千曲万来余話その711「交響詩ボヘミアの森と草原から、指揮カイルベルトの至芸…」

 クラシック音楽館のアーカイブから1961年の映像によりヨゼフ・カイルベルトを観る。彼は盤友人にとりリアルタイムの指揮者、カラヤンと同年生でこの録画は53歳当時NHK交響楽団の「第9」を上演したもの。こんなにも渾身の指揮振りには正直驚かされる。カラヤン指揮芸術とは一味異なるというか耽美的なアプローチを排して、質実剛健、実に精神性の気高さの象徴ともいうべき、端正な指揮姿である。決して、指揮台上で腰を振る姿とは無縁である。特筆すべきは、指揮というものが楽員に対する指示のみならず、時には演奏に合わせるアプローチの指揮法ということ。どういうことか、先入でたたき、しゃくい、その上でもってダウンビートの交互で、演奏に合わせるという瞬間が実に楽員との一体感を感じさせる素適な瞬間といえる。こんな映像を披露するEテレの価値は極めて高い。なぜなら今ではなかなかお目にかかることの少ない映像だからである。
 バンベルク交響楽団、盤友人は昭和43年5月札幌市民会館で岩城宏之指揮の演奏会に足を運んでいる。バンベルクというのはドイツでも選帝侯居住都市であった宗教上役割の有る古都である。その管弦楽団はドイツ・プラハフィルハーモニーを母体とした由緒あるオーケストラで、R・シュトラウスの交響詩ドンファンの管弦楽機能美、特にトライアングルやシンバル、グロッケンなどその音色を未だに忘れられない記憶鮮明な演奏会であった。カイルベルトさんは、フルートの後ろにファゴット、オーボエの後ろにはクラリネットという配置で、シューベルトの未完成交響曲、未完成でありながら実は完成していた交響曲、冒頭のオーボエとクラリネットで斉奏ユニゾンの一体感は、なるほど、と合点が行く配置である。
 先日LPレコードで1300円時代のキングレコードを引っ張り出して再生し、驚いてしまったものである。「ボヘミアの森と草原から」というのは「わが祖国」第4曲である。その冒頭で序奏が一端終わり、風が吹いて来る開始3分くらいの辺り、左側スピーカーから第1Vnが旋律を奏でる、その音域オクターブ下で第2Vnが応答して風が吹き抜けていく。この場面で明らかに廉価盤レコードでも、気づかされることは、右スピーカーで第2ヴァイオリンが受け渡される時間である。4月にはイースター復活祭、バッハの受難曲などでは、第1オーケストラと第2オーケストラが左右に分けられて演奏する。このバロック時代のオーケストラ配置が原型となり、第1と第2ヴァイオリンがセパレイトするヴァイオリン・ダブル・ウイング配置が歴史的に基盤となっていることは想像に難くない。
 キタラホールで南西ドイツ放送交響楽団を指揮した英国人ロジャー・ノリントン氏はコンサートがはねた後に楽屋前のロビーでサインを頂いた時、彼は「オールクラシックミュウジックイズ ダブルウイング、マストビー」確信を以て笑顔で応えていたこと、今や懐かしい。
 現在、ウィーンではニューイヤーでVn両翼配置を採用して時代は、作曲家を優先するという時代つまり第1と第2Vnを束ねる演奏は機能主義、演奏のハードルを下げた1960年代からのステレオ感覚という機能主義からの脱却、オーケストラの演奏技術が向上という時代背景で問われるのは指揮者の音楽観すなわち、作曲者の演奏効果を上げた配置を採用するか否かの時代といえる。ボヘミアの森と草原からはスメタナ1879年に作曲完成した愛する祖国チェコに対するオマージュ55歳の作品であり、その演奏効果はVnダブルウイングにあることはいうまでもない。
 音楽は音の芸術だから楽器配置は音楽要素にあたらないと考える指揮者は多数であるのだが、もはや両翼配置が最上の演奏配置であることは、無論のこと、時代の要請というまでだろう・・・