🎼 千曲万来余話 by盤友人

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 不思議なことに、ブラームスもベートーヴェンもヴァイオリンのための協奏曲はただの一曲だけ。しかも、調性はニ長調というように共通している。彼らが作曲人生において、それだけに貴重で、歴史に残る偉業に対する称賛の言葉も、なにも無い。それは、演奏家についても同じことなのかもしれない。
 イサベル・ファウストは、札幌のコンサートホールにもたびたび、登場して多数の聴衆に感銘を与えた現役最高峰のヴァイオリニスト、美しい音色、しなやかな超絶技巧、したたかな演奏技巧は、歴史に名を刻む、もはや大家の芸術を披露する天才の一人と言ってよいであろう。最近の演奏ステージは、ダニエル・ハーディング指揮した、オーケストル・ド・パリ、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲である。
 彼女の音楽は、以前の名演奏家とは明らかに一線を画す芸術である。女流ヴァイオリニストというと、これまで、ヨハンナ・マルツィのカルロ・ベルゴンツィとか、エリカ・モリーニの弾くグァダニーニとか、ジネット・ヌヴーのストラディバリウスなどなど超一流の称賛された演奏スタイルとは、明らかにことなる印象をうける。果たして、絶賛される演奏家なのに、その手応えは余り、感じられない。それが、多分に現代を代表するという形容詞の所以なのであろうと、盤友人はひそかに思っている。というのは、彼女の演奏には、大家の印象は与えないものなのである。手探りのような音楽、強靭な意志ではなく、戸惑いとか、ナイーブな印象を与える音色、それがおそらく、一昔前のガット弦の音色に親しんでいる耳にとっては、異次元の世界なのである。だから、ばっさり切り捨てるとしたら、なんなのこの音は?という疑問は、拭い去ることが出来ないのである。モリーニのような輝かしい音色とは肌合いが異なる。だけれども、ブラームスの音楽なのである。不思議な印象を受ける演奏と云える。それは、ハーディング指揮するオーケストラの音楽にも同じことである。
 開始の弦楽合奏を聴いて、そのなんと大家風とは異なるなよなよとした音楽なことであろう。戸惑いを覚えるのは私だけのことなのだろうか?室内オーケストラの演奏規模のせいなのであろうにしても、一時代前とは違う印象を受ける。これみよがしの、断定的とか、ベルカントと言われるような大げさな表現スタイルとは全く別世界の音楽に表現が緻密な強弱一杯のスタイルである。それはあたかも、現代の生活観にあたる、不条理、不安、不気味を連想させる音楽と言ってよいのであろう。一筋縄ではありえない、ただ、聴き込めばききこむほど情報がぎっしり詰まった音楽である。つまらない、というのは簡単なことなのであるのだが、切り捨てるには後ろ髪の引かれるレコードである。多分、これから何回もプレーヤーに乗せる音盤になるだろうなあという感想である。云えることは、これが現代の演奏なのである。
 デジタル録音であり、倍音の切れもない、管弦楽の定位も印象は薄いとか、演奏、録音の持つ限界はすごくあるのだが、それを超える魅力をもった不思議な演奏といえる。昔は、バリバリ演奏していて、分かり易かったのだが、この1枚は、はたしてこれが名演奏なのかという疑問をもちながら聴くことになる。実演で彼女の演奏を経験して云えることは、脱力の境地、自由自在、はかなさを感じさせるけれども、強靭な演奏技巧の持ち主という絶賛するに足る演奏家なのである。
 名演奏家などというレッテルは、過去の演奏家に対するものが多いのだが、イサベルは、同時代を代表する超一流のスタイルを確立した、稀なヴァイオリニストの一人ということに、はばかることはないのである。

 360度というと全方位を指し示すのだが、作品36で第二交響曲ニ長調の第一楽章小節数と言うと、なにやら意味深いものがある。だいたい普通の人は、楽譜を開く機会はもたないものだが、小節数を数えてみたら意外な事実に突き当たるというものである。
 常識として、音楽の作曲をする時、数など数えるなんていうことを、作曲家はするのか?という疑問を持たれないのかなあ、ベートーヴェンはどうだったの?ということになる。そこで冒頭の数字が腑に落ちるというものである。B氏の人間性に興味のある人には、がってん!承知の助・・・彼がコーヒーを飲むとき、豆の数を数えていたという話がある。濃度を考えるとさもありなん、60粒だったようなのだが、真偽のところは不明、作曲家芥川也寸志さん(龍之介の三男)は25粒と言っていた気がする。五本の指に五粒ずつということなのだが、某喫茶店の店主に言わせると、60粒説の方を採る。だがしかしB氏の飲むカップは何CCくらいの容量だったのか?という問題がある。もし仮に100CCくらいだったら、25粒説は立派に成立するだろうし、盤友人としてもそちらの方を有力とみる。いちいち60粒数えていただろうか?25粒のほうが数え易いだろう。
 余談はさておき、作曲者の人間性を前提として、作曲する時、小節数を数えていたとすると、彼の交響曲を聴く、何の手掛かりにもならないのはそうなのだが、親しみは、倍増するというものである。
 音蔵社長氏は、音楽を聴くとき右だの左だのそんなことはどうだっていいこと!とおおせられる。その店長TY氏にいたっては、音楽会場ではモノーラル状態で聴いている!という。御両人ともに、鑑賞するのは、モノーラル派であるということだ。盤友人はそのように考えない。作曲家は、舞台の左右から聞こえる音楽を、配置の上から前提としてそのように聞こえるべく、管弦楽法で表現しているとみる。
 ステレオ録音が登場した時点で、録音技師たちは、左側に第一ヴァイオリンを想定して、右側にはコントラバスを想定する前提で音を決めていた。だから、ジャズなどでも、右スピーカーからベースがボンボン聞こえることでステレオを愉しんでいたのである。
 舞台で指揮者の左手側を下手シモテと言い、右手側は上手カミテである。だから、カミテに低音域の楽器が聞こえることは不自然と言うもの。土台は左手側シモテに聞こえて正解といえるだろう。管弦楽で20世紀後半の主流派は上手コントラバス配置であった。ところが、1945年以前のフルトヴェングラー指揮するベルリン・フィルの写真を見ると愕然、コントラバスは下手側配置なのである。
 オットー・クレンペラー指揮する第二交響曲の第二楽章などを鑑賞すると、これ以上の要求があるのだろうか?とおもわれるほど、完璧なステレオ録音になっている。すなわち、右スピーカーからアルトと第二ヴァイオリンが整然と後打ちといえる伴奏系の音楽を演奏しているのを再生すると、今までの指揮者たちは何を考えていたのだろうと思われる。何も考えないで無防備に第一と第二ヴァイオリンを並べて演奏するスタイルは、21世紀に入り否定されつつある。すなわち、古いは新しい新しいは古い、ということである。第一ヴァイオリンの音響とコントラバスのそれが溶け合った響きは今、オーケストラに求められている音楽なのであろう。頑固なまでに第一と第二ヴァイオリンを並べるスタイルは、既に古い音楽と云えるだろう。クレンペラーは頑固者の代名詞であったのを、そっくり、現代の古くなった指揮者たちに熨斗を付けて献上して差し上げるのはいかがであろうか?クレンペラー氏は黄金の記録、ヴィニールに刻んだ!

 季節が来れば咲くと言う 花の言葉にウソはなし春風亭柳昇、彼は高座でトロンボーンを吹いた噺家さんで、実は軍隊経験からという。抜き差し曲金自在管というのを彼から聞いた。二刀流、彼ならではの芸だった。花について語り人生、散々聞かされるウソを実感していた人ならではのことばである。
 六日朝十時ころ、太陽と地球の間、月が一列になった。引き出しに有ったネガフィルムを重ねて眺め、宇宙の中の月を実感した。雪の季節に明るく晴れたひとときだった。
 1954年夏録音で、ウエストミンスター盤、ピアノとVnのためのソナタを聴いた。Vnワルター・バリリ、Pfパウル・バドゥラ=スコダというコンビで黄金のモーツァルト演奏。モノーラル録音はモノーラル・カートリッジで再生して最善だ。先日のTV放送第九演奏で、指揮者のテンポ設定を批判した。多分、彼はメトロノーム指示を順守したことなのだろう。それならば、当時のオーケストラ編成ではなく、楽器、人数とも近代オーケストラで演奏しているのだから、ミスマッチと言うまでである。ベートーヴェン演奏も、前提条件を整えなければ、統一感を採ることができない。だからテンポ設定は、一筋縄で解決できないのである、片手落ちということだ。
 モーツァルトの演奏も、クラフィーアという鍵盤楽器を作曲者当時の時代楽器を使用しなければならないのか?その必要もないだろう。スコダの使用するベーゼンドルファーというのは、ウィーン製のメーカー。低音域の倍音は、香るように充分であり、デモーニッシュ悪魔的ですらある。
 バリリの演奏で、ヴァイオリンのヴィヴートをかける技術の巧みさ、彼の人間性を伝えることは充分すぎるほどであり、オーケストラのコンサートマスター1963年ころからリタイヤした経歴はいかにも残念である。清潔な演奏スタイルは抜群であり、享楽性を排した愉悦感は、孤高の芸術を披露していて、愛すべき演奏家ではある。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲など天下一品である。モノーラル録音は、当時の時代を記録していて、だからでもないのだけれど、貴重なのである。月刊雑誌、録音評でいつもステレオ録音より一律20点減点なのは、そのような刷り込みを読者に与えている愚を、肝に銘じなければならないだろう。ステレオ録音は、その半減した音に過ぎない。だから、カートリッジをモノーラル専用に取り換えた時、喜びは倍増するのである。
 新月のとき、万有引力の関係から、地球上のテンションは一番薄いという感覚、みなさん、経験されてはいないのだろうか?気のせい気のせいといわれるのだろうが、モノーラル録音を、満月夜のときから思い起こすと、半減している。気の問題だから仕方ないのだけれども、この感覚を、読者のみなさんの中にも実感されていたらば、幸いである。
 ピアノのメーカーにしても、クレジットがジャケットに表記されているのではあらず、ただし、録音場所がモーツァルテウム・ザールとあるだけ、そこから推測するに、ベーゼンドルファーというメーカーが思い至るし、何より、LPレコード再生して出てくる音は最高のコンディションである。バドゥラ=スコダが札幌コンサートホールの小ホールでヴァルトシュタインを演奏したとき、盤友人は至福のひとときであった。バリリ、スコダの御両人、今なおご健在であるのは、慶賀に堪えない。レコードの録音は、記録に過ぎないのであるけれども、時々鑑賞するのでも、印象はそれぞれ異なる。ただし、弦の音がガット弦とかいう事実は、不変である。現実はいつも変化していて、その当時の音楽を再生できる価値は、おどろきであるしいい音とは、それを実感させるところにある・・・

 マクベス、始め魔女の言葉にはギクリとさせられる。年の初めに、今年は良い年になりますように・・・があるけれど、禍福はあざなえる縄の如くというのが今までであるから、なんとかしのぎたいというのが、最近の願いである、良いだけというのは・・・
 年末恒例のNHKTVで第九を観た。ドイツ音楽の巨匠という触れ込み、聴いて失望を禁じ得なかった。第三楽章のテンポ、指揮振りはゆったりなのだが、奏でられる音楽は倍に速いテンポである。ああいう演奏をしてはいけないだろう。つまり、ああいうセッティングの行き着いた結果がそうなのだとしたら、さもありなん・・・こらえきれない設定であり、間が持たない、あの触れ込みは一体何だったのか?という感想。つまり、古いは新しい新しいは古い、こんな時代だからこそ音楽でベートーヴェンをじっくり感じたいものなのだ。
 ギルバート・シュヒター1919~89のRCA録音を聴いた。なんという快いテンポで演奏されているだろう。極めつけは、第三巻にあるソナタ第十三番イ長調というドイチュ番号664。第一楽章アレグロ・モデラート、快い中庸の速度で、このメロディーは愛らしい旋律で、いかにもフランツ・ペーター・シューベルト ! ペーターというのは、ペテロという名に近い、だから一途な青年のイメージである。女性ピアニストが演奏会で盛んに取り上げるこのごろ、さぞ男装の麗人というものなのだろうが、シュヒターはごく自然に弾いていて、なんの違和感もない、というはそうなのだけれど、本当にシューベルトの愉悦を味わえる。わたしはあなたが好き! という語り口に無理がない。ピュアな音楽は新春にふさわしい。
 たとえば、第二楽章アンダンテ歩くような速さで、という指定、この速度設定を深読みして、ゆっくり過ぎたり、はたまた、軽いものにしてはいけないだろう。つまり第三楽章はアレグロ軽快に、という速度感を聴き手に催させるのがツボだから、それを表現できるのが巨匠であろう。先の指揮者は時代のファッションからの設定なのだったろうが、それこそ失敗だったのは明らかだ。それくらい、テンポ設定というものは、生命線である。
 ピアノソナタ、奏鳴曲というのは、ソナーレというイタリア語の和訳で、器楽曲を指す。形式として、三楽章、四楽章、あるいはベートーヴェンのハ短調作品111ただの二楽章。ハイドンの歴史はベートーヴェンに受け継がれ、シューベルトは21曲? をものにしている。ちなみに、S氏には未完成交響曲がある。なんのことはない、二楽章で完成している。スケッチとして第三楽章は途中まで残されているけれども、作曲者は続けることなかった。シューベルト1797~1828の人生は、六百曲にも上る歌曲、これもすごいことだけれど、これのほとんどを録音したディートリヒ・フィッシャー=ディースカウも超人である。ピアノ作品集をシュヒターは録音しているのだけれど、ザルツブルグ録音、如何にもオーストリアという欧州の空気感が横溢している。
 ピアノというと、メーカーによって音色が異なる。中高音は、スタインウエイ、ベーゼンドルファーとも輝きあるもの、ところが、低音域を再生するとその音色の違いに驚かされる。さて、シュヒターは・・・楽しみは尽きることが無い。
 いい音いい音楽とは何か ? ピアノでいうと倍音再生に有る。最後の和音が鳴らされたとき、余韻が残る。演奏のさなかに、ピアノの弦はこの倍音を鳴らしているのである。ポピュラー音楽ではマイクを使用する。これだと倍音は鳴らされない。この味わいがクラシック音楽のキモであり、アナログ世界の目指すいい音、その音こそ音楽のため・・・なのである。

ヨハンナ・マルツィの使用する楽器は、1949年12月スイスで出会ったコレクターのダニエル・チューディから貸与された1733年製のカルロ・ベルゴンツィ、これが終生のものとなっている。
  再生するとよく分かることなのだが、現在、耳にするヴァイオリンとは肌合いが異なる。すなわち、元々、ガット弦といって羊の腸が使用されていたのが、現在はスチール弦が多数派、LPレコードに記録された音に嫌な感じはない。ところが、デジタル録音されたものは、ほとんどが細身の音であり困ったものだ。これは、時代がそうさせるものなのであろう。
 マルツィの美音には、空気感、肌触り、幸福感に満ちている。これこそアナログ録音の醍醐味、それを再生する愉悦がある。
 このLPには1878年作曲になるブラームスの奏鳴曲と、1923~27年作曲のラヴェル作品が、スイス放送局提供の音源で収録されている。それは、ドイツ、フランスを代表する楽曲であり、ヨハンナ・マルツィとイシュトヴァン・ハイデュというハンガリー人音楽家による演奏である。よく人は、音楽が分からないと口にする。分かる分からないというのは、理性の判断によるのだが、音楽は感性の世界なので、分かる分からないではあらず、好きか嫌いかの好みの判断の方が、理解よりかは素直になれるはずである。だから、ブラームスとラヴェルという性格の異なる音楽をより良く味わえることになる。どちらかというと、B氏の音楽は楽曲の構造が伝統的、構成的であり理解がしやすいだろう。そこには、旋律メロディーが分かり易く、律動リズムが簡潔、規則的である。ところが、ラヴェル作品は一筋縄にはいかないのである。第二楽章はブルースである。ガーシュイン作曲パリのアメリカ人は1928年作になる。有名なエピソード、G氏がラヴェルに作曲のノウハウ伝授を希望した時、あなたは既に一流の作曲家、二流のラヴェルになる必要などどこにあるか?と答えたという。そんなエスプリをきかせるラヴェルがピッチカート開始でブルースを作曲しているのは興味深い。オーディオ的に云うと、ここのところで、楽器の胴鳴りを再生できるのがベストである。アルコといって、弓を使用する演奏との対比は、楽しいものがある。だいたい、ラヴェルのエピソードは、メロディーメーカーのガーシュインの素晴らしさを讃えるまでもなく、R氏の偉大さに親密度が昂じるというところが、心憎い話である。
 今年最後の469話になった。サイトウォッチャーの諸姉諸兄には、心より感謝申し上げる次第。みなさまのご多幸を祈念して1年を振り返りたい。余話のテーマは、オーディオと音楽の関係にある。いい音、いい音楽は切っても切れない関係に有り、演奏する姿、作曲された世界を音楽でもって再生するところにキモはある。時間の芸術だからこそ、目的は音響にあらず、音楽に有る。だから、音に囚われていると、目的が分からなくなってしまう。すなわち、ノイズを除去するという発想ほど百害あって一利なし、除去するというのは明らかな誤りなのである。SN比というのは、両者相まっての上での話で、ゼロという発想こそ除去する必要がある。空気は炭酸ガス、酸素などなど、多様性のある話なのである。
 異文化の出会いこそ両者尊重の上での話であって、一方が他者を排斥するという話ではない。ちなみに、いい音というのは、倍音再生に有る。倍音はノイズと表裏一体であり、このことに気づくか否かで、オーディオの世界は広がりを見せる。未来に向かうばかりではなく、古きを温めるというのは、古代中国の教えで、既にある話、過去にさかのぼることこそオーディオ向上ひとつの方向性であろう。感謝至極。良いお年をお迎えください、鶴亀ツルカメ・・・

 米国デッカ盤で、モノーラル録音ジュスキント指揮フィルハーモニア管弦楽団とK271ジュノームとカップリングされた幻想曲ハ短調K475、B面のバンド2でこの演奏を鑑賞する。
 鑑賞する段階として、なんでも有名曲という第一段階、この作曲家が好きだなという第二段階、そして名演奏家を集中して聴こうという第三段階、こういう変遷で三十年ほど過ごす。最近の盤友人はさらに時間を経て、1950年代のモノーラル録音を高品質の追求、アナログを掘り下げて聴くというさかのぼりでこのLPレコードを聴くことになる。すなわち、オーディオの先祖がえりを果たしてリリー・クラウスに再会する。彼女1908.3/4ブダペスト生まれ~1986.11/6アッシュビル没の情報で、生年は05年03年と色々ある。レコードジャットによると父がチェコ人、母はハンガリー人。バルトーク、コダーイ、そしてベルリン音楽院教授だったアルトゥール・シュナーベルにも師事している。シモン・ゴールドベルクと二重奏デュオを組みモーツァルト演奏を記録して後年ウィリー・ボスコフスキーともレコーディングを残している。1963年には初来日、旧札幌市民会館でも演奏会、楽器の金属フレームにサインを記していた。
 特に50年代は技師アンドレ・シャルランが録音していて名演奏、名録音の誉れが高い。こういうソースをいかに再生するかで、オーディオシステムのグレードが知れるというものだ。システムは音の入り口、胴体、出口という三部分のバランス、プレーヤー・アンプ・スピーカーの三位一体が重要になる。もちろん、ピックアップの性能により、ピアノのソースを生かすかどうか、決まるといえる。判断の鍵は、楽器の鳴り、倍音、演奏のスピード感、タッチの具合、などなど色々と重なり合って総合的にどのようなピアノの音響が再生されるか?その上でどのようなモーツァルトの音楽が味わえるのかということになる。
 彼女が四十代時の録音では、歯切れの良い、快速でも、ギアチェンジがよく効いて緩やかな音楽にも生命感が宿っている。特に音作りは、入念で、スタインウエイであろう楽器の音響を巧い具合に仕上げている。楽譜の読み込みが深く、その即興性を感じさせる演奏は、生命感あふれる記録として極上のものである。このことは、いい音、いい音楽とは何かという問いに対する一つの答えがここにあるといえるのだ。
 幻想曲ハ短調K475は1785年5月20日作曲で、84年10月14日にはK457ソナタ14番が作曲されていて、よくカップリングされて演奏される。アダージョ、アレグロ、アンダンティーノ、ピゥアレグロ、テンポ・プリモ始めのテンポで、という一続きの構成。力感に溢れていて、リリーの演奏はそこのところ、圧倒的な七変化(五?)を披露する。モーツァルト29歳、デモーニッシュ悪魔的な音楽、聴くものを引き付けて離さない、彼の天才性の一面が典型的に作曲されていて、そこのところ、ぴたりと演奏がはまっている。演奏行為の即興性は、一線を越えたアーティストの証であり、余人の追随を許すことのないレコードである。
 演奏は時代を反映していて50年代の演奏は大戦を経験した上での記録であろう。ぎりぎりのところで演奏を展開し、聴くものをつかんで離さないスタイルである。最近の演奏は、どちらかというと、思念的、耽美的、客観的なスタイルであるだろうが、レコードとしてもデジタル録音は、空気感が希薄だ。そこでアナログは時代の空気を記録していて、演奏家も真剣勝負。デジタルがアナログ世界を超えているといえるか?オーディオの道をさかのぼり醍醐味とは何か、究極の音楽とは何か、演奏の記録再生こそアナログの真髄に迫るこそ、そこは原点といえる・・・

 ヤーノシュ・フェレンチーク指揮ハンガリー国立管、年末と第九・・・月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり・・・芭蕉の名文の通り、平成30年もやがて去り、31年が直にやって来る。年末に第九が演奏され、どうして年末に・・・という疑問が発せられる。興行として忠臣蔵が大入りになるように、第九もはずれが無い!とかなんとかの理屈よりも、音楽が年末に相応しいのも事実だ。人生を振り返ったB氏は、交響曲に声楽を取り入れて、メッセイジを発信する、おお友よ、このような調べではなく・・・歓びよ。フロインデ友とフロイデ歓喜という言葉発音の類似から始められる、第四楽章で、循環性として第一楽章から第二、第三の音楽が回想されるというパターンも実に明快である。 
 音楽の愉しみ方として、その要素にテンポは重要である。たとえば、リアルタイムでヘルベルト・フォン・カラヤン指揮したベルリン・フィル演奏がディジタル録音でリリースされた時、札幌の交響楽団でも同じテンポで演奏されて、盤友人はコーラスの中で唱っていた経験がある。第四楽章約24分位。そこまでの管弦楽部分は40分位。テンポと演奏時間の関係は一つの目安であって、イコールではないことに注意が必要。ただ相関関係はあるだろう。
 カラヤンのような指揮者の仕事には、大きな影響力が働いていて、いわゆるエピゴーネンは、多くなる。そのような影響の働かない音楽の演奏にはすがすがしいものが多い。
 ヤーノシュ・フェレンチーク1907.1/18ブダペスト生まれ~1984.6/12同地没は1930年代バイロイト音楽祭でトスカニーニ、ワルターのもとでさまざまな経験を積んでいる。第二次大戦後、ウィーン国立歌劇場で活躍した時期を経て、ハンガリー国立管弦楽団とベートーヴェン交響曲シリーズを録音している。すがすがしい演奏、とりわけ第九は淡々と進行して、決然とした解釈は、外連味のない職人肌の雰囲気がある。
 映像で見ることのできるフルトヴェングラー1942年ヒットラー御前演奏会は、コーラスの配置、男声が中央でソプラノが下手側アルト上手側と展開されている。
 それは、最近の札幌でも採用されているのだが、1960年代から90年SATBという女声ソプラノ、アルトと男声テノール、バスに分けられたものが多数派であった。それは高い、低いという感覚の選択によるものである。そのことにより強調されるのは、ソプラノとバスの外声部であり、内声のアルトとテノールは割と地味になる。ところが、フェレンチーク指揮した1974年録音演奏は、前列ソプラノとアルト、後列はテノールとバスというように、アルトがしっかり、右スピーカーから響いてくる。管弦楽が指揮者の右手側にチェロ、コントラバスが配置されているから、男声もバスは上手側に配置されている。
 音楽的に云うとソプラノとバスは近い関係性があり、テノールとアルトは内声といって近いものがある。前列に女声、後列に男声という方が、作曲者の意図に緊密である。フーガの開始はアルト、テノールと進み、バスそしてソプラノという具合に解決する。これはヴァイオリン両翼配置と同じ考え方であり、和音ハーモニー四声部の配置として、黄金と云える。
 終幕コーラスの結びが、ゲーテル・フンケン、ゲーテル、フン・ケンというお開きで、フェレンチークの指揮は素晴らしい解釈を披露している。こういうところが、職人技ともいうべき、なかなか、経験できないというか、LPレコードならではの経験となる。現実の演奏会で、どうして指揮者たちはそのように処理できないのか?
 盤友人は配置にこだわっていて、サイトウォッチャー諸姉諸兄は疑問を持たれていることだろうけれども、配置と音楽とは密接な関係に有り、その音楽観により配置は決定されるからである。侮ることなかれ!

 その夜のコンサート、舞台正面にはティンパニーが四個二対、そして隣にバスドラム、さらに一対のティンパニーがずらり、下手にコントラバス八挺、ステージの配置はVnダブルウィング。盤友人はチラシの写真から予想外というか、指揮者は両翼配置型採用者だったのでずっと疑心暗鬼、それでスッキリしたものだ。開始前に主催者がマイクで、指揮者は札幌で転倒して右足首骨折、しかし、指揮は椅子に腰かけてするとのことだった。聴衆一同驚いたものの安心して、音楽会に臨んだ。 演奏会のメインは、ベートーヴェンの田園交響曲、演奏会後半は舞台中央に四挺一列、隣にティンパニー二個一対というシンプルなもの。一曲目はベルリオーズ、歌劇トロイ人から王の狩りと嵐の音楽だった。演奏を一聴して、管楽器のアンサンブルは、男声コーラスのような感じの秀逸で、抜群の性能、もちろん四人の打楽器奏者たちは、マレット(ばち)を使い分けて繊細な音色の表現にこだわりを見せて、世界をカラフルな表現に成功していた。何より、バッソン(バスーン)の二名ともクラリネットとの合奏が精密で、特に、首席は音楽会の中心、演奏会の要に居たような感じだった。アフリカからウィーンに飛来した渡り鳥の鳴き声を模したともいわれるターリラ、ティーララタッタ、ターリラリララーという旋律も、印象に残る。オーケストル・ド・パリは、緻密な演奏を披露する世界を代表するオーケストラの一つと云える。
 43歳の若者指揮者は、克明な指揮振り、弦楽器奏者たちの信頼にこたえる見事なもので、テンポの設定は割と軽快で、小気味よい感じだ。B氏の交響曲は、速いテンポや、ゆったりの重た目とか、その中庸を行くものと、三通りの音楽が展開される。田園も、快速でスポーツカーに乗り到着したような気分とか、正反対にゆっくり自動車を運転して到着した気分とか、そのどちらとも違うテンポの採用か、などと演奏にはテンポの設定は音楽観表明にきわめて重要な要素である。ストラヴィンスキー春の祭典、ラヴェルのダフニスとクロエを初演した指揮者ピエール・モントゥー1875.4/4~1964.7/1は、前期にフランス・パリで活躍して、後期はドイツやウィーンで活躍、晩年にはロンドン交響楽団を指揮するなどヨーロッパで活躍した指揮者。もちろん、サンフランシスコや、ボストン交響楽団との録音も名演を記録しているし1963年には来日を果たしている広く人々から愛された指揮者と云えるだろう。
 1958年ウィーン・フィルと記録した田園は、モントゥー型ともいえるVn両翼配置でありつつチェロ、コトラバスは上手配置のものである。第二ヴァイオリンというのは、楽器がVnでありつつ演奏を受け持つ音域は、楽器の裏板が音響として重要な演奏をするものである。近代の多数派の配置は、Vnのf字孔といって、表板側をそろえる配置である。1980年代後半から復活の傾向を見せたものがVnダブルウイングである。日本では、フランツ・コンビチュニー指揮ライプツィヒゲバントハウス管弦楽団、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団などが披露していた配置、音楽関係の評論は、その音楽的価値を評価することは皆無というか、評論家集団が議論することは無かった。最近の指揮者の中で、時代としてこの配置採用が頭角を現している。上手にアルトと第二ヴァイオリンというのは、内声部が明瞭でB氏の作曲意図は明快である。この事実に気が付くか否かで指揮者の対応は、慣れを重要とするか、伝統回帰かの二者に分かれる。
 ウィーン・フィルの音色は親しみやすくて、ご機嫌な田園交響曲を展開する・・・

 オーディオという趣味の世界で、人間関係という要素はきわめて象徴的である。情報の伝達は高い方から低い方へと流れるのではなく、引力といっても良い要求度の具合により、推移するものらしい。AさんとBさんがいた時、プライドというものはそれぞれにあるだろう。Aさんは趣味人で経験が豊富、Bさんは他者に対し人を見て発言するタイプ、初めてBさんがAさんのシステムを判断して、お世辞を発するでもなくあたりさわりのない感想を述べるのだが、盤友人に対してAさんのシステムへの評価は、ただ一言、同軸のダブルという発想には疑問がある、という根本問題についてであって、彼の前で直接発することはなかった。それは、その後も続いた状態である。すなわち、Bさんの一言をAさんが受け止めた時、Aさんのシステムは始めから組み立てなおさなければならないというアドヴァイス的な感想なのだから、BさんはAさんに対して普通に発言することなく、あたりさわりのない会話に終始する。AさんはBさんから貴重な判断を受けていない状態のままなのである。これは決してBさんの責任ではなく、Aさんの人間関係に対する結果に過ぎないから、本当の所Aさんの態度いかんに関わる、あるいは、人生哲学による結果といえるのだろう。
 本当の所という発信、オーディオでいうと、モノ―ラル、ステレオという録音方式に対する人の受け止め方で、モノーラルよりステレオの方が音は良いという価値判断がある。これは、根本問題として、その人のオーディオ人生における、経験の深さに比例する。すなわち、モノーラルでも素晴らしい録音があるという認識を発信できるか否か?それは、オーディオの世界の物差しとなる。そんな録音の一枚が、コダーイ・ゾルタン1882~1967の無伴奏チェロ・ソナタ作品8、独奏者ヤーノシュ・シュタルケルによるモノーラルLPレコードである。1950年録音シュタルケル1924.7/5ブダペスト生まれ~2013.4/28ブルーミントン米国没、26歳の時の演奏。コダーイは二十代でバルトークと親交があり、民俗音楽という世界を伝えた作曲家にして教育者でもあるキーパーソン。コダーイシステムというのはハンガリー・ブダペスト音楽院で伝統的教育システムのことである。和音感、リズム感そして旋律など、民俗音楽に対するアナリーゼ解析で、ヨーロッパ芸術の伝統に樹立した学習システムであり、その創始者。
 1915年の作曲、楽譜発行は21年になる。1914年にサラエボ事件が発生し、それが引き金となって第一次世界大戦への端緒となったことは、押さえておく必要がある。なにも、戦争と音楽を結び付けるつもりも無いのであるのだが、コダーイの音楽を鑑賞する時に、知らないことは片手落ちでないかというもので、知ることは鑑賞、芸術受容の基本的態度である。たとえば、モーツァルトの歌劇フィガロの結婚とフランス革命は同時進行の世界史であることには、注意が必要であって、ベートーヴェンの音楽が市民革命を押さえないで語ることは、むなしい事なのである。
 チェロ独奏ソナタは、激しいテンションの音楽でもって開始される。評論の言葉に、弦をこする松脂が飛び散るようだという評があったことを記憶している。三楽章の形式で、演奏時間28分ほど。
 ただ単に楽器の胴鳴りを再生する時、オーディオ評論家は、これこそレコード再生の醍醐味であると、かならず、評価するLPレコードである。アナログ録音にこだわりを持つ趣味人は、一度、再生を試される事、お勧めする。これを経験することなく、アナログを語る御仁はマユツバ!この世は平らにできているという感想をもらしているようなもので、地球こそ球体の物体なのである・・・

アントン・ブルックナー1824・9/4オーストリア・アンスフェルデン生まれ~1896.10/11ウィーンで他界、交響曲第五番変ロ長調1876年五月完成1894年グラーツで初演、指揮者フランツ・シャルク、1878年修正(第二稿)ハース校訂版1935年ミュンヘンで初演。
  ウィルヘルム・フルトヴェングラー1886.1/25ベルリン生まれ~1954.11/30バーデンバーデン没、彼はベルリン・フィルとウィーン・フィルとの関係が密で、それぞれにグレートなレコーディング残している。特に1945.1/22戦時中最後のベルン・フィルを指揮していて、1947.5/25非ナチス裁判終了後の復帰演奏会を記録している。1954.9/20ベートーヴェン第一交響曲、自作ホ短調交響曲指揮がF氏最期のBPO演奏会。ワーグナー、ワルキューレ全曲1954.10/6ウィーン・フィルを指揮したレコーディングはF氏人生最後の仕事となる。
 彼が指揮した記録写真としては圧倒的に1947年以降のものである。きちんと写真を調べて行って、1945年以前のベルリン・フィルを指揮したものに出会い、愕然とする事実はコントラバス、チェロの前列に配置された第一ヴァイオリン、そして指揮者にとっての右手側にはアルト、第二ヴァイオリンというVn両翼配置型であることに気づかされることだ。
 このことは何を意味するのかというと、大戦後の演奏では戦前の音楽会が否定され、その影響としてVn前列ダブルウィング配置は徹底してネグレクトされたことにある。DG録音1980年代前半レヴァイン指揮ウィー・フィル、モーツァルト交響曲全集録音を境に、レコーディングとしてVn両翼配置型は復活している。ステレオ録音で初期から記録していたのは、クレンペラーやクーベリックが指揮したものであろう。EMI録音では初期にカラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団のものに有る。
 フルトヴェングラー指揮したレコーディングは全て、モノーラル録音の時代であり、1945年以前録音で、ベルリン・フィルとのレコードは1980年新世界レコード社からソヴィエトのベルリン録音接収テープから起こされたLPレコードで鑑賞することが出来る。丁寧に聴いていると、1940年代の演奏は男性的で、テンポの揺れは劇的で印象に強く残る演奏スタイルである。それはコントラバスが舞台下手側に配置されたことによる音楽であるのが理由と考えられる。
 第一Vnがコントラバス、チェロと距離の近い音楽は、テンポの動かし方が、より可能である。第一Vnとコントラバスの距離が離されると、それがより難しい音楽になり、スタイルも伸び縮みが少ないものになる傾向となる。21世紀の音楽会には両翼配置型が復活するのは正当な理由があるといえるだろう。メンデルスゾーンの宗教改革や、シューマンの交響曲ラインを演奏会で経験する時、音楽はVnダブルウィングがその前提条件になっていることが如実に理解される。だから、Vnの第一と第二を並べることで作曲家の音楽が破壊されている事実を、聴衆は声にする必要があるであろう。現役指揮者たちは、その指摘がされない限りいつまでも、慣れた配置でしか指揮をしないものである。
 1942.10/25~10/28のライヴ録音でブルックナーの交響曲第五番を聴く。フルトヴェングラーの音楽は、一つに、造形が確実でテンポの設定に説得力があり、演奏も完璧である。アインザッツとして金管楽器の入りの前に弦楽器は揃っていて、ティンパニがバシッと決まっているのは小気味よいものがある。二つ目、演奏に推進力が有り停滞することは微塵もなく、F氏の精神状態は集中力が遺憾なく発揮されている。三つ目、ブルックナーのコラール交響曲ともいわれる、壮大な音楽は、第一楽章ピッツィカートによる開始が終楽章に再現される時、循環性を持つことになる。これは彼の勝利という音楽観が刻印されているといえるのだろう。フルトヴェングラーにとってベルリン市民に尊敬されていた記録が鑑賞できることに、感謝すること、しきりである。

 室内楽で楽器同士の距離感、空気感が生まれると極めて好ましい感覚になり、音場再生で楽器定位、距離感の問題はオーディオの一つの課題である。
 ピアノクインテット、五重奏曲というのは楽器五種類で、ピアノと弦楽器四種の作品。シューベルトのイ長調作品番号114ドイッチユ番号667は、五楽章から構成されている。第四楽章はゲーテの歌詞による歌曲、鱒の主題と変奏で有名な作品。弦楽器のそれは、ヴァイオリン、アルト、チェロ、コントラバスという編成。なんといっても、コントラバスの音はオーディオ装置の威力を発揮するに格好の音楽でオイロダインにはヴァイオリンの高音域のみならず、低音域メロディーラインの安定感再生のチェックソースとして、これ以上の音楽は無い。
 これまでの音楽評論は、この程度でお仕舞いなのだが、盤友人は、これから話が始まる。ピアノとコントラバスは、どのように配置されると面白いのかなあと、いつも考えているのだ。すなわち、市販されているレコードはほとんど、ピアノが左スピーカーに定位して、コントラバスは右スピーカーという具合なのである。みなさんは、ヴァイオリン、アルト、チェロ、コントラバスというように配置して何の疑問も持たれていないのであるのだが、それは、ステレオ録音において、左右の感覚の他に中央という音場感にグレードアップしてから、疑問が湧くものなのである。すなわち、ピアノの楽器配置は左なのか、中央かという選択の幅が広まる。ピアノが左に有るとき右にコントラバスというのは、自然な成り行きなのだが、意外と、弦楽器が手前で中央にコントラバスという配置にも好ましい感覚はある。
 ここで、指摘しておきたいことは、中央のステレオ感覚である。何を言いたいのかというと、盤友人は以前から弦楽三重奏でチェロが中央にすると座りが良いという指摘をしていたことである。だから、向かって左側にコントラバス、右側にピアノを配置するのはいかがであろうか?という提案である。これに近い感じは、TELDECのデジタル録音LP1981年6月ウィーンに有った。コントラバスはルートヴィヒ・シュトライヒャー、アルトはアタール・アラッド、ウィーン・ハイドン・トリオの演奏である。若々しい演奏で、エネルギッシュ、きわめて小気味よい印象を受けたものである。コントラバスは中央に有るのだけれども、右スピーカーには無いところが良いのだ。左スピーカー、コントラバスとヴァイオリンとして、中央にはチェロ、右スピーカーにアルト、ピアノという意表を突いたステレオ録音に出会いたいものだ。
 コントラバスの位置を左スピーカー側にこだわるのには、訳がある。楽器の弦を、よくよく眺めていると、向かって左側は低くて右側は高音域のものなのである。すなわち、客席から舞台を眺めて、下手側からコントラバス、チェロ、アルトという具合に整列することは、理にかなったこと、上手側が高音域というか、ピアノが配置されるのは自然と云えるのではあるまいか?ということなのである。コントラバスの土台と右スピーカーからピアノの音楽が奏でられるのは、落ち着きが良いのだ。★ステレオ録音の歴史を眺めると、左側が高音域で、右手側は低音域楽器というのは出発であったことは、まちがいない。ところが、ピアノの鍵盤を想像するとよくわかるのだが、左手で低音を受け持ち右手側は高音域というのが自然だろう。だから、舞台左側にコントラバス、中央に弦楽トリオのVn、チェロ、アルトを並べて舞台右手にはピアノを配置しピアニストは首を右側に向けると弦楽器奏者達のアイコンタクトは可能であって、逆に音量のバランスをとることに、効果的な配置なのである。これからが愉しみ・・・ 

 LPレコードを再生するのに、エイジングというテーマがある。プレーヤーで、レコードの針が溝による振動をピックアップして、アンプが電気的に増幅し、スピーカーが音響を発生させる。これらの一体感には、エイジングといって、再生を通した上での音質向上が可能となる。分かり易くいうと、レコードをしばらく再生させると音に一段と生々しさが加わる。その始めの再生にどのようなソースが相応しいのか?人それぞれに頭を悩ませる。ピアノの曲といっても、ソナタなど楽器が一種類のもので、しばらくの間鳴らすとスピーカーの駆動がなめらかになり、倍音などの音が聴きやすくなる。ただし、これは、気持ち的にあってであり、劇的な変化程ではないのだが、気持ち、向上が感じられる。
 最近、人と話していて、たとえばSPの蓄音機再生で何が一番心に残っているか?と話を向けたことがある。その彼は、カルーソー!あの生々しさは簡単に忘れられるようなものではないですね、という返答であった。そこで盤友人は、その話を覚えていて、LP復刻盤でカルーソーを再生してみたのだ。
 テノールのカルーソー1873.2/25ナポリ生まれ~1921.8/2ナポリ没は、2オクターブのハイCツェーを出せただろう、声質がバリトンのように太い声で張りが有り輝かしい。何にしろ、そのエネルギー感は随一で、オーディオの歴史はカルーソーの芸術から始まったといって、過言ではない。SPを語るとき、人は必ずと言っていいほど、雑音、ノイズについて指摘するのだが、適正な装置で再生したとき、人間の耳は、そのノイズを自覚しないでシグナル、人の声に感動を覚えるもである。S/N比といって、信号と雑音を比率的にカウントするのだが、LP復刻RCAレコードを再生すると、圧倒的に信号の方が実体的で、ノイズはほとんど気にならない。
 スピーカーも、カルーソーの歌を再生した後では、エイジングが進み、管弦楽などのレコードで、高音域の輝かしさ、中音域での力強さ、低音域での生々しさなどに一層の凄み、迫力、輝きが加わることこの上ない。ヴェルディの、1851年頃初演された歌劇リゴレット、女心の唄など1908年吹き込みの歌は天下一品である。
 女性とみると手を出さずにいられないマントーヴァ公爵、道化師リゴレットの娘ジルダ、最後には待ち受けている悲劇、イタリアオペラ名曲のアリア、カルーソーが渾身の歌でもって記録したSP録音、これを復刻とはいえ、LPレコードで再生できることは、この趣味の愛好家として、お勧めする原点である。
 人の声というものは、音域的に云っても人間の耳に集中できる可聴範囲のスイートスポットで、楽器にとってもこの範囲に説得力がないと、聴いて飽きるものである。全体のトーンが明瞭であっても、この音域に力がこもっていないと、機械的、無味乾燥であり、魅力に欠けるといえる。だから、エイジングを考えるとき、カルーソーの復刻盤を再生させるのが効果的であり、そのあとに再生させるピアノ、ヴァイオリン、チェロなどのオトカズ音数が少ないソースなどを鑑賞するのに効果がある。
 オーディオ再生で、音にではなく音楽を鑑賞するうえで、音の魅力はエネルギー感であり、音楽のそれは、演奏する息遣い、緊張感、構成力である。いい音、いい音楽とは、つまり、生命の再生であろう。記録をよみがえらせることこそオーディオ人生の目的であり、価値なのである。生命力の実感は再生する喜びであり、求めてやまない境地、それこそ、みなさんがめざしている世界、桃源郷ともいうべき高みではあるまいだろうか?カルーソーこそ、オーディオの原点とすべき、要と云えるのではないか。

 1970年11月、パリで録音されたチェロによる日本抒情歌集。宵待草(多 忠亮)を耳にすると憂いを帯びた旋律が、胸をうつ。
 ピアノ伴奏はアニー・ダルコ。その音色からして低音に特徴があり太い音の録音である。クレジットは無いので不詳だがベーゼンドルファーの感覚がある。テンポの設定が巧みで、違和感は少しもない。そのところは名人芸といってよいだろう。カリオペのワンポイントマイク録音とある。右チャンネルにしっかり定位している。
 ステレオ録音というと左右のチャンネルが強調されるが、忘れてならないのは中央の感覚であろう。チェロの深い音色が設定されている。
 アンドレ・ナヴァラ、1911.10/13仏のピアリッツ生まれ~1988.7/31伊のシエナで死去している。1931年パリでソリストとしてデビュー。カザルスにも師事していて、62年には初来日を果たしている。49年から79年までパリ音楽院教授を務めている。エルガー、サンサーンス、ラロなどの協奏曲やバッハ無伴奏チェロ組曲集カリオペ盤などが代表的録音。
 彼の演奏を耳する時、その音色の多彩な変化に惹きつけられる。一番目の旋律が明るければ、二番目には単調さを避けて変化を加え、違う音色を選択していて、流石である。その巧みな演奏は全編に溢れている。浜辺の歌、出船、この道、さくらさくら、赤とんぼ、荒城の月が第一面。 
 音楽は慣れ親しむという側面があり、荒城の月ではいかにもオリジナルの感じがする。ところが、これは山田耕筰の編曲によるもので、移動ド唱法で、ミミラシドシラ、ファファミレミのところ、滝廉太郎はレの音に半音高い変化記号を付けている。山田はそこに手を加えて、音程が全音の感覚に直している。この旋律こそ日本人の耳に慣れ親しんだものなのだけれど、作曲者のオリジナルではない。作曲者の故郷、大分ではしっかり半音高いレの感覚で歌われ続けているという。それは、微妙な問題であり、多数の演奏がそのように演奏すると耳に慣れることなのだろう。ちなみに、ソプラノの鮫島有美子、デンオンLP録音では、作曲者のオリジナルで歌唱している。わずか一つの音でも、その違いは大きいものがある。
 故郷というと、ふるさと、唱歌の代表曲であるけれど、今や、その歌を大きな声で歌えなくなってしまったといえる。水は清きふるさと、そのように歌えない人々がいるのである。音楽に何の罪もないのだけれど、時代3・11以後ではそういう問題を抱えたものと云えるからだ。微妙なこと、この上ない。チェロ独奏に歌詞は無いのだけれど、それを思わせるのは悲しいことである。日本の原風景でも、時代を経て背負った問題には根深いものがある。
 第二面、城ケ島の雨、故郷、浜千鳥、夏の思い出、叱られて、砂山、夏は来ぬ、どれも親しみのある音楽で、それにふさわしい演奏である。名演奏家というのは、楽譜から読み取る世界に国境はない。フランス人であろうが、日本人以上に日本的な風情たっぷりのものなのである。城ケ島の雨など、情を交わした男女の別れを描いた名曲であるのだが、始めの旋律で、息を吸うように声を出して歌いなさいと言われたことある盤友人にとって、ナヴァラの演奏は、見事である。巧みな演奏でそこのところ表現に成功している。 
 音楽は感情の表現ではなく、演奏を受け取る鑑賞者の催す感覚なのだけれど、それが見事というのは、名人芸のなせる業であろう。テンポと音色、音程、強弱感、リズム感、すべてがまとめられて演奏できるのはナヴァラがはるかな高みに有る孤高のチェリストであることに他ならない。チェロの深い音楽を愉しめるのは、LPレコードの所以である。

 世の中では、その人が演奏すると名演奏のノシを付けて宣伝するようである。ということは、レコードにされたものはほとんどが名演奏。そこは趣味の世界だから、自分の好みと合わないものも多数である。そんな中で、鉄板の名演が記録されたものの1枚がブリトゥン指揮したプラハ交響曲。
 針を丁寧におろした途端、リスペクト感の充満した演奏が展開する。モーツァルトの作曲した五線譜がこんなにも丁寧に演奏されたレコードは、他に有るのだろうか?という思いが湧いてくる。イギリス室内管弦楽団のメンバーは、無心、モーツァルトの愉悦を繰り広げる。無心なのだからリスペクトがあるものか?という突っ込みが聞こえてきそうなのだが、それは、聴いてみると湧いてくる自然な感興というもので、演奏するモチベイションがそこに有るのだろうということだ。伝わる世界、どこにも説明書きは無いのでも、伝わるものである。リスペクト尊敬というものは、畏怖の世界、芸道の世界では、そこが醍醐味である。そういう深い感興こそ、求めてやまないのである。
 ベンジャミン・ブリトゥン1913.11/22~1976.12/4は1956年に来日している。イギリスを代表する作曲家、指揮者、ピアニスト・・・オペラはピーター・グライムズ、そして戦争レクイエム、日本政府委嘱作品の鎮魂交響曲、青少年のための管弦楽入門などなど名曲がずらりである。モーツァルト作品を指揮したレコードは、どれも名演。とりわけ1972年頃録音のプラハ交響曲、室内オーケストラの演奏だから、コントラバス3丁とすると、チェロ4、アルト6、第2Vn8、第1Vn10という30人余りの弦楽部分、フルート1、オーボエ、ファゴット、ホルン、トランペット二人ずつ、そしてティンパニーという41人編成規模が想像される。小振りだけれど、モダン楽器の編成で古楽演奏とは別な小編成感覚である。
 1786年フィガロの結婚K492発表、1787年交響曲ニ長調K504、自作指揮成功。プラハで大歓迎されたという。交響曲でも3楽章形式でメヌエットは省略されている。
 ブリトゥンの指揮がなぜ名演奏なのか? 弦楽合奏はきわめて明快で、丁寧に仕上げられている。クレッシェンドという強弱の漸増が自然で、リタルダンドというテンポの揺らぎも意識させない具合で演奏される。
 ここでステレオ観について考えてみるに、左チャンネルが第一と第二Vn、右チャンネルには、アルト、チェロ、コントラバスという低音域である。左右が高い音域から低い具合になだらかにグラデイションがかっている。すなわち、チェロとコントラバスの音域は、透明度が高く聞こえてくる仕掛けである。これは、1960年代に多数派を形成したステレオ観。決して作曲家の時代からのものではないことに気を付ける必要がある。何を言いたいのかというと、作曲家の時代にはヴァイオリン・ダブルウィング両翼配置という言葉が生きていた。すなわち、現代多数派のステレオ観は、これをネグレクトした世界なのだということである。
 ブリトゥンの録音に何もケチつけるつもりは無いのだが、無意識のネグレクト、前提として高い低いという音域優先の嗜好は、モーツァルト世界の破壊であることは指摘しておきたい。左チャンネルで第一と第二Vnの掛け合いは、左右のスピーカー、左右両翼配置こそ理想的演奏形態なのである。11/6札幌hitaruホールにて.アイスランド交響楽団のラフマニノフ作品を鑑賞した。指揮者アシュケナージは舞台上手にチェロを配置する形態を採用していたのだけれど、案の定、旋律線の掛け合いというよりは、レガートな音響を優先させる演奏に終始していた。彼の耳は、掛け合いよりは音響を優先したということだ。より理想的配置を望むところ・・・

 音楽の愉しみ方は、実際の演奏会、記録の再生と二通り。演奏会派はレコードなんて所詮缶詰でしょう?という感覚だろう。ところが盤友人などは、記録再生の目的が音楽のためにであって、それは一つの趣味の世界なのである。これには相当の投資によるものでも、投資することにより目的達成なのかというと、そうでもあらず試行錯誤それ自体が登山のようなもので目標をしっかり持つことこそブレてはならないことであろう。
 グレン・グールド1932年9/25トロント出身~1982年10/4同地没は、1955年にバッハのゴールトベルク変奏曲を発表(CBS)している。同じ頃ウエストミンスターレーベルから、イエルク・デムスによるモノーラル録音LP盤がリリースされ、競合している。歴史を見渡すと、デムス盤を発売枚数上回ったのがグールド盤の方で、両者を比較すると微妙な事実が想像されて興味深い。
 盤友人が最初に感じたことは、D氏の演奏を鑑賞すると、彼以前の伝統に則っていて、歴史をさかのぼる感覚が自然と湧いてくる。子供じみた評論によると伝統の範囲を逸脱しない、おとなしい仕上がりということになろう。ところが、G氏の演奏はさにあらず、はじけていて個性的、どこにも手本の無いグールドの宇宙がある。バッハの音楽というよりバッハを演奏する歓びの発露という世界なのである。
 グールドはこれからどのような演奏を発表するのだろうか?という聴衆に対するツカミは充分であり、キャッチーな録音盤といえるだろう。だから、この演奏を缶詰だと一蹴するのは簡単、でも、このレコードを生の演奏のように再生するというオーディオの世界は深遠である。それこそ、オーディオ人の愉しみ、前頭葉を遺憾なく作用させることである。これは、モダンオーディオかヴィンテージ世界かを選択するリトマス試験紙になる。
 G氏の演奏はスタインウエイによる、これは別にクレジットがあるからではないのだけれど、ピアノの音色からすると、という話。ちなみに、81年録音盤では使用楽器がヤマハということは周知の事実クレジット有り。ところがデムスの演奏ではベーゼンドルファーのようである、というのは、クレジットが無いからで、でもその様な印象を受けるのも事実である。ピアノの音色というと、低音域の倍音の音色から推して、その違いは認識される。だから言い方を換えると、その違いを再生できることこそオーディオの醍醐味なのである。A・コルトーやS・フランソワの稿で触れたことであるけれど、彼らの使用楽器はフランス製プレイエル、というのもあの黒光りする低音からそのように認識されるのだ。
 D氏を聴いた後にG氏の演奏を再生すると、どこか違う印象を受ける。それは、左手の演奏から受ける印象の違いである。主題があって第一曲のあと、第二曲ですでに気づかされるのだが、音量でなく、表情が際立っているのである。彼は左利きなのではあるまいか?そう思わされる。盤友人の発信は、フェイクニュースかもしれないから、そのように受け取っても構わない。だがしかし、評論家の発信は、権威づけから割り引いても、そのように受け取る必要があろう。評論家の発信で注意すべきは、フェイクではないというスタンスから、独善、権威化に傾くきらいがあることである。事実、盤友人が高校生の時分、情報の源は「現代の演奏」という吉田秀和氏の評論。大御所である彼の評論は既に神格化されている。ところが、昭和58年に発表されているベートーヴェンのニキッシュSP盤の389小節目に全休止の無い事実には、終生彼は触れることが無かった。盤友人が彼の権威化に疑問を呈する一点である。
 グールドが左利きだったというのは、本当だったら・・・?

 ショパンは、シューマンと同じく1810年で3/1ワルシャワ近郊生まれ1849年10/17パリにて没。三曲のソナタ、他に二曲の協奏曲、前奏曲集、練習曲集、ワルツ集、マズルカ集、四曲のバラード、スケルツォ、そして夜想曲集やチェロソナタなどなどピアノ音楽を主に作曲を残している。
 古典派に続く、シューベルトやリスト、そしてメンデルスゾーン、シューマン、ショパン達はロマン派ということで呼ばれている。ベートーヴェンは古典派でありながら、すでにロマン派の音楽を内在させているのだが、ショパンは明らかにロマン派。どこが違うのかというと、音楽の構造、形式によりながら、感情の表出を前面に押し出しているところが、古典派に続くロマン派の面目躍如たるゆえんである。ロマンというのは、永遠なるものを求める精神の発露であり、浪漫という漢字あてはめた感覚は、いかにも印象的である。
 オーディオの世界で、アナログとデジタルという二つの側面があるのだが、現在の多数派はデジタル、ところがアナログを指向する趣味の世界はしっかりと存在する。真空管アンプ、LPレコードプレーヤーへのこだわりは、究極のアナログであり、深くて大いなる音楽の楽園パラダイス。日々新たし、果てしがない。最近、パーツをドイツ製品に集中させて製作したラインアンプを入手した。ラインケーブルもドイツ製品、スピーカーもオイロダインの励磁式フィールド電源仕様、ということで札幌音蔵社長KT氏渾身の力作をドライブすることになった。メインアンプはPX4という三極出力管のモノラルタイプ、すなわち真空管アンプのマッチングが一段階向上したということである。フォノイコライザーはLCRで音蔵製品。デジタルのCDで聴くのとどこが違うの?という素朴な疑問は、普通の人なら当たり前であろう。
 LPレコードというと、オリジナルの初版盤は相当な価格、ところが、再発のレコードは安価で入手可能である。ショパンの夜想曲、第2、4、5、7番を続けているドイツ・エレクトローラ盤を再生してみた。アルフレッド・コルトー1877,9/26ニヨン~1962,6/15ローザンヌ没。1949~53年録音の夜想曲ノクターン。以前から聞いていたものだが、その再生した音に、驚天動地、たまげてしまった。CDとLPは違うと、人は口にするのだけれども、それが、どのように、どれくらいの違いまでかは、人それぞれであろう。一言でいうと、倍音、そのニュアンスの差異に尽きる。コルトーの録音が、一定の情報で記録されているのだが、オーディオ機器をグレードアップすることにより、その世界が実感されることになる。あきらかに、以前の感覚とは截然と異なる。彼の使用している楽器メーカーはフランスのプレイエルだということをきいている。ホロヴィッツやルービンンシュタインなどのスタインウエイとは、違う世界。何が違う、それは、低音域の倍音の手応えだ。今までは、少し違うなあという感覚だったものが、明らかに違うという具合にグレードアップした。アナログ世界ならではの向上で、スピーカーに空気感が充満する音、振動感が放射されて顔全体、身体全体で実感する具合なのである。夜想曲第二番は作品9-2で、映画愛情物語、キムノバク主演というとお分かりの方は、盤友人と同世代。メロディーを聴くと多数の方は聴かれたことがおありと思われる名曲。1830年頃の作曲で、二十歳の作曲とは思われないほど天才ショパンならではの音楽、これをサロン音楽と理解するか、妙なる音楽と評価するかは、その人の人間性によるものであり、切り捨てるには惜しみてなお余りあるものがあるというのは、最近の盤友人の心境である。

 ♬ミファラソーファミレッソ、ドレミファミレー田園交響曲、主題の一節である。伝え聞くところによると、ウィーンに飛来しているアフリカ産の渡り鳥の鳴き声であるとのこと、ファゴットで演奏されると、さもありなんと思われるから不思議だ。田舎についた時の愉快な気分というのは第一楽章に付けられた作曲者による一文。ベートーヴェンの残した九曲の交響曲唯一の標題で、1808年12月に第五交響曲と共にウィーン初演された。第六交響曲ヘ長調、作品68。ブラームスは作品68で第一交響曲ハ短調を残している。
 よくブラームスは交響曲作曲に二十年余りをかけて、といった説明がなされているのだが、その年数もさることながら、第一楽章のリズムパターンに気づくと、明らかにベートーヴェン、ハ短調交響曲のモチーフに影響されていて、その作品67の後に続けて発表したものなのであろう。ブラームスは、その偉大さを自覚した後、リスペクトの表明として作曲したものなのである。それらには、標題が無く絶対音楽、ところが、≪田園≫にはプログラムが与えられていて、ある評論家など、絶対音楽より格下と評価していて、そのように鑑賞しているらしい。
 盤友人は違う。その標題プログラムによる音楽などではなくて、具象として、作曲者が耳にしていた旋律の作曲表現なのである。すなわち、B氏は聴覚障害として耳が聞こえない作曲家というレッテルを貼られていて、それに対するプロテストなのである。彼の自覚は1798年27歳の頃から始まっていて、会話の不成立からによる。彼には会話帳が多数残されていて、記録として確かであろう。その十年余り後の作品として、運命交響曲と並行して作曲が進められた。
 第五番が作品の67、チャイコフスキーはピアノ協奏曲第一番を作品23で発表している。ただそれだけなのだけれども、興味深いものがある。
 田園交響曲の第二楽章は、小川の情景。小川の流れ、ウィーン郊外のハイリゲンシュタットの森に流れるせせらぎを表現していて、小川というのをドイツ語でいうとバッハ、意味深である。彼は、ヨハン・セヴァスティアン・バッハの音楽を評して、大海のごとくであるといったのは、正解である。彼の感覚センスを伝えるエピソードとして価値あり。郭公や小夜啼き鳥ナイチンゲールが囀ることになる。第三楽章は、田舎の村人による踊りの様子、ファゴットが、同じ節回しでいて愉快さが強調される。ホルンによる演奏にはスリルがあり、演奏者泣かせ。第四楽章、雷鳴と嵐、ここではティンパニーが活躍する。使用されるティンパニーはCとFの二つ。ドとファの音程を持つ打楽器で、トスカニーニーなどはその数に不足感をもって、さらにロール奏法を追加して、雷鳴を増やしている。B氏は、ヘ長調の範囲以内で、隙間はある。和声の問題で、トスカニーニの感覚は単なる野暮だ。第五楽章が接続されていて、羊飼いの歌、嵐の後の歓びと感謝、まさにB氏の大自然への讃歌で、聴衆へのアピールとして効果的という音楽になっている。1975年頃の録音として、ラファエル・クーベリック指揮、パリ管弦楽団による名録音がある。ドイツではなく、フランスの管弦楽団による演奏、色彩的で、歌謡性抜群、これ以上の演奏は無いといえる。パリ音楽院管弦楽団が1966年当時の文化政策により組織改編されて1967年にシャルル・ミュンシュ指揮で披露演奏会実現している。ベートーヴェン演奏のレコード記録としてカール・シューリヒト指揮があり、由緒あるオーケストラ。
 左右両袖に展開されたヴァイオリン演奏は、それ以上の効果を発揮していて、クーベリックの面目躍如として評価されるべきレコードである。

 オーケストラを指揮するコンダクターは、音を出さない。演奏させるのではあらず、その邪魔をしないで演奏する歓びを間近で表現する人、心を寄せる人なのだ。ブルーノ・ワルターは、その意味で歌わせる名人である。大戦以前はヨーロッパで活躍し、戦後にはアメリカで録音活動に専心した指揮者。1876.9/15ベルリン~1962.2./17ビヴァリーヒルズ。彼はマーラー大地の歌、第九交響曲の初演を果たしている大指揮者。ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、アムステルダム・コンセルトヘボウ、ニューヨーク・フィルなどなど、演奏活動経歴はエネルギッシュで、1956年9月80歳で現役引退を表明、以後はコロンビア交響楽団を手兵としてモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスなどの録音を残した。
  1959年1月録音モーツァルト、交響曲第35番ニ長調K385ハフナーは、風格ある演奏の代表格であろう。ウィーン風の歌いまわしを見事に表現し、コロンビア交響楽団という録音用編成のオーケストラで、モーツァルトの愉悦を充分に味わわせてくれる稀有の名演奏である。多分、表情はあっさり目ででいて、往年の演奏を耳にしている趣味人たちには物足りなさを感じさせるかもしれないのであるが、フレーズの収め方、テンポをいったん止めて、新しい感じでスタートさせる歌わせ方は、かつての技術を遺憾なく発揮させているといえよう。
 第一楽章、華麗で豪壮、雄渾な音楽、コントラバスの旋律線がしっかり描かれていて、それを巧みに演奏するオーケストラは、その醍醐味を満足させてくれる。軽快な第二楽章、テンポの設定が楽団員と意思統一がなされ、軽妙な味わいを表現する演奏は、くつろいだ印象を充分に表現していて最高である。メヌエット楽章は、単純な三拍子の演奏でありながら、全体の中のひとつのピースとして収まりはベストである。第三楽章で舞曲のリズムを持ってくるという考えは、ウキウキワクワクという聴き手の胸中を、共有する指揮者は名人であるといえるだろう。ただ三拍子というだけでなく、演奏者と聴衆の一体感を的確に感じとるフィーリングは、指揮者の感性として必要十分な条件である。日本人には、このメヌエット、ワルツ、という感覚が乏しいために、モーツァルト演奏として、むつかしいハードルである。しかしながら、ワルターの演奏を耳にして、ときめき感は充分に楽しめる。
 ワルターを評論する時、よく、ウィーン時代の演奏を基準として、彼の演奏の表面的な印象を前面に出すものが見受けられるのであるが、表現が枯れていても、全体の構成感は一級品であり、心から彼の演奏に身をゆだねることは、モーツァルトの愉悦として、極上である。たとえば、58年以降のステレオ録音、オーケストラの配置は、左スピーカーから高音域、右スピーカーには低音域という設定である。右スピーカーにくるコントラバスの上にチェロ、アルト、第二ヴァイオリン、そして左スピーカーに主旋律の第一ヴァイオリンという基準、これは後のステレオ録音のスタンダードとなっている。だがしかし、これはモーツァルト音楽の愉しみを半減させている事実なのである。右から左へと上に向いていて、M氏の音楽で、左右は第一と第二ヴァイオリンの対話こそオリジナルなのである。ステージの中央にチェロとアルトをまとめて両袖にヴァイオリンを展開させる配置こそ醍醐味である。ウィーン・フィル1980年代録音のモーツァルト交響曲全集で記録されLPレコードでリリースされている。
 ワルターのステレオテイクモノーラル録音盤で聴くハフナー交響曲はその意味で第一と第二ヴァイオリンを展開されていなくても、モノーラルでは左右スピーカーからVnが聞こえて、そこのところ救われて幸いである。

 LPレコードができるまで、マスターテープ、マザーテープという具合にカッティングされるまで、録音テープが介在する。マザーテープが第一世代の時、それによりカッティングされたレコードはオリジナルと呼ばれて、初発売につき高額の価格で取引される。例えばそれが25万円値段がついていても、同じ演奏だからといって再発盤は500円しか価値が無い場合があるといわれるのは、そのためによる。マザーテープが異なると、情報は著しく劣化していてコピーであるから、再生される音は似て非なるものがある。同一の音源によってもLPレコードは、さまざまなのである。
 1953年、フルトヴェングラーの生前にウラニア盤エロイカ事件が発生している。米国ウラニア社が1944年、ウィーン・フィル演奏による英雄録音盤が提訴されて発売禁止の措置が取られた。ライセンスが所有されていなかったことによるものなのだが、その理由はいかなるものに拠るかは不明だったから当時、話題になったのである。
 同じ音源のLPレコード、ソヴィエトのメロディア社から1990年、一連のベルリン・フィル、ライヴシリーズの第一巻にリリースされてそれが陽の目をみることになった。1944年12月19、20日録音というもので、ウラニア盤と同じもの。録音データに注意すると意外な事実が浮かび上がることになる。ウラニア盤と同一音源を、EMIフランス・パテ1969年プレス盤で入手することができた。
 録音タイミング、第一楽章ウラニア盤(フランスパテによると)14分55秒、メロディア盤15分56秒。およそ一分間の違いがある。当然、聴いた印象は微妙に違うものがある。前者は刺激的な面が強調されて、後者はおとなし目である。第二楽章17分00秒、メロディア盤AB面を足すと16分04秒で、両者誤差の範囲に有る。第三楽章はウラニア盤6分12秒で、後者は8分25秒、終楽章、前者12分10秒、メロディア盤11分02秒と、ここでも一分間ほどの違いがある。考えられることは、A面とB面におさめるために、ウラニア社はマザーテープの回転数を調整して、速めの第一楽章、遅めの終楽章という傾向の調整が成されたことは容易に想像される。
 両者は果たして同一演奏なものか?という疑問が生じる。
 盤友人はポケットスコアを開いて音源のチェックを試みた。第四楽章の257小節目、フルート独奏の華麗な音楽の後、弦楽のエピソードが一段落する5分10秒あたりで、椅子の軋む音が聞き取れる。この音は、ウラニア盤復刻レコード、EMIフランスパテ盤、メロディア盤の三枚とも確認できるノイズである。これを再生すると、同一ソースという断言は可能になるといえるのだ。
 演奏内容というと、ムズィークフェラインザール録音という残響が豊かに録音されていて、聴衆によるノイズの無い、ライヴ録音ということのもの。ライヴということわりは、テイクによる修正の無い一発勝負の演奏というものである。第二次大戦後半のナチスドイツ戦況不利の中、緊迫感漂う壮絶な演奏、しかし第二楽章の葬送行進曲では、管楽器の演奏にはヴィヴラートは無く、弦楽器もノンヴィヴラート風の演奏である。作曲者の時代には、現代オーケストラとは違った楽器編成数であったことだろう。すなわち、規模は、ほぼ倍増していることが容易に想像される。それは、二千人収容規模の会場が現代なのに対して、昔は一桁違ったといえるのだろう。ところが、ベートーヴェンの精神を、フルトヴェングラーは一期一会の音楽で集中表現を実演記録している。それは指揮者58歳の演奏で、気力が横溢していて、ウィーン・フィルと万全のコンビネーションだ。F氏は最後まで残りの人生10年ほどとなる。

 1969年11月16日、日生劇場ライブ録音を聴いた。フランクの前奏曲、コラールとフーガで始められ、フォーレの夜想曲第6番変ニ長調、即興曲第2番ヘ短調、ドビュッスィ前奏曲集第一集から、デルフィの舞姫、亜麻色の髪の乙女、沈める寺、花火(第二集)、ピアノのために、というラインナップ、まさに王道を行くフランスピアノ音楽の粋である。
 サンソン・フランソワ1926.5/18フランクフルト生まれ~1970.10/22パリ、彼はドビュッスィのピアノ作品全集レコーディングセッションの途中、心臓発作で・・・ EMIのピアニスト・サンソンはアルフレッド・コルトーに才能を見出され、マルグリット・ロンのもと、パリ音楽院で研さんを積んだ。ピアノや作曲法を身に着け、第一回マルグリット・ロン、ジャックティボー音楽コンクールでグランプリを獲得している。四十六歳という短い人生で彼のレコーディングは多数である。盤友人はキングインターナショナルがリリースしたBEITBLICKレーベルのモノーラル録音LPレコードを再生した。
 一聴してすぐ印象づけられることは、香るようなピアノの倍音、精妙な香しきその音色にある。それはフランクを聴き、フォーレの夜想曲や即興曲に移行して発揮されるピアノの演奏である。フランソワの打鍵は、明らかに、作品の本質を聴衆に訴えていてやまない。黒光りするような輝かしくも、閃光をともなった音階、力強い左手の旋律線メロディライン、実に印象的なリサイタルであり当夜、聴衆の幸福感が伝わるそんなライヴ録音である。
 なぜに日生劇場ライヴなのか?という素朴な疑問は始めからついて回ったのが、ピアノという楽器の音色を再生して氷解する。日本のコンサートホールで多数のメーカーはスタインウエイである。ピアノというと、その音色がついてまわるのだが、フランソワの求める音はそこに無い。すなわち、日本で不幸なことに、知らず知らずのうちにピアノというとスタインウエイの音色が刷り込まれていて、それが基準スタンダードになっていることである。多分、フランソワの判断は、それとは異なった音色にある。ただ、どこにもクレジットはないから、盤友人推測の範囲を超えないのであるのだが、クロード・ドビュッスィの前奏曲集などを耳にする時、沈める寺でピークに達するのであるのだが、作曲者の狙いがストレートに伝わる世界なのである。
 LPレコードの楽しみの一つにジャケットの情報を丹念に探ることにある。文章や写真にじっくり見入るとき、見開きの曲目紹介の下にあるフランソワのピアノ前のポートレイトに釘付けされた。そうだ、鍵盤の上の蓋にクレジットは映っていないか?
 なんと、微妙な映りでYの文字がうっすら浮かんでいる。そのようなクレジットのメーカーは何か? もちろん、そのピアノが直接演奏に採用されたかは不明なのであるのだが、日生劇場とそのジャケ写真から類推するに、プレイエル、というメーカーが思い浮かんだのである。即断することは危険なのであるが、LPレコードの音色から連想されるのはプレイエルの音色である。それが、日生劇場に有った楽器なものか疑問ではあるのだが・・・
 フランソワの学んだ教師としてはコルトー、ロン、ナディア・ブーランジェなどなど錚々たるビッグネイムが記されている。彼の経歴で特筆されるべきは、作曲法のキャリア。これは、ピアニストの演奏習得の上で、極めて強力なファクターとなる。表現の深みが増すというか幅の有るピアニズムの条件の一つである。
 当時、聴衆の一人は彼に直接、手紙をしたためた交流が伝えられている。そのエピソードから知れるように、このレコードを手にする人には、福音がもたらされるといえるのであろう。