千曲盤来余話その89「冬の旅D911、シューベルトを歌うホッター」

靖国から桜の開花宣言が発信された。3月24日、北海道北部では30センチ余りの降雪のニュースが報道されている。春は名のみのホッカイドーといったところ。
4月4日は、皆既月食が観られるかも知れない。その翌日は復活祭イースター。キリスト教徒らにとって、宗教的一大行事の季節である。
ゲアハルト・ヒュッシュが、冬の旅をSP全曲録音をしているのは1933年。その10年の後、1942,43年にかけて、ハンス・ホッター1909.1.19~2003.12.6は放送局録音を果たしている。ピアニストは、ミヒャエル・ラオハイゼン。
シューベルトの歌曲で、ピアノの音楽に対しての伴奏という言葉は当たらない。
二者の音楽は、互いに表現が補われている。例えば、菩提樹という曲で、風が吹きと歌われると、ピアノは吹く風の様子を表現した音楽になっている。
1827年2月、10月にウイルヘルム・ミュラーの詩に作曲された冬の旅。S氏亡くなる前年に完成されたお休みなさいから辻音楽師までの24曲、90分余りの音楽である。
第11曲春の夢、私は何度も恋を夢に、楽しい乙女を夢に見たと歌われている。
この音楽は、孤独が主題になっている。
一般に言われている失恋の音楽とは、別世界である。
ベートーヴェンも、シューベルトも、その生き方は幸福を夢に見ているのではなくて、生きていく動機に夢があるのである。
おのずと、夢を求める世界ではあらずして、夢の経験者が過去を未来につなげる音楽である。死と向かい合い、現実を音楽で表現した現在である。
音楽を聴いているとき、S氏の音楽に慰められ、レコードが終わったとき、ハンス・ホッター氏は、部屋から立ち去っていった感覚を覚える。
愛に満ちたホッター氏バリトンの歌声に、生きる勇気を与えられるのである。