千曲盤来余話その144「モノーラル録音と、ステレオ再生の鑑賞法」

30年ほど前に、東京・浜松町のオーディオショップ・フィガロで二枚モノーラルLPレコードを購入している。
クララ・ハスキルのピアノ独奏でシューマンの森の情景、子供の情景そして、カール・ベーム指揮ドレスデンシュターツカペレによるR・シュトラウスのアルプス交響曲。当時、高価だった。アメリカデッカ盤。
音質は、何かかさついていて、余り良い印象は持たなかった。ただ、ベーム指揮した管弦楽録音は、楽器とマイクの距離感が感じられて、遠近がしっかり伝わってきたことを記憶している。
それ以来、オーディオの道を歩いてきて、ピアノ独奏曲の再生が変化している。有り体に言えば、左手打鍵の再生がしっかりしたことにより、余韻の音圧が強くなっている。豊かな響きで、中音域とのつながりが上手くいって、楽器全体の響きの一体感が再生できるようになってきた。
そのことにより、フレーズの感覚、文で言うと、単語から意味のつながりまで、さらに、句読点の感覚が伝わってくる。演奏者の気合いが、そして、気分、感情が手に取るように分かってきた。
ギーゼキングが弾いたシューマンのクライスレリアーナ、ディスココープ盤、この冒頭部分の緊張感は、演奏者に乗り移った、シューマンの狂気とさえ言えるパッションが再生されて伝わってくる。
だから、モノーラル録音のピアノ独奏曲など、低音域から高音域にまで立ち上る、香しいピアノによる再生音は、モノーラルLPレコードこの上ない醍醐味といえる。
ヤッシャ・ハイフェッツのVn、エマニュエル・フォイヤマンのチェロ、そしてアルトゥール・ルーヴィンシュタインのピアノによるベートーヴェンのピアノ三重奏曲・大公を再生すると、ピアノが奥で、手前にVn、チェロが聞こえる。ステレオ効果を考えるとき、弦楽器は左スピーカー、ピアノを右スピーカーで鳴らしたい。
ということから、シューベルトのピアノ五重奏曲・鱒など、左スピーカーにコントラバス、チェロ、アルト、Vnそして右スピーカーにピアノを聞かせたい。左は高音、右は低音という固定観念からの思考停止を脱却して、しなやかな発想による楽器配置、たとえば左手側に外声部そして右手側に内声部といった試みを楽しみにしている。