千曲盤来余話その118「ピアノという楽器の音色の違い」

レコードを聴き始めて、最初の経験はウィルヘルム・バックハウスの使用するピアノは、ベーゼンドルファーが中心であったということである。
ホロヴィッツ、ルービンシュタイン、ギレリスたちの使用楽器は、ほとんどが、スタインウエイである。ただし、これらのレコードにクレジットがあるわけでなく、そのように伝えられているというのが正しい。
そうした中で、バックハウスは、いつもベーゼンドルファーというウィーン社製のピアノの使用にこだわりがあった。
ピアノの音色は、キンコンカーンという高音は、二者の識別がむつかしいけれど、左手の音域、ズドーンという響きは、手応えが違うように聞こえる。
ちなみに、ピアノという楽器の名前、正式には、ピアノ・フォルテというのが正しくて、音量の幅は、チェンバロという鍵盤楽器とは異なっていて、ピアノとフォルテの区別をつけることが可能なことによる。チェンバロは弦をはじくのに対して、ピアノフォルテという楽器は、弦をたたくという違いである。
スタインウエイと、ベーゼンドルファーの根本的な違いは、ハンマーの打点構造の相違による。ベーゼンは、ハンマーが演奏者の方向、手前に向かっていて、弦の根本で叩いていることになる。スタインは、演奏者に対して先の方向にハンマーを叩かせている。すなわち、弦の中央に打点があるという構造の違いがある。
バックハウスのピアノの音色を、耳にしていると、ステレオLPレコードの時代は、この二種類の音色の違いに、面白味がある。
スビャトスラフ・リヒテルの1972年、バッハの平均律クラヴィーア曲集の録音には、ベーゼンドルファー使用のクレジットがある。ザルツブルグでの録音である。このディスクに耳を傾けていると、録音場所である王宮の野外で、すずめたちの囀りがきこえて心がなごみ、野趣風味格別である。