千曲盤来余話その145「バッハ、ゴールドベルク変奏曲を録音したワイセンベルク」

平成27年9月10日、茨城・鬼怒川堤防決壊で洪水、9月14日、熊本・阿蘇山噴火は21年ぶりの天変地異。
6月4日木曜日、朝方二時間かけて盤友人は、ニセコ有島記念館を訪問していた。有島武郎は大正・白樺派の文学者。彼の偉業を記念して農地解放、狩太村に建設されている。非業の死を遂げたその秋九月に関東大震災が発生。
有島の魂にふれた、北海道・岩内出身の画家、木田金次郎がいる。昭和29年9月、洞爺丸台風で被災した岩内が大火、家にあった木田の作品1000枚ほど、灰燼に帰している。彼1893~1962の画業は、以前からフランス印象派に比肩する芸風。絶筆は、バラの花1962年作。
アレクシス・ワイセンベルク1929.7.26ソフィア生まれにドイツ・エレクトローラ盤バッハ、ゴールドベルク変奏曲がある。偏見をもって聞くと、黒ジャンパーを身にまとい、ステンレスのチェーンをチャラチャラさせたようなピアノの音色で、疾風のごとくLPレコード二枚、四面割りで収録している。
思うに、グレン・グールドは、1955年にこの曲をリリースして、デビュー。1981年に再録音を果たしてその人生を閉じている。このアリアを最初と最後はさんだ、30の変奏曲からなる名曲。バッハ作品番号988。
グールドの演奏は、一音一音、粒建ちの良いピアノの打鍵で、最上の一枚と言えよう。
ワイセンベルクの演奏は、一聴してかなりの早弾きで、快速、クレシェンドを基調としている。息も尽かせぬ内にクライマックスを迎える。第四面、開始25変奏、彼のピアノ音楽の総決算とも言えるべき、壮大な音楽になっている。彼は、誤解されていて、美音、技術の駆使、無機的音楽のチャンピョンのように思っていた。しかし、実際は異なる、選ばれたピアニストである。
バッハのこの変奏曲は1742年、クラヴィーア練習曲集第四巻ニュルンベルクで楽譜出版されている。
チェンバロで演奏されていたこの曲も、現代ではピアノで演奏される名曲になっている。
木田金次郎の名作に青い太陽がある。まさに、あの第25変奏ト短調で書かれた、半音階的幻想曲風の曲は、うす緑色の太陽のイメージである。ピアニストにとってのメルクマール。
レコードジャケットに載せられていた彼自身の寄稿文では、バッハ音楽の喜びについて述べている。