千曲万来余話その555~「ベートーヴェン第V交響曲・運命は遅目にかぎる・・・ケンペ指揮」

  ンタタタ・ターン、ンタタタ・ターンという開始を指揮者が二回振る動作を繰り返すとき作曲者、運命はかく扉を叩くとかシントラーに語ったとされている。ここで管弦楽のテンポをどのように設定するのか、指揮者は楽員に提示する必要がある。第一楽章アレグロ・コン・ブリオという楽譜の記入は自筆譜に有り、アレグロは快速に、コン・ブリオ生き生きと活気をもってという表情記号、そこで解釈のSPスタンダード・プレイは1913年記録のニキッシュ指揮ベルリン・フィルのものは、四分音符一分間に90位である。
 ところが最速の記録はフリッツ・ライナー指揮のもので、120位ということはヴィヴァーチェもしくはプレストの解釈でもって押し通す。弾丸ライナーとは、よくぞ言ったりでトスカニーニ、カラヤン、ショルティ、カルロス・クライバーらの演奏速度テンポはこれらのグループといえる。アンチというか、遅めの解釈は、フルトヴェングラー、クレンペラー、フリッチャイ、ベーム、ブーレーズたちの演奏になる。
 1971.12/20,23録音になるミュンヘン・フィルハーモニック指揮者ルドルフ・ケンペのテンポ設定は、68年録音のブーレーズ指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団と同じく、遅めの設定になっている。ウィルヘルム・フルトヴェングラーの評伝(猿田直氏)を調べていると生涯演奏回数148回という数字を目する。簡単に云うとトスカニーニは21回ほどで、フルトヴェングラーを超える指揮者はそうざらにいるものではないということであろう。まさにケンペはフルトヴェングラー速度テンポを墨守していて、曲全体が支配されている感覚になっている。ちなみに、1817年頃の作曲者によるメトロノームテンポは、108とか楽譜に残されているのだが、果たしてその解釈はそれを目安に、速めと遅め、その中間という三択が演奏者たちの判断にゆだねられているといえよう。
 ルドルフ・ケンペ1910.6/14ドレスデン生れ~1976.5/12チューリヒ没はミュンヘン・フィルの常任指揮者として生涯を閉じ、晩年はドレスデン・シュターツカペレ、チューリヒ・トーンハレ、ロイヤル・フィルなどと65歳で良好な活躍ぶりだった。ドイツ、スイス、イギリスとヨーロッパで活躍、聴衆からは絶大な支持を受けて尊敬される音楽家の代表だったと伝えられている。日本ではレコードでしか評価されなかったことは、返すがえす残念なことである。否、彼の記録はどれも貴重なもので、それを再生できることはオーディオ・ファンに残された唯一の仕合わせといえるだろう。CDでいうとCBSソニーのレーベル、LPでいうと、EMI系列のアーティスト。ドイツではBASFとかACANTAなどマイナーレーベルでおなじみ。ケンペ芸術は、生粋のドイツ音楽のみならずストラヴィンスキー、ブリテン、など近現代音楽でも名演奏を記録している。盤友人としてはブラームス、チャイコフスキー、シューマンなどのピアノ協奏曲でもVn両翼配置を記録していることは、嬉しい事この上ない。ただし、残念と言うか、ベートーヴェンツィクルス全集は、右スピーカーから左へのグラデーションでチェロ・アルト・第2Vnという録音配置で口惜しいこと限りない。
 ケンペの選択したテンポ設定で揺るぎない音楽は、その弦楽器の豊かな音響にあるだろう。すなわち、タタタ・ターンという速度で、速すぎると楽器特有の空気振動感が希薄になる。つまりゆったり目のテンポは、スピーカーがよく反応してアナログ冥利、フカフカの感覚は手応え極上である。切れ込み良い管楽器と弦楽器の好バランス、これが第1楽章から終楽章にいたるまで一貫して感じ取れるのは喜びである。フィナーレで少しアクセルを踏み込む感じでの気張りは、嬉しく感じられることになる。
 第V番のVはヴィクトリー勝利の音楽になっている…