千曲万来余話その236「ワルトシュタイン奏鳴曲、ケンプとA・フィッシャーのモノーラル録音」

1804年、新型ピアノをフランスの制作者エラールから贈呈されたベートーヴェンは、ウィーンのフェルディナント・フォン・ワルトシュタイン伯爵のはからいに応えて、新作のピアノ・ソナタ第21番ハ長調作品53を作曲発表した。 それまでは、ウィーンのワルター社製フォルテピアノという楽器で、5オクターブ61鍵だった。 1オクターブというのは、完全8度、鍵盤数、現在での黒鍵5、白鍵8の13鍵。当時は黒白が逆。 そういう楽器で、伯爵は、モーツァルトのスピリットをハイドンの手を通して受けとめるように努めなさいというアドヴァイスをしたと伝えられている。 エラールの新型ピアノ、イギリス式アクションの68鍵、完全5度広く4点Cまで7鍵拡張されて、ペダルも4本つきになっている。アクションのイギリス式というのは、現在主流派で鍵盤に対して、ハンマーが奏者の向側へ延びている。ドイツ式というのは、ベーゼンドルファー社製などハンマーが奏者の手前へ近い打点を持っている方式で鍵盤の上に直接ハンマーが乗っている。 ピアノの響き方に違いが出るのは自然である。 ウィルヘルム・ケンプのモノーラル1951年録音のものと、アニー・フィッシャーの1958年コピーライトのモノーラル録音を聴いた。 アニー・フィッシャー1914年7月5日ブダペスト生まれ~1995年4月10日没。 イギリス・コロンビア33CXのLPレコード1957年頃録音のもの、マイクロフォンが近接していて、聴いて、ピアノという楽器の近くで聴いている感じがする。きわめて端正で、神経が行き届いていて、一所懸命さがひしひしと伝わってくる。いわば、女性的演奏。 クレジットはないけれども、彼女は、ベーゼンドルファーの奏者として有名である。 ウィルヘルム・ケンプ1895年11月25日ドイツ・ユータポク生まれ~1991年5月23日ポジターノで死去。1936年札幌にも登場していて、調律は多米実氏の御父君浩が担当していた。 ドイツ・グラモフォンの録音で、ステレオ時代に全集再録音を果たしているが、1951年全集で、モノーラル録音を聴いた。クレジットはないのだが、楽器はベヒシュタインの感じがする? ピアノの音響全体をとらえた録音で、楽器の響いている会場の雰囲気が伝わるものになっている。 演奏も、フレーズを大事にしていて、ダイナミックで即興風の雰囲気が伝わる。男性的だ。 ピアノの音は、猫が踏んでも、女性が、はたまた男性が弾いても判別は不可能であるのはその通りだ。ところが、音楽の演奏となると、猫は不可能で、男女の性差が判然とするのは、興味深い。 性差というものは、ここでは差別でなくて、区別であり、面白いことこの上ないだろう。