千曲万来余話その710「シューマン作品16ラロ―チャ盤と思い出と夢と・・・」

 とても素敵なテンポでしたね、と札幌の名教授高岡立子さんが教育文化会館小ホール演奏会の跳ねた後に楽屋でそのように伝えた時「あら、そういうことを言われたこと無いわよ」と「クライスレリアーナ」を弾いた高岡さんはつぶやいていまして彼女は札幌放送合唱団が委嘱する芸術祭参加作品柳田孝義、池辺晋一郎など昭和50年代後半に現役の作曲家が競ってピアノと混声合唱のための作品を創作したその時のピアニストが指揮者宍戸悟郎推挙する名教師高岡さんということだった。
 アリシア・デ・ラロ―チャのLP盤シューマンリサイタルを聴き終えて正に「高岡さんが弾いたテンポ」の「クライスレリアーナ」を味わうことが出来たのだった。1838年というからシューマン28歳にしてE・T・Aホフマンの別称「クライスラー」のことどもとする題名に由来する曲集。1834年には謝肉祭作品9、交響的練習曲作品13から子供の情景作品15さらに幻想曲ハ長調作品17など一連のピアノ独奏曲は、シューマンにとり内省的オイゼビウス、行動的フロレスタンという彼の二面性を包摂した音楽創作こそ「ダヴィッド同盟」とともにシューマン音楽の源泉である。
 ラロ―チヤ盤を再生してすぐに感じるのは、その左手最低音域の量感、タッチが柔らかくても深く、重みがあり分厚い倍音成分豊かなグランドピアノ独特のキャラクター。これは、ウエストミンスター盤スカルラッティのソナタ集クララ・ハスキル盤体験の原風景ともいうべき、ピアノ再生音の悦びであってこれは「好み」の世界であるから、好きな派と無関心派とに二分される。スピーカーの再生音でその低音域の鳴り方は「風」という表現がピタリな最低音、オーケストラでいうとコントラバスの量感ある最低音に魅力を感じない人には、馬の耳に念仏、というまでである。最近買い求めたアンドラーシュ・シフの参加したハーゲン四重奏団とのシューベルト「五重奏曲・鱒」でのピアニストA・シフが採用したピアノの音色も札幌キタラホール所有のグランドピアノ選定に関係したという音色に通底している。なお盤友人のオーディオ師匠K・Yさんは今年2週忌(三回・)に当たるのだが、晩年に「ラローチャ良いよう」と盛んに盤友人に語り掛けていた。ああ、彼はこのデッカサウンドの事を指摘していたということ、このラローチャ盤再生して沁みたのである。喜映さん今、判かりましたよ、遅すぎるリアクション、この春のお彼岸にそう思った。
 「クライスレリアーナ」の名盤は星の数ほど、つまり、LPレコードというものは、それを録音した時点で最良の演奏藝術の記録といえるから、レコードにはずれなし。レコード芸術というものは、素晴らしい演奏の記録をいうのであって、その遺産というものをいかに忠実に再生するのか?というテーマこそオーディオ派死ぬまでの課題、簡単にいうと、そのピークは再生手の一番最後にある! つまりどこまで行っても果てしがない。しがない道楽、死ぬまで楽しいのがオーディオだろうというのが盤友人の今の夢想である。
 どういうことか? というとLPレコードにはその盤ごとに、想い出はある。想すること思いを馳せることが即ち、マニアにとり「醍醐味」。その味を噛みしめること出来る音が即ち良い音なのである。生々しいといっても、養分が無い音には、味は無い。アスパラガス、トウモロコシ、ブロッコリーなど「朝採り」で新鮮な野菜には旬の味、養分を味わえるのでありLPレコードはシステムを限りなくグレードアップ積み重ねて行った時、その「旬」に出会えるという。札幌音蔵は真空管、抵抗、コンデンサーなどヨーロッパからも買い付けしていてメインアンプなども、ドイツ仕様に統一して製作していただけるから、この極楽を「ラローチャ盤」再生にしても感じるかな・・・嗚呼