千曲万来余話その184「ベザイデンホウト、フォルテピアノでモーツァルトを弾く」

フォルテピアノは、作曲者時代のアントン・ワルター作のものを、2002年、復元したモデル。68鍵で、重量は現代コンサートピアノの約6分1相当、現代の楽器制作家ポール・マクナルティによる。300人余りの聴衆に対して、始めは小さいかなと思える音量も聞き進むにつれて、豊かなハーモニックス倍音の鳴りに驚かされる。
モーツァルトの鍵盤楽器のための作品宇宙が本来の姿を現したかのようである。キラキラと、チェンバロに近い音色から、深々とした柔らかい音色と奏者は、タッチと膝レバーでもって弾き分けているのが伝わる。
音に聞き耳を立てると、楽器が表現する鳴りとマッチして広々とした世界を味わうかのごときである。
開始は、繰り返しがあり26小節からなる1766年作と推測されるピースでヘ長調ケッヘル番号33b。続けて、1776年頃作とされるK.deest.624aの転調するプレリュード、ロマン派風であり、シューマンのような、次に弾くK309、ハ長調につなげる即興風な音楽。ソナタはロココ的な装飾音楽をふくみベートーヴェンに近い感覚のある音楽。次に、幻想曲ハ短調K475は、悲劇性を一杯湛えている。
平均律という現代のグランドピアノで用いられる調律に対して、不等分律という純正音程を含んでいる分、立ちのぼる美しい音響が楽しく、調律師が曲間に調律を加える。休憩後は、アダージォロ短調K540と、1783年ウィーン、ザルツブルグ作ソナタ11番イ長調K331という#シャープ系の調性が弾かれる。
美しい音響というのは、響きに揺れがないということと、倍音ハーモニックスが聞こえるということである。
そのテンポ設定は、あまり遅すぎない、やや速めのもの。トルコ行進曲も、もう少しゆっくり目だと面白いかなという気もするが、ベザイデンホウトは、やや速めのアレグレットを弾いた。
彼の音楽性は、即興風なパッセイジを控え目に加えたもので、淡白に仕上げていて、上品だ。
アンコールは、彼は、節度のある拍手に対して、つまり、音楽が終止してから十分静寂の後に贈られるものに対して、衷心から湧き出るアンコール演奏になっていた。K399、そして続けて、学習者誰でも弾いたことのあるソナタで、デザートとなる。
倍音たっぷりのフォルテピアノの音楽を鑑賞して、グランドピアノが獲得した音量と、それにより失った感覚を味わうことができた悦びを味わうことになり、つくづく、記憶に残るコンサートになった。