千曲万来余話その166「グレン・グールド、新ゴールドベルク変奏曲論」

今年最大の出来事の一つとして、グレン・グールドの弾くバッハ作曲、ゴールドベルク変奏曲BWV988で、再録音アメリカ・プレスを入手したことにある。
盤友人は、若かった頃、日本プレスの国内盤と輸入盤の違いとして、その余りの違いに腰を抜かしたことがある。
高校生時代、国内盤はノイズが少なくて輸入盤はそれが多いということを聞かされていたから、そういう感覚に対して、そういうものなのかなあ、という程度だった。
実際、輸入盤を再生してみて、確かにノイズはカットされていないであろうことは、すぐ理解できたけれど、国内盤の音に対して違和感をぬぐえなかった。今でこそ簡単に言えるのだけれど、ノイズカットされているために倍音成分がそっくり削除されている事実を否定できない。だから、輸入盤は、音が良いという認識程度でしかなかった。
今年、グールドの新録音ゴールドベルク変奏曲のアメリカプレスを入手して、今までのオランダプレスは、一体何だのだったろうということである。
オランダプレスで開始のアリアから第一変奏へ移るとき、マスターテープの転写音が再生されて気には、なっていたところ、アメリカプレスでは、がつんと第一変奏へ突入した。驚いてしまった。
輸入盤というひとくくりでは、認識不足というものだ。やはり、オリジナルのプレスにたどり着かなければ、結論を出すのは早いということだ。
第15曲で片面を返すのだけれど、この曲は、ト短調四分の二拍子、三声の反行カノン。
グールドのこのテンポ設定は、何を狙っているのか?普通の人の、倍遅い設定である。
彼は、ひたすら、倍音を聴いていて、そのレガートに演奏する表現で成功しているのだ。
たとえば、最初と最後のアリア、同一のテイクではあるまいかという疑問を持たれるリスナーがいるかもしれない。
グールドのそれに対する答えは、ハミングにあると思われる。彼のうなり声に注意を払うと、その違いが分かるというもの。無論それだけでなく、ピアノの音成分に明と暗ほどの違いを指摘するまでもない。
とにかくグレン・グールドの録音で彼のテンポ設定理由の一つに倍音成分のレガート表現があるのではあるまいか。