67は、1808年12月ウィーンで初演されている。テアトル・イン・デア・ウィーンという場所からして聴衆の数は千人を超えてはいない。その半分以下で現代日本の千から二千人程度のホールから考えるとき、演奏者編成の規模も初演の頃のコントラバスが三人程度から、現代では六人前後という倍くらいの増加をみているのだろう。楽器自体も構造は進化しているのである。だから1980年代から時代ピリオド楽器の演奏が試みられているのは、一つの時代背景なのであって、音楽観が再考されるきっかけを迎えたといえる。
 第五番は、当時の楽器編成にピッコロ、コントラファゴット、アルトトロンボーンほか三種という五本の管楽器が加えられている。そして、開始部は弦楽五部と同時にクラリネットの吹奏が加わり、総譜を開くと、音を出している六段と休止している楽譜とのコントラストが図られている。初演当時ではヴァイオリン両翼配置が前提であり、指揮者の左手側に、コントラバス、チェロ、第一ヴァイオリンが座席している。その右手側には第二Vnとヴィオラ=アルトが配置されていて、その奥にはクラリネットが座席していると想像される。すなわち、フルートとオーボエの後ろにはファゴットとクラリネットという配置で、コントラバスの対称としてホルンが座席し、その奥にトランペットとトロンボーン舞台中央にティンパニーが要である。よく考えると、シューベルト、未完成交響曲開始部のオーボエとクラリネットの斉奏ユニゾンは、演奏者、前後していた方が舞台上のポイントとして作曲者想定する配置なのだろう。
 特にホルンは、楽器の構造からして舞台上手に配置された方が、音響として支配する空間は広いといえる。もっとも、ホール自体、シューボックス型からワインヤード型という変遷も時代変化の要因となり、楽器配置の多様性をみている。そのことは、初演された当時を探ることが要請される現代だといえるのだろう。特にVn両翼配置が成立する左右対称感は、現代主流となっているヴァイオリンとコントラバスを対称にする指揮者右手側低音部という感覚と対立する音楽である。
 第三楽章から終楽章に推移するティンパニーの最弱音の連打は、舞台中央に位置するこそ、肝であるという感覚は、指揮者が一番受け止める音楽として自然なのである。中央にチェロとアルトが座席して指揮者の両手にヴァイオリンが展開するのが、両翼配置の意図である。さらにいうと、チェロのオクターブ下でコントラバスが支えることにより、舞台下手に座席するのがベストになる。
 ジャケットの写真として、1972年コピーライト、チューリヒトーンハレ管弦楽団、指揮者ルドルフ・ケンペのものは、まさに、その通りの配置になっている。ところが、レコードを再生すると録音は右スピーカーから低音部コントラバスが配置されていて、腰を抜かしてしまう。録音の前提としてコンセプトは、聞いてわかりやすい高低グラデイションであるのだがこれは1970年台の多数派形成するものであったのだ。それから時代は五十年近く経過した・・・

 LPはモノーラル録音による世界からステレオ録音のものへと進化している。1944年頃既にドイツでは開発されていたものであるけれど、1955年頃を境にステレオ録音は定着している。カール・ベーム1894.8/28グラーツ出身~1981.8/14ザルツブルク没は、グラーツ大学で法学修得の経歴を持つ異色の指揮者、ウィーンで音楽理論を学んでいる。彼はドレスデンでリヒャルト・シュトラウスの作品初演指揮を経験している。「無口な女」「ダフネ」。ベームがザクセン州立ドレスデン管弦楽団を指揮したアルプス交響曲(1915年作曲初演)は、1957録音でモノーラル録音後期の優秀録音。
 盤友人はおよそ30年余り前、東京都港区浜松町のオーディオショップで手に入れた。当時の価格で1万円。清水の舞台から飛び降りる思いで他に、ハスキルが弾くシューマン、子どもの情景エピック録音のモノと購入。オリジナルLPレコード経験である。なにゆえ、これほどの高額なのか?中古レコードの世界ではゼロの数字が四つや五つ、普通である。オリジナル録音と云うプレミアムは何物にも代えられない価値による。国内LPレコードでモノラル録音と云うと500円くらいの相場、比較にならないものがある。
 モノーラル録音には、カートリッジをモノーラル専用の針を必要とする。もちろんステレオ針でも再生可能ではあるけれど、専用針は出力する世界が異なる。左右の広がりこそないけれど、奥行き感は、抜群である。すなわち、金管楽器が舞台奥から吹奏する音楽の上に、手前の弦楽器の演奏は、マイクロフォンの実力が遺憾なく発揮される。だから、扁平ではあらず立体感充分な音源でオーケストラ録音はなされている。この経験は、オーディオ経験をした仲間には共有する感覚と云える。それは、アナログ世界の原点であり、ベーム指揮したアルプス交響曲は、すさまじい力感が記録されている。開始の200秒ほど、日の出の場面では静寂、夜のとばりから時の経過とともに差す一条の日の光を、絶妙に描写している。コントラバスのうねりから、鉄琴の一音まで緊張するひと時は息をのむ一瞬であり、その後に続くブラスの彷徨は光のシャワーを表現するにふさわしい。この感覚は、デジタルとアナログの一線を画するソースである。
 ドレスデンの歌劇場管弦楽団はおよそ四百年の歴史を有していて、ウエーバーのオペラ魔弾の射手、初演の歴史がある。とにかく、弦楽アンサンブルの音程、ピッチの正確な感覚は抜群に素晴らしく、管楽合奏の実力は他の追随を許さない、孤高のオーケストラだろう。
 古都ドレスデンは第二次大戦で連合国軍の空爆を受けて、大変な被害を受けていてそこから立ち直った歴史は、ドレスデンの底力を発揮した人々の知られざる努力の集積から達成されたものといえるのではないか。かの録音は終戦から12年という短期間で成し得た人々の心底から歓喜の記録といえる。
 千曲万来余話は、おかげさまで、500回の折り返し地点を迎えた。五年間あまり時間の経過があり、ここまで至ることができたのは、電子書籍としてこのサイトをご覧になる皆様の存在がある。東京、大阪、名古屋、札幌他様々の地域にわたる。もしサイトアクセス0の日が続いていたら、成立しないブログで、1日に数百のアクセスを経験し、盤友人としてはそのことに感動する日々である。サイト発信する愉びを皆様と共有できる幸福感はなにものにも代えがたい。このサイトで数字を多用する理由は、それが、正確か不正確かの判断材料になることにある。信用問題を抱えてのブログ発信と云うことで、さらに用心して頂上から下る歩み(くだらない話かも?)を発信していこうと思う次第・・・

 先日、札幌文化交流センターのスカーツコートにてモーツァルト研究の泰斗、海老沢敏先生のレクチュアコンサートに足を運んだ。彼は盤友人が学生時代から文献で親しんだビッグネイムでその出会いからかれこれ50年くらい経過している。先生の文章は音楽史に則り、エピソードが具体的で興味深い、モーツァルト研究に必須の世界である。この夜も、ケッヘル番号の説明から始まりマリア・テレージアとの関係、ザルツブルグ時代からウィーンへの展開などなど魅力的なお話をされていた。時間も三十分ほど、客席を前にして一点に視線を向け、昔から変わらない話す速度で穏やかな口調、もちろんノー原稿、そのきっちり守られた時間配分に経験豊富さを感じさせ驚きを禁じ得なかった。この秋、米寿を迎えられるという。
 こちらは、交流電源60ヘルツ変換器を使用する段階を迎えて、新たな展開を見せ、名古屋から大阪以西方面「スピーカーの鳴りっぷり」、そちら在住のみなさんにとって気が付かれないだろう世界を経験した。前提とする50ヘルツ世界を経験しなければ分からないはずである。だから60ヘルツとの違いは両方を知って、初めての経験となる。それは演奏する躍動感が克明になりワンランク高みのオーディオ展開である。
 英国ヴァージンクラシックスのLPレコード、1988年コピーライトのもので、チャールズ・マッケラス指揮、オーケストラ・オブ・ディ・エイジ・オブ・エンライトメントによる。時代楽器使用の管弦楽団。当時から指摘されていたのは、Vn両翼配置。中央にアルト、チェロが配置され上手にコントラバス、手前に第二ヴァイオリンが座席している。交流周波数が変換されて一段とその世界が如実にリアライズされる。
 両翼配置の効果と云うのは、第一が左側、その対向として第二ヴァイオリンが右のスピーカーから聞こえることになるのは、作曲家の意志に忠実と云うことである。つまり、第一と第二を並べるのは演奏者のハードルを下げただけどころか、カチャカチヤ演奏する無意味化された事態から、にわかに、意味を持つシートに第二Vnが座ることである。これは、そんなこと意味ないとする判断が、演奏者優位の発想であり、作曲家の立場に立つと納得が行く音楽である、ガッテン!それは、道徳的犯罪を犯しているといえるだろう。それほどの大問題でそう云える時代展開だ。
 マッケラスの演奏は、テンポの設定が、わりと軽快、ということは速すぎないということで、楽器自体がモダン楽器と異なり、重たくならないのである。速すぎるのは具合が悪いのであって、程よいテンポのキープこそ、管弦楽の醍醐味である。強弱の刻印がこころよく伝わる音楽こそ必要であってアレグロとプレストの区別こそ必要な態度である。
 両翼配置を提案すると、最初、あんたは原理主義か?と嫌う人がいる。そういう人は、現在がどういう歴史背景か考えるとき理解可能となる指摘と云える。原理主義と云う指摘は、態度としての否定的反応である。経験すると氷解する音楽が、両翼配置である。理屈でいくと、まるで分からないのであろう。議論をするとき、経験のあるなしは、前提とする立場が異なる。意味を理解するのは、理屈にあらず、経験でしかない。エイジオブエンライトメント、言葉の意味する開明期とは、作曲者の時代であり、そこに還れ!という発想は、現代に対する問題提起にほかならない。現実の展開は、世界大戦によるドイツ文化の否定が一因であることは否めないもので、アメリカ型配置が席巻したのは意味ない事ではない。第二Vnとチェロが交換されると済む話は意外に「コロンブスの卵」的展開である。シューベルトはじつに偉大だ!・・・

 晩さん会というと、管弦楽の演奏がふさわしい。特に弦楽アンサンブルは最少人数でコントラバスが一人とすると、チェロとヴィオラは二人ずつ、Vnが第一と第二で四人ずつの場合、合計十三人編成になるる。モーツァルトのセレナードでは、打楽器を必要としない。ここに、クラシック音楽特有の特徴があって、ドラムスセットは出番が無いところ、ポピュラー音楽と一線を画す。 ということは、演奏自体に、メロディー、ハーモニーそしてリズムの役割分担がなされていて、第二Vnとアルト=ヴィオラが受け持っているところ、実に面白いといえる。このことは、楽器配置の意味とも重なっていて、最低音域と、Vn旋律のあしらいを考えた時、Vnダブルウィングというキーワードが時代を象徴することになる。チェロとアルトこそ、中央に配置されると、俄然、アンサンブルは精気を発散するところが味わいと云えるだろう。さらに、ヴァイオリンという楽器の構造こそ、チェロとアルトと相違する所以であり、そこのところ、ヨハン・セヴァスティアン・バッハ 1685~1750はBWVバッハ作品番号1001~1006で無伴奏のソナタとパルティータを作曲している。1720年頃ソナタの楽譜浄書が記録されていて、アントニオ・ストラディヴァリ1644~1737と時代が重なっているのは興味深い。三曲のソナタ、楽章数は四曲、パルティータは六曲前後で前奏曲、舞曲から編成されている。
 LPレコードを収集していると、正規盤とプライヴェート盤の違いの他に、メジャーとマイナーレーベルの違いにも出会う。ドイツでいうとインターコード、ベーレンライター、ムジカフォンなどなど。このマイナーレーベルに登場する女王に、スザンヌ・ラウテンバッヒャー1932.4/19アウグスブルク出身がいる。彼女はヘンリク・シェリングに薫陶を受けているから、カール・フレッシュの孫弟子と云えるかもしれない。
 無伴奏ソナタ第三番ハ長調BWV1005はとりわけ、名演奏といえるできばえのレコードになっている。並みいる名演奏の歴史の中でも抜群のディスクだろう。肩の力こそ抜けていて、その上で格調高く歌い、充分な鳴りっぷりの演奏が記録されている。これは、すべてのレコードに云えるのではなくて、このスージーのみの偉業と云えるのである。
 ヴァイオリンの演奏と云うと、意外に力が込められていて、弾く方も聴く方も肩に力が入るのであるけども、ここでの演奏は、肩透かしをくう。力んでいないことがすぐに分かる。すなわち、楽器構造としてスイッチ切り替えがあって表板と裏板の振動が発揮されるのではなく、演奏者による魔法マジックでもって、そこの切り替えが図られるのだ。不思議な技術、それを身に着けてこそ名人のクラスと云えるだろう。ちなみに、聴く方もこのことに気が付くかつかないかで、趣味の世界が広まるというもの、第二ヴァイオリンが指揮者の右手側にシートする意義、客席に裏板を向ける意味が生まれる理由がそこにあるのである。
 スージーは、既にその記録を果たした女王であり、マイナーレーベルといえども、日本の企業がリストに漏らしているだけで、コレクター冥利に尽きるドイツのLPレコードと云えるだろう。価格と云うと破格であるのだが、貨幣対効果は、支払った人にしか分からない世界でたとえていうと、ガラス玉とダイヤモンドの違い、見た目ですぐ判断が付くというものである。至福の時間を手にするか否かは、清水の舞台から下をのぞく思いがするだろうけれど、盤友人は、それを愉しんでいるかもしれない。満月は一年間で十二回出現するのだけれど、それくらい、否、それ以上満喫できるのがLPレコードの世界である・・・

 ある人はその授賞をことわり、Y氏は国民から頂いたものだと発信する。眼光紙背に徹する論客は、みごとにその力を発揮して誤解を糺す。文化勲章は歴史の積み重ねの上にあり、お上から授けられるものにあらずと云う指摘であって、さすがだ。国民の一人として歓びを共有したい。
 シューベルトは、ベートーヴェンと同じくウィーンに住み、ただひたすらに、ピアノの作曲に偉業を残している。月光ソナタは1801年、ジュリエッタ・グィチャルディに献呈された名作。シューベルトは、1828年頃、楽興の時を楽譜出版している。六曲構成で第3曲はロシアの唄、1823年作曲になる名曲、「音楽の泉」開始のメロディーとして有名、盤友人の小学生時代で堀内敬三氏の名解説だった。ズッチャズッチヤ・ズッチャズッチャ、タッタリラッタ、タリラタリラータリラーラ・・・。
 この前の第2曲は静謐の音楽で、余り実演で聴くことのない秘曲。クリフォード・カーゾン1907.5/18~1982.8/1ロンドン、彼は多数のレコード録音をベーゼンドルファーで記録している。楽興の時を再生するとスタジオではなく、ホール録音の可能性が高いことが分かる。優秀録音。この第二曲を幾度となく耳にしていて、序奏から三連符の音楽に移る時、ああシューベルトは月光ソナタの音楽の経験から彼の世界を照らしていることに想いが展開したものである。下敷きというのは正確ではなく、あたかも悲愴ソナタ第二楽章を「逝ける王女のパヴァーヌ」に書き換えたラヴェルの如く、アウフヘーベン、止揚を果たしたシューベルトの真髄である。
 現代で耳にする多数のレコード録音では、ピアノ表記の多数はスタインウエイ使用のもの。ピアノというと、華やかで軽快、高音域の音質は倍音が豊かてある。ところが、ウィーン製のベーゼンドルファーというと、低音域の豊かな倍音に、グランドピアノの実力を知らされる。昔のウエストミンスターレーベルでは、ハンガリー系女流のエディト・ファルナディが使用していたピアノで、耳に親しい音色であった。その当時、モノーラル録音では、ベヒシュタイン、グルトリアンなど多彩なピアノの音色が花盛りだった。それがデジタル録音の時代になると、多数派はスタインウエイに絞られて、なぜなの?と想われる時代になったといえる。ステレオ録音LPでは、まだ、ベーゼンドルファーが生き残っていて仕合わせである。多分その演奏技量というハードルの高さゆえの現象で、ベーゼンドルファーピアニストは選ばれた世界に推移したものであろう。
  ドイッチュ番号780作品94、「楽興の時」はベートーヴェンロスの世界、果たして人生の深淵を垣間見るひと時で、まさに時間の芸術として、その再生はオーディオ世界の醍醐味といえる。ベートーヴェン、シューベルト、カーゾン、この三者に共通する生涯青春の人生は、ある意味、豊穣のピアノ音楽の粋である。それは、あたかも水墨という夢幻の世界に遊ぶ、永遠という一瞬の刹那であり、女性たちの対岸にいるという希望の世界なのであろう。絶望と云う暗闇を知るものこそにのみ、光差す時間…
 情報に溢れた現代で、200年前の音楽的意義を求める趣味は、それなりの対価を必要とする。交流電源が、50ヘルツという前提から60ヘルツ周波数転換を目前にして、そんなことをKT札幌音蔵社長は実現する。その後に用心しなければ、相当なジャンプ、着地に失敗する危険でくわばらくわばら・・・
 ベートーヴェンには、ジュリエッタがあこがれで衆知の世界、シューベルトはそこのところ微妙だ。それはピアノ、といっても、現代のグランドピアノと別世界であったにしても、オーディオに相応しい世界に遊ぶ・・・

五月も残り一週間になリ、晴天が続く初夏でウグイスの鳴き声(小樽にて)を耳にする。当地札幌では街路樹でライラックの紫色、花の房を目にする季節で、ニセアカシアもパールホワイトの花が満開になっている。
  ライラックはフランス語でリラ、むらさきはしどい のこと、モクセイ科の落葉低木でうすむらさき色花の房から甘い香りが強く、札幌では街かどでよく見かける。 カール・ニールセン1865~1931デンマークの作曲家。リヒャルト・シュトラウス、グラズノフたちと同世代だから、後期ロマン派に属するといえる。コペンハーゲン音楽院に学び、同地の王立管弦楽団、第二ヴァイオリン奏者として16年間在籍、1890年奨学金を得て外遊を経験して作曲に専念することになる。1905年に同楽団を辞任して交響曲第一番を作曲する。1908年、王立歌劇場管弦楽団の第二指揮者、のちには音楽協会会長、音楽院教授、院長など要職を歴任、交響曲第四番は不滅のニックネームで有名。
 弦楽四重奏曲第二番ヘ短調作品5は1890年頃発表されている。第一楽章アレグロ、 ノントロッポ、快速にでも余りはなはだしくなく。マ、エネルジコ情熱的に。第二楽章ウンポコ、アダージオ。少し幅広くゆったりと。第三楽章アレグレット、スケルツァンド。やや快速で、諧謔的。第四楽章フィナーレ、アレグロアパッショナート、アレグロモルト、プレスト。終楽章、快速に熱情的に、充分に快速で、そして急速に。
 作風としては、ブラームスの雰囲気を受け継いでいて、充分にロマン派風である。演奏は、コペンハーゲン四重奏団、トゥッター・ギヴスコフ、モーゲンス・リドルフのVn、モーゲンス・ブルーンのヴィオラ。アスゲル・ルンド・クリスチアンセンのチェロ。なおジャケット写真のイラスト画を参考で演奏を耳にすると、中央にチェロとヴィオラが定位し右スピーカーから第二Vnの音楽が聞こえてくる。コピーライトは 1968年で、ステレオ録音の米国ターナバウト盤。第二楽章は第二Vnの独奏に、他が伴奏を付けているような音楽になっている。弦楽三重奏のとき、チェロが中央に、Vnとヴィオラは左右に配置されると、音楽的に安定する。では、第二ヴァイオリンは、どこにシフトするのが良いのだろうか?
 現代の多数派は、Vnとチェロの間に座席する。ところが、言葉としてヴァイオリン両翼配置がある。すなわち、現代はこの言葉に則ることなく、ネグレクト無視、あるいは忌避、タブー視している。だから、オールクラシックミュージック イズ ダブルウィングを認めた時、第二ヴァイオリンは演奏者たちの左手側、客席から見ると上手配置が正解になる。実際、聴いていると第二Vnが端で演奏する方が音楽として聞こえやすい配置になる。ということは、演奏中心に考えると両翼配置は、無視する方が演奏しやすくて、聴く立場になると、両翼配置の方が音楽として面白くなる。というか、チェロとヴィオラが中央に存在して、左右にヴァイオリンを配置した方が作曲効果の上がる、聴きやすい配置と云えるのである。盤友人としては、ステレオ録音では二枚目となる。それくらい希少価値ある音楽。
 最近の音楽シーンで、合唱グループの配置は男声を中央にして、ソプラノとアルトの間に挟む団体が増えてきている。どういうことかと云うと、女声と男声と左右に分けるだけではなく、サンドイッチのように、男声を中央にしてはさむスタイルが試されてきているのだ。新しい響きを求めるのは、過去とは異なる音楽を求める欲求の表れであり、自然な成り行きと云える。それは、あたかも作曲家の時代から演奏家優位の時代に変遷したのが、さらに作曲家の時代へと回帰しているかのようなんだよね・・・

 あをによし奈良の都にたなびける天の白雲・・・ここでいう青丹よしとは青緑、赤色成す奈良の都の枕詞で花盛りを意味する。ところが詠み人知らずの3602の歌は入新羅使のもので、あをによしは、アンニョンヒというハングルの日本語化したものではあるまいか?というのは盤友人の見立てである。オモニナラという言葉は、母なる国というハングル。その奈良の都にたなびく雲を、新羅の遣いは旅立つ際に詠んでいるのだろう。
 モーツァルトはK495で、1786年頃四番目の協奏曲を作曲している。第一楽章アレグロ・モデラートこころよい中庸なテンポで、この音楽はギャラントスタイルともいえる前古典主義、ロココ風の様式。弦楽五部というのは、第一、第二ヴァイオリン、アルト、チェロ、コントラバス。それに、オーボエ、ホルンの二管編成。第二楽章ロマンツァ、アンダンテは、のびやかなゆったりした音楽で第三楽章は、ロンド、アレグロ、ヴィヴァーチェ。
 指揮者カラヤンはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督に就任する以前、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団と、多数のレコード録音(1948年に初共演)を残している。英国で、名人を組織化して録音のために編成されたオーケストラ、その中心でヘルベルト・フォン・カラヤンは指揮していたことになる。当時不滅のLPレコードとしてベストセラーを記録したのが、デニス・ブレイン1921.5/17~1957.9/1を独奏に迎えた1953年12月録音ホルン協奏曲四曲のモノ。
 先代からのホルン一家出身で、初代はアルフレッド・エドウィン・ブレイン。デニスの父親はオーブリー・ブレインBBC交響楽団、ロンドン・フィルハーモニーなどの首席奏者だった。デニスは1938年ブッシュ室内管弦楽団に参加してプロとしての経歴を開始する。1946年、指揮者ビーチャムからロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団の首席に招かれ、1950年にはフィルハーモニア管弦楽団の首席に就任している。この頃はロイヤル・フィルハーモニックとフィルハーモニアの掛け持ちが可能な演奏活動だったようだ。
 デニスの演奏は、豊かな音楽性に基づいて、朗々としたホルンで天馬空を行く姿のような録音を残している。元NHK交響楽団首席奏者の千葉馨さんは、デニスに師事していて、彼は仕事する時、ほとんどアレキを使っていたと語っていた。アレキとは、アレキサンダーというメーカーの楽器のことである。音量が豊か、堂々とした鳴りっぶりでドイツ製のもの。ホルンの演奏は、オーケストラ演奏会では聴いているとき、独奏の場面ではハラハラする。音程のキープがむつかしくて、音がひっくり返ったり、とにかく目立つ。プロフェッショナルといえども、一発勝負で安定感を与える演奏を披露できるのは、超一流と云える。未熟な演奏家でなくとも、上出来の演奏は、拍手喝さいものなのである。その意味でレコードでは決して記録されることのないシロモノなのだが、それを易々と演奏した記録がレコード、というと、何か腑に落ちないものである。音がころげて不思議でないはずなのに、楽々と演奏しているのは、超一流ならではの演奏と云えるのではなかろうか? 
 ホルンというのは英語、イタリア語ではCornoコルノ。渦巻き状の管で左手でヴァルブを操作して、右手はベルという開いた筒の中に入れて演奏する。音程を作るのはマウスピースにあてた両唇で息を吹き込むことによる。このマウスピースにゴムホースをつないで、先にロートをはめると、立派な楽器、ホルンのような演奏は可能である。英国のホフナング1956年音楽祭にデニスは出演して、それを実演した水撒きホース記録レコードもある。

  ヨハンナ・マルツィ1924.10/26ティミショアラ~1979.8/13チューリヒは、英国コロンビアの33CXナンバーでバッハの無伴奏全曲を記録している。現在相場価格、120万円はくだらないという代物、ミソスの復刻盤も一枚福沢諭吉さん分相当だから、簡単に手の出るレコードとは言いかねるもの。果たして、その価値を再生できるシステムにまで高めることが出来るように到達した。
  レコードの価格と云うものは、音盤に込められている情報を、最大限に再生することにより、報われるというものである。だから、レコードを購入した段階では、明らかに、ミソスの音源はその価値を発揮できるものでは非ずに干からびた復刻盤の段階だったのだ。
  メインアンプの出力管を五極管から三極管のPX4というオールド球システムに変更したり、その上で、ラインコードをN社、B社、T社のものから、ゴッサム社製品に統一したり、というグレードアップを経過している。
 一番、変化のシステム向上がはかられたのは、音盤の基本音に比較して倍音のバランスが飛躍して再生されて、馥郁とした再生音を獲得できたことにある。マルツィの演奏で云うと第二番ソナタイ短調BWV1003の開始、第一楽章グラーベ、その始めの複合音の音響は、見事に情報が詰まっているところを開放してくれることになる。すなわち、カルロ・ベルゴンツィというあだ名の楽器の胴鳴りが再生される歓びは、まさに、オーディオ道の醍醐味であろう。その音楽は、一貫して表板の振動感が再生されることに気が付く。彼女が何に気をつけているかが、伝わってくる再生音にグレードが向上しているのである。平たく云うと、ミソスのレコードから繊細なヴァイオリンの再生音が獲得できたのである。最初手こずっていた再生が、現段階ではミゾに刻まれた情報が充分に引き出すことが出来て、レコードに針をおろす歓びを体験することに相成ったという次第。マルツィが眉を寄せて脱力したポウイング、弓さばきが再生できる歓びは、何物にも代えがたいものがある。彼女は脱力していて、力の入れ方をコントロールしているのが如実に伝わってくる。
 盤友人は勤務を退職して、振り返ったとき、負けてはならない人生、負けん気、負けることはいやでありながらも、負け続けた人生だったような気がする。ところが、マルツィの演奏を再生していると彼女は、勝とうとしている精神状態は、どこにも感じられない、無心というか、負けるが勝ちといえるまで感じがするのである。2020東京オリムピックを来年に控えて、世の中の価値観は、勝て勝て勝て、負けられない! というもので溢れている。翻って、日本語には「負けるが勝ち」というものがある。これは、正反対の価値観に通じる世界である。負けていいのである、否、負けても価値がないのではあらず、負けるが勝ちと云う境地で救われる世界もあることに気が付いてこそ、必要な心構え、勝者と敗者は見かけの上だけであり、敗者でも無価値な存在ではあらず、価値はあることに気が付くことこそ必要な態度であることを、的確に表現した言葉ということである。あの時、勝つことが出来ず負けていて悔しかったことも、負けるが勝ちという言葉に気が付いてこそ救われていたのではあるまいか? という境地を、ヨハンナ・マルツィを聴いて、そう思われる。
 勝気にあふれた演奏の代表は、ヴァイオリンでいうと、ギスギスした技巧テクニックだけが気になる、倍音の抜けた再生音である。そういうレコードが溢れているのが実情である。裏板が鳴るし、その上で、表板の音響にも細心の注意が払われているものこそ、マルツィ、負けるが勝ちの演奏である。
 負けることは無意味で非らず、勝ちにこだわるこそ、解脱するべき境地なのではあるまいか ? 技巧の上に、倍音を聴かせる努力・・・

大人の味というものがある。子供が口にするとたんに、受け入れられずもどしてしまうもので、ある経験を経るとやがて受け入れられるというか、病みつきになる味・・・人生経験を経ることにより知るよろこびというと何やら意味深長なのだが、コーヒーの味と云うと分かりやいすものがある。
  ブラジルコーヒーは、判断するスタンダードで苦味、甘味、酸味が一体となっていて、中性と云えるのだが、スマトラマンデリンは、バランスとして苦味が主体である。タンザニア=キリマンジャロはそこのところ、酸味が主体、アフリカ系のケニアなど宇宙にでも届くような酸味の世界であり正に緑色のベルベットのごとき、深い味わいがある。そこのところ同じ感覚のコロンビアは南米風であり、甘みの強い酸味である。グアテマラはココア風の酸味であり、中性である。いずれにしても、一般にコーヒーは口に苦く、ある人にとってはキスよりも甘い味、という苦味の評価が分かれるところでもある。
 ローベルト・アレクサンダー・シューマン1810~1856は作品44で変ホ長調ピアノ五重奏曲クインテットを作曲している。シューマン三十代1842年の作品で気力、意志力の充実した、クララ・ヴィークとの結婚を果たした幸福な青年音楽家がいる。フロレスタンとオイゼビウスという二人の名前を使用した音楽新報に評論活動を展開して、方や詩的音楽の作曲に集中していた。ロマン派の旗手、浪漫という漢字表記によるとイメージしやすいのであるが、それは正確ではあらず、首都ローマを目指すロマンティッシュとは、永遠なるものを欲する表現主義と云える。それは、文学との一体に憧れ、あるときは歌曲、またある時はピアノ曲と揺れる振り子の運動のごときである。弦楽四重奏とピアノによる音楽と云うクインテットはピアノ自体は作曲家の意志表明の手段なのであろうか?第一楽章と対照的な第二楽章、行進曲風にというのは、葬送である。そのうえで、幅広くよりわずか早めのという世界は、まさに二律背反するアンビヴァレンツである。
 狂気ともいわれるようなロマネスクの世界は、決して美的ファナィズムではなく、すなわち熱狂的な精神は自身を裁く危険があるけれど、シューマンの作曲にはそこの危険を回避していて、主体となる自我は崩壊していないのである。第三楽章スケルツォは、絶えず下から上へと上昇を繰り返す情熱を、第四楽章のフーガの手法は、完成した形式感を表現していて成功している。
 クリフォード・カーゾンは1907年5/18~1982年10/2ロンドンにて没している。伯父は作曲家のケテルビー。12歳でロイヤル音楽アカデミーに入学、1928年から二年間はベルリン留学してアルトゥール・シュナーベルに師事している。その後パリでワンダ・ランドフスカ、ナディア・ブーランジェに教えを受けている。そのピアノの音色は甘美で、馥郁とした薫り高い、ロマン派の音楽にうってつけの音楽性と云える。第二楽章のヴィオラ=アルトとチェロの低音の魅力もさることながら、それに寄り添うピアノの左手メロディーラインのスパイスは正に苦味である。 
 音色もさることながら、第三楽章の熱情を経た後の第四楽章のあの形式感は、味わいを甘いもの一辺倒からバランス良い苦味を味わわせてくれて、ロマン派音楽の頂点を形成する音楽と云える。ブダペスト弦楽四重奏団と1950年代録音。
 ピアニストの中には、ベヒシュタイン、スタインウエイ、ベーゼンドルファー、プレイエル、ヤマハとかすべて使用しているスヴィアトスラフ・リヒテルのような奏者もいるけれど、クリフォード・カーゾンは、ウィルヘム・バックハウスのように、頑としてベーゼンドルファー・ピアニスト不動の地位を築いている・・・

 令月、調和ビューティフル・ハーモニーと意味する「令和」が始まる。令室、令嬢、令息などなど、めでたきとかの熟語もある。時代の呼び名が交替する御代がわり、018レイワを足すと西暦の数字になるから分かり易い関係性がある。1+018=019だからこのダブル感覚をうまく利用するところにこれからの時代、生活があると思う。
  モーツァルト1756~1791はジングシュピール歌芝居、「魔法の笛」を自身の指揮で1791年9/30ウィーン初演、その二か月余り後に死去している。悪者だと思われていたザラストロ、何やらツァラトゥストラに言葉は似ている、拝火教の主、実は人々の尊敬を受ける賢者だったという。王子タミーノは幾たびか試練を受けるのだが夜の女王は、タミーノに魔法の笛を与え、パパゲーノは銀の鈴を持ちお供する。十八歳だが老婆姿のパパゲーナ、パパゲーノがしかたなく永遠の愛を誓うと少女に変身して、すぐ消えてしまう。一方、タミーノに冷たくされ思い悩んでいたパミーナ姫は、三人の童子から真実を聞き、火と水の試練へ向かうタミーノの前に現れる。二人は魔法の笛の力により無事試練を乗り切って祝福の合唱に迎えられる。パパゲーノもパパゲーナに再会し、ば、ぱ、ば・・・と喜びを歌う。夜の女王はザラストロへの復讐を狙うのだが雷鳴と閃光に打ちのめされる。太陽の神殿の場面となりザラストロを讃える合唱が響くところで幕となる。
 ベルナルト・ハイティンクは、1980年録音でステレオLPレコード3枚組を記録している。タミーノ役ジークフリート・イェルサレム、パパゲーノはウォルフガング・ブレンデル、パパゲーナはビリギッテ・リンダー、夜の女王はエディタ・グルベローヴァ、パミーナ姫はルチア・ポップ、ザラストロはローラント・ブラハト。
 序曲を耳にすると、弦楽アンサンブルはVn両翼配置で下手にコントラバスがあるため、ホルンは上手に配置されている。舞台のオーケストラピットをイメージする時、ヴァイオリンが両袖に展開されるのは作曲者の意図に合致していて、聴いて実に愉快である。ところが、札幌のオペラでは第一と第二のヴァイオリンが下手に束ねられる配置でそこのところ、まったく、つまらないものにされている。観客は喝采の拍手を贈るため、指揮者はなんのためらいが無いのだけれど、ハイティンク指揮のレコードはそこのところ、しっかり両翼配置で記録されているのだからなんの不足も無いことになる。現実の指揮者たちは、ハードルが高いVnダブル・ウィングを避ける傾向が多数派である。
 すなわち、過去のステレオ録音初期には、左スピーカーに高音域、右スピーカーには低音域というグラデーションを記録していることによる。ところが、定位ローカリゼーションというものを考えた時、舞台下手に低音域を配置するように三人のレディースもアルトが端に来て、中央にソプラノが・・・すなわち、指揮者の左手側に低音域が来ることになる。がっちりと、指揮者右手側にコントラバス配置と云う現代多数派の固定観念と異なるところに、ステレオ定位の感覚がヴァイオリン・ダブル・ウィング配置なのである。左にパパケーノというバリトン、右にタミーノというテノールがお互いに対話するステレオ録音は、現実にはなかなか演奏されない配置と云えるかもしれない。だから、第一と第二ヴァイオリンが対話し、あるいは、ユニゾン斉奏されるところにステレオ録音の醍醐味はある。
 音楽と云うものは、配置と云う前提の上で、最高の演奏が展開したところに面白味はある。新しい時代こそ、その愉しみは可能性を秘めていると云えるのだろう・・・

 15日ノートルダム寺院大火災に続いて、16日イェルク・デムス1928.12/2ベルテン生まれの訃報が届いた。享年90歳。彼は去年も来日公演を果たしていて、大の親日家。一時期毎年のように来日していて、盤友人もベートーウェンの第三番協奏曲や、バドゥラ・スコダとの二重奏など三回の演奏会を愉しんでいた。2003年4月22日にはリサイタル終了して、ロビーでサインを頂いた。その時に持参したLPレコードは、フィッシャーディースカウ独唱、ブラームス曲マゲローネのロマンスだった。彼は一瞬、驚いて、遠くの方を眺めるようにひと言、ショェーン!と発した。椅子に着席していた彼の顔は間近にあり、瞳の色は青色ブルー。リーベ・レルネンとか添え書きとともにブックレットの余白に自署していただくことができた。
 1955年には、バッハ、ゴールドベルク変奏曲をウエストミンスターレーベルに録音。とにかく録音は豊富で、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン・・・この時期の青年デムスは次から次へとリリースしていた。そののち、ドイツ・グラモフォンレーベルに契約が移行して、ディースカウが歌う歌曲の伴奏など豊富なレコーディングを成し遂げている。歌曲の伴奏者と云うと、マイナーな印象を受けるのだが、デムスの場合、独奏者としても八面六臂の活動を経験しているから並ではないだろう。
 鍵盤楽器の歴史は、バッハの平均律クラウィーア曲集に始まると言っても過言ではない。確かにスカルラッティ、ラモー、クープランなどイタリアやフランスにも歴史はさかのぼることが出来る。その後を受けて、ハイドンのソナタやモーツァルト、ベートーヴェンと歴史は展開する。ベートーヴェンの後姿を見て、シューベルト、そしてリストは作曲を発展させている。シューマン、ショパンというのは、ロマン派の典型である。デムスはその後、セザール・フランクやドビュッスィーまでレパートリーにしている。そして独奏のみならず、シューマンやブラームスのピアノ四重奏曲など室内楽の分野にも活躍している。
 アベッグ変奏曲作品1、蝶々作品2、ダヴィッド同盟舞曲集作品6、トッカータ作品7、謝肉祭作品9、幻想小曲集作品12、交響的練習曲作品13、子どもの情景作品15、クライスレリアーナ作品16、幻想曲作品17、アラベスク作品18、フモレスケ作品20、森の情景作品82、 ローベルト・シューマン1810~56は数々のピアノ作品を作曲し、自身もピアノ演奏に熱中し過ぎていた。そして精神的な不安定を経験し、幸福と苦難の両方の道をたどっている。
 ピアノソナタ第2番ト短調は作品22.そして第1番は作品11だったというのは、ベートーヴェンにならい、作品番号の管理は、意識的なものであったというのは容易に想像することが出来る。ベートーヴェンのピアノソナタ32曲は、第31番のソナタをもって100楽章を作曲完成して、第32番は二楽章の構成から成立していた。シューマンの第2番は四楽章構成からなる。第一楽章は迅速な速度で、第二楽章はアンダンティーノ、第三楽章はスケルツォ、特に迅速な速度で、第四楽章はロンド。聴いていて特にソナタ形式の音楽ではなく、それぞれがショパンの前奏曲に相通じるものがある。
 デムスのピアノは、音色が低音域の音色に重量感があって当時のウエストミンスターのアーティストの音色に共通するものがある。現代はとにかく、スタインウエイが多数派を形成しているのだけれども、デムスがデビューした頃の音色は、現在と違っていたのである。確かな技巧もさることながら、ロマン派の何たるか、情熱の伝道者として面目躍如するものがあったのだった・・・

 その日は午前8時のテレヴィ放送の映像で、大聖堂が炎上する場面で尖塔がまさに崩れ落ちる瞬間を捉えていた。15日の午後7時という現地時間から8時間にも及ぶ火災に見舞われたノートルダム寺院、人々が悲嘆にくれる様子を伴い、ニューヨークの9/11事件と同じような様相を呈していた。聖母マリアを意味し、宗教的聖地でありながらパリの歴史的文化的象徴としてのノートルダム寺院が初めて被災を経験する悲劇的時間である。
 800年にも及ぶ人々の信仰対象、ゴチック期の代表的建築物は二度の世界大戦を免れていながら被災するという大きな事件で、ターナー、1835年作品の「国会議事堂の火災」を想像させる。ノートルダムにはパイプオルガンが設置されていてフィリップス録音でピエール・コシュローが演奏するブラームスのコラール前奏曲集作品122を鑑賞することができる。
 第 1 曲 Mein Jesu,der du mich 
 第 2 曲 Herzliebster Jesu
 第 3 曲 O Welt, ich muss dich lassen
 第 4 曲 Herzlich tut mich erfreuen
 第 5 曲 Schmucke dich, o liebe Seele
 第 6 曲 O wie selig seid ihr doch, ihr Frommen
 第 7 曲 O Gott, du frommer Gott
 第 8 曲 Es ist ein Ros entsprungen
 第 9 曲 Herzlich tut mich verlangen
 第10曲 Herzlich tut mich verlangen
 第11曲 O Welt, ich muss dich lassen まで、録音は1, 6, 2, 8, 9, 11, 10, 4, 5, 7, 3という     順番でなされている。
 パイプオルガンは、十本の指のみならず、スエル(床)という二本の足を駆使して足鍵盤を演奏するという全身を使う楽器の王様である。綾なす高域メロディー、中音域の定旋律、そして足鍵盤による低音域というポリフォニー複数旋律音楽の粋。ロマンティシズムというのは、欲望を欲する精神の発露ともいわれ、ブラームスはその中で擬古典派ともいわれるバロック音楽を深く追い求める作曲家、バロックとは「いびつな真珠」ともいわれ、同時に左右拡張する精神の芸術である。実際にオルガン演奏の作曲家ではなかったけれども、作品番号を持つ唯一の遺作となった十一曲のコラール前奏曲、ヨハン・セヴァスティアン・バッハを尊敬するブラームス渾身の傑作と云える。ピエール・コシュロー ?~1984.3/6没は1955年からノートルダム寺院のオルガニストを務めていた。
 オルガン演奏による音楽は、ときとして矮小化された感覚に陥り易いのであるけれども、大聖堂の音響は、まさに、ストラクチュア構造物としての音楽体験であり、それを想像する努力を必要とする。火災の映像はあたかもミニチュアの感覚に陥りがちなのであるけれど、事件は歴史の消失であり、大惨事であることを忘れてはならない。ニュースを受け入れがたい感覚とともに、数百万数千万人に及ぶ悲嘆を想像するに、「祈り」の行いの必要をことさらに痛感するレコード鑑賞を、これからも続けることの日常を、つらくもいとおしく思われる一日となった・・・

 クラシックで音楽の三要素とは、リズム、メロディー、ハーモニー(律動、旋律、和音)というもの。そのうち、ヴァイオリンによる旋律は、本当にうまくできている。小振りな楽器ながら高い音から中音域までそれこそ楽器自体を響かせて聴きものである。そして合奏となると、アルト=ヴィオラ、チェロ、コントラバスなどによる中音域から低音域に至る弦楽合奏は、和音という厚みある音楽の集大成であり、ハイドン、モーツァルトたちによる作曲は、現代にまで歴史的に発展した合奏体としてまことに立派なものを誇っている。さて、それでは、リズムとはどこにあるのか?というのは素朴な疑問である。オーケストラと云う言葉自体、舞台を意味するもの、管弦楽というと、打楽器が抜けていることになる。
  ティンパニーという音程を表現可能な打楽器はオーケストラの要であり、リズムの直接的役割を担っている。ところが、イタリア人作曲家ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ1753~1824のヴァイオリン協奏曲第23番では、そのティンパニーが使用されていない。すなわち、リズムを担当する楽器は無いことに気が付く。ここが、ポピュラーやジャズの音楽にあるパーカッション打楽器の存在をいつも必要としないクラシック音楽との違いである。リズム楽器が無いのに合奏がなぜ可能なのかということになる。すなわち、指揮者の存在である。彼は、音を出さないで拍節を指示していることが大きな役割だからである。指揮者の大きな仕事の一つに、リズム律動を把握して、テンポ速度を指定する働きがある。演奏行為でテンポ感は合奏者の構成員が多ければ、それを体現する一人として、指揮者の存在は絶対のものがある。ジャズなどを想像したとき、ドラム奏者の存在は必要であり、時としてピアノがその役割を果たすことも多いのだが、クラシックには時として、ドラムセクションは必要としない音楽であるのは象徴的である。イタリアでは16世紀ころにはオペラが誕生しているのだが、リュリという作曲家の時代には、指揮者の役割が発生していたのは重要な事実である。日本音楽の雅楽、能楽、歌舞伎などでは、そういう役割の個人的存在を生み出さなかったのは、日本人社会を考察する時、そういう個人的役割の指揮者を生み出さなかった歴史で、西洋社会と日本を考察するに興味深い社会的課題である。いわば、キリストという個人を中心に据えるところは、管弦楽における指揮者の存在に似ている。日本では、合奏者の中にその存在は居ても、指揮者と云う存在はおいていないのである。
 独奏者のいる協奏曲では、指揮者の存在は、音を出さない打楽器奏者役割を果たしながら、音楽全体の把握、統率、中心の存在なのである。実際、弦楽合奏のほかに、管楽器は二管編成でありながら、ヴィオッティではフルート、ファゴット、ホルンという意外に小編成なのてある。その開始はまるでモーツァルトのピアノ協奏曲の音楽を予想させるスタイルで、ああヴィオッティはヴィヴァルディからパガニーニへの中間で、橋渡しする存在になっていた。時代的にはハイドン、モーツァルトという古典主義の音楽と云える。ヴィヴァルディはバロック音楽の中心であり、パガニーニというロマ派音楽の丁度、中間的存在である。適度に独奏者の名技性を発揮しながらも、ロマン派程の展開は見せておらず、合奏者自体もその技術の発露を見せている。フルートがトリルを演奏する時、あたかも小鳥のさえずりの如く、晴れ渡った田園風景を経験する素朴な音楽になっている。
 ローラ・ポベスコ1921.8/9クラヨーヴァ、ルーマニア生まれ~2003.9/4スパ、ベルギー没は、美貌の天才ヴァイオリニスト。エネスコ、ティボーの薫陶を受けている。1980年には初来日を果たしていて、親日家、ファンの方も多くいた。歌謡性豊か、楽器を充分に鳴らせる名人。ご主人はジャック・ジャンティでマルツィ、オークレールらの伴奏を受け持っていた。このレコード1980年録音でボベスコは、たっぷりと歌い、大輪の花を開かせ魅力横溢するLPとなっている。

 M氏は35年間の生涯において27曲のピアノ協奏曲を残している。1767年11歳で、ケッヘル番号37ヘ長調は第1番にあたる。そのうち、短調作品はK466ニ短調とK491ハ短調の二つしかない。
 短調と長調の違いは、第三音の音程が長短三度の相違による。短調は狭い短三度によるために、悲しい音楽の様相を見せる。主音を(ド)とすると(ミ)との音程は全音と全音の積み重ね。ところが短調の場合、主音を(ラ)とすると第三音は(ド)にあたり、全音と半音の音程になる。主音がドの長調は、ハ長調、Cメジャー、主音がラの短調はイ短調、aマイナーになる。主音がラの長調はイ長調Aメジャーになる。ドイツ語でいうと、長調はドゥーア、短調はモールと呼ばれる。だからAメジャーはアードゥーアA-durということになる。
 ピアノ協奏曲イ長調の作品はK414とK488の二曲。ヘ長調F-durはK37、K413、K459そしてK242。変ロ長調B-durはK39、K238、K450、K456、K595。ニ長調D-durはK40、K175、K451、K537。ハ長調C-durはK246、K415、K467、K503。ト長調G-durはK41、K453。変ホ長調Es-durはK271、K449、K482、K365。以上27曲、このうち、変ホ長調K365は二台、ヘ長調K242は三台のためのロドゥロン協奏曲になる。
 モーツァルト音楽愛好家モーツァルティアンとして、クララ・ハスキル1895.1/7ブカレスト~1960.12.7ブリュッセルは有名である。1906年11歳でパリ音楽院、フォーレに師事し、翌年からコルトーの指導を仰ぐ。1909年には首席で卒業、バーゼルではブゾーニに認められている。イザーイとの共演、エネスコやカザルスらとの共演を経験して、1936年にはスイスの市民権を得てレマン湖のヴヴェイに移住。ハスキル58歳にしてVnのグリュミオー32歳、このアンサンブルは7年のコンビネーションを記録している。
 1954年録音パウル・ザッヒャー指揮ウィーン交響楽団(ウィーン・フィルハーモニーが国立歌劇場管弦楽団を主体メンバーとしたのとは別組織の交響楽団)。この録音のピアノは、おそらく、ベーゼンドルファーと思われるのだけれども、クレジットは未標記である。楽器の倍音が、低音域主体であるところからそのように判別可能である。特に、ハスキルのタッチ打鍵は繊細で、豊かな響きを奏でていることにより、特徴的である。決然とした歌いまわしの上に、フレーズといって、句読点の導き方が極上品と云える。
 盤友人が小学生の時分、ピアノの先生はいつも、オクターブ上の旋律を一緒に弾いてくれて、弾きやすかった経験がある。その感覚と共通するものを感じる。ただ、大学生で教授に指導を受けた時は、打鍵を抑制されて、フレーズの収め方を工夫するようによく注意されたものである。一本調子にならずに力を、抜くというような脱力注意といえる。ピアノのレッスンで、しっかりした打鍵を身に付けたら、その上の段階として力を込めたり、抜いたりする感覚を身に付けなければ上達したとは言えないのである。
 ハスキルの芸術は、あたかも、モーツァルトが直接に弾いていると思われるような極上の音楽の演奏で、その場に居合わせた指揮者も、管弦楽団員もその音楽の中にある。それは、演奏行為の、最上の感覚、現在と永遠の共通、と云えるかもしれない。第二楽章アダージォ緩やかには、八分の六拍子、シチリアーノ舞曲。クラリネット、ファゴットそしてフルートという木管楽器編成。オーボエがいない、しっとりとした月夜の光の中のドラマ。ピチカートという弦楽アンサンブルも、趣がある。そこはかとないM氏の哀しみを味わうに、極め付きの名曲、イ長調ピアノ協奏曲第23番である。

 チェロという楽器は、通奏低音として主旋律に対する支える役目を担当する時代を経過している。室内楽では中低音域の音楽を奏でて、地面に近い感覚があり、聴く人に安定感を与える。いわば脇役的な面が主として果たしていたのだが、ヨハン・セヴァスティアン・バッハに至って無伴奏による組曲を作曲、独奏して主役に躍り出たようなものである。しかも、その楽譜、音楽に脚光を当てたのはパプロ・カザルス。音楽家として神様の存在であるアーティストに負うところが大きい。
 ベートーヴェンは生涯で五曲のチェロ・ソナタを書いている。バッハの無伴奏組曲が旧約聖書にたとえられると、ベートーヴェンのものは新約聖書にたとえられるのはそういう事情による。1796年25歳の時、作品5の二曲のソナタが作曲初演されている。
 第一番ヘ長調作品5-1、アダージォという雄渾な開始の音楽、つづけてピアノが主導するアレグロの第一主題が導かれる。楽器としてはピアノとチェロという二台の合奏であるのだけれども、音楽としては一大管弦楽の音楽が奏でられているかのような音楽になっている。中低音域の音楽は、オーケストラのボディであり、土台とも云える演奏は、たっぷりとして音に包まれる。楽器自体も、演奏者は抱えて演奏することにより身体全体で音楽を演奏するという、気宇壮大なことになる。
 米ウエストミンスター1952年コピーライトのLPレコードは、チェロがアントニオ・ヤニグロ1918.1/21ミラノ~1980.5/1、ピアノはカルロ・ゼッキが担当している。ヤニグロはミラノ音楽院や、パリ・エコールノルマルのマスタークラスを卒業している。歌謡性たっぷりの演奏でなおかつ、厳しい気品がある。この感覚は当時のカザルスが打ち立てた、新即物主義的なところに近いものがある。楽器の演奏というものには、演奏者の人間性、特に品格、漂うものがある。例えば、1970年の大阪万国博覧会、NHK交響楽団とアレクシス・ワイセンベルクが独奏を受け持ったブラームスの第2番ピアノ協奏曲の第三楽章、独奏チェロが開始になる音楽で、その輝かしい音色に、記憶が焼き付けられた経験を持つ。指揮者岩城宏之でテレビの視聴だった。たいした装置の音ではなかったのだが、その音楽の強烈さは不滅の演奏であったといえる、首席チェロ奏者は徳永謙一郎だった。彼は若くして病を得、不帰の人となっている。当時彼の存在は伝説となり、N響を指揮したサヴァリッシュなどは、「徳永」を絶賛して絶大な信頼を表明していたものである。斉藤秀雄の門下生で、歴史に残るチェリストの一人。
 宮沢賢治は、盛岡から東京に出かけたチェロの音楽を愛した早逝の天才である。彼の記念館には,愛奏した楽器が展示されていて間近に見ることができる。賢治は詩作、農業従事、教育者、チェロ演奏、作曲など、多面的な顔を持つ東北人の童話作家であった。彼はチェロを愛していたのである。
 深い人間性とは、歌謡、思索、瞑想、祈り・・・多面的な顔を見せる神としての父親のような様相を見せるものである。一言でいうと、広い心というのは簡単であるけれど、エア、空気、旋律、澄み切った心は、宗教者の到達する高みにあるものと同じかもしれない。レコードという記録媒体はどのような音楽を再生するかで、生の音楽とは別格の世界なのである。
 ヤニグロは、チェロ演奏から指揮者への転向を見せているけれど、彼のベートーヴェンを聴いていると、技巧を極めることにより、独奏者から指揮者へと転向した人生も、理解できないものでもない。ただ、チェロを演奏する孤高の芸術家にとどまることなく、その音楽の世界を求める楽しみこそ、レコード収集の醍醐味でありかなあ・・・