千曲万来余話その173「バッハ、無伴奏チェロ組曲をフルニエの独奏で聴く」

それはチェロの独奏で、6曲編成の組曲からできている。バッハ作品番号BWV1007~1012。
1972年3月2,4日の虎ノ門ホールライヴ公演が、キングインターナショナルからLPレコードでリリース。
1906・6・24パリ生まれ~1986・1・8ジュネーヴ没、ピエール・フルニエは9歳でチェロを学んでいて、1924年パリでデビュー。1937年からパリ音楽院教授のかたわら演奏活動に取り組んでいた。チェロの貴公子といわれ、ルドルフ・ケンペやカラヤンらの指揮によりベルリン・フィルと共演でR・シュトラウスのドンキホーテを二種類のディスクで残している。クーベリック指揮ウィーン・フィル、セル指揮ベルリン・フィルとの共演で、ドヴォルジャークのチェロ協奏曲など名盤の誉れ高い。室内楽もレコーディング多数。
晩年のご伴侶は日本人女性、順子さん、ジュネーヴでレマン湖を望み自適の暮らしだったらしい。
バッハの無伴奏組曲は、1960年12月20日から、21、22、28、29日と五日間かけて、全6曲を録音していた。アルヒーフからのLPレコードで、それは、緊張感の高い、それでいて思慮深い、ふつふつと哀切の情が伝わってくる貴重なディスクである。ハノーヴァーのベートーヴェン・ザールでの演奏、使用されている楽器は、マッテオ・ゴフリラー、ヴェネツィア1722年製のもの。それはパブロ・カザルスが愛用していた楽器だともいわれている。1936,38年にカザルスは、埋もれていたバッハの作品を蘇演、それ以来、チェリストにとってバイブルのような音楽にまで、高められていた。
VOX盤ガスパール・カサド、PHIL盤モーリス・ジャンドロン、EMI盤ポール・トゥルトゥリエ、MUR盤シュタルケルなどなど、LPレコードの枚挙にいとまがない。
とりわけフルニエのアルヒーフ盤は、ステレオ録音で孤高の存在である。オーディオ装置の性能向上にともない、楽器の胴鳴りなど、緻密な情報の再生に成功して初めてその真価が、盤友人に伝えられたことになった。
レコート゛箱の中に添えられていたカード情報に接して、合点が行った。1960年12月録音という数字がいかなる意味を物語っているのか?
その12月7日早朝、ブラッセル市内の病院で、女流ピアニスト、クララ・ハスキルは息を引き取っている。
6日駅構内での転倒事故という悲劇は、当時、衝撃をもって伝えられた。評伝本クララ・ハスキルによると、同年6月22日ジュネーヴにて、チェリスト、ピエール・フルニエとの共演が好評であったという記述がある。
それではこのLPはもう、フルニエによるハスキル追悼の演奏であったのではないか?と考えられる。
54歳チェリストによる65歳の天才女流ピアニストを悼む音楽のLPレコードを再生して、以来55年の歳月を、走馬燈のごとく思い巡らせた。
その仕合わせに、オーディオの奥深い世界を、あらためて感謝!した次第である。
2015 11/18