千曲万来余話その632「ラフマニノフ曲チェロソナタに感じるロシアン薔薇ジャム紅茶の味わい・・・」

 ト短調の第1楽章に始まりハ短調の第2楽章そして変ホ長調アンダンテ楽章に展開してフィナーレは力強いト長調に終止する。ト短調は♭記号ふたつで、ハ短調は三つになる。変ホ長調というのはその平行調ということで、主音が♭ミである。第4楽章は開始のト短調と同じ主音でありながら♯がひとつのト長調というのは、全体の音楽が短調から長調へと展開する後期ロマン派ならではの調性音楽であって、同時期のたとえばドビュッスィの交響詩牧神の午後への前奏曲に聴かれるような揺らぎ、そのコンテンポラリー同時代とは異なるラフマニノフの真骨頂といえるのかもしれない。セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ1873.4/2オネグ(ノヴゴロド州イリメニ湖モスクワ北西ロシア最古の都市)生れ~1943.3/28ビバリーヒルズ米没。由緒あるロシア貴族に生れ、4歳の時から母親にピアノの手ほどきを受ける。のちにリストにも師事してピアノの他に和声学と作曲法、対位法を学び1890年にはピアノ協奏曲第1番に着手していた、作品1。ピアノ曲幻想的小品集、ピアノ三重奏曲ニ短調偉大な芸術家の思い出1893、交響曲第1番ニ短調1895、1901年には失敗した前作を越えようとピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18、そしてチェロソナタを書き上げることになる。
 1/31月曜日札幌六花亭6Fふきのとうホールに足を運ぶ。武田芽衣チェロリサイタル、ウイルス感染予防で入念に対策して、小ホール50%満席の聴衆は若い演奏家たちによる熱気あふれる音楽のひと時に盛大な拍手を贈っていた。ソナタの第2楽章で熱が入りロマンティシズムのピークから第3楽章のアンダンテ歩くようなテンポで、濃密な境地をあゆみ、勢いあるフィナーレへと音楽会全体のクライマックスを築き上げることに成功する。アンコールにVnが加わりトリオでヴォカリーズという聴衆へのプレゼントが送られた。清々しい演奏は、ご時世の鬱屈したパンデミックの中で、生命力を吹き込まれるかけがえのないひと時であった。このふきのとうホールには、グランドピアノ、ベーゼンドルファーが収容されている。ホールに足を踏み入れた瞬間舞台上のピアノのクレジットが目に飛び込むしかけ、200人ほど収容の立派な小ホールで聴衆の皆さんの満足感は貴重であろう。主催者の皆さんに感謝します。
 ノンサッチ盤H-71155ステレオ1960年頃録音。このジャケットを見ると、ハ短調作品19とある。ところが再生するとまぎれもなくト短調の第1楽章であり、盛大なミスプリントだった。こういうこともある。
 ハーヴェイ・シャピロの独奏でピアニストはアール・ワイルド1915.11/26ピッツバーグ生れ~2010.1/23パームスプリングスで、ものの本によると愛奏ピアノは「ボールドウィン」。このLPレコードでは中央から右側へピアノが定位、独奏チェロは左スピーカーから中央へと響いている。チェロの弾き込み方からピアノのダイナミックスの付け方も、隈取深くて豊かな音を聞かせる。ところどころでピアノ協奏曲第2番に聞かれる楽想が展開されていて、いかにも、同じ時期の兄弟作品の様に聞こえる。チェロのツェーとゲーという低弦で楽器豊かな音楽を繰り広げて、シャピロはそこのところ確信をもって響かせ、力を込めている。それにアール・ワイルドは反応していてハーヴェイ・シャピロ1911.6/22ニューヨーク生まれ~2007.10/25没の音楽性として後期ロマン派のなんたるかを描くことに成功、貴重なレコードとしての価値は、ジャケットのミスプリントがなければ、立派なものである。男性的チェロの筆頭であり、ヴァイオリンでは表現しきれない大地に根差した大木の如き魅力あふれるロシア音楽の名曲、チェロ奏者としての歓びが、ラフマニノフによりもたらされるとは・・・