🎼 千曲万来余話 by盤友人

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 それを誤解しているようだが、聴こえ方の一つだけとか、復古主義とかのネガティブなキーワードではなくて、オーケストラ音楽の本質的なあり方を云う。
 よく人は、管弦楽というものでも音は聞こえるとそれで良いと考えているのだが、大きな誤りというものだ。すなわち、舞台の楽器配置はその指揮者の音楽観の表現であり、慣れというものは、保守主義の陥り易いつまずきの石である。それを乗り越えることは、音楽家としての飛躍をもたらす世界であるのだ。
 ポール・パレー1886.5/24~1979.10/10はゴール人として誇り高い、職人指揮者の典型。フランス音楽、ドイツ音楽、あらゆる管弦楽に精通していて、演奏家集団から熱い音楽を引き出す名人である。第二次大戦時にもレジスタンスとして、占領下のパリからモンテカルロに逃れて有力なリーダーとして活躍していたという。1969年六月録音、リスト作曲交響詩レ・プレリュード前奏曲、人生は死へ至る前奏曲でなくて何であろうというフランスの詩人ラマルティーヌの一節をもとにした音楽。
 オーケストラはモンテカルロ歌劇場管弦楽団、弦楽器の光輝な音色、軽快な木管楽器、小気味よいトランペット、伸びやかなホルン、燦然と輝くブラスアンサンブル、ティンパニーなど打楽器たちの活躍・・・ここに記録された音楽は、気宇壮大なロマン派音楽の精髄であり、勝利したパレー芸術の貴重な記録と云える。その仕掛けとして、ヴァイオリン両翼配置がある。弦楽器の配置であるヴァイオリン・ダブルウイングは、単に、楽器配置を超えて、指揮者の力量が発揮される最高レヴェル音楽の姿である。第一のポイントは、コントラバスが、舞台下手、中央に配置されるから、指揮者の左手側に低音域音楽が展開することになる。これは徹底的に、ステレオ録音の主流としての左右が高音、低音の対比という音楽観の否定である。ヴァイオリンは第一と第二の対比こそ舞台上での対話成立する必要条件といえる。二つ目のポイントとして、第一 Vnの隣にチェロ、アルトという配置、すなわち、ハーモニー和音の外声部という感覚の獲得、指揮者右手側にアルト・第二Vnという内声部の配置こそ弦楽器配置の理想的前提条件なのである。高い低いという設定は素人によく分かる感覚なのだが、その程度のシロモノだ。ここでポール・パレーが披露する音楽は、最高のパーフォーマンスなのである。弦楽器の演奏する音楽の上に、管楽器、打楽器の高度なテクニックが発揮されたオーケストラ音楽で、弦楽器配置は、全体に与える影響は大きいものがある。
 さようならば、なぜ、パレーは全て、その様に配置した音楽ではなかったのか?それは、時代、というものなのである。彼が活躍した時代は、両翼配置を否定した時代のものであって、69年当時、クレンペラー、モントゥー、クーベリックたちの録音に聴くことが出来た世界に対して、パレーも採用した楽器配置という図式なのだろう。主流派ではなかった時代の録音というのは、そうなのであって、理想的演奏の記録という価値があるといえる。そこに繰り広げられるリストの音楽は、熱気をもって演奏されたものであり、この音楽に出会える喜びは、極上である。
 フランス・コンサートホールLPというマイナーレーベルのものでも、貴重な価値があり、大量に存在するCDコンパクトディスクに太刀打ちできないのではあるけれど、レコードコレクターとして、この出会いこそ人生の醍醐味で、収集家冥利に尽きる。情報そのもの、だけではない鑑賞するための音楽記録としてのLPレコード、目的のための、手段としてのレコードは再生音楽の理想形であろう。パレー芸術万歳!

 札幌は今、PMF太平洋国際教育音楽祭の開幕を迎えている。1990年レナード・バーンスタインの提唱により実施された。彼の最期に企画されたプログラム、当初は北京が予定地であったところを事情により、札幌市に白羽の矢が立ったという。そのPMFステージに招かれながら実現を果たせなかった指揮者がロリン・マゼール1930.3/6~2014.7/13ヴァージニア州キャッスルトン自宅で没。彼はUSA国籍取得していたロシア出身両親の元、フランス、パリ近郊のニュイーで生まれた。1938年頃、ロスアンジェルス・フィル准指揮者ウラディーミル・バカレイニコフの指導でピッツバーグに転進したその後も彼に指揮法を学ぶ。絶対音感をもった神童として教育され39年ニューヨークで指揮者としてデビュー。1960年にはバイロイトでアメリカ人指揮者として初めて舞台に立つ。それ以前には、二十代でベルリン・フィルとのレコーディングキャリアを残しているし三十代の仕事としては、ウィーン・フィルを指揮してチャイコフスキーとシベリウスの交響曲全集を録音している。
  マゼールは、72年にはクリーブランド管弦楽団をジョージ・セル後任として音楽監督に就任。82~84年には、ウィーン・フィル音楽監督を担当、ニューイヤーコンサートの舞台には十回登場し、バイエルン放送交響楽団、ニューヨーク・フィルの音楽監督を歴任し2008年2月には平壌公演を果たしている。2012年ミュンヘン・フィル音楽監督に就任し2014年に健康上の理由から辞任、アメリカに帰国していた。1960年代のベルリン放送交響楽団時代からフィリップス録音や、DG、DECCA、EMI、CBSソニーへウィーン・フィルとの録音でマーラー交響曲全集など、余人に真似できない金字塔をうちたてている。
  1971年、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団と、ラヴェルの管弦楽曲を録音、その一枚がボレロ。一定のリズムパターンを小太鼓が叩き続けて、340小節ほどの音楽、計算するとタンタカタンタン、タンタン+タンタカタンタン、タカタタカタという繰り返しで4066個ほどの音符を奏者は叩く。このパターンでフルート、ハープ、管楽器、弦楽器と装飾を加えAという音型を二回独奏楽器を変えて演奏、Bパターンを同様に二回繰り返す。このまとまりを四回繰り返して、16パターンで最後にAとBをフルオーケストラで演奏して大団円となる。作曲者自作自演のものは、16分かかる程度のテンポ、速いテンポは、トスカニーニで13分くらい。
 ミュンシュは、56年ボストンSOと13:50、62年同じく15:01、68年パリ管弦楽団と17:04という録音を残している。カラヤン先生66年DGベルリンPO録音は16:09、77年EMIベルリンPO録音は16:07、1985年DGデジタル録音は15:45というタイミング。マゼールは、71年のニューフィルハーモニアで12:58という録音を残した。
 フルートからクラリネットに同じ音型が受け継がれるとオーケストラの音色に変化が与えられる。特に、クラリネット奏者が少し変化を与えると、続く独奏者たちが、それを真似したりなどすると、微妙な遊び心を味わえることになる。その時、指揮者は一定のテンポを維持するだけで、強弱も指定するのは彼の力量に比例する。ここで問題になるのは、その影響力だ。指揮者の意図が前面に出ると、白けてしまうことが多い。演奏する奏者の主体性こそ聴いている者にとって楽しみなのであり、指揮者が前面に出るのは、印象として失敗した演奏の典型。なぜなら、音楽の神髄は、管弦楽にあるのだから指揮を聴いているのではあらず、指揮している演奏の音楽こそすべてなのである。その点でマゼールは、断然抜きん出た記録を残したといえる・・・

 

 クラシック音楽を、日本では教養の一部として受容していた側面から、トップダウンで歴史が進行していたようだ。すなわち、シューベルト交響曲第九番グレートを現在、第八番にすげかえようとしているのだ。どういうことかというと、従来、第七番が欠番だったという理由から9(7)という扱いをされていたのだが、それは、九曲のB氏と同格、すなわちハ長調交響曲グレートを第九番としていたムリを第七番ともしていて、第八番、未完成交響曲を第七番に変更するという時流の変化である。そもそも、未完成で完成していた第八番を第七にするというのは、荒業だ。盤友人は、未完成交響曲を第七とするのには、違和感を覚えるし、混乱の元凶でありグレートを第八番と言うのは、それ以上に抵抗感がある。なぜなら、グレートというニックネイム、第九という認識は、自然、だから未完成を第七とする不自然は大変な愚行、という感覚こそ自然である。
 エードリアン・ボールト卿1889.4/8~1983.2/22は23歳でライプツィヒ留学、ニキッシュの薫陶を受けている。日本のLPレコード全盛時代、ドイツ・オーストリア指揮者優位からして、凡庸な扱いに終始していて、ホルスト、エルガー、ヴォーン・ウイリアムズなどの英国音楽では本領を発揮していた。ところが、輸入盤LPレコードを収集していると、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスのレコードは、どれも、素晴らしいのである。なぜ、日本では脇役扱いだったのか?
 理由は簡単、彼は、ヴァイオリン両翼配置型採用の音楽だからである。クレンペラーひとりだけという図式が構築されたとき、ボールト卿は除外されたと盤友人は見立てている。ひどい話だ。これが、レコード業界の元凶、評論家の間では、誰一人、その事実を指摘していない。
 オーディオとは何か?グレードアップとは何であり、何のためのものか?という哲学が構築されていないとき、日本の業界は壁に突き当たり、現実の音楽界は激変して先祖返りの時代、というのが歴史の推移であろう。コンパクト・ディスクCDというものの正体は、記録媒体、情報、であり、鑑賞する魅力とは別物であるという事実、それを認識するのに、盤友人は30年の時間を経過している。事実、レコード業界は、評論家総出で、LPレコードを駆逐して新時代到来を謳歌していた、過去形で表記するのには訳があり、現実、LPレコードを生産する時代が到来したからである。
 考えてみると、CDプレーヤーで情報再生していることより、LPレコード再生による魅力に負けるのが現実だから、それを否定する愛好家は多数であっても、少数の実感派たちこそ、これから成長するのが実態といえる。
 シューベルト作曲したグレートは、好適な作品、何にとってかというとヴァイオリン両翼配置である。第一楽章で左右のスピーカーから、十六分音符音型の対話が再生されたとき、その喜びは、指揮者を通して作曲者S氏の世界へと飛翔する。ビショップ氏?録音とされる世界は、ステレオ録音の極みであり、中心軸が指揮台にあり左右感が確立された音楽こそ、左側で第一と第二ヴァイオリンが鳴る不自然をそのように実感させる。すなわち、中心軸が左右に存在するのは、不自然なのだという感覚の獲得こそは、オーディオの醍醐味なのだ。現実の保守派は、第一と第二ヴァイオリン束ねる世界である。有力な指揮者たちは、すべて、ダブルウイングの世界へと飛翔する、後戻りは、まったくないのが現実。
 ボールト卿のレコード達と出会うことは、レコードコレクターにとって、彼岸から此岸への架け橋となるのではあるまいか?そう思うこの頃で、英国楽壇魅力いっぱいということだ。

 1778年モーツァルト作曲ピアノソナタイ長調、K331という作品には第三楽章トルコ行進曲付きのニックネイムがある。
 
M氏ウィーン時代、ピアノや作曲の個人教授もこなし、ピアニストとしても大の売れっ子だったという。以前はパリ時代ともいわれていたのが、今では、このウィーン時代の作曲になるとのこと。名作としてピアノと管楽器のための五重奏曲K452、ハ短調ソナタK457などが次々と作曲されている。トルコ行進曲とは当時のウィーンに居たトルコ軍隊の行進風景で耳にした音楽らしい。
 イングリット・ヘブラー女史1926ウィーン~、1963年フィリップス録音を聴くといかにも、三部形式中間部トルコ行進曲がゆったりとしていて、正統派の演奏に仕上がっている。
 六月の札幌キタラホール、ロシアナショナル管弦楽団がチャイコフスキーのピアノ協奏曲を取り上げた時、ソリストはアンコールに、トルコ行進曲を取り上げた。その演奏は軽快で、運指がよくまわり、テンポアップされた演奏だった。MN氏は、休憩時、もうやめたやめたこういう演奏を聞くに堪えないと興奮気味に話していた。すなわち、フォームが小振りで、軍隊が素通りしていくような音楽は、正統的とはほど遠かったから、客席からは温かい反応だったにもかかわらず、である。盤友人としては、何もロシア人たちの前でトルコの音楽を演奏することはない感覚で違和感を覚え、それもM氏を敬愛したチャイコフスキーとはいえミスマッチ、選曲間違いに違いないと感じていたのである。だいたい、当日のオーケストラ編成はコントラバス七丁であったところを協奏曲の時は四丁に刈り込まれていて、弦楽器は少なくなっている。ソリストによる軽量級チャイコフスキーに疑問を感じていた。今時人気若手奏者による、トルコ行進曲、指はよく回るけれど形式としてのトルコ行進曲とは、小振りであったように思われた。
 ディジタル録音導入期の謳い文句に、静謐の究極的録音形式、無ノイズの世界とあった。ところが以前の愛好家にとって、二十キロヘルツ以上カットという録音方式は、感覚として、アナログ録音になじんでいた耳には受け入れがたい、オーディオとして別物であった。すなわち、ディジタルの完全録音方式は、弱点として、高音域カットの世界なのである。
 思えば、LPレコードの欠点として指摘されていた問題、再生時間の開始と、レコード内周におけるビックアップ性能として、線速度低下問題がそれである。
 明らかに、レコードディスクの外周部分の円周と内周部分では三分の一ほどの違いを抱えている。オーディオの性能が向上するほど、その差異は顕著になり、聴感上、外周情報と内周での感覚とでは、事実、情報ロスでスピーカーの鳴りっぷりは低下を感じさせる。これはどういうことかというと、オーディオを経験する時、始めの頃は音楽に集中していて、その差に気が付かないのは普通で、理論的な感覚で、外周と内周の聴感を指摘されると気が付くというシロモノ。気をつけると・・・という世界の話である。だから、コンパクト・ディスクの情報ロスとは、異なる世界の話で、CDでは、外周と内周とという指摘ではなく、始めから音の世界として、弱点を帯びた問題である。ディジタルとアナログの弱点問題としては、土俵は違うと言えよう。
 現実の音響と音楽の問題、演奏の実態、録音された音楽とコンサートで演奏されるものとの比較問題、それぞれに三者三様と云える。生の音響に問題は無いのだけれど、音楽には派生する問題がある。演奏者の音楽性、教養、伝統、・・・ヘブラー女史のトルコ行進曲を聴くと、豊かな気持ちになれるというオーディオの醍醐味は極上の料理に似たり・・・だろう。

 6/18月曜日午前八時前、震度六弱の大きな地震が大阪北部に発生、被災された皆様方にお見舞い申し上げます。何かと不自由な生活を強いられることは天災の常、ここを乗り越えられますように。 季節は梅雨で、札幌もエゾツユといって、曇天の日が続く。気温は二十度前後。雨量はそれほどでもないのだが、九州四国地方は相当なもので、二次災害が発生しないように祈念する。
 梅雨というと、雨、が話題になるのだけれど、他面、太陽光線からしのげるというメリットもあるらしい。すなわち、雲というものが直接の日射をさえぎり、紫外線被害から遠ざけているということも考えられるらしい。いずれにしても、この季節を乗り切って太陽の恩恵にあやかりたい。
 ジョージ・セル指揮するケルン放送交響楽団、ルドルフ・フィルクスニーのピアノ演奏によるモーツァルト作品、ケッヘル番号456が、キングインターナショナルから、リリースされている。レコード二枚組で、カップリンクはズデニエク・マーカル指揮による、K450というピアノ協奏曲第15番。聴いてみて、指揮者による違いか゛如実に分かり、面白かった。
 ジョージ・セル1897.6/7ブダペスト出身1970.7/30クリーブラド?没、彼の晩年はクリーブランド管弦楽団とのコンビネーションで1946年から常任指揮、音楽監督を務めていた。四半世紀という業績は特筆すべき事実で、オーケストラをして、彼の楽器とまで称賛されていた。当時フィラデルフィアには、ユージン・オーマンディという名物指揮者が居てアメリカビッグファイブ、他に、ニューヨーク、ボストン、シカゴという交響楽団が隆盛をほこっていた。
 特にセルとオーマンディはハンガリー出身で、フリッツ・ライナーやゲオルグ・ショルティなども同郷である。中でもセルはウィーン音楽院出身で、その音楽性はモーツァルトに相応しい。エーリヒ・クライバーの下でベルリン国立歌劇場などの経歴、リヒャルト・シュトラウスの薫陶を受けるなど、音楽的に観て、ヨーロッパ音楽のエキスに立脚して、なおかつアメリカのオーケストラの機能性高いアンサンブルに拍車をかけている。かのシュトラウスからは、管弦楽法の基礎として、ビゼーの交響曲を指摘されていたという証言もある。
 セルはピアノ演奏も長けていて、Vnドルイアンとの二重奏のレコードも素晴らしい。指揮者として、管弦楽の大オーケストラも手中に収めているのだが、ここでは、弦楽器の統率力に非凡な才能を発揮している。モーツァルト、1784年の作品として、K449変ホ長調、450変ロ長調、451ニ長調、453ト長調、456変ロ長調という具合、名作の森である。ここでの、K456第二楽章モーツァルトの哀しみは、ことさら特徴的である。
 ピアニスト、ルドルフ・フィルクスニー1912.2/11~1994.7/19チェコ、モラヴィア出身でアメリカのスターツバーク自宅で死去。彼の演奏の本領は、気品の高い優美な音楽に発揮されている。一聴して分かることは、端正な演奏、清潔なタッチ、優雅な音楽を披露していることだ。それが、緩徐楽章のあと、終楽章では決然としていて俄然、雄渾な音楽が姿をあらわす。ピアノというと、コンサートでの多数派はスタンウエイ、ところが、F氏はベーゼンドルファーを使用していて、一際、精彩を放っている。これは、クレジットされていないから、誤解かもしれないことだけれど、盤友人が再生すると低音域の雄大なことからそのような印象を受けるというまでである。ということは、レコード会社の責任、使用楽器クレジットは必要であるということを付け加えておきたい。スタインウエイが多数であることにより、省略されているわけだが、ならば少数派のクレジットは明記してほしいものである。

 前回、テノールの人名で、ミヒャエルという読み方をした時、すかさず、1940年イリノイ州出身という情報をKH氏からいただいた。すなわち、ドイツ風発音ではなく、マイケル・カズンズという指摘。確かにライトナー指揮のバスフ録音から読み方の判断を下したのだが、ネットなどでは、米国出身者ということからそれは誤りで、マイケルということだった。盤友人もそのように判断せざるを得ない。人名は、ドイツ風かネイティブか?で、かなり、違いを見せる。マルタ・アルゲリチという女性ピアニスト、1941.6/5ブエノス・アイレス出身から正確には、ネイティブでアルヘリチが自然なのだがドイツ風であると、アルゲリッヒ、現在の日本では、アルゲリチが通例となっている。30年くらい前、盤友人はブルーノ・レオナルド・ゲルバーに直接楽屋を訪問してたずねたことがあり、友達である彼は、アルヘリチとそのように発音していた。通例とも異なる事例でありむつかしい。
 フェリックス・メンデルスゾーン、バルトルディ1809~1847彼は銀行家の家庭出身といわれていて、幸福な身分だったと伝えられている。わりと短命でも家系は現在にも続きオーレル・ニコレやチェロの藤原真理らとともに、カントロフのVn、そのM氏直系がアルト奏者というデンオンにモーツァルト、フルート四重奏曲録音もある。
 十代で、シェークスピア劇によった序曲を作曲して、17年後、第一曲スケルツォ、第七曲夜想曲そして結婚行進曲を、抜粋した組曲版がこのレコードである。緩徐楽章として、ケンペは二曲目に夜想曲をもってきているのだが、スケルツォを先にする順番もありではある。
 序曲では、開始の管楽器によるハーモニーを耳にすると、ああ、リムスキー・コルサコフは千夜一夜物語、シエラザードを作曲したな・・・とか、その後の弦楽器演奏部分を聴くと、ブルックナーは交響曲第四番ロマンティシュを作曲したなとか、なによりも結婚行進曲を聴くとき、ワーグナーには、歌劇ローエングリンがあったな、などなど、夜の夢は走馬灯の如くである。だから、メンデルスゾーンの音楽は、その管弦楽法の影響力に大きなものがあるのだということが知れてくる。それくらい、インパクトに強いものがある。★以前、坪内逍遥の解釈によるものなものだったか、真夏の夜の・・というものであったのだが、現在の訳によると夏の夜、すなわち、ミッドサマーを夏至という解釈により、夏の夜の夢、というのが定説。今年は6月21日。今頃の物語で、恋人同士は夢から目を覚まして初めて出会った者同士という恋愛劇。恋愛とはそんなものと云うシェークスピアの諭、機知ウィットが、たくまずして効いているコメディー。
 ルドルフ・ケンペは、トーマス・ビーチャムの指名を受けて、1961年にロイヤル・フィルハーモニーの指揮者に就任、創立者ビーチャムの絶大な信頼、推薦があったということである。演奏内容も特筆すべきはその楽器配置である。第一と第二Vnを並べる当時の主流に対して、ビーチャム自身も頑として並べる派だったのであるのだが、ケンペはその両方で録音を残している。すなわち、二刀流ツーウエイであった。これは、メンデルスゾーンの管弦楽法から如実に判断可能なことなのだが、作曲者の前提は、第一と第二Vnを前列にしてその中央にチェロとアルト配置、コントラバスは指揮者の左手側がベストだということである。なにより、合奏アンサンブルの緊張感がよく伝わり、低音から高音へと舞台で左右に音楽が渦を巻く受け渡しなど、聴きものである。ケンペの統率力は揺るぎなく、清潔で、透明感に溢れなおかつ雄渾である。当時には、彼が英国楽壇から脚光を浴びていた様子が録音された、貴重なレコードの一枚だといえる。

 中世音楽合唱曲の歌詞を採用カール・オルフ1895~1982が1937年に作曲したのが世俗カンタータ、カルミナ・ブラーナ。運命の女神よ、で始まる管弦楽とコーラスによる壮大な音楽で、ラテン語によるというところが、肝である。つまり具体的な英語や独語、日本語に訳すると差しさわりが有るらしい。直訳すると放送禁止になるといわれるくらいのものだから意味深長だ。
 19曲男声合唱、もし若者が乙女と一つ部屋にいたなら・・・愛はきっと深まるに違いない→こうくると、もうウハウハ、まじめな顔して必死に歌うのであるからして推して知るべし。20曲来たれ、来たれ、御美人よ、薔薇より赤く、百合よりも白し・・・21曲心が秤の上で上下…23曲私は全てをあなたに捧げます、ソプラノ独唱、24曲ブランツィフロールとヘレナ、高貴なる女神よ→ここで合唱はクライマックス、最高音を爆発させる。おそらく、オーディオ機器では音量が相対化されて生の感覚のようには獲得できない趣・・・
 フェルディナント・ライトナー1912.3/4ベルリン生まれ~1996.6/3は、作曲をフランツ・シェーカー、指揮法をユリウス・プリューヴァーだからブラームスの孫弟子にあたる。1974年コピーライトのケルン放送交響楽団、ソプラノはルート・マルグレート・ピュッツ、テノールはミヒャエル・クーシン、バリトンはバリー・マクダニエル、バスはローラント・ヘルマン、ケルン放送合唱団、テルツ少年合唱団、合唱指揮者ヘルベルト・シェルヌス。録音監修カール・オルフ。
 カペルマイスター楽長ともいわれる職人型指揮者で、玄人受けするライトナー、このLPレコードを再生してすぐに伝わるのは、ゆるぎないテンポ感、緩やか、軽やか、粘り、伸縮自在の安定感である。さすが、ドイツ人指揮者の典型、謹厳実直であり、そのカルミナ・ブラーナであって、彼の芸術性は温故知新というか、正統性の高みにある。健康、不健康を超えて、愛すべき音楽の一つであろう。
 1981.7/28、第217回札響定期7月カルミナブラーナ公演、ソプラノ常森寿子、テノール鈴木寛一、バリトン大島幾雄、澄川西小学校合唱団、札幌放送合唱団、指揮、岩城宏之。1977年から後の10年間ほど、合唱指揮を宍戸悟郎が担当して合唱曲が定期演奏会で取り上げられた。これは、マエストロ岩城のアイディアでゴロウチャンにまかせればOK!ということで実現された。ドビュッスィ、ブラームス、ハイドン、オルフ、ヴェルディ、フォーレ、デュルフレといったラインナップ、管弦楽と合唱の大曲が1年ごとに取り上げられた。バッハのロ短調ミサを指揮秋山和慶で、マーラーの千人交響曲も高関健の指揮で初演されている。
 札幌厚生年金会館が主流、旧札幌市民会館では、ラヴェルのダフニスとクロエの全曲演奏にも取り組み、最大級の音量を披露したこともあった。指揮者岩城と札幌での活動は破格だった札幌放送合唱団。秋山指揮バッハの演奏会では立見が出るほど、札幌の愛好家に支持されていた。
 盤友人は昭和46年春に文芸誌新潮特別号を彼に送り、返信をいただいたことがある。気合の入った、オール武満プログラムによる定期公演、ストラヴィンスキー三大バレエ曲キタラ演奏会、メルボルン交響楽団アルプス交響曲演奏会、走馬灯の如く八面六臂の活躍に、光陰矢のごとし、6月13日は、彼の13回忌命日、昭和43年5月バンベルク交響楽団を率いて、ウェーバーのオベロン序曲、リヒャルト・シュトラウス交響詩ドン・ファン、チャイコフスキー第五交響曲で舞台に立っていた。ドンファンの管弦楽の煌きをこれからも忘れることはできない。カルミナブラーナを歌い、舞台の醍醐味は、頂点に達したといえるだろう。オーディオの土台に、音楽体験あり・・・

 店でトマトを探しているとき、¥258と¥358という4個1パックのものに出会った。フムフム100円の違いは何なのかなあ?という疑問を感じたのである。高いものを買い不思議に納得した。味が普通のものより濃い味のように感じた。もりもりトマトというポップ文句で、ミネラルの強い味わいに満足である。
  管弦楽音楽というと、弦楽器には、ヴァイオリン、アルト=ヴィオラ、チェロ、コントラバス、木管では、オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴット、ほかにもバスクラリネットとかある。金管は、ホルン、トランペット、トロンボーン、テューバなどなど、その上で、打楽器として、ティンパニー、小太鼓スネアドラム、大太鼓バスドラム、テューブラ・ベル、シンバル、トライアングル、タムタム、マリンバ・・・ハープも加わる。1770年から1970年へと200年間にその編成は、管楽器、打楽器と幅をひろげている。ハイドンの時代から武満の作曲する管弦楽は、カレードスコープ万華鏡のように展開したといえる。
 武満 徹の作品を、一人の評論家が音楽以前、と烙印を押して酷評、その評論家は、リズム・メロディー・ハーモニーという3要素の判断からそのような発信と考えたのは簡単である。ところが、ストラヴィンスキーやバルトーク、メスィアン、シュトックハウゼン、ノーノ、ケージというコンテンポラリー同時代音楽を経験すると、かの評論家の誤謬はもはや、歴然としている。ピッチ音高、タイム時間、カラー音色という3要素から音楽をとらえると、その地平は広がりを持つというもので、ヨーロッパ古典派音楽の時代性からの飛躍、現代音楽は決して不必要な音楽と言えないのである。感性の世界、音と音楽という永遠のコンビネーションから、その愉悦は、無限だろう。
 札幌冬季オリンピック1972年記念演奏会委嘱作品、若杉 弘指揮、読売日本交響楽団パリ初演、6分54秒ほどの演奏時間ということは410秒余りのオーケストラ作品。まさに感覚美の世界であり、初演を聴いたメスィアンは、楽屋に作曲者を訪ねて、あれはトランペットか?と聞き彼はノンと答え、その工夫を伝えたというエピソードがある。正に師弟関係を物語り、フランスから現代日本音楽へと接ぎ木が完成した一瞬を伝えた貴重な証言であろう。
 音楽は、風を切る一瞬から開始されて、冬、もの想う作曲者が耳にする音を、作曲して、弦楽器から、金管楽器から、木管楽器から、そして打楽器へとステージに繰り広げられた管弦打楽器のすべての音色が、指揮者のタクトの基に、秩序をもって展開する。
 作曲者から与えられる予備情報は、冬1971、というタイトルだけ。作曲家が宇宙の感覚でもって音響に秩序を与え、そのうえで、魂の飛翔をイメージさせる。厳しい、感覚の世界で、地上というよりは天上の感覚に近い。
 冬のイメージ、あえて付け足すとしたら、1970.11/25を経験してからの初めて迎える冬、あの管弦楽のお仕舞いは、浮揚する魂への浄化、祈りにほかならない。あれは、世情を騒乱させるに充分すぎる事件であって、情報の錯綜から不必要な感情を排除して本質のみ対峙して作曲の机に向かうと、結果、ウィンター1971オーケストラ音楽が生まれ出たといえるのだろう。
 音楽は時間の芸術、文学ではないから、物語は、似合わないのだが、なぞることは可能であり、その昔、ラジオ番組で、聴いた音楽を言葉で反芻するという少し微笑ましいものがあった。理屈はさておいて、再生した音楽をスピーカーで鑑賞するというオーディオの醍醐味は、意外にも、武満 徹やここでの東京都交響楽団を指揮した岩城宏之の世界に立ち会えることが出来るという醍醐味だから、御霊の世界を体験する儀式、通過儀礼なのであろうか?

  ベルナルト・ハイティンクは、押しも押されもせぬ巨匠、大物指揮者の一人である。2002年12月3日ライヴ録音がLPレコードとしてキングインターナショナルからリリースされている。
 ハイティンクはフェルディナント・ライトナーに才能を見出され、1956年27歳で指揮者としてデビュー、当時アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者ベイヌムから彼は代役を依頼されて成功し、キャリアの第一歩がスタートした。1961年には、ベイヌム急死を受けてCOAの1964年以後、オイゲン・ヨッフムの後継、常任指揮者兼音楽監督として1988年まで長きにわたり、その大役を果たしている。
 彼の芸風は、二十世紀後半としてのスタイルの典型である。前半にはハンス・クナッパーツブッシュという怪物指揮者が居て、なにも風貌のみならず演奏スタイルのことを指摘しているのではあるのだが、一癖も二癖もあるブルックナーで、一筋縄にはいかない指揮芸術を記録している。テンポの伸縮が自由自在、オーケストラが一糸乱れずにアンサンブルを披露するというのは、一時代前の芸術である。クナッパーツブッシュのそれは、無二のスタイルで、決して余人の追随を許すような、やわなブルックナーではない。魅力たっぷり。ところが、ハイティンク指揮によるブルックナーを聴くと、どこかハイドンの交響曲を聴くときのような感覚に襲われて、ワーグナーの大見えを切るような風情を経験することは無い。それをもってして、ブルックナーではないというのは、クナの毒にやられたことになるというものであろう。ハイティンク指揮のブルックナーもまた、今や巨匠風のブルックナーといえるのである。
 シュターツカペレ・ドレスデン、国立歌劇場管弦楽団は、歴史をさかのぼること、四世紀、16世紀半ばザクセン選帝候モーニッツによる聖歌隊へたどり着くという。ドイツ国民オペラ運動の源流、ウェーバー楽長就任を経て魔弾の射手の初演、ワーグナーという大作曲家の作品、リエンツィ、さまよえるオランダ人、タンホイザー初演といった数々を果たした歴史がある。世界最古の歴史を誇るというコピーは、誇大広告ではないのである。管弦楽団としては、西のウィーン国立歌劇場管弦楽団と、東はシュターツカペレ・ドレスデンという横綱格である。
 どこがすごいのか?それは色々あるのだが、音程感、ピッチの純正調を誇ることは、共通項として、はずせない。弦楽五部の演奏者数が、六十人の時、それぞれの楽器奏者の音程は均一であり、それはどこの管弦楽団でも求める姿なのではあるのだが、演奏者使用する楽器のメーカーとか、年代物とか、その均一性を誇れる楽団は、そうあるものではなく、ウィーンとか、ドレスデンとか限られた管弦楽団にしか味わえない世界なのである。
 ハイティンクが、そのシュターツカペレ・ドレスデンを指揮するというのは、誰でもが可能な技ではなくて、それなりの歴史があるというものであろう。第八番ハ短調は、どこか、ベートーヴェン第九の緩徐楽章と同じく、第三楽章にピークがある。管楽器の名人芸、それは、合奏能力の均一性にある。個人的な名人芸ではなくて、アンサンブルの上で、トータル総合的にブルックナーの神秘的な音楽を体験することになる。
 BH指揮芸術は、テンポ感を一定にして、余り伸縮感を感じさせないところにある。それは、オイゲン・ヨッフムの芸術とも一線を画す。フレージングでいうと、音楽と音楽の受け渡しの緊張感を発揮して、なおかつ、テンポを不動の感覚。リタルダンドをかけないで維持するというものである。このことに気が付くと、ハイティンクは既に巨匠の風格を獲得したというのは、今や遅し!いつのまにか感すらあるのは、広く共有される感覚なのかもしれない。シフォンケーキのような風味で・・・

 キングインターナショナルのリリース、ドレスデン・シュターツカペレが演奏するブルックナー。ドから数えて六番目はイ長調の主音になる。1883年の早々、ウィーン・フィルハーモニーの総練習で第六交響曲を作曲者が聴いた唯一の機会であった。彼の作曲した交響曲は、楽譜校訂の問題が付きまとい、原典版というものが貴重であるのだが、第三者により手を加えられたものが多数である。この第六番イ長調も、全曲の演奏は彼の死後1899年2月26日マーラーの指揮によりなされる。中間両楽章は、1883年2月11日、作曲者は嵐のような喝さいを受けて何度も呼び出されたと報じられたように、ウィルヘルム・ヤーンの指揮で初演された。
 交響曲でトロンボーンを最初に採用したのはベートーヴェン、1808年作の第五番運命、第六番田園交響曲であった。ということは、ハイドンやモーツァルトの交響曲では使用されていないということである。ブラームスは、4曲全てに使用している。トロンボーンというと、葬送の音楽にはつきものでモーツァルトのレクイエムなどが有名だ。ベートーヴェンの使用法としては、葬送と云うよりもハ短調交響曲では、凱歌、勝利の音楽として使用されているといえるだろう。ブルックナーでも活躍している。
 1879年10月頃、彼には第六交響曲の楽想が浮かび上がっていたという。弦楽五重奏曲完成の頃。受難劇、エルサレムの乙女たちに出演していた17歳のマリア・バルトルにプロポーズ、叔母から断りを告げられたというエピソード、B氏56歳の事だという。彼はオルガン演奏に努めたのだった。
 第一楽章マエストーソ、荘厳に、第二楽章アダージォ緩やかに、自由に、第三楽章スケルツォ、速すぎずに、トリオゆったりと、第四楽章終曲、動きをもって、しかし速すぎずに。四楽章の中でも、第二楽章は一際異彩を放った音楽になっている。弦楽五部の前奏から、神秘的でなおかつ、天国的である。
 ベルナルト・ハイティンク1929年3月4日アムステルダム生まれは、オイゲン・ヨッフムと共に、アムステルダム・コンセルトヘボウの常任指揮者として、長らくそのポストであった。1989年、ドレスデン・シュターツカペレを指揮して、フィデリオを録音、その後緊密な関係を築いて、2003年11月2日ゼンパーオーパーにおいて、このライヴ録音が出来ている。ハイティンクの指揮は、正統派的ともいえる、風格ある巨匠性のある音楽を提供する。現在、彼の演奏会ではVn両翼配置が実践されている。どういうことかというと、彼をしてオーケストラ弦楽器配置のファッションは、過去のスタンダード録音とは異なるということ。なおかつ、過去の音楽の否定と言うか、アウフヘーベンというか、彼としては、過去の録音を記録に過ぎないというとらえの上で、現代のコンサートを実践しているに過ぎない。残念なことに、この録音ではそこのところ、その通過点記録に過ぎないのだが、悪い音楽ではなく、良い録音である。オーディオの観点の一つ、定位、ローカリゼイションとしては、第一と第二ヴァイオリンによる左右コントラストの実現は、歴史的必然である。
 ステレオ録音において、左右対称として高音域と低音域という音響的なファクター、素人にもよくわかる高い音と低い音という基準があったのだが、それから抜け出たところ、複旋律ポリフォニー音楽の旋律対比という観点を取り入れると、作曲者の、ハイドン以来のシンフォニー、三声部交響の音楽醍醐味は、獲得されるということなのである。単に復古趣味を超えた、原点回帰、すなわち、保守主義の台頭にあらず、革新的な慣れの演奏からの脱却に過ぎない。ハイティンクはその本流を進み、このLPレコードは、過渡期の産物といえるのだろう。

 5月31日、午前11時と、午後9時に同じLPレコードを再生して聴感上の違いの確認をした。太陽が東から西へと移行するという認識ではあらず、太陽を中心に地球が西から東へと自転するという感覚、すなわち、太陽が頭部から自分は東方向へ回転することにより、夜には遠心力が発生するという感覚である。そうすると、スピーカーはきわめてフカフカという音響の密度が充満する感覚を受けるのである。チェンバロで確認すると、その振動感の直進性は極めてリアルである。
 1984年フィリップスのディジタル録音、ミカーラ・ペトリによるリコーダー、ジョージ・マルコムのチェンバロ演奏によるヴィヴァルディ、コレルリ、マルチェルロなどのソナタ集を鑑賞。ジャケット写真を見るまでもなく、ペトリが来日して彼女のリサイタルに足を運んだ人の話によると、相当な美人、という情報を耳にしている。白人、デンマーク出身の音楽一家に生まれた環境で、なにより、確実な技術を披露する演奏は、聴く人を虜にする魅力たっぷりのアーティスト、天は二物を与えたもうた稀有な佳人リコーダー奏者である。この録音では、発音に際してブレスが生々しく、近接録音でありながら、スタジオの音響も鮮明に記録しているという優れた録音で、オーディオの醍醐味、ステレオ録音のピークである。
 確実な技術というのは、厳しくも日ごろの修練の賜物、発音は容易でありながら、余人の追随を許さない天才演奏家としての境地に到達しているレコードがたくさん有る。その中の一枚なのだが、ソプラノリコーダーやアルトリコーダーを駆使して天衣無縫な遊びを展開している。ジョージ・マルコムというチェンバロ奏者の経歴を、盤友人はデイヴィッド・マンロウの時代から認識しているビッグネイム。自由闊達な音楽演奏に、溜飲の下がる思いをするのは、自分一人だけのことなのだろうか?
 彼女は、美人であるというだけの人、失礼、は他にも多数存在するのだが、たとえば、リズとか!ペトリのLPレコードを再生する歓びは、ドキドキするときめきを味わいたい御仁には、最適のソースといえるのであろう。

 フリッツ・ヴンダーリヒ1930.9/26クーゼル~1966.9/17ハイデルベルク、彼はドラマティックというより、リリック抒情的テノール歌手といえる。フライブルク音楽大学出身で1954年州立歌劇場でモーツァルトの歌劇魔笛、タミーノ役でデビュー、1955年シュトゥットゥガルト州立オーパー座付き歌手として契約、1956年ハープ奏者エヴァ・マングニッチュと結婚、三人の子息に恵まれてミュンヘンにて活動する。1962年ウィーン国立歌劇場にデビューし翌年には座付き歌手として没年まで在籍していた。ラストレコーディングは、ドイツグラモフォン、シューベルトの連作歌曲集、美しき水車屋の娘で、フーベルト・ギーゼンによるピアノ伴奏だった。1965年10月11月には、ミュンヘンにてシューマン、詩人の恋を録音、不滅の名録音となっている。
 うるわしくも美しい五月に、すべてのつぼみがほころび染めると、私の心の中にも、恋が咲き出でた/うるわしくも美しい五月に、すべての鳥が歌い出すとき、私はあの人に打ち明けた/私のひそやかな想いを/ハインリヒ・ハイネ、詩人の恋、作品48第一曲。
 ロベルト・シューマン1810~1856、没年にブラームスは23歳の時で同年にハイネの死をも経験している。S氏は、歌曲の年ともいわれる1840年、9歳年下のクララと結婚、詩人の恋を作曲している。1うるわしく美しい五月に 2私の涙はあふれ出て 3薔薇や百合や鳩 4私がきみの瞳を見つめると 5私の心を潜めてみたい 6ラインの聖なる流れの 7私は恨むまい 8花が、小さな花が分かってくれるなら 9あれはフルート、そしてヴァイオリン 10かつて愛する人の歌ってくれた 11ある若者はひとりの娘に恋をした 12まばゆく明るい夏の朝に 13私は夢の中で、泣きぬれた 14夜ごと私はあなたを夢に見る 15昔々、童話の中から 16昔のいまわしい歌ども
 終曲のお仕舞いは、80秒ほどのピアノ後奏をともなう。曲集のピークは第7曲の私は恨むまいで、最高音を歌う。ただし、バリトン歌手用に最高音の一音前には同じ音高で通過する楽譜もある。テノール歌手により歌われるときには、ドラマティックな効果に、胸を打たれることになる。
 歌曲、シューベルトやシューマンにかぎらず、歌詞の理解は必須であろう。音楽を聴くときには、すべてスルーして鑑賞するのだが、すなわち、対訳を片手にレコードを再生することは、特別、そうするとはかぎらない。純粋に聴くことに集中する時、歌詞はすでに予習していることに越したことはないのだが、それにこだわることもないだろう。どういうことかというと、音楽鑑賞には理解するという他に、味わう、感性により受け止めるという側面が働いているからである。中国の書の世界、日本での臨書の他に、近代詩文の書など、理解するのではなく、作品の印象を大切に鑑賞するのに似ている。
 よく、クラシック音楽の場合、私は分からないので・・・という言葉に出会うことしばしばなのだが、音楽鑑賞は分かる分からないではなくて、良いか悪いか、好きか嫌いかしかないだろう。分からないという言葉には、苦手意識が働いているから、遠ざけるきらいがある。盤友人は感性を働かせて、理解ではなく、受け止める努力を働かせている。それが好きか嫌いか?だから、指揮者の解釈、とりわけ指揮法も、理解するのではなく直感を働かせて鑑賞している。音楽の前に指揮者が立ちはだかるのではなく、彼がエアの存在になること、空気というのは意識するのではないのだが、必要とするものだから、フリッツ・ブンダーリヒの歌声を再生することなど、至福の世界に遊ぶことこそ、目的と云えるのである。ロマン派こそまさに、永遠なるものを求める芸術の当を得た世界だろう。シューマンやハイネと一体化したヴンダーリヒ、彼の芸術は、二十世紀の奇跡だろう。

5月25日、札幌新道を車で走らせると市街地ではライラック、今を盛りに藤色の花が目に映える。気温が18゜C位という肌寒さでも、ヨーロッパ原産のライラックは緑葉の中に紫陽花のような淡紫色の花をつけている。
 先日、ピアノを中国語で洋琴と発信したとき、それは、鋼琴が正しいという指摘をいただいた。日本語では洋琴を漢語としていても台湾、香港や中華人民共和国では、鋼ハガネ琴と書く。大三角鋼琴とはグランドピアノのことを表す。
 KM氏からミケランジェリのCDコンパクトディスクに60年前の楽器使用というクレジットがあるという指摘を受けた。ドイツグラモフォン、1981年2月ハンブルク、ディジタル録音によるブラームスのバラード集作品10とシューベルト、ピアノソナタ第四番イ短調D537。ブラームスは21 歳1854年作曲のもので、シューベルトは20歳頃1817年以降の作曲になる。演奏者は超人アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ。このジャケットに、楽器は60年以前に作成されたものを使用というクレジットが明記されている。メーカーは、不明だが音色から受ける印象はスタインウエイに近いものがある。
 どういうことかというと、ピアノの左手の打鍵が含む倍音よりも、右手で拾われる倍音が華麗な印象を与えて、いかにも、スタインウエイという感じがする。なにより、ブラームスのバラード四曲、特に第三曲インテルメッツォ間奏曲や終曲でお仕舞いの打鍵から、余韻は18秒ほど伸びることなどからして、この楽器の特性は、抜群であることを誇っている。普通は余韻というと四、五秒程度であることに注意したい。
 ブラームスには、その先の作曲家としてロベルト・シューマンが居た。だから、その開始早々の横溢する倍音は、あたかも、幻想曲ハ長調の先例を想起させるに充分である。ロマン派音楽というものは、ベートーヴェンのピアノソナタに既に内包されていて、シューベルトによって開花している。そのフランツ・シューベルトのイ短調ソナタドイッチュ番号537は、ハンマークラヴィーヤというあだ名を冠したB氏ソナタ第29番の音楽を彷彿とさせている。
 なにも模倣の指摘をしているのではあらず、その影響力を指摘しているに過ぎない。ベートーヴェンという存在は古典派のピークであり、シューマンはロマン派のそれであろう。ロマンティシュというのはローマという永遠なるものを求めるという憧れの象徴であり、確立された古典派音楽を母体として、開花した音楽そのものを云う。ミケランジェリはそこのところを気付かせる選曲により、一枚のLPレコードを残したといえよう。
 ピアノ曲という情報は、ディジタルソース、コンパクト・ディスクでも再生は十分可能である。ところが、盤友人はそれをLPレコードというアナログ・ソースにより、再生するところに意義を見出している。すなわち、書物を美麗装丁による単行本で読むのと、文庫本サイズの書物で情報を取り入れるに似ている。ディジタル録音でも、LP再生によるものは、倍音再生に力を発揮する。ディジタルでは、そこのところが劣化している。LPとCDの比較がいつものごとく成されてはいるのだが、ノイマン製カートリッジ65Ast、オルトフォン初期型アーム、EMT927プレーヤーを真空管アンプ使用でするアナログ再生は、格別である。カキーンという倍音や、余韻の豊かな再生音は、その醍醐味なのである。そうすることにより、ピアニストが耳にしているであろう打鍵音に限りなく近づける努力をアナログシステムは、保証する。札幌音蔵社長のKT氏は北の匠といわれ、その力をもってして盤友人はその恩恵に感謝する事しきり、ということだ。 

 クーベリック指揮バイエルン放送響はエーザー版により録音されていて、札幌での五月演奏会では、指揮者プレトークがなされ、第三者介在の改訂版ではなく作曲者自筆版校訂による楽譜採用により、演奏された。
 弦楽器配置は、指揮者左手側コントラバス、チェロ配置、ヴァイオリン・ダブルウィングという定期演奏会に稀な配置型採用による。すなわち、現役指揮者により、最近流行による配置で、盤友人にとっても嬉しい採用だ。演奏会では7人のコントラバスが入念にサウンドチェックがなされていて、通例指揮者右手側Cb配置よりも第一Vnの背面に存在感がある。音響的に観てもピュアトーンの獲得に有利なもので、ヴィオラ=アルトと第二Vnの弓遣いが揃っていて、見た目も美しいことこの上ないという最近の流行の最先端、指揮者の功績は大で、かくあるべしと溜飲を下げる。
 第二稿楽譜の採用も、確信の上に、自信あふれた指揮ぶり、整然と展開されていてトランペット首席を終演拍手返礼へ真っ先にスタンド指名していたのも印象的だった。
 盤友人は四十年前の旧札幌市民会館演奏を聴いていて、当時の印象は、トロンボーンやトランペットの鮮烈な音色に、ロック音楽を想い浮かべたものだった。ヴァイオリンの音色からして、冬にキラキラ光る雪が舞う印象を与えられたもの。神秘的で雪が降ってきた~という旋律がなぜか、印象に残った。
 今回、ホルンの配置に違和感を覚える。なぜなら、楽器の構造からしてステージ上手配置が自然、フルートとの掛け合いからして右左というコントラストも必要であり、そこのところ、現在のホルンが指揮者左手側に配置されるのはクレンペラー型で、クーベリックの録音盤は右スピーカーにホルンが聞こえてくる。内声部アルト、第二Vnの奥にホルンやトランぺット、トロンボーンは配置されてバンダを形成、舞台中央にティンパニーは正解なはずである。
 楽器配置には、演奏者の慣れという大問題がある。ただ、シューベルト未完成交響曲での開始、オーボエとクラリネットの斉奏ユニゾンからして、オーボエの背面にクラリネットが望ましくて、フルートの背面はファゴットこそ、相応しいのだ。現役のプレーヤー達には、なかなか支持されないだろうけれど、ドレスデン・シュターツカペレ、フリッツ・ブッシュ指揮の映像を見ている盤友人にとって、自然なのだ。第一Vnの奥にチェロが配置されるがごとく、ファゴットの音楽はフルートにとって、合わせやすいはずである。そのバランスの上でオーボエに向かって右側にホルンがいると、音響的に、量感ボリュームか豊かなステージ上手が完成する。だから、舞台指揮者右手側コントラバス配置に慣らされている現代の有り様は、慣らされているだけなのであって、克服されるべき課題なのだろう。第一、ピアノを弾く時と同様に、指揮者にとって左手側でコントラバスほど自然な配置は無いのである。
 ブルックナーの交響曲第二楽章は、ゆったりとしていて、美しいことこの上ない。あたかもヘンデル、オラトリオ救世主メサイアに出てくる音楽の様である。ワーグナーに献呈されているのも納得が行く。
 第三、第四楽章は整然とされるうえに、36.5度よりわずか、43度位が熱すぎずの熱演になるのだろうか?オーケストラの指揮というのは、大変で、その存在感が印象の下に来た方が嬉しい。プレーヤーの演奏を上とするのは、名人芸で、その点、ラファエル・クーベリック指揮は模範的であろう。音楽の演奏はオーケストラプレーヤーだという事実、指揮者が前面に出てくるのは、ハードルが高い要求で、クーベリックはその境地を記録しているといえる。旋律とはエアーとも・・・

 印象主義といわれるフランス人作曲家ドビュッスィ1862~1918、前奏曲集第一巻、第十曲沈める寺は1910年頃に作曲されている。前奏曲集という先例はショパンに見られる作品集で、全12曲二巻から成立している。云うまでもなく12というのは、1オクターブ12種類の長調と短調という調性の数と一致する。それぞれにタイトルが付けられていて、沈める寺というのは、民話の海底深くにある寺院カテドラルというほどの曲。
 ドビュスィには、2度目の妻エンマとの間に、娘クロード・エンマがいる。不倫関係から獲得した婚姻といわれるから、彼もやるな、といえる好漢であるがそんなのはどうでもよいこと、沈める寺こそ、オーディオの目的に適った名曲の一つである。
 アルトゥーロ・ベネディッティ=ミケランジェリ1920.1/5ブレージア伊~1995.6/12ルガーノ瑞西、北イタリア、ミラノとヴェネツィアの中間ロンバルディア地方古都ブレージア生まれ、鼻下に髭を蓄えた風貌からして、1938年ジュネーブ国際コンクールでグランプリ獲得しその後ボローニャ音楽院教授就任、輩下にはポリーニ、アルヘリッチなどなど。
 グランドピアノ、少し変な響きもする言葉だがピアノという楽器の名前はピアノフォルテ自由自在、だから大弱音というのは少し変という訳で、中国語では単に洋琴、鍵盤楽器クラフィーヤのことをいうのだ。
 オーディオ的に名曲というのも少し変だけれど、この曲の再生で、倍音を知るのは有益である。五味康祐、ばいおんの分からぬ輩はオーディオと無縁であるとの至言を残しているが聴感上で、難しい音ではあるけれども、それはそれは感じられた歓びこそ、オーディオの醍醐味といえるというものだ。盤友人は、40年の長きを経過して獲得した境地、オーディオの神様に感謝すること、頻りにである。頗る満足、至極である。
 キンコン、カキーンと倍音は響いてくる。指向性が強く、その方向性は左チャンネルと右チャンネルその中央に定位する。ピアニストはそれを耳にして打鍵しているのだから、それを再生して獲得した醍醐味は、自然ということなのだろう。多分そこのところ、ディジタル再生音と、分水嶺がある。そこをスルーしてコンパクトディスクは再生されているからである。アナログ録音こそそれは命、こだわりの源泉でもある。
 何も、沈める寺、ばかりではなくハイドンのソナタでも、感じられる音とはいえるのではあるけれど、ドビュッスィはそこのところ、意識的に作曲しているということだ。聞かせるというものである。だから、再生する醍醐味といえる所以である。
 ミケランジェリの音楽は、一時代前のスタイル、というのは最大の敬意をともなうものである。古臭い、ではあらず偉大な音楽への尊称こそ相応しい、現代の演奏者がなかなか越えられていない世界ではある。どういうことかというと、律動リズムの刻みは、一定という精神的重圧から、解放された世界なのだ。10指がすべてコントロールされていて、自由。打鍵の深さも、軽いタッチから底鳴りがする深さまで、変幻自在、それはあたかも、自分自身の超越を通して、作曲者への一体感獲得という境地、まさに、解脱である。スローなテンポ感のうちでも、色彩感の鮮やかさを誇り、その最低音は深々と安定感を表現している。
 現代の演奏家諸姉諸兄、少しは真似をしろ、と言うことではなく、できないからではあらず、目指すべき、獲得する自由な境地である。メトロノームの一定感覚から出発して、呼吸する感覚、囚われずに、意識克服の境地である。フォーム目茶苦茶ではなく、空間意識の上の自由時間というべきものである。ミケランジェリはそこのところを、見事に記録している!

 今年の母の日は、五月十三日だった。赤いカーネーションは女性の愛、感動、感覚、純粋な愛情といったものが花言葉。サイトウォッチャーの皆さんにも、贈った人贈られた人と様々のことだろう。
 前回ジュピター動機モチーフの指摘に対して、知人のKHさんからすかさずレスポンスを頂くことになり、ありがたかった。他の皆様もぜひクリケットレコード宛にでも送られるとありがたい。
 K16交響曲第一番第1第2楽章、K319交響曲第33番変ロ長調第1楽章、K481ヴァイオリンソナタ第41番第1楽章、他にもディベルティメント、ミサブレヴィスなどなどを指摘。音楽は今まで聴いていたのだけれど、気づかずにスルーしていて、改めて聞くとなるほどと、膝を打つことになる。ここでは特にK481について取り上げたい。
 1974年録音によるラド・ルプー、シモン・ゴールドベルクによる演奏。タイトルは、ヴァイオリンソナタでもピアノとVnのためにという言葉で、ピアノが先に来ていることに気を付けたい。ここでも、ルプー1945.11/30ルーマニア生まれの演奏は冴えていて、霊感インスピレーション豊かで、情熱的なものに仕上がっている。ピアノのリリシストと評価されたピアニスト、ブカレストとモスクワ音楽院を卒業して1969年11月ロンドンデビューを果たしている。シモン・ゴールドベルク1909.6/1ポーランド生まれ~1993.7/19富山市没、16歳でドレスデン・フィルのコンサートマスター、20歳でフルトヴェングラー推挙によりベルリン・フィルのコンサートマスターの席に就任。1945年ジャワで日本軍に捕らわれるもアメリカに帰化、その後日本でも桐朋学園で教授、新日本フィルで指揮につくなど活躍していて、パートナー山根美代子さんとの1992年ライヴ新潟録音を残している。その演奏は音楽の使徒ともいうべき厳格な音楽性を発揮、特にモーツァルト演奏には高い評価を得ている。
 ソナタ形式は、提示部展開部再現部終結部という基本があり、ジュピター動機モチーフは提示部の後、展開部との橋渡しでしっかりと聴くことが出来る。ドーレーファーミーというのがヴァイオリンでもって演奏される。1785年作曲、ハイドンセット弦楽四重奏曲など29歳の作品で魅力満載の音楽だ。あたかもヴァイオリン協奏曲とも云える華麗な音楽を展開し、そのピアノの音楽も色彩的、劇的で説得力がある。ルプーの演奏はその意味でも魅力的で、確固とした主張を展開している。当時29歳というのも作曲家その人M氏が乗り移っているかのよう。トランスポートされた雰囲気もありインスピレーション豊かと云える。ゴールドベルクはその当時65歳、円熟の境地の記録。彼は16歳、20歳でコンサートマスター就任という経歴からして天才ぶりは事実、その精神的な重圧、激職に鍛えられたに相違ない。ベルリン・フィルという超一流のオーケストラでの経験は、余人のうかがい知れない音楽経験の人生であったろうと想像される。
 モーツァルトの音楽とは何か?さまざまな答えはそうだろうけれど、一言でいうと、ピュア、ではなかろうかと盤友人は考えている。インノセンス純粋無垢というものとは少し異なり、シンプル、とも少し異なる。どういうことかというと、輝き放つ星屑のごとく、永遠性を有しているといえるのだろうか?すなわち、彼の音楽は不滅であり、ということは、存在であらずして、経験、再生するその時間こそ永遠を共有する時間といえる。だから、混じりけの無い、無二の経験こそモーツァルトなのだろう。そのようなことをいうと、たとえば、K231カノンの題名についてのようなことをいう人もいるには、いるのだけれど・・・

 交響曲第三番へ長調作品90を、エードリアン・ボールト卿の指揮で聴く。雄渾な演奏の出来であって、いかにも彼がアルトゥール・ニキッシュの弟子であったことをうかがわせる名演奏、グラマーな音響に圧倒されるのだけれど、いかにもジョンブルといわれるブリティッシュサウンドだ。どこか甘めな印象を与えてドイツ系のいかついブラームス、謹厳実直でしかめっ面になじんでいると、ボールト卿が指揮する演奏からは、ああ、ブラームスという作曲家は生涯シングルでも恋愛に憧れていたのだという事実を感じさせるから不思議である。そういえばブラームスの師匠はシューマンでその妻はクララ・シューマン、ブラームスが思いを寄せていたかどうかは、定かではないのだけれど思いを寄せていた節はある。
 第一番ハ短調、第二番ニ長調、第三番ヘ長調、第四番ホ短調、この四曲が六十四歳で生涯作曲した交響曲の数だ。シューマンも生涯で、四曲残した作曲数と一致するのは、偶然の一致、ではあらずに彼の意志、そこに込められた意志の力を感じさせる。第三番変ホ長調ラインというのは、シューマンの作曲で、変ホ長調英雄というのは偉大な作曲家ベートーヴェンの世界だ。ラインという大河はドイツの象徴的存在で、シューマンの自信作、第一番変ロ長調、第二番ハ長調、第三番変ホ長調、第四番ニ短調というラインナップ。音名をアルファベットで表現するとB―C―Es―d となる。ブラームスのものは、c―D―F―e というもの。
 実は共通する旋律線として、ドーレーファーミという音楽が浮き彫りになる。シューマンのものは、B変ロ音をドとしていることが隠し味で、ピアノの鍵盤を弾くと、ああそうだ?どこかで聞いたことがある、モーツォルトのジュピター動機モチーフだ。交響曲第41番ハ長調K551ジュピター、五月十日は、木星の公転楕円軌道が地球に最接近する日だそうで午後十時ころ南方の夜空中空に一際輝いているのがユピテルとドイツ語でいうところのジュピターである。
 そういえば、ブラームス作曲第三番が1883年12月2日ウィーン、ハンス・リヒター指揮で初演されたとき、彼は英雄交響曲という呼称を贈ったといわれている。その年の二月十三日ヴェネツィアで逝去していた大作曲家は、リヒャルト・ワーグナーその人であった。だからベートーヴェンが描いた英雄がナポレオン・ボナパルトであったのに比較すると、ブラームスのものは追憶ワーグナーであったといえるのだろうということだ。
 第三楽章ポコ・アレグレットで開始はチェロの憂愁を含んだ旋律、やがて第一ヴァイオリンのメロディーで受け継がれる。ここで気をつけねばならないことは、チェロを装飾するのはアルト=ヴィオラで、第一Vnの主旋律を装飾するのは第二Vnだという事実である。
 オーディオの醍醐味の一つは、チャンネルセパレイション、左右分離感にある。すなわち、ヒダリスピーカー奥にチェロ、手前にヴァイオリンが浮き上がり、ミギスピーカー奥にアルト、手前にヴァイオリンが歌うというのは、正に作曲者の意図だから、左右片側のそれぞれで演奏されているようでは、モノーラル的発想に他ならないだろう。ステレオに分離されると、そこのところが、説得力を発揮している。それは、エードリアン・ホールト卿の録音で確認できる。オットー・クレンペラー指揮する録音でもそのようで、ああイギリス録音盤で経験されるのは歴史的皮肉、でもボールト卿では、右スピーカーからフレンチ・ホルンの独奏が際立っている。これは、もうたまらない愉悦だろう。職業指揮者の皆さん方はそういう経験が、おありになるのだろうか?いささか気になるところではある。 > >

 今、時代の最先端は、ツーウエイ二刀流である。打つし投げるし、というどちらも成し遂げられるのは至難のはずだが、どちらかではなくどちらもというのは、チームの中で彼一人の存在というから、抜群の能力を発揮するいわば、時代の寵児と云えるだろう。オーケストラの指揮者というと、彼は演奏しないでプレーヤー達に指示する存在なのであるが、自分も歌いプレーヤー達も歌うというのは、一方向だけの存在ではあらず、コミュニケイションというのは、相対する演奏家がお互いに協奏しなければ成立しないというのは、象徴的な図式、それを楽しむことが出来るのは、ある種、至難の業なのであろう。
   盤友人は、教育系大学に籍を置いた一人であったのだが、教育もまたしかり、教えるというのは一方向の業、情報が流れるだけのことではなくて、逆方向に下から上へと拾い上げるボトムアップ型の育てる、エデュケイトというのは、能力を引き出すという作業のことを言う。すなわち、ツーウエイ、双方向というタイプこそ理想形のことであった。だから、よく見受けられる、人間関係にあって上からものをいう、上から目線の教育者は胡散臭いのであって、馬脚を現すのが関の山、良好な人間関係を築きあげる教授こそ、理想とするツーウエイの指導者であった。
 教育者が引き出す能力の名人のことをいえば、指揮者も亦、然りで棒を台の上から振り回すのが役割ではなくて、歌わせる指揮者こそ名人なのである。あやまちすな、失敗は易き所にてしでかすという木のぼり名人の至言のごとく、安易に命令することが指揮者の存在ではないのだ。そこに、最高の音楽を実現する事こそ指揮者の役割で、複雑を単純に置換する名人こそ、指揮者の達人と云える。カール・シューリヒトの記録を再生して、つくづく、彼はその意味で達人、ツーウエイの指揮者なのであったのだと、合点が行く。ガッテンガッテン!モーツァルト演奏家をして、モーツァルティアンという称号を与えられるのだそうだが、シューリヒトはまさしくモーツァルティアンに相応しい指揮者と云える。ディスクを再生していると、彼が目くばせをしてプレーヤーたちが生き生きと歌うという姿が、目に浮かぶのである。それは、ちょうど、レナード・バーンスタインが成し遂げた境地に近いものがある。周りの音楽家がこぞって、称賛する故である。
 シューリヒトの眼差しは、きっと、温かいものであったに違いない、そういう音楽である。キングインターナショナルが最近リリースしたLPレコード、モーツァルト作曲、ピアノ協奏曲第19番K459というヘ長調の名曲には、クララ・ハスキル、フェレンツ・フリッチャイ指揮した名盤がすでに存在するのだが、そこにカール・ゼーマン、カール・シューリヒト指揮する名演奏に出会うことが出来たといえる。オーケストラすべてのプレーヤーと交流して築き上げた、稀有な名演奏、記録であり、歌に満ち溢れたモーツァルト演奏である。管楽器弦楽器両方の演奏家が生き生きと歌を披露している。これは、滅多に出会うことのないディスクだ。LPレコード収集家冥利に尽きる経験となろう。
 記録データによると、五月十九日1961年とある。感動を覚えたのは十九番19日ライヴ録音というだけにあらず、その年はハスキル・ロスの半年後のことであったという事実だ。ハスキル1895.1/7ブカレスト生まれ~1960.12/7ブラッセルで逝去した名女流ピアニスト、カール・シューリヒト1880.7/3ダンツィヒ生まれ~1967.1/7スイスのレマン湖畔コルソ・シュル・ヴヴェで亡くなった達人指揮者との間には、モーツァルト演奏という共通項、二人とも最高のモーツァルティアンといえる音楽家なのである。カール・ゼーマン氏は独奏で男性的でミケランジェロ、ダビデ像のような演奏を披露している。
 モーツァルトの愉悦は、花咲く満開の野山に、包まれた・・・という音楽である。

平成29年ドラフト会議一位指名ルーキー清宮幸太郎の一軍六番DH二回裏初打席三球目、ホームラン性の打球、センターフェンス直撃の時ライト外野自由席に居て鳥肌が立ってしまった。
 いつもならテレヴィ観戦だけれど、5/2は特別な日である。セブンイレブンでチケットを購入して夕方五時から札幌ドームで4時間ほど過ごした。
  この同時感覚こそ、オーディオ記録ディスク再生の目的と一致するものである。綺麗なだけの音響にあらず、生々しくて音楽性の表現を受け止められる再生こそ、目的とする醍醐味であろう。ヴィオラ=アルトという楽器は、ヴァイオリンと同じ形なのだが、GDAEという調律チューニングと異なり、CGDAという具合に中音域担当、ハ音(アルト)記号で記譜された楽譜を使用する。ト音記号より低めの音域に相当する。第二線がG一点ト音に対して第三線がC一点ハ音ドの音になる楽譜を使用している。読譜といって、C管、実音の楽器は移調しないでそのまま読むのだが、例えばBフラットの楽器、クラリネットなどの場合、ニ長調楽譜で実音がハ長調の音楽になる。アルト記号楽譜の場合、ト音記号楽譜でロ長調の感覚、フラット記号はネグレクトして演奏すると、移動したドレミファで読みハ長調の音楽になる。
 多分、サイト観察者の諸姉諸兄のみなさまには、チンプンカンプンであろうと予想されるので大変失礼!ではあるのだけれど、これをクリアできると、楽器を演奏する人の感覚が理解できる。★話を楽器のアルトにもどすと、中音域の楽器というわけである。ただし、ヴァイオリンは音響が楽器の上へと向かう方向と、楽器裏板が響く方向、下の方向という二つの方向性があるのに比較して、アルトは上の方向一つである。どういうことかというと、ギターという楽器、胴体は表面が音響的に共鳴して、裏の板は演奏者の身体が触れても構わないのと同じ原理である。
 EMI録音でジャクリーヌ・デュプレがB面でチェロの音楽、そのA面はハーヴァード・ダウンズ演奏のアルトの音楽。ただし、両面に共通するのは、チェンバロ、ピアノ、パイプオルガン、ハープ、ギターなどと伴奏する楽器は変化している。このディスクで、チェンバロ伴奏の次に、パイプオルガンが演奏されるとき、それは驚きを禁じ得ない。実際の演奏会では、滅多に実現されない組み合わせであるからなのだけれど、それは、レコード再生芸術の醍醐味である。そこのところ、コンパクトディスクでは、決して表現されない、アナログ音盤ならではの世界、クリケットレコードに在庫はあるとのことで、お買い得である。パイプオルカンの記録としても秀逸で、足鍵盤スウェルの独特の再生音は、聴いてその手応え感は、聴いた人にしか分からない世界、微妙な表現ではあるのだけれど、その驚きに鳥肌が立ってしまうほどだ。
 アルト演奏の伸びやかな音楽に、溜飲の下がる思いをする。裏板の水平な感覚は、響きが上へと向かうのが見えるかのようで、実に楽しい。先日、アルプス交響曲の演奏会で、P席というパイプオルガン下に着席した人は、アルトの音が大変よく聞こえて、楽しかったと言っていた。正面客席に座るより、オーケストラの奥に座った座席は、アルトが一段とよく聞こえるのは、そこのところ楽器の構造からきているのだ。
 いずれにしろ、楽器を充分に鳴らしている演奏は、聴いて胸のすく思いがする。目をつむり、その前で楽器の方向性が感じられるようにレコード再生を追求、向上させることにより一段と高いオーディオ世界が広がるというものである。演奏家の演奏と同時体験の感覚こそ、求める最高の境地ではなかろうか?風は吹いてくる・・・

 26日札幌でもようやく桜開花宣言、4/27新しい首席指揮者就任記念定期公演モーツァルト交響曲イ長調K201、R・シュトラウス、アルプス交響曲を聴いた。演奏会でこの作曲家のカップリングは、とても相性が良い。
  コントラバスが4挺で前半の演目、アルプス交響曲では8挺で演奏された。つまり弦楽は四十人でモーツァルトが演奏され管楽器はオーボエとホルンで二管編成。セッティングはオーボエの向かって左側にホルンが配置された。これはコントラバスがオーボエ側にあるためで、下手側に配置されていたならば、逆側に配置されるのだろう。ということは、ホルンの音響をベル側に広がると発想すると、それは舞台上手側配置が理想だから、第一Vnとチェロ・コントラバスが指揮者左手に展開し、アルト・第二Vnが指揮者右手側に居てその奥にホルン、という配置が作曲者のパレットのはずであると指摘しておこう。
 ヴァイオリン奏者二十二人の右手ボウイングを観察していると、手首の柔軟性に差異が見受けられた。しなやかな運動性を発揮している女性奏者に注目していると、手首の高さの保持が秀逸でなおかつ、音楽的にスムースなアップダウンで演奏されている。そこのところ、見ものだ。
 アイネアルペンシンフォニー作品64、指揮者は前日リハーサルトークで、お聴きの方は散歩ウォークを楽しんでください、疲れないように!と発言していた。100人余りの四管編成、パイプオルガンも活躍していた。頂きに登頂して、女性首席オーボエ独奏の旋律、第一第二ヴァイオリンは静かにトレモロ、Vnがステージの両袖に展開していると、どんなにか、素敵なことであろうと、つくづくそう思わされる音楽である。さらに、下山していく途中の、フルート四管による斉奏ユニゾン、さらにクラリネット四管が加わるとき、作曲者はフルートの向かって右側に配置されている音楽を想定していたに違いないと思われる。音響は広がるのだが現実は、ヴァイオリンが舞台下手側に束ねられているし、フルートやクラリネットも下手側に束ねられていて、聴いていてまことにつまらなく感じる。
 ルドルフ・ケンペは1961年にロイヤル・フィルハーモニーのバトン、常任指揮者をトーマス・ビーチャムから受け継いで、色々あった後、66年4月アルプス交響曲を英RCA録音、6月にロイヤルの称号は女王から許諾を得た。素晴らしい演奏が記録されている。
 左右のスピーカーは、それぞれにヴァイオリンの音が聞こえることは、重要なポイント、すなわちコントラスト左右対称となるべきは、ヴァイオリンとアルトではあらずで、第一Vnと第二Vnという感覚であろう。歴史的には、演奏リスクの無い第一と第二ヴァイオリンの束ねられた配置が選択されたというのが二十世紀後半であった。ところが、最近の演奏会ではヴァイオリンの対向配置が復活している状況である。リスクが高いことにより緊張感も充実してグレードの高い音楽になり、面白さが倍増するだろう。ルドルフ・ケンペは、そういう記録をディテスクで鑑賞することが可能である。ただし、後年の記録EMIではステレオ録音の多数派に従い、左スピーカーで第一と第二のヴァイオリンが聞こえるタイプ、右スピーカーではチェロとコントラバスという具合である。ここに、第一と第二ヴァイオリンの左右に広がる演奏を紹介して、その価値を発信する。
 だいたい、また両翼配置の話か?というふうに思われるのが関の山なのだが、盤友人はそこのところ、オーディオのグレードアップに伴って、聴き方もそのように変化するものだと、つくづく思う次第でそこの分析を回避しないのである。モーツァルトをモノーラル的な聴き方ではなく左右対称とすべきは何か?を問うているといえる!演奏会のあり方として、指揮者方からの一方通行の提起ばかりでは、マンネリズムという指摘をしたい。保守の思想こそ、克服すべきテーマではあるのだから・・・