千曲万来余話その714「ベートーヴェン運命、追悼マイケル指揮した1983年盤…」
マイケル・ティルソン=トーマス1944.12/21ロスアンジェルス生~2026.4/22サンフランシスコ寂 さんの指揮した「運命」の演奏は覇気みなぎる力強い演奏、あれ? この開始の印象は誰かがやっていたなあ! そうだ、ルドルフ・ケンペ指揮したミュンヘン・フィルのレコードと同じ印象だ、などとか思いをめぐらす。「運命はかく扉を叩く」とは弟子シントラーの言葉として知られている。ウタタタター、ウタタタターという5小節でこの楽譜の手書きスケッチは4小節だけ。どういうことかというと、4と5小節目は同じ音をタイで連結、フェルマータを2、5小節目に置いている冒頭の楽譜は、ベートーヴェンによる謎かけというミステリー仕立ての楽譜であること普通は知らない事実だろう。専門家の解説、例えば高名な評論家は後者のフェルマータを1小節分長いものとする解釈でそのように理解していてジョージ・セル指揮したリハーサルでも彼は、楽員に対して1小節分長く弾くように! という演奏指示を口にしている。
録音盤でいうと、1913年ベルリン・フィルSP録音では現在の389小節目全休止は無くパウル・クレツキ指揮コンサートホール盤でも同様。ただし、1965年チェコ・フィル録音演奏では全休止を採用現在の流布している楽譜版演奏であり、諸井三郎先生解説1950年音楽友乃社名曲解説事典では501小節楽譜解説でも、翌年の同氏による全音楽譜社解説には502小節という第1楽章である。だから現在、501と502小節第1楽章両方の音楽を耳にすることが出来る。盤友人が389小節目の全休止、これはオリジナルではないと口にする時、決まって「音楽は、間が大事なんだよねえ」とか反論される。暗に、作曲者の書いた全休止というのである。その上で、フリッツ・ライナーやヘルベルト・フォン・カラヤンなどプレストとでも言えるテンポ演奏で389小節目全休止の効果を強調されるものだが、クレンペラー、フェレンツ・フリッチャイ指揮したゆったり目の快いアレグロ演奏では、その全休止の意味は、「間違いの間」という感覚でティルソン=トーマス指揮もそのようである。現段階で501小節の補強解説を付け加えると、123,124小節目は、2小節分の全休止であるからつまり、124小節のリピートを演奏して625小節の演奏は5小節1単位の作曲法、即ち楽章終止を25小節で構成しているこの第1楽章の謎は解決されるものである。
マイケル指揮により、リピート繰り返し実施は第1と第3さらに第4楽章でも採用されていて、第1楽章124と501、第2楽章247、第3楽章20と373、第4楽章86と443小節これらの数字を合計すると1794というもの。これは作品1というピアノ3重奏曲第1番変ホ長調草稿初演の西暦年と同じものである。この思考法は第2番ニ長調交響曲の第1楽章小節数が360だとか第3番変ホ長調英雄の作品55という数字のベートーヴェン式思考方法で第9番の作品番号125とかの関連性から思いを巡らすと、実に愉快極まりない。5かける5は25、それに5を掛けると125になるし更に5かけて625。ピアノ奏鳴曲第32番ハ短調は作品111だし、作品10の1というピアノ奏鳴曲第5番はハ短調で第6番奏鳴曲はへ長調。田園交響曲はヘ長調という。ここで指揮者故山田一雄さんは、へ、長調と力をこめられて口にするから盤友人としては笑いをこらえるものである。
マイケル81歳と盤友人73歳は2024年にSNSで交流して1990年のモーツァルト鎮魂曲に盤友人はコーラスメンバーPMF教育国際音楽祭に参加経験を伝えていた。バーンスタインのチチェスター詩編をヘブライ語で歌いもちろん、レクイエムはラテン語、ベートーヴェンの第9ではドイツ語というとても楽しい経験から彼とのコミュニケイションは楽しい認識、何時の日かの再会を約束だった。その彼の訃報に接し、今や盤友人としてはあの世での再会を楽しみにしている・・・