千曲万来余話その228「知性あふれる人間の対話、古典四重奏団」

5月7日NHK-EテレTV番組で、ハイドンの弦楽四重奏曲、皇帝を鑑賞した。
ハイドンの紹介、弦楽四重奏曲の仕組み、皇帝を作曲の由来などの紹介、そして第二楽章の演奏、第三変奏を割愛してのものだった。
よく、ポートレートの写真などで、たとえば、顔のアップ写真などでは、頭の上辺がトリミングされて、アップしたことの強調が、技巧テクニックの一種として通用している。つまり、トリミングをほどこさないと、アップしたことにならないという感覚による訳だ。
果たして、TV放送でも、第二楽章の第三変奏が割愛されていたのだが、盤友人としては、なぜ、割愛する必要があるのか?という疑問が禁じ得ない。 すなわち、第二楽章を全体で鑑賞したかったまでである。
古典四重奏団の楽器配置は、伝統型によっている。現代では、多数の傾向は、第一、第二ヴァイオリンを並べる配置をとっているのだけれど、古典四重奏団は、ヴァイオリン両翼配置。 川原さん、花崎さんが両翼で中央にチェロの田崎さん、アルトの三輪さんという配置である。
モーツァルトから、ベートーヴェン、シューベルト、バルトーク、ショスターコーヴィチまで幅広く演奏する古典四重奏団は、暗譜で演奏している実力あるグループ。 ここでの配置も、中央のチェロとアルトをヴァイオリンが両脇に配置されることにより、第一変奏で第二ヴァイオリンの主旋律と第一ヴァイオリンの装飾的旋律の掛け合いが浮かび上がり、実に上品な音楽に仕上がっている。現代の多数の場合では、そこのところ、うまく表現できていない配置になっていることが実感されて、興味深かった。
くわしく考えてみるに、ヴァイオリンを一方に束ねていることが、音楽をつまらないものにしていると言える。現代の多数は、演奏の容易さを採用して束ねていることが考えられるのだが、作曲した意図を考えると、両翼に開いた配置の方が、断然、音楽の面白味が増すということなのだ。 5月8日放送の、NHK交響楽団を指揮していたパーヴォ・ヤールヴィもその弦楽器の配置を採用していて、緊張感あふれる演奏を披露していた。
最近の情勢、伝統回帰の傾向が見られていて、盤友人としては嬉しいと言える。