🎼 千曲万来余話 by盤友人

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最近の夕食に焼き魚は? というと、鰊である。数の子がもてはやされるのだが、家庭には白子入りのものが多い。昔は生臭くて敬遠したものであるけれども、今や少し焼きをしっかりさせると美味な触感でおいしくいただける。メスは卵を抱えているけれど、オスはそうでないために白身の肉の味は美味なように思われるけれども、みなさんは如何に食されているだろうか?オスとメスの違いや如何に!同じかもしれないのだが、気の持ちようで味わいというもの、違いはあるのでなかろうか?盤友人はオスをおいしくいただいている。
 M氏はピアノ協奏曲を第27番変ロ長調K595まで作曲しているが、第22番変ホ長調K482は、1785年12月に作曲している。弦楽器は第一と第二Vn、アルト、チェロ、コントラバスという五部編成、管楽器はフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、そして打楽器はティンパニーというもので大きい編成である。モーツァルトは、当時、フルートという楽器は音程が甘く割合、きらっていたとかいうことである。そうでなくても、クラリネットも編成に加えたり、はずしたりしていて、その使用方法は一様ではない。意外にもフルートの音型は十六分音符を割とひんぱんに使用していて、演奏するうえでやっかいな音楽に仕上げている。第三楽章ロンドなどを聴いていると、フルートとファゴットのかけあいなど、むつかしい音型を展開していて、M氏の独特のフモールを感じさせることになる。
 第21番ハ長調K467の第二楽章アンダンテは、飛び切り優雅で美しくも短く燃え、という邦訳タイトルの映画音楽で有名になっている。それは、同じ年の三月に作曲されていた。シンプルは究極の洗練であるという言葉があるように、モーツァルトのメロディ旋律は、天与の才能から生まれた音楽である。凡百のメロディーはあるけれどもこのピアノ協奏曲ほどに料理された旋律は、この世に無いとまで思われる。29歳のM氏は、ハイドン・セットと呼ばれる弦楽四重奏を作曲するなど、活動のピークを迎えていた時代であり、その六月には歌曲リートのすみれ、が作曲されている。年表を見ていると、その頃、父親はフリーメイソンに入団(四月)とあり、なんらかの影響はあることだろうと思われる。
 イングリッド・ヘブラー女史は1966年、コリン・デイヴィス指揮のサポートを得てこの曲を録音している。彼女はスタインウエイを愛用していて、ロンドン交響楽団、アルチェオ・ガリエラ、ヴィトルド・ロヴィツキーらの指揮により、全集を記録している。使用したピアノも制作年代が異なり、音色も微妙に変化しているのが聴いてわかる。スタインウエイと一口にいっても、味わいは異なる。
 この曲は管楽器の演奏が、華麗で、第三楽章では演奏技術の巧拙が、聴いて取れるというものである。特に、フルート奏者、すこぶる付きの名手、一体それは誰? というと、録音データを知ると理解できるのである。1969年9月からカラヤンがベルリン・フィルに招聘した人物、ジェイムズ・ゴールウエイであろう。1973年NHKホールでの映像を視聴したことがあるが、首席フルート奏者は髭をたくわえたジミーであった。滅茶苦茶テクニックが優秀で、なおかつ、一音耳にしただけで彼と分かる演奏者はめったやたら存在するものではない。66~69年までロンドン響に在籍し、それがきっかけでベルリン・フィルに移籍している。まさにジミーがM氏の当時活躍していたら、フルートは音程が悪い楽器という不名誉の評判は、なかったことだろうと云える。彼の演奏を耳にすると、心踊らされて、幸せになること、大げさな言い様でないことはこの録音が証明することだろう。

 いつものライフスタイルは、自動車を運転して例えば二時間くらいかけて小樽へ行くことがある。ところが、最近JRを利用して列車に乗り、電車を利用することがあった。その時、座席にどのように座るか?考えることがあった。どういうことかというと、座席が窓側横一列のものと、リクライニングシートで、進行方向に向かって座るか、逆向きにするか可能な座り方の座席である。 昔は列車というと、ほとんどが四人対面型といって、自由に、進行方向向きか逆向きかを選択できたのが実際なのだった。だから、両方の座り方が普通だった。盤友人も還暦を超えてから、身体の不具合に敏感になり、二時間くらい車両に座り続けると、どういう座り方か疲れないかを考えるようになったのである。明らかに、進行方向に対して背を向けて座るのが重力の加わり方に、楽することができるように感じられる。まわりを見回すと、多数派は進行方向に向かい座っているもので、盤友人は少数派であることに気が付く。それは音楽鑑賞が、CDコンパクトディスクによるものか、LPレコードというアナログ趣味なのかという違いに似ているだろう。それは感覚の違いによるといえる。アナログ的再生にこそ、鑑賞の喜びは倍加するというものである。  1958年6月録音、ドイツ・グラモフォン盤ステレオ初期のものを聴いた。ルートヴィヒ・ヘルシャー1907生~96没がベルリン・フィル首席チェロ奏者歴任は多分1940~50年代頃なのだろうか?フルトヴェングラー時代なのだろう。彼以前にはピアティゴルスキーなど居たと思われる。その演奏スタイルは、近代的ともいえる即物的というか、スマートでヴィヴラートも抑制気味、しかし浪漫的でなおかつ生き生きとしている。オーケストラブレーヤーとして面目躍如、表現が過剰に走らないスタイルである。伸びやかで、朗々とした音色でいかにも内省的な演奏に仕上がっている。ブラームス、1865年6月仕上げられた作品でもともと4楽章形式のものが、アダージョ楽章が割愛され、第3楽章などその年2月2日の母の死が反映されているような哀しみの音楽である。
 ステレオ初期の録音で、左スピーカーからピアノ、右スピーカーにチェロが定位する。明快なもので、中央の音響でピアノとチェロの重なりを補うように再生するのが重要である。音量の設定に問題があるのは、左右が完全に分離して、中央が薄い感覚になる時である。シューベルトのピアノ五重奏曲鱒でもそうなのだが、グラモフォンのステレオ録音では、デムスのピアノは左スピーカー定位が普通になっている。ところが、盤友人は、正反対の感覚になっている。すなわち、ピアニストは独奏者に対して背中で音を合わせる、右側にセッティングされる方を考える。だから左側にチェロ、右側にピアノをイメージするのがいつものことである。
 残念ながら、こういう音楽はモノーラル録音にしか問題意識を薄める方法が無いものである。最近の演奏会は、ピアノトリオである場合、チェロはいつも、右側なのだが、チェロの音楽を考えた時、中央にシフトして、ピアノこそ右側で弦楽器に対して背中で音楽を合わせた方が、聴いている方としては、すっきり、弦がアンサンブルとピアノの合奏が楽しめるというもので、チェロがいつも客席から向かって右側というのは、不満がある。チェロの音の響きは、ピアノの音楽と被ることなく、ヴァイオリンと重なることには違和感が少ないのである。それでは、結線を左右逆にすると良いのかというとそういうことではなく不満と向き合いつつステレオ録音を再生している。生の音楽会に希望を託しているのだが、そうはいかないのが現実なのだなあ・・・

 三月に入り、1日の夕方アンドレ・プレヴィンの訃報が知人からメールで届いた。89歳とのことで老齢によるものと思われるが死因不明、ニューヨーク・マンハッタン自宅でのこと。盤友人は彼に東京渋谷NHKホールの楽屋で、2ndVn永峰高志さんを通して会話した経験がある。伝記本にサインを頂いた時ディスイス゛ノットトゥルーとぶつぶつ、しぶしぶのご様子だった。ベートーヴェンの第五交響曲、第一楽章389小節目の全休止を盤友人が示し、ディスイズ、メイビーノットオリジナルパウゼ !と言うと即座に、オーイッツ、インタレスティング !と楽譜に目を落としつつ反応していたのは嬉しい体験98年5月のことだった。
 プレヴィンというとご艶福家で有名、複数回結婚キャリアで70年代は映画女優ミア・ファロウと、他にもVnアンネ・ゾフィームッター06~09ともカップルで協奏曲をCDリリースしている。生年1929.4/6ベルリンでとされているが、本人はユダヤ系ロシア人家庭出身で正確なところを不明としている。幼少期ベルリン高等音楽院でピアノを、9歳でパリ音楽院入学マルセル・デュプレに指導を受けて、39年渡米し43年米国籍獲得、ジャズピアニスト、映画音楽作曲家として編曲、作曲で活動を開始して51年からサンフランシスコ響のピエール・モントゥーに指揮法を師事している。セントルイス響62年指揮者としてデビュー、ヒューストン響67年音楽監督に就任、ロンドン交響楽団68~79、ピッツバーグ交響楽団76~84、ロスアンジェルス・フィル85~89、ロイヤル・フィル85~92、オスロ・フィル2002~06、そして2009年からN響首席客演指揮者の座についていた。
 独墺系、フランス、ロシア系など指揮したレパートリーは広いものがあった。イタリア系は不思議にも無い。80年代ウィーン・フィルともレコーディングは多数で、R・シュトラウスは自家薬籠中のもの、モーツァルトのピアノ協奏曲の弾き振りという二刀流も記録している。艶福家ということからも分かることだが、気が多いのみならず魅力がある好人物で、才能有りの天才的音楽家だったといえる。ピアニストでもオペラ作曲もなど、LP録音も多数。
 1948年R・シュトラウス1864~1949の遺言的作品に、四つの最後の歌がある。ソプラノ歌唱で、管弦楽伴奏の文字通り最後の作品。ヘルマン・ヘッセ、ヨゼフ・フォン・・アイヒェンドルフの詩による。1曲春、うす暗い洞穴の中で、私は長い間、夢を見ていた・・・2曲九月、庭が悲しんでいる、夏はとどまり平安を憧れる、3曲眠りにつくとき、今や昼はわたしを疲れさせる・・・以上ヘッセ、4曲夕映え、私たちは悲しみも喜びも手に手を取って通り抜けてきた・・・おお広い静かな平和、夕映えの中、深く私たちは疲れ切っている、これがことによると死なのだろうか?
 この曲順は出版楽譜に拠るもので、ベーム指揮、Spリーザ・デラ・カーザは3と1曲目を入れ替えている。これは、演奏の開始に、春に、は負担が大きいことによる。プレヴィン指揮ロンドン交響楽団、ソプラノ独唱アンネネリーゼ・ローテンベルガーは1974年録音。クリストファー・ビショップがプロデュース、録音技師クリスファー・パーカーの手によるEMI盤は名録音の誉れ高い。名録音の条件として、楽器音色の分離が鮮明、管楽器と弦楽器の位置感覚にすぐれ、独唱者とのヴァランス良好で、自然なホールのプレゼンス感覚が明快、空間感が秀逸で、極上のアナログ録音である。三曲目の歌唱など、意欲充分の感じがひしひしと記録されている。ローテンベルガーはオペラ歌手としても経験豊富で、確かな技術を披露していてリヒャルト・シュトラウスの世界を歌唱し、華麗さ、虚無感、後期ロマン派の夕映えを象徴して代表的録音盤となり独奏Vnやホルンソロも実に美しい音楽に仕上げられている。

 2月26日は不肖、盤友人の誕生日、うお座、横綱北の湖敏満関と同年生まれ。目出度くもあり冥途への一里塚、千曲万来余話も佳境に入り、お付き合いのほど何とぞよろしくお願いします。
 LPレコード収集というもの、オーディオのグレードアップと並行して、先祖がえりともいうべきモノーラル録音盤の再生に、俄然、感激の度合いが向上をみせている。再生する音が豊かになるに従い、真骨頂に迫るよろこびを味わうというものである。此処に至って、RCA1941年録音になるベートーヴェンの大公トリオ、決定盤に出会った。とにかく、名人三重奏、名演、名録音の三拍子そろっている。
 エマニュエル・フォイヤマン1902.11/22コロミヤ(ウクライナ)~1942.5/25ニューヨーク没、ポーランドのガリチア地方生まれ。11歳でワインガルトナー指揮ウィーンの交響楽団でデビューを行っている。早熟の天才で27年ケルン音楽院29年ベルリン音楽院教授に迎えられている。ドイツ時代にはベルリン・フィルと共演のほかVnシモン・ゴールドベルク、Pfパウル・ヒンデミットらとトリオを結成、活動していた。1933年ナチス政権誕生とともにドイツを去り渡米することになる。1934年36年と二回来日していて、教育者としても有名な斉藤秀雄は彼に師事している。アメリカでは、ピアノのアルトゥール・ルービンシュタイン、Vnのヤッシャ・ハイフェッツと、三重奏グループを結成し、当時、百万ドルトリオと言われ名声を博している。惜しくも40歳で虫垂炎により死去している。フォイヤマンの特色は、チェロを楽々とヴァイオリンのように演奏し、力強く、切れ味の良い演奏を披露している。甘い音色、新即物主義的解釈でピアノでいうと、ギーゼキングのような演奏というべきであろうか?パブロ・カザルスが父親的な存在とすると、フォイヤマンは二枚目的、主役級の大物チェリストといえる。彼の録音は、どれも魂のこもった存在感ある音色、一聴して惹き寄せられる不思議な演奏の記録である。上手に再生することができるのは、一段落、向上したオーディオの愉悦である。
 ベートーヴェン41歳で1811年に、第七番変ロ長調作品97としてピアノトリオを作曲、ルドルフ大公1788~1831に献呈している。ちょうど交響曲第七番と八番作曲の壮年期である。気力が横溢していて、冒頭の第一楽章第一主題は、気宇壮大、演奏気力の充実を求められる、いかにも、ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェンの面目躍如、意気盛んな音楽と云える。 RCA盤では、余裕綽々のルービンシュタインのピアノ演奏もさりながら、ハイフェッツは、ピタリとフォイヤマンのチェロに寄り添っていて、室内楽演奏の醍醐味を十二分に実現している。F氏は余りにも楽々と演奏しているから、チェロもヴァイオリンのような感覚で、しかも、音域は低音であるからして、安定感抜群である。不思議にも、チェロこそ合奏の主役のように聞こえる。ピアノが楽器の王様であるとしたら、チェロは司祭のようで、ヴァイオリンは口上の役者、三者による饗宴である。たとえば、作曲家ブラームス生前の頃、ウィーン・フィルで演奏者たちの報酬で一番上が、チェロ奏者であったというのは、いかにも頷けるというものである。
 ベニー・グッドマンによる、カーネギーホールコンサートでギャランティー、一番上は音符の数からしてドラム奏者のジーン・クルーパーが要求したというエピソードもあるけれど、割に合わないのはピアニストでも、チェリストの重要性は、フォイヤマンの演奏がある限り、説得力があるというものである。
 大公トリオは四楽章構成で第三楽章は緩徐楽章、アタッカ継続してフィナーレを迎えるのはB氏の創意であって、大柄な音楽になっている。

 1941年12月8日には太平洋戦争が始まり、その11日には独伊国が米国に宣戦している。第二次世界大戦である。1942.3/22、24にはブルーノ・キッテル合唱団創立40周年記念演奏会でフルトヴェングラー1886.1/25ベルリン~1954.11/30バーデンバーデン没はベルリン・フィルを指揮してベートーヴェンの第九を演奏、同じく4/19にはヒットラーの生誕祝賀前夜祭で第九を指揮している。この二つの第九の間に、テレフンケンによるブルックナー第七交響曲第二楽章アダージォのSP録音が実施されている。1943年に入ると戦況は刻々と悪化の一途をたどり、スターリングラードではドイツ軍がソ連に降伏、9月にはイタリアが連合国に対し降伏している。このようにドイツの敗色濃厚の中で、フルトヴェングラーは6/26エリザベート・アッカーマンと再婚している。
 同年2/7(8)ベルリン、フィルハーモニー音楽堂でのライヴ録音、ゲオルグ・クーレンカンプ1898.1/23ブレーメン~1948.10/5チューリヒ没のヴァイオリン独奏で、シベリウス1865~1957の協奏曲ニ短調が演奏されている。この戦時下の演奏記録は、壮絶なものであり、極度に異様な燃焼感をもって残されている。いかに戦争という極限状況の中で芸術家は演奏するものなのか、このレコードは貴重であり、1903年ヘルシンキで初演されてから05年にはベルリン初演、シベリウス唯一のヴァイオリン協奏曲である。クーレンカンプは20世紀初頭ドイツ音楽界を代表する演奏家でヨーゼフ・ヨアヒム門下のエルンスト・ヴェンデルに師事している。ベルリン芸術大学を経て1916年ブレーメン・フィルのコンサート・マスターに就任、1919年からソリストとして活動に入った。1923年には母校の教授職に就任、同年~26、31~43年まで指導に関わっていた。一方、室内楽では、Pfエドウィン・フィッシャー、Vcエンリコ・マイナルディと三重奏を演奏していたことが知られている。クーレンカンプはナチス政権下、メンデルスゾーンの協奏曲を演奏するなどして、一定の距離感を持っていた。当時、アドルフ・ブッシュは反ナチスを表明してアメリカに去るなど、きわめて厳しい状況ではあったのである。協奏曲においてカデンツァでは、ヨアヒム、クライスラーなどユダヤ系の音楽を実演していたのである。1944.11/14に尊敬するカール・フレッシュが没すると、その後任としてルツェルン音楽院教授に就任、引き継いでいる。1948.9/22が彼の最期のスイス・リサイタル、13日後にチューリヒ、50歳の若さで永眠することになる。1937.11/25、そのころ発見されたシューマンの協奏曲ニ短調のドイツ初演をラジオ全国中継、レコーディングを果たしている。
 フルトヴェングラーとの共演は35年にブラームス、39年にベートーヴェンの協奏曲を演奏していて、三度目の共演がシベリウスということになる。43年2月の演奏は、そのよう状況下で、精神性、緊張感の高い孤高の録音になっている。第三楽章にヒヤリとする場面もあるのだけれど、弱音演奏の時、ブレスする鼻息はオンマイクで生々しく、管弦楽のベルリン・フィルの演奏も、壮絶である。K氏の独奏は格調が有り、骨格が極めて大柄、歌謡性、ヴィヴラートも適度で過不足なく、下から上へあがるポルタメントも、時代を感じさせていて、しかも、くどいものではなく哀しみ表現として、極上である。英国ユニコーン盤もグッドコンディション、音楽の表情を隅々まで記録していて、力があるLPレコードといえる。
 つくづく、大戦時の貴重な記録であり、悲惨な戦争の記憶として味わい、肝に銘じることの多い音楽ではないのだろうか・・・・・

 彼はいい人だ、というと彼の人間性を指す断定の文である。ところが、彼は人がいい、と言うとき少しニュアンスが異なる。良い人なのだけれど、トラブルになる時に使われることである。文というものは、言葉面が同じであっても、用いられ方で意味がそれぞれであるから、その微妙な違いに気を使う必要がある。
 ベートーヴェンの作品番号はopオーパスで表されるのだが、彼の場合、WoOという作品番号無しの作品もある。それは1795年以前のものと、それ以後でも未発表や未完成作品によるものがあるからなのだ。後世に整理されていて205まである。作品番号1は、ピアノ三重奏曲三曲、第一番は変ホ長調。ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための作品である。1969年12月、70年1月録音になるEMI盤、ジャクリーヌ・デュプレのチェロ、ピンカス・ズッカーマンのヴァイオリン、ダニエル・バレンボイムのピアノ。
 ジャッキー(デュプレ)1945.1/26~1987.10/19は、1961年3月1日ロンドン、ウィグモアホールで正式なプロデビューを果たしている。ビートルズの正式レコードデビューは1962年10月。戦後、新しい時代の胎動といえるかもしれない。ところが彼女の活動は、1971年頃から体調不良に陥り、1973年多発性硬化症と診断されて、リタイヤすることになる。折しも来日公演は実現されずに夢となった。彼女はバレンボイム指揮盤でナレイションを残している。天才少女の記録は、サー・ジョン・バルビローリ指揮1965年、エルガーのチェロ協奏曲が有名。68年シューマンのチェロ協奏曲、指揮バレンボイムは新婚ホヤホヤどきのアルバムで文字通り、熱演の記録となっている。
 B氏のピアノトリオ全集はズッカーマンのヴァイオリンを得て完成され、緻密なアンサンブルを聞かせる。バレンボイムのピアノ演奏が中央にセッティングされ、堂々としている。グランドピアノだからなのだが、作曲当時のフェルテ・ピアノという楽器と味わいは、多分異なるだろう。だからというわけでもないけれど、楽器の配置として、スピーカーの左側から、ヴァイオリン、中央にチェロ、右側にピアノというものをイメージするのが、作曲者のものと考えられる。バレンボイムよりは、ジャッキーのチェロを中央にセッティングしたいのである。レコードでは、左右にズッカーマンとジャッキーが展開してい、真ん中にバレンボイムがいることになっているのは演奏風景の写真。ステレオという定位、ローカリゼイションの感じられる録音では、中央に何が必要か? よく勘案する必要がある。すなわち、なにも考えないのはモノーラル録音と言うべきで、ステレオ録音はそこのところ、面白味があるといえる。作曲者はヴァイオリンのピッツィカートとピアノとの対話を設定しているから、そこで左右感がチェックされているのであるまいか? ステレオ録音はそれを表現できるのだから、盤友人はそこを指摘しているまでである。
 ある意味、ジャッキー晩年の録音であり、味わい深いものがある。彼女の内面で不調の予感があったのかもしれないが、うかがい知れないところではある。ストラディバリウスの名器は滑らかな音色を披露していて、クレジットはないのだけれども、美しい演奏である。彼女最期の記録は、ショパンのチェロソナタ、バレンボイムのサポートでペレッソンというのが使用楽器とされている。
 室内楽は、合奏でアンサンブルといわれるもの、ここでは楽器同士で対話が行われていて、表と裏の会話が楽しまれる。これは二重奏と異なる味わいであり、チェロは重要な役割を果たしている。音楽は感性の世界で、結果を求められのではあらず、時間自体を味わう、異なものである・・・

 モーリス・ラヴェル1875.3/7シブール~1937.12/28パリは、健康上の理由により実現されなかったアメリカ演奏旅行の時に、ピアノ協奏曲ト長調を作曲、1932年1月14日初演されている。作曲者自身の指揮、女流ピアニスト・マダム・マルグリット・ロン1874.11/13ニーム~1966.2/13パリ没、ラムルー管弦楽団による。一説によるとSP録音時の指揮は、ペドロ・デ・フレイタス・ブランコという情報もある。ここでは、パテマルコニー・リファレンスのLPレコードを鑑賞した。 マルグリット・ロン夫人は、1903年パリ音楽院ピアノ科教授に就任している。フランス・ピアノ界の大御所、1943年ロン・ティボー国際音楽コンクールが開催されピアニスト、ヴァイオリニストの登竜門として有名、ちなみに第1回ピアニスト第一位はサンソン・フランソワが獲得している。
 フランス製エラールを愛奏していて、みやびやかな音色に豊かな量感を披露して、天衣無縫のテクニックを発揮している。協奏曲の開始はなぜか、パチンという音を発する打楽器「むち」をイメージさせる冒頭の第一楽章アレグラメンテ、快活に、喜んで。ピアノの装飾的な音楽、トランペットの極めてむつかしいパッセイジ、諧謔的な賑わいの様相を呈している。管楽器が活躍していて、その掛け合いは、精密さの追求が前提となっている。これを指揮するのは、精神の強靭さを証明するようなもので、これを実現して天狗になっていては、様にならない。逆にプレーヤーに対する謙虚な姿勢が、作曲者の意図のような気がする。すなわち、ラヴェルはここで、演奏家の熾烈な格闘をあらかじめ予想して、その成功、成就感を狙っているかのように思われてならない。作曲を心底楽しんでいるのである。スイスの精密時計といわれる所以である。
 第二楽章アダージョ・アッサイ、充分に緩やかに、ラルゴは幅広くひじょうに緩やかに、だから、遅すぎない緩やかさが求められる。ピアニストは左手で8分の3、右手で4分の3の旋律が演奏される。開始は大体150秒なので2分半ほど独奏者だけで演奏され、次第に管楽器弦楽器と加わり、春の野辺、日光のまぶしい風景が目に浮かぶようである。ここは、モーツァルトK467、ハ長調協奏曲の第二楽章が下敷きになっていて、本歌取りである。二流の作曲家によると、下敷きがある場合、持たれる感じがすることになるところを、ラヴェルは流石に、その上を飛翔している。まるでラヴェルの微笑みのポートレートといえる。
 第三楽章プレスト急速に、ジャズ的雰囲気の音楽を導入した自由なロンド形式。木管楽器と金管楽器の掛け合いは、スリルに富んでいて聴きもので、その舞台の前列でピアニストは軽快なフレーズを披露する。ピアノ協奏曲の定番といえば、そうなのだが、プレーヤー達はいつ脱線事故が起こるか分からない中で、大団円をむかえるのだから、危険を潜り抜けた歓びは、演奏者にしか感じられない興奮で、でも、それを聴衆はその展開に立ち会う喜びはある。レコードではそこのところ、缶詰になっているところで、演奏会に敵わない。レコードはあくまで記録、それを再生するのが歓びなのだからアナログ世界は、独奏楽器の鳴りっぷりを追求する。
 モーツァルトやベートーヴェンの古典的世界から、リストの即興性を拡大したピアノ音楽を経過して、その百年余り後のラヴェルは、装飾的ともいえる音楽の作曲に到達している。即興性を楽譜化したところに装飾的な音楽が展開して、それをさらに即興性にまで高めたというのがラヴェルの音楽なのではなかろうか ? マルグリット・ロンのピアニズムは、歴史の一頁に不滅の記録として不動である。

 1976年5/24~26ウィーン・ムジークフェラインザール録音、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルのドイツ・グラモフォン盤、冒頭、まろやかなギュンター・ヘーグナー?のホルン独奏にみちびかれて、マウリツィオ・ポリーニのグランド・ピアノの雄渾な演奏が次に続く。ウィーン製のベーゼンドルファー・インペリアル。ブラームス作曲ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83はあたかもピアノ独奏付き交響曲の雰囲気を持つ。四楽章構成で、通常は三楽章形式なのに、熱情的な第二楽章をはさんで、緩徐楽章である第三楽章はチェロ独奏で開始される。
 ふと録音の順番を考えた時、第二、第四そして第一と最後に第三楽章という具合に想像した。第二楽章は力感に溢れていて、始めに取り組み、仕上げとして第三楽章を録音したのではあるまいか?というのが盤友人の見立てである。録音のセッションは時として、始めに力仕事をもってきて、気力勝負の音楽は余力をたくわえて後に回すのが、その様に思われるのである。ポリーニ1942.1/5ミラノ出身で現役最高のピアニストの一人で34歳の時の演奏。指揮者クラウディオ・アバド1933.6/26ミラノ~2014.1/20ボローニャ没は、56~58年ウィーン音楽院ハンス・スワロフスキーの門下生。1963年ニューヨークのミトロプーロス国際指揮者コンクールで優勝、二位はズデニェク・コシュラー。65年ザルツブルグ音楽祭、マーラーの「復活」でウィーン・フィルとのデビューを果たす。66年VPOとベートーヴェン交響曲第7番をデッカ録音している。
 ポリーニは1960年ショパン国際ピアノコンクール、審査員全員一致しての優勝を獲得。当時の審査委員長アルトゥール・ルービンシュタイン、私達審査員の中で彼以上にうまく弾ける人はいるだろうか?驚嘆のコメントを残したと伝えられている。以後思索と研さんに励むため、舞台から遠ざかり1968年秋ロンドンのコンサートデビューにより、再起して大成功を収める。1974年初来日。モーツァルト、ベートーヴェン、ショパンからシェーンベルク、ノーノ、ブーレーズなどコンテンポラリー前衛音楽までレパートリーは幅広いものがある。 ブラームスはピアノ協奏曲を二曲ものにしていて、第一番ニ短調作品15は1858年頃25歳で作曲、悲劇的な色調の開始で二年前、シューマンが死去していた。第二番変ロ長調作品83は1881年48歳で作曲、三月には第二回イタリア旅行をしていて11/9にブダペストで初演されている。ここでは明るい感じが支配している中、第三楽章ピウ・アダージョで79年作品86の6歌曲死の憧れが用いられている。その頃フォン・ヘルツォーゲンベルク夫人には、一つの小さなピアノ協奏曲を作曲したと告げているのは、彼一流の皮肉である。
 この第2番は1967年バックハウス独奏カール・ベーム指揮したV・POのゾフィーエンザール、デッカ録音はチェロ伴奏、エマヌエル・ブラベッツでポリーニ盤はロベルト・シャイバインというクレジットがある。オーボエ奏者に注目すると、前者はカール・マイヤーホーファー、後者はゲルハルト・トレチェックというウィーナーオーボエの歴史が感じられる。大家バックハウスもさることながら、ポリーニの独奏盤は青春の気力横溢した音楽がみなぎっていて低音域に注意していると、チェロやコントラバスの音楽に、ポリーニの左手が勝負をかけていて、印象的である。その量感は雄大で、うまくLPレコードを再生出来た時、深い共感を覚えるから嬉しい事限りない。
 クリケットレコード店長のきめ細やかな応対でこのLPレコードをゲット入手できるのは、またとないチャンスと云えるかもしれない・・・まさに一期一会 !

 ユーラと表記したのは、英語風のもので、多分ヨウラという読み方も有りだとは考えられるのだけれど、ネイティヴ原語により近いと思われるユーラ、にさせて頂く。というのも、アルゲリッチというのが、日本語的表記なのだが、盤友人はブルーノ・レオナルド・ゲルバーに直接聞いたかぎりでは、アルヘリッチという発音がネイティブである。日本で採用されるのは、主として、日本語の語感を優先していて、原音表記に近いものでもないから注意が必要である。ミシンの原音がマシンであったというのは、有名である。ラヂオ、テレビ、みんな原音でするとレイディオ、テレヴィになるから、ややこやしくなり、問題となる。盤友人としてはベートーベンよりは、ベートーヴェンという表記するのがネイティヴに近いと思われるのでそのようにしている・・・
 ユーラは、クララ・ハキキルと同年代、数か月年下なのだが、1895年1月7日にはハスキルが誕生している。それから四か月遅れてユーラ。あえていうと、ユダヤ系ロシア人を父として、母親はルーマニア人でマルセイユに生まれた。彼女らは、出会いが1905年で、パリ音楽院の同窓。翌年六月の試験ではクララが次席で、ユーラが一位だった。音楽院での成績は、微妙であり、より奔放な芸風がユーラの特色であって、より優等生的なのがクララだったのかと想像される。
 ショパンの協奏曲第2番は、1830年作曲になるものでその後に続けて第1番は作曲されている。楽譜出版は第1番が先で、1833年に第2番が出版されている。いずれにしろ、第1番ホ短調作品11は有名でスケールも大きい。第2番ヘ短調作品21は、二十歳の作曲になり、より青春の息吹が横溢している。第3楽章の終結にある、ホルン・コールといわれる音楽に特色があって、ファンファーレの音楽により、協奏曲の醍醐味が味わえるからなかなか捨てがたいものがある。そこのところで、もろに独奏者の技量が問われる仕掛けであり、そこを無事通過すると、もちろん、様々な仕掛けは、始めから終わりまであると言えばそうなのだけれど、特徴をなしているのは、そこにもある、ということで喝采が待ち受けている。
 ユーラの特色は、即興風な弾き方、リズムの伸縮、拡張が自在で、気ままというか、主体は独奏者に有り、を貫いている。その力強さは抜きんでていて、強靭な精神力を表現している。ジャケット写真も1980年英国ニンバス盤は、その意味でインパクト衝撃力のあるものだった。女優風な趣味もある意味かまわないが、協奏曲なのだから、オーケストラ管弦楽との風景写真の一枚でもほしいところである。指揮者デゾミエール・アンゲルブレシュト1880~1965は、フランス指揮界の大人物である。このレコードでは、フランス国立放送管弦楽団で、1959年6/21ライヴ録音となっている。管弦楽の統率に優れていて、アンサンブル合奏力は秀抜である。管楽器奏者の能力も遺憾なく発揮されていて、伊語でファゴット、英語でいうとバスーン、フランス語ではバッソンなど、音色はキャラクターが強く、雄弁である。第二楽章ラルゲット、ラルゴ、よりも少しテンポが軽快でという音楽、ピアノの音色は中低音域の量感が雄大、というとはフランス製のプレイエルなのだろうか?ジャケットのデータ表記は、日時までで、場所については未表記、ここのところ不足しているから、なんとも断定しようがないのだけれども、一曲をA面第一楽章とB面第二、第三楽章でプレスしているから音質は雄弁である。以前の他レコードと比較しても、遜色はない、というかこのレコードの魅力は抜群である。まだクララも活躍していて、お互いに切磋琢磨していた時代の貴重な記録になる・・・・・

 一月三十一日、そして222年前の日というとフランツ・ペーター・シューベルトの誕生日に当たる。ウィーン生まれで1797年、さらに没年は1828年のこと、11月19日ウィーンにてである。
 「歌曲の王」と呼ばれるのは、ゲーテ詩による魔王など、歌曲の作曲数は600曲余りに上る。交響曲は定かでなく、グレートとあだ名されたものは、以前第九ともいわれ、現在では第八番とされている。ただし、LPレコードの多数は、第八番は未完成として知られているから面倒で、CDの世界では第八番グレートというのは実にややこやしい。未完成は第七番。グレートも以前は第9(7)とされていたものだ。いわゆる、第七というのは欠番だったからである。★ピアノソナタも、第二十一番変ロ長調というのが、ソナタとして最後作品の番号になる。モーツァルトには、Kケッヘル番号というほぼ作品順に並べた数字が付けられている如く、シューベルトには、Dドイッチュ番号が付けられている。ソナタ第十三番イ長調、作品120ドイッチュ番号664は長らく1825年の作と言われていたのが、1819年の作曲とされるようになった。女性音楽家コラーのために作曲されたという話で、三楽章からなる作品。メロディー旋律、リズム律動、ハーモニー和音という音楽三要素でいうと、愛らしいもので、四拍子系のリズムに、さわやかな和声である。優美な第二楽章アンダンテ、さりげなく舞い降りたように軽快な第三楽章。ソナタというのは定型が四楽章に限られたものでもなく、三楽章形式も有りである。ベートーヴェンの作品111という第三十二番ハ短調は二楽章しかない。1822年の作。この時代、シューベルトは、手本がB氏にあったというのは、想像するに易しいことである。
 シューベルトの21曲に上るソナタは、よく形式的に、弱いとされている。それはB氏の堅固な様式感と比較するからで、古典派の音楽から一段階展開したロマン派の音楽の特徴と云えるだろう。そこのところ、人間性発露としての音楽は面目躍如としたものがシューベルト作品なのである。フランス市民革命から七、八年しての誕生は彼の作品の激動的な側面をよく表しているといえるだろう。時代、である。日本史で云うと、白河藩主松平定信公、徳川家斉の老中にして、寛政の改革のころに当たる。御家人に対して棄捐令を発していたものだ。
 ピアニスト、ウィルヘルム・ケンプ1895.11/25ユーテボルク出身ベルリン近郊~1991.5/2ポジターノ(イタリア)で没は、ドイツ・グラモフォン専属のアーティスト。シューベルト作品は1966~68年にソナタ集を録音している。全18曲で断片しかないというものを除いている。ケンプの演奏は、形式的に堅固であり、恰幅の良い大柄な演奏に仕上がっている。特に第十三番イ長調は、グランドピアノの低音域が雄弁で、確かに、作曲家当時の楽器とは、仕様が異なる。フォルテピアノ、音量は現代楽器の半分くらいなものだろう。その表現は、現代は、幅が倍に拡張されているのだろう。だからケンプの演奏による表現は、シューベルトの世界に、いかにも相応しい。ケンプはモノーラル録音時代とステレオ再録音の時代では、グランドピアノでもベヒシュタインからスタインウエイへの展開が想像される。
 デッカ録音のアーティストの、ウィルヘルム・バックハウスが、ベーゼンドルファー一本やりだったのと、区別化を図っていたように思われる。それはギルバート・シュヒターRCA録音がベーゼンドルファー・インペリアルだったのと共通している。ウィーンの音楽には、様々なアプローチが許されるだろうし、ケンプの演奏はそこのところ、かなりの成果を上げているのだが・・・・・

 フランス音楽というと、印象派ドビュッスィ1862~1918、ラヴェル1875~1937そして次に有名なのは、ロマン派ビゼー1838~1875、サンサーンス1835~1921というぐらいだろうか?
 ノートルダム楽派というのは11~12世紀ころ、フランスで盛んになったポリフォニー音楽といって多数声部によるコーラスや器楽音楽である。ゴシック前期。後期にはギヨーム・ド・マショー13ca~1377らが活躍してミサ曲などが有名でアルス・ノヴァとよばれる。14世紀にはブルゴーニュ、15世紀にはフランドル楽派というのがルネッサンス文芸復興期を代表する。
 フランスバロック音楽というと、F・クープラン1668~1733、ラモー1683~1764などクラブサン鍵盤楽器は聴きもの。時代としては「太陽王」といわれたルイ14世のころ、オペラ・バレエのための音楽が隆盛をきわめている。
 エルネスト・ショーソン1855~1899はマスネー1842~1912に学びワーグナー1813~1883の影響を受けている。ジャック・オッフェンバック1819~1880ドイツ生まれのフランスの作曲家。1833年パリに出て、オペラ・コミーク座のチェロ奏者として活躍、58年地獄のオルフェ、天国と地獄で大成功を博す。60年フランスに帰化。美しいエレーヌなど名曲を発表している。ゲーテ・パリジャンヌ、パリの喜びは1938年に初演されている。彼が作曲したオペレッタの中から、バレエ向きの音楽をマヌエル・ロザンタールが編曲したことになる。19世紀後半、第2帝政パリのカフェが舞台。札束抱えたペルー人、手袋売りカフェの娘、不良の学生、兵隊や将校、そして公爵、男爵らが入り乱れて、フランスカンカンの音楽が流れたり、やがて閉店するというとき、ホフマンの舟歌、静かに流れ始める。恋する夢を見たペルー人、トランクには明日という希望がぎっしり、札束と共につまっている。
 ロリン・マゼール1930.3/5パリ近郊ニュイ~2014.7/13米国バージニア州キャッスルトンにて死去84歳。ロシア系両親で、米国籍を取得している。1939年にはニューヨークにて、初めて指揮をした。ピッツバーグ大学出身。1960年バイロイト音楽祭に登場、ローエングリン。 65~71年ベルリン・ドイツオペラ音楽監督。72~82年クリーブランド管弦楽団音楽監督。82~84年ウィーン国立歌劇場音楽監督、88~96年ピッツバーグ交響楽団、93~2002年バイエルン放送交響楽団、02~09年ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督で、2008年2月平壌公演を実現している。12~14年ミュンヘン・フィルハーモニー音楽監督に就任している。
 パリの喜び1979年録音ということは、40年ほど以前のレコード。フランス国立管弦楽団を指揮して抜群、カラフルな音色にして、小気味よいリズム処理、マゼールの指揮は正に異彩を放っている。B面に聴かれる舟歌は、極上の味わいで、彼のぎっしり詰まった指揮人生の中の息抜きを表していて出色の出来栄えである。
 同LPレコード収録のサンサーンス、交響詩死の舞踏作品40、独奏ヴァイオリンをなんと、マゼール自身が担当している。すなわち、彼の指揮はVn演奏技術という、土台にしてあのきらびやかな表現を成し遂げていたといえる。そういえば、作曲家柴田南雄さんはFM放送で、バイロイト音楽祭登場の衝撃を、オーケストラの音色輝きが、鮮やかであったとその事実を報告していて記憶している。以後、ウィーン・フィルとチャイコフスキー、シベリウスなど交響曲全集をリリース、クリーブランド管弦楽団とはベートーヴェン、ブラームス交響曲全集を送り出しているのは正に偉業といわずしてなんであろう。今年は彼の六回忌にあたる・・・

 不思議なことに、ブラームスもベートーヴェンもヴァイオリンのための協奏曲はただの一曲だけ。しかも、調性はニ長調というように共通している。彼らが作曲人生において、それだけに貴重で、歴史に残る偉業に対する称賛の言葉も、なにも無い。それは、演奏家についても同じことなのかもしれない。
 イサベル・ファウストは、札幌のコンサートホールにもたびたび、登場して多数の聴衆に感銘を与えた現役最高峰のヴァイオリニスト、美しい音色、しなやかな超絶技巧、したたかな演奏技巧は、歴史に名を刻む、もはや大家の芸術を披露する天才の一人と言ってよいであろう。最近の演奏ステージは、ダニエル・ハーディング指揮した、オーケストル・ド・パリ、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲である。
 彼女の音楽は、以前の名演奏家とは明らかに一線を画す芸術である。女流ヴァイオリニストというと、これまで、ヨハンナ・マルツィのカルロ・ベルゴンツィとか、エリカ・モリーニの弾くグァダニーニとか、ジネット・ヌヴーのストラディバリウスなどなど超一流の称賛された演奏スタイルとは、明らかにことなる印象をうける。果たして、絶賛される演奏家なのに、その手応えは余り、感じられない。それが、多分に現代を代表するという形容詞の所以なのであろうと、盤友人はひそかに思っている。というのは、彼女の演奏には、大家の印象は与えないものなのである。手探りのような音楽、強靭な意志ではなく、戸惑いとか、ナイーブな印象を与える音色、それがおそらく、一昔前のガット弦の音色に親しんでいる耳にとっては、異次元の世界なのである。だから、ばっさり切り捨てるとしたら、なんなのこの音は?という疑問は、拭い去ることが出来ないのである。モリーニのような輝かしい音色とは肌合いが異なる。だけれども、ブラームスの音楽なのである。不思議な印象を受ける演奏と云える。それは、ハーディング指揮するオーケストラの音楽にも同じことである。
 開始の弦楽合奏を聴いて、そのなんと大家風とは異なるなよなよとした音楽なことであろう。戸惑いを覚えるのは私だけのことなのだろうか?室内オーケストラの演奏規模のせいなのであろうにしても、一時代前とは違う印象を受ける。これみよがしの、断定的とか、ベルカントと言われるような大げさな表現スタイルとは全く別世界の音楽に表現が緻密な強弱一杯のスタイルである。それはあたかも、現代の生活観にあたる、不条理、不安、不気味を連想させる音楽と言ってよいのであろう。一筋縄ではありえない、ただ、聴き込めばききこむほど情報がぎっしり詰まった音楽である。つまらない、というのは簡単なことなのであるのだが、切り捨てるには後ろ髪の引かれるレコードである。多分、これから何回もプレーヤーに乗せる音盤になるだろうなあという感想である。云えることは、これが現代の演奏なのである。
 デジタル録音であり、倍音の切れもない、管弦楽の定位も印象は薄いとか、演奏、録音の持つ限界はすごくあるのだが、それを超える魅力をもった不思議な演奏といえる。昔は、バリバリ演奏していて、分かり易かったのだが、この1枚は、はたしてこれが名演奏なのかという疑問をもちながら聴くことになる。実演で彼女の演奏を経験して云えることは、脱力の境地、自由自在、はかなさを感じさせるけれども、強靭な演奏技巧の持ち主という絶賛するに足る演奏家なのである。
 名演奏家などというレッテルは、過去の演奏家に対するものが多いのだが、イサベルは、同時代を代表する超一流のスタイルを確立した、稀なヴァイオリニストの一人ということに、はばかることはないのである。

 360度というと全方位を指し示すのだが、作品36で第二交響曲ニ長調の第一楽章小節数と言うと、なにやら意味深いものがある。だいたい普通の人は、楽譜を開く機会はもたないものだが、小節数を数えてみたら意外な事実に突き当たるというものである。
 常識として、音楽の作曲をする時、数など数えるなんていうことを、作曲家はするのか?という疑問を持たれないのかなあ、ベートーヴェンはどうだったの?ということになる。そこで冒頭の数字が腑に落ちるというものである。B氏の人間性に興味のある人には、がってん!承知の助・・・彼がコーヒーを飲むとき、豆の数を数えていたという話がある。濃度を考えるとさもありなん、60粒だったようなのだが、真偽のところは不明、作曲家芥川也寸志さん(龍之介の三男)は25粒と言っていた気がする。五本の指に五粒ずつということなのだが、某喫茶店の店主に言わせると、60粒説の方を採る。だがしかしB氏の飲むカップは何CCくらいの容量だったのか?という問題がある。もし仮に100CCくらいだったら、25粒説は立派に成立するだろうし、盤友人としてもそちらの方を有力とみる。いちいち60粒数えていただろうか?25粒のほうが数え易いだろう。
 余談はさておき、作曲者の人間性を前提として、作曲する時、小節数を数えていたとすると、彼の交響曲を聴く、何の手掛かりにもならないのはそうなのだが、親しみは、倍増するというものである。
 音蔵社長氏は、音楽を聴くとき右だの左だのそんなことはどうだっていいこと!とおおせられる。その店長TY氏にいたっては、音楽会場ではモノーラル状態で聴いている!という。御両人ともに、鑑賞するのは、モノーラル派であるということだ。盤友人はそのように考えない。作曲家は、舞台の左右から聞こえる音楽を、配置の上から前提としてそのように聞こえるべく、管弦楽法で表現しているとみる。
 ステレオ録音が登場した時点で、録音技師たちは、左側に第一ヴァイオリンを想定して、右側にはコントラバスを想定する前提で音を決めていた。だから、ジャズなどでも、右スピーカーからベースがボンボン聞こえることでステレオを愉しんでいたのである。
 舞台で指揮者の左手側を下手シモテと言い、右手側は上手カミテである。だから、カミテに低音域の楽器が聞こえることは不自然と言うもの。土台は左手側シモテに聞こえて正解といえるだろう。管弦楽で20世紀後半の主流派は上手コントラバス配置であった。ところが、1945年以前のフルトヴェングラー指揮するベルリン・フィルの写真を見ると愕然、コントラバスは下手側配置なのである。
 オットー・クレンペラー指揮する第二交響曲の第二楽章などを鑑賞すると、これ以上の要求があるのだろうか?とおもわれるほど、完璧なステレオ録音になっている。すなわち、右スピーカーからアルトと第二ヴァイオリンが整然と後打ちといえる伴奏系の音楽を演奏しているのを再生すると、今までの指揮者たちは何を考えていたのだろうと思われる。何も考えないで無防備に第一と第二ヴァイオリンを並べて演奏するスタイルは、21世紀に入り否定されつつある。すなわち、古いは新しい新しいは古い、ということである。第一ヴァイオリンの音響とコントラバスのそれが溶け合った響きは今、オーケストラに求められている音楽なのであろう。頑固なまでに第一と第二ヴァイオリンを並べるスタイルは、既に古い音楽と云えるだろう。クレンペラーは頑固者の代名詞であったのを、そっくり、現代の古くなった指揮者たちに熨斗を付けて献上して差し上げるのはいかがであろうか?クレンペラー氏は黄金の記録、ヴィニールに刻んだ!

 季節が来れば咲くと言う 花の言葉にウソはなし春風亭柳昇、彼は高座でトロンボーンを吹いた噺家さんで、実は軍隊経験からという。抜き差し曲金自在管というのを彼から聞いた。二刀流、彼ならではの芸だった。花について語り人生、散々聞かされるウソを実感していた人ならではのことばである。
 六日朝十時ころ、太陽と地球の間、月が一列になった。引き出しに有ったネガフィルムを重ねて眺め、宇宙の中の月を実感した。雪の季節に明るく晴れたひとときだった。
 1954年夏録音で、ウエストミンスター盤、ピアノとVnのためのソナタを聴いた。Vnワルター・バリリ、Pfパウル・バドゥラ=スコダというコンビで黄金のモーツァルト演奏。モノーラル録音はモノーラル・カートリッジで再生して最善だ。先日のTV放送第九演奏で、指揮者のテンポ設定を批判した。多分、彼はメトロノーム指示を順守したことなのだろう。それならば、当時のオーケストラ編成ではなく、楽器、人数とも近代オーケストラで演奏しているのだから、ミスマッチと言うまでである。ベートーヴェン演奏も、前提条件を整えなければ、統一感を採ることができない。だからテンポ設定は、一筋縄で解決できないのである、片手落ちということだ。
 モーツァルトの演奏も、クラフィーアという鍵盤楽器を作曲者当時の時代楽器を使用しなければならないのか?その必要もないだろう。スコダの使用するベーゼンドルファーというのは、ウィーン製のメーカー。低音域の倍音は、香るように充分であり、デモーニッシュ悪魔的ですらある。
 バリリの演奏で、ヴァイオリンのヴィヴートをかける技術の巧みさ、彼の人間性を伝えることは充分すぎるほどであり、オーケストラのコンサートマスター1963年ころからリタイヤした経歴はいかにも残念である。清潔な演奏スタイルは抜群であり、享楽性を排した愉悦感は、孤高の芸術を披露していて、愛すべき演奏家ではある。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲など天下一品である。モノーラル録音は、当時の時代を記録していて、だからでもないのだけれど、貴重なのである。月刊雑誌、録音評でいつもステレオ録音より一律20点減点なのは、そのような刷り込みを読者に与えている愚を、肝に銘じなければならないだろう。ステレオ録音は、その半減した音に過ぎない。だから、カートリッジをモノーラル専用に取り換えた時、喜びは倍増するのである。
 新月のとき、万有引力の関係から、地球上のテンションは一番薄いという感覚、みなさん、経験されてはいないのだろうか?気のせい気のせいといわれるのだろうが、モノーラル録音を、満月夜のときから思い起こすと、半減している。気の問題だから仕方ないのだけれども、この感覚を、読者のみなさんの中にも実感されていたらば、幸いである。
 ピアノのメーカーにしても、クレジットがジャケットに表記されているのではあらず、ただし、録音場所がモーツァルテウム・ザールとあるだけ、そこから推測するに、ベーゼンドルファーというメーカーが思い至るし、何より、LPレコード再生して出てくる音は最高のコンディションである。バドゥラ=スコダが札幌コンサートホールの小ホールでヴァルトシュタインを演奏したとき、盤友人は至福のひとときであった。バリリ、スコダの御両人、今なおご健在であるのは、慶賀に堪えない。レコードの録音は、記録に過ぎないのであるけれども、時々鑑賞するのでも、印象はそれぞれ異なる。ただし、弦の音がガット弦とかいう事実は、不変である。現実はいつも変化していて、その当時の音楽を再生できる価値は、おどろきであるしいい音とは、それを実感させるところにある・・・

 マクベス、始め魔女の言葉にはギクリとさせられる。年の初めに、今年は良い年になりますように・・・があるけれど、禍福はあざなえる縄の如くというのが今までであるから、なんとかしのぎたいというのが、最近の願いである、良いだけというのは・・・
 年末恒例のNHKTVで第九を観た。ドイツ音楽の巨匠という触れ込み、聴いて失望を禁じ得なかった。第三楽章のテンポ、指揮振りはゆったりなのだが、奏でられる音楽は倍に速いテンポである。ああいう演奏をしてはいけないだろう。つまり、ああいうセッティングの行き着いた結果がそうなのだとしたら、さもありなん・・・こらえきれない設定であり、間が持たない、あの触れ込みは一体何だったのか?という感想。つまり、古いは新しい新しいは古い、こんな時代だからこそ音楽でベートーヴェンをじっくり感じたいものなのだ。
 ギルバート・シュヒター1919~89のRCA録音を聴いた。なんという快いテンポで演奏されているだろう。極めつけは、第三巻にあるソナタ第十三番イ長調というドイチュ番号664。第一楽章アレグロ・モデラート、快い中庸の速度で、このメロディーは愛らしい旋律で、いかにもフランツ・ペーター・シューベルト ! ペーターというのは、ペテロという名に近い、だから一途な青年のイメージである。女性ピアニストが演奏会で盛んに取り上げるこのごろ、さぞ男装の麗人というものなのだろうが、シュヒターはごく自然に弾いていて、なんの違和感もない、というはそうなのだけれど、本当にシューベルトの愉悦を味わえる。わたしはあなたが好き! という語り口に無理がない。ピュアな音楽は新春にふさわしい。
 たとえば、第二楽章アンダンテ歩くような速さで、という指定、この速度設定を深読みして、ゆっくり過ぎたり、はたまた、軽いものにしてはいけないだろう。つまり第三楽章はアレグロ軽快に、という速度感を聴き手に催させるのがツボだから、それを表現できるのが巨匠であろう。先の指揮者は時代のファッションからの設定なのだったろうが、それこそ失敗だったのは明らかだ。それくらい、テンポ設定というものは、生命線である。
 ピアノソナタ、奏鳴曲というのは、ソナーレというイタリア語の和訳で、器楽曲を指す。形式として、三楽章、四楽章、あるいはベートーヴェンのハ短調作品111ただの二楽章。ハイドンの歴史はベートーヴェンに受け継がれ、シューベルトは21曲? をものにしている。ちなみに、S氏には未完成交響曲がある。なんのことはない、二楽章で完成している。スケッチとして第三楽章は途中まで残されているけれども、作曲者は続けることなかった。シューベルト1797~1828の人生は、六百曲にも上る歌曲、これもすごいことだけれど、これのほとんどを録音したディートリヒ・フィッシャー=ディースカウも超人である。ピアノ作品集をシュヒターは録音しているのだけれど、ザルツブルグ録音、如何にもオーストリアという欧州の空気感が横溢している。
 ピアノというと、メーカーによって音色が異なる。中高音は、スタインウエイ、ベーゼンドルファーとも輝きあるもの、ところが、低音域を再生するとその音色の違いに驚かされる。さて、シュヒターは・・・楽しみは尽きることが無い。
 いい音いい音楽とは何か ? ピアノでいうと倍音再生に有る。最後の和音が鳴らされたとき、余韻が残る。演奏のさなかに、ピアノの弦はこの倍音を鳴らしているのである。ポピュラー音楽ではマイクを使用する。これだと倍音は鳴らされない。この味わいがクラシック音楽のキモであり、アナログ世界の目指すいい音、その音こそ音楽のため・・・なのである。

ヨハンナ・マルツィの使用する楽器は、1949年12月スイスで出会ったコレクターのダニエル・チューディから貸与された1733年製のカルロ・ベルゴンツィ、これが終生のものとなっている。
  再生するとよく分かることなのだが、現在、耳にするヴァイオリンとは肌合いが異なる。すなわち、元々、ガット弦といって羊の腸が使用されていたのが、現在はスチール弦が多数派、LPレコードに記録された音に嫌な感じはない。ところが、デジタル録音されたものは、ほとんどが細身の音であり困ったものだ。これは、時代がそうさせるものなのであろう。
 マルツィの美音には、空気感、肌触り、幸福感に満ちている。これこそアナログ録音の醍醐味、それを再生する愉悦がある。
 このLPには1878年作曲になるブラームスの奏鳴曲と、1923~27年作曲のラヴェル作品が、スイス放送局提供の音源で収録されている。それは、ドイツ、フランスを代表する楽曲であり、ヨハンナ・マルツィとイシュトヴァン・ハイデュというハンガリー人音楽家による演奏である。よく人は、音楽が分からないと口にする。分かる分からないというのは、理性の判断によるのだが、音楽は感性の世界なので、分かる分からないではあらず、好きか嫌いかの好みの判断の方が、理解よりかは素直になれるはずである。だから、ブラームスとラヴェルという性格の異なる音楽をより良く味わえることになる。どちらかというと、B氏の音楽は楽曲の構造が伝統的、構成的であり理解がしやすいだろう。そこには、旋律メロディーが分かり易く、律動リズムが簡潔、規則的である。ところが、ラヴェル作品は一筋縄にはいかないのである。第二楽章はブルースである。ガーシュイン作曲パリのアメリカ人は1928年作になる。有名なエピソード、G氏がラヴェルに作曲のノウハウ伝授を希望した時、あなたは既に一流の作曲家、二流のラヴェルになる必要などどこにあるか?と答えたという。そんなエスプリをきかせるラヴェルがピッチカート開始でブルースを作曲しているのは興味深い。オーディオ的に云うと、ここのところで、楽器の胴鳴りを再生できるのがベストである。アルコといって、弓を使用する演奏との対比は、楽しいものがある。だいたい、ラヴェルのエピソードは、メロディーメーカーのガーシュインの素晴らしさを讃えるまでもなく、R氏の偉大さに親密度が昂じるというところが、心憎い話である。
 今年最後の469話になった。サイトウォッチャーの諸姉諸兄には、心より感謝申し上げる次第。みなさまのご多幸を祈念して1年を振り返りたい。余話のテーマは、オーディオと音楽の関係にある。いい音、いい音楽は切っても切れない関係に有り、演奏する姿、作曲された世界を音楽でもって再生するところにキモはある。時間の芸術だからこそ、目的は音響にあらず、音楽に有る。だから、音に囚われていると、目的が分からなくなってしまう。すなわち、ノイズを除去するという発想ほど百害あって一利なし、除去するというのは明らかな誤りなのである。SN比というのは、両者相まっての上での話で、ゼロという発想こそ除去する必要がある。空気は炭酸ガス、酸素などなど、多様性のある話なのである。
 異文化の出会いこそ両者尊重の上での話であって、一方が他者を排斥するという話ではない。ちなみに、いい音というのは、倍音再生に有る。倍音はノイズと表裏一体であり、このことに気づくか否かで、オーディオの世界は広がりを見せる。未来に向かうばかりではなく、古きを温めるというのは、古代中国の教えで、既にある話、過去にさかのぼることこそオーディオ向上ひとつの方向性であろう。感謝至極。良いお年をお迎えください、鶴亀ツルカメ・・・

 米国デッカ盤で、モノーラル録音ジュスキント指揮フィルハーモニア管弦楽団とK271ジュノームとカップリングされた幻想曲ハ短調K475、B面のバンド2でこの演奏を鑑賞する。
 鑑賞する段階として、なんでも有名曲という第一段階、この作曲家が好きだなという第二段階、そして名演奏家を集中して聴こうという第三段階、こういう変遷で三十年ほど過ごす。最近の盤友人はさらに時間を経て、1950年代のモノーラル録音を高品質の追求、アナログを掘り下げて聴くというさかのぼりでこのLPレコードを聴くことになる。すなわち、オーディオの先祖がえりを果たしてリリー・クラウスに再会する。彼女1908.3/4ブダペスト生まれ~1986.11/6アッシュビル没の情報で、生年は05年03年と色々ある。レコードジャットによると父がチェコ人、母はハンガリー人。バルトーク、コダーイ、そしてベルリン音楽院教授だったアルトゥール・シュナーベルにも師事している。シモン・ゴールドベルクと二重奏デュオを組みモーツァルト演奏を記録して後年ウィリー・ボスコフスキーともレコーディングを残している。1963年には初来日、旧札幌市民会館でも演奏会、楽器の金属フレームにサインを記していた。
 特に50年代は技師アンドレ・シャルランが録音していて名演奏、名録音の誉れが高い。こういうソースをいかに再生するかで、オーディオシステムのグレードが知れるというものだ。システムは音の入り口、胴体、出口という三部分のバランス、プレーヤー・アンプ・スピーカーの三位一体が重要になる。もちろん、ピックアップの性能により、ピアノのソースを生かすかどうか、決まるといえる。判断の鍵は、楽器の鳴り、倍音、演奏のスピード感、タッチの具合、などなど色々と重なり合って総合的にどのようなピアノの音響が再生されるか?その上でどのようなモーツァルトの音楽が味わえるのかということになる。
 彼女が四十代時の録音では、歯切れの良い、快速でも、ギアチェンジがよく効いて緩やかな音楽にも生命感が宿っている。特に音作りは、入念で、スタインウエイであろう楽器の音響を巧い具合に仕上げている。楽譜の読み込みが深く、その即興性を感じさせる演奏は、生命感あふれる記録として極上のものである。このことは、いい音、いい音楽とは何かという問いに対する一つの答えがここにあるといえるのだ。
 幻想曲ハ短調K475は1785年5月20日作曲で、84年10月14日にはK457ソナタ14番が作曲されていて、よくカップリングされて演奏される。アダージョ、アレグロ、アンダンティーノ、ピゥアレグロ、テンポ・プリモ始めのテンポで、という一続きの構成。力感に溢れていて、リリーの演奏はそこのところ、圧倒的な七変化(五?)を披露する。モーツァルト29歳、デモーニッシュ悪魔的な音楽、聴くものを引き付けて離さない、彼の天才性の一面が典型的に作曲されていて、そこのところ、ぴたりと演奏がはまっている。演奏行為の即興性は、一線を越えたアーティストの証であり、余人の追随を許すことのないレコードである。
 演奏は時代を反映していて50年代の演奏は大戦を経験した上での記録であろう。ぎりぎりのところで演奏を展開し、聴くものをつかんで離さないスタイルである。最近の演奏は、どちらかというと、思念的、耽美的、客観的なスタイルであるだろうが、レコードとしてもデジタル録音は、空気感が希薄だ。そこでアナログは時代の空気を記録していて、演奏家も真剣勝負。デジタルがアナログ世界を超えているといえるか?オーディオの道をさかのぼり醍醐味とは何か、究極の音楽とは何か、演奏の記録再生こそアナログの真髄に迫るこそ、そこは原点といえる・・・

 ヤーノシュ・フェレンチーク指揮ハンガリー国立管、年末と第九・・・月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり・・・芭蕉の名文の通り、平成30年もやがて去り、31年が直にやって来る。年末に第九が演奏され、どうして年末に・・・という疑問が発せられる。興行として忠臣蔵が大入りになるように、第九もはずれが無い!とかなんとかの理屈よりも、音楽が年末に相応しいのも事実だ。人生を振り返ったB氏は、交響曲に声楽を取り入れて、メッセイジを発信する、おお友よ、このような調べではなく・・・歓びよ。フロインデ友とフロイデ歓喜という言葉発音の類似から始められる、第四楽章で、循環性として第一楽章から第二、第三の音楽が回想されるというパターンも実に明快である。 
 音楽の愉しみ方として、その要素にテンポは重要である。たとえば、リアルタイムでヘルベルト・フォン・カラヤン指揮したベルリン・フィル演奏がディジタル録音でリリースされた時、札幌の交響楽団でも同じテンポで演奏されて、盤友人はコーラスの中で唱っていた経験がある。第四楽章約24分位。そこまでの管弦楽部分は40分位。テンポと演奏時間の関係は一つの目安であって、イコールではないことに注意が必要。ただ相関関係はあるだろう。
 カラヤンのような指揮者の仕事には、大きな影響力が働いていて、いわゆるエピゴーネンは、多くなる。そのような影響の働かない音楽の演奏にはすがすがしいものが多い。
 ヤーノシュ・フェレンチーク1907.1/18ブダペスト生まれ~1984.6/12同地没は1930年代バイロイト音楽祭でトスカニーニ、ワルターのもとでさまざまな経験を積んでいる。第二次大戦後、ウィーン国立歌劇場で活躍した時期を経て、ハンガリー国立管弦楽団とベートーヴェン交響曲シリーズを録音している。すがすがしい演奏、とりわけ第九は淡々と進行して、決然とした解釈は、外連味のない職人肌の雰囲気がある。
 映像で見ることのできるフルトヴェングラー1942年ヒットラー御前演奏会は、コーラスの配置、男声が中央でソプラノが下手側アルト上手側と展開されている。
 それは、最近の札幌でも採用されているのだが、1960年代から90年SATBという女声ソプラノ、アルトと男声テノール、バスに分けられたものが多数派であった。それは高い、低いという感覚の選択によるものである。そのことにより強調されるのは、ソプラノとバスの外声部であり、内声のアルトとテノールは割と地味になる。ところが、フェレンチーク指揮した1974年録音演奏は、前列ソプラノとアルト、後列はテノールとバスというように、アルトがしっかり、右スピーカーから響いてくる。管弦楽が指揮者の右手側にチェロ、コントラバスが配置されているから、男声もバスは上手側に配置されている。
 音楽的に云うとソプラノとバスは近い関係性があり、テノールとアルトは内声といって近いものがある。前列に女声、後列に男声という方が、作曲者の意図に緊密である。フーガの開始はアルト、テノールと進み、バスそしてソプラノという具合に解決する。これはヴァイオリン両翼配置と同じ考え方であり、和音ハーモニー四声部の配置として、黄金と云える。
 終幕コーラスの結びが、ゲーテル・フンケン、ゲーテル、フン・ケンというお開きで、フェレンチークの指揮は素晴らしい解釈を披露している。こういうところが、職人技ともいうべき、なかなか、経験できないというか、LPレコードならではの経験となる。現実の演奏会で、どうして指揮者たちはそのように処理できないのか?
 盤友人は配置にこだわっていて、サイトウォッチャー諸姉諸兄は疑問を持たれていることだろうけれども、配置と音楽とは密接な関係に有り、その音楽観により配置は決定されるからである。侮ることなかれ!

 その夜のコンサート、舞台正面にはティンパニーが四個二対、そして隣にバスドラム、さらに一対のティンパニーがずらり、下手にコントラバス八挺、ステージの配置はVnダブルウィング。盤友人はチラシの写真から予想外というか、指揮者は両翼配置型採用者だったのでずっと疑心暗鬼、それでスッキリしたものだ。開始前に主催者がマイクで、指揮者は札幌で転倒して右足首骨折、しかし、指揮は椅子に腰かけてするとのことだった。聴衆一同驚いたものの安心して、音楽会に臨んだ。 演奏会のメインは、ベートーヴェンの田園交響曲、演奏会後半は舞台中央に四挺一列、隣にティンパニー二個一対というシンプルなもの。一曲目はベルリオーズ、歌劇トロイ人から王の狩りと嵐の音楽だった。演奏を一聴して、管楽器のアンサンブルは、男声コーラスのような感じの秀逸で、抜群の性能、もちろん四人の打楽器奏者たちは、マレット(ばち)を使い分けて繊細な音色の表現にこだわりを見せて、世界をカラフルな表現に成功していた。何より、バッソン(バスーン)の二名ともクラリネットとの合奏が精密で、特に、首席は音楽会の中心、演奏会の要に居たような感じだった。アフリカからウィーンに飛来した渡り鳥の鳴き声を模したともいわれるターリラ、ティーララタッタ、ターリラリララーという旋律も、印象に残る。オーケストル・ド・パリは、緻密な演奏を披露する世界を代表するオーケストラの一つと云える。
 43歳の若者指揮者は、克明な指揮振り、弦楽器奏者たちの信頼にこたえる見事なもので、テンポの設定は割と軽快で、小気味よい感じだ。B氏の交響曲は、速いテンポや、ゆったりの重た目とか、その中庸を行くものと、三通りの音楽が展開される。田園も、快速でスポーツカーに乗り到着したような気分とか、正反対にゆっくり自動車を運転して到着した気分とか、そのどちらとも違うテンポの採用か、などと演奏にはテンポの設定は音楽観表明にきわめて重要な要素である。ストラヴィンスキー春の祭典、ラヴェルのダフニスとクロエを初演した指揮者ピエール・モントゥー1875.4/4~1964.7/1は、前期にフランス・パリで活躍して、後期はドイツやウィーンで活躍、晩年にはロンドン交響楽団を指揮するなどヨーロッパで活躍した指揮者。もちろん、サンフランシスコや、ボストン交響楽団との録音も名演を記録しているし1963年には来日を果たしている広く人々から愛された指揮者と云えるだろう。
 1958年ウィーン・フィルと記録した田園は、モントゥー型ともいえるVn両翼配置でありつつチェロ、コトラバスは上手配置のものである。第二ヴァイオリンというのは、楽器がVnでありつつ演奏を受け持つ音域は、楽器の裏板が音響として重要な演奏をするものである。近代の多数派の配置は、Vnのf字孔といって、表板側をそろえる配置である。1980年代後半から復活の傾向を見せたものがVnダブルウイングである。日本では、フランツ・コンビチュニー指揮ライプツィヒゲバントハウス管弦楽団、エウゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団などが披露していた配置、音楽関係の評論は、その音楽的価値を評価することは皆無というか、評論家集団が議論することは無かった。最近の指揮者の中で、時代としてこの配置採用が頭角を現している。上手にアルトと第二ヴァイオリンというのは、内声部が明瞭でB氏の作曲意図は明快である。この事実に気が付くか否かで指揮者の対応は、慣れを重要とするか、伝統回帰かの二者に分かれる。
 ウィーン・フィルの音色は親しみやすくて、ご機嫌な田園交響曲を展開する・・・

 オーディオという趣味の世界で、人間関係という要素はきわめて象徴的である。情報の伝達は高い方から低い方へと流れるのではなく、引力といっても良い要求度の具合により、推移するものらしい。AさんとBさんがいた時、プライドというものはそれぞれにあるだろう。Aさんは趣味人で経験が豊富、Bさんは他者に対し人を見て発言するタイプ、初めてBさんがAさんのシステムを判断して、お世辞を発するでもなくあたりさわりのない感想を述べるのだが、盤友人に対してAさんのシステムへの評価は、ただ一言、同軸のダブルという発想には疑問がある、という根本問題についてであって、彼の前で直接発することはなかった。それは、その後も続いた状態である。すなわち、Bさんの一言をAさんが受け止めた時、Aさんのシステムは始めから組み立てなおさなければならないというアドヴァイス的な感想なのだから、BさんはAさんに対して普通に発言することなく、あたりさわりのない会話に終始する。AさんはBさんから貴重な判断を受けていない状態のままなのである。これは決してBさんの責任ではなく、Aさんの人間関係に対する結果に過ぎないから、本当の所Aさんの態度いかんに関わる、あるいは、人生哲学による結果といえるのだろう。
 本当の所という発信、オーディオでいうと、モノ―ラル、ステレオという録音方式に対する人の受け止め方で、モノーラルよりステレオの方が音は良いという価値判断がある。これは、根本問題として、その人のオーディオ人生における、経験の深さに比例する。すなわち、モノーラルでも素晴らしい録音があるという認識を発信できるか否か?それは、オーディオの世界の物差しとなる。そんな録音の一枚が、コダーイ・ゾルタン1882~1967の無伴奏チェロ・ソナタ作品8、独奏者ヤーノシュ・シュタルケルによるモノーラルLPレコードである。1950年録音シュタルケル1924.7/5ブダペスト生まれ~2013.4/28ブルーミントン米国没、26歳の時の演奏。コダーイは二十代でバルトークと親交があり、民俗音楽という世界を伝えた作曲家にして教育者でもあるキーパーソン。コダーイシステムというのはハンガリー・ブダペスト音楽院で伝統的教育システムのことである。和音感、リズム感そして旋律など、民俗音楽に対するアナリーゼ解析で、ヨーロッパ芸術の伝統に樹立した学習システムであり、その創始者。
 1915年の作曲、楽譜発行は21年になる。1914年にサラエボ事件が発生し、それが引き金となって第一次世界大戦への端緒となったことは、押さえておく必要がある。なにも、戦争と音楽を結び付けるつもりも無いのであるのだが、コダーイの音楽を鑑賞する時に、知らないことは片手落ちでないかというもので、知ることは鑑賞、芸術受容の基本的態度である。たとえば、モーツァルトの歌劇フィガロの結婚とフランス革命は同時進行の世界史であることには、注意が必要であって、ベートーヴェンの音楽が市民革命を押さえないで語ることは、むなしい事なのである。
 チェロ独奏ソナタは、激しいテンションの音楽でもって開始される。評論の言葉に、弦をこする松脂が飛び散るようだという評があったことを記憶している。三楽章の形式で、演奏時間28分ほど。
 ただ単に楽器の胴鳴りを再生する時、オーディオ評論家は、これこそレコード再生の醍醐味であると、かならず、評価するLPレコードである。アナログ録音にこだわりを持つ趣味人は、一度、再生を試される事、お勧めする。これを経験することなく、アナログを語る御仁はマユツバ!この世は平らにできているという感想をもらしているようなもので、地球こそ球体の物体なのである・・・