千曲万来余話その640「バッハ無伴奏チェロ組曲2番名教師マイナルディの演奏で・・・」

 1938.4/8ベルリン・フィルに初めて登場したアーヘンからの若きヘルベルト・フォン・カラヤンは、ハフナー、ダフニスとクロエ、ブラームスの4番を指揮してセンセーショナルに迎えられた。当時30歳だった。立風書房・訳著福原信夫による1977年にリリースされたベルリンフィル物語、90年史によると楽壇の熱狂が伝えられている。歴史というものは、時の権力者たちにより改変されることが多い。たとえば、日本書紀が正史として位置づけられていても、万葉集は当時の権力闘争敗者たちの心情が吐露されているといった事情とパラレルな関係にある。後世の我々の態度として、その微妙な綾を掬い採る態度こそ肝要だろう。
 チェロ奏者の名前からして、ガスパール・カサド、ルートヴィヒ・ヘルシャー、エンリコ・マイナルディなどなど熟達した特色を絶やさずに保持していた云々、このマイナルディ1897.5/19ミラノ生~1976.4/10ミュンヘン没はベルリン国立歌劇場管弦楽団首席奏者を歴任、pfエドウィン・フィッシャー、Vnゲオルク・クーレンカンプ、後にはウォルフガンク・シュナイダーハンらとピアノトリオで活躍、ローマ・サンタチェチーリア音楽院やザルツブルク、ルツェルンでも教鞭をとり、後々のオーケストラ首席奏者などを輩出している。       エンリコ・マイナルディというビッグ・ネイムはシュタルケルとかフルニエなどのようなレコードを沢山残しているのでもなく、そのオリジナル、ドイツ・アルヒーフLPレコードを最近、入手している。バッハの無伴奏チェロ組曲は、1930年代でパブロ・カザルスにより広く知らされた音楽である。BWVバッハ作品番号1001から1006までは、無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータの6曲で、ソナタは4楽章形式、パルティータは6曲のダンス舞曲から構成されている。1007~1012はチェロ組曲で1008曲ニ短調が第2番で唯一の短調作品。短調というのは主音ラと第3音ドの音程が短3度で、長調はドとミが長3度の音程により音楽の性格は異になり味わいがある。ルネッサンスの時代というと「旋法」といって多種多様の音楽が、バロック、古典の時代になって長調、短調に集約され、後期ロマン派を経過して印象主義などになり、たとえばドビュッスィ牧神の午後への前奏曲など冒頭フルート独奏は開放キーのCis嬰ハ音から始められたのは象徴的といえる。やがて12音音楽シェーンベルクの登場へと展開する。この12音ですら長調と短調の融合は、新ウィーン楽派といって、ベルクやウェーベルンの活躍につらなり、コンテンポラリー同時代としてピエール・ブーレーズの作品へと広がりを見せることになる。
 第1曲前奏曲、2曲アルマンドはドイツ風舞曲、3曲クーラントは走る、流れるフランス風、4曲サラバンドはスペイン風で緩やかな音楽で、5曲はメヌエット、6曲は軽快で対位法的コントラプンクトな動きを見せるジークでお仕舞いになる。ここでいえることは、たとえば8分の6というリズムなど、3拍子が基本になり、2拍子系4拍子系と描き分けるところにパルティータの肝はある。
 マイナルディの音盤を再生する時には、一体、彼はどのようなテンポ速度で演奏するのかという期待が有った。つまり、さらっと流すのか、思い入れを表現するのか ? 特にこのニ短調は出だしが命、このテンポ設定が演奏の格を決定する。果たして、マイナルディはゆったりとした思い入れを克明に演奏した仕上がりを聞かせている。1954年4月録音14029 APM。オリジナル初期盤は情報が豊富で、演奏者の表情が見えるかの想いが約束されている。モノラルカートリジによるピックアップの確実性は、ステレオ用のカートリジとは別世界であり、立体的な感覚でしかも、長い時間の鑑賞があっという間に過ぎていくから・・・