千曲万来余話その669「暑中お見舞い、ジャッキーという花の命がドン・キホーテをかなでつつ・・・」

 夏の星空は天頂に白鳥座のデネブが浮かびその西に琴座のベガ織姫、その南下にわし座のアルタイル彦星という夏の大三角形が印象的、間を流れる天の川ミルキーウエイ銀河にこの白鳥の姿がうるわしい。東下にはアルファベトWの形したカシオペア。久遠の世界にロマンは、いやさかである。
 1954年3月ビキニ・マーシャル群島で水素爆弾爆発実験により第五福竜丸を始め諸島民は被爆した。1967年に廃船して記念館が残されている。漁港の事務所を訪問した作詞家星野哲郎「花はおそかった」を構想、作曲米山正夫。/こんな悲しい窓の中を雲は知らないんだ/どんなに空が晴れたって それが何になるんだ 大嫌いだ 白い雲なんて/ ・・・君の好きな 花は 花は 花はおそかった、バカヤロ! /歌手美樹克彦。あの日の事務所に殴り書きされていた、バカヤロ!を彼、星野哲郎はどうにかして伝えたかったという話を盤友人は深夜のラジオ番組で耳にしていた。夏・八月になると思い出すエピソードである。/君が好きだった クロッカスの花を/僕は探していたんだよ //年をとった盤友人は、最近になってつくづく花の美しさが沁みる。花は根も葉も茎も、花びらもある。その花を見て生命を思うのだ。ジャクリーヌ・デュ・プレそばかすの顔、とてもかわいらしい。彼女の演奏は、LPレコードを再生する時不滅の輝きを放つ。躍動感、色彩感、充実感三拍子揃って比類ない存在である。1968年4月6-7,9日ロンドンのアビーロードスタジオ録音。ニューフィルハーモニア管弦楽団、指揮者エイドリアン・ボールト卿。フィルハーモニア管弦楽団は1945年10月にビーチャム卿の指揮で旗揚げ、胴元は名プロデューサーのウォルター・レッグ、その彼はフルトヴェングラーやトスカニーニにオーケストラ・オブ・ロンドン指揮を依頼したり、カラヤン指揮でモノーラルレコーディングを活発に企画、オットー・クレンペラー指揮のLPレコードはEMIレーベルで、SAXナンバーのステレオ録音という多大なレコード芸術をもたらしている。ただ1964年財政的理由で組織放棄したのだった。本体は自主運営ニューフィルハーモニア管弦楽団として継続され1977年に再度フィルハーモニア・オーケストラ・オブ・ロンドンとしてリセットされている。
 デュ・プレ1945.1/26~1987.10/19の演奏会デビューは芳紀16歳1961年3月にさかのぼるが1973年秋来日するも演奏会は全部キャンセル帰国後発表された「多発性硬化症」により後の演奏活動は、かなわぬ夢と消えた。だからリヒャルト・シュトラウス1897年作曲98年3月ケルン初演「ドン・キホーテ」作品35は彼女の絶頂期ライヴ演奏となっているといえる。
 セルバンテス作の寓話はヨーロッパ精神のひとつ、愚劣な世の中を、正義と勇気と愛とでさすらう。理想を追い求め、冒険と貧しさの中にもその生涯の最期に、見えぬもの、存在せぬものに賭けた自分の生を、迷いであったと信じる。そしてそれこそ大切なことであり、シュトラウスが極めて美しく描いたのが「ドン・キホーテ」。序奏と主題、独奏チェロが昔の騎士道物語を読みふけり空想の中に入り込んでしまう。従者サンチョ・パンサはバスクラリネット、テノールテューバで示される。第1変奏では、愛馬ロシナンテにまたがり空想の貴婦人ドルシネアを救うために旅に出かける。風車を巨人と思い突撃して、第2変奏では、羊の大群は敵の軍隊であり、第3変奏は騎士道の価値談義、第4変奏では巡礼者達が運ぶマリア像を貴婦人と間違え、第5変奏では寝ずに彼女を思い続け、第6変奏では従者に田舎娘を貴婦人と思いこまされる。第7変奏では木馬にまたがり空中浮揚、第8変奏では船に飛び乗りたちまち転覆、第9変奏は2人の修道士を悪魔と思い違いファゴットの二重奏、第10変奏に至り友にうながされて帰郷する。フィナーレでは死の床にあるドン・キホーテが静かに過ぎ去った日々を回想する。夢かうつつか? ジャッキーの愛奏楽器ストラディバリウス、ダヴィドフは最良の夢をかなでつつ・・・