千曲盤来余話その58「バッハ作品番号1005」

ヴァイオリンの裏板が鳴るとはどういうことですか?
と聞かれたことがある。これは、普通の疑問であって特別ではない。
楽器を構える姿勢について考えると、よく分かる話であるはずだ。ヴァイオリンという楽器は、音域によって表板と裏板の両方を交替で響かせている。高音域は表で低音域は裏をという風にそのスイッチは、マジカルミステリーである。そこに芸術上の魅力がある。
他の弦楽器とは根本が異なっているのだから、作曲家がそこに目を付けないはずがない。
ヨハン・セヴァスティアン・バッハはそこの答えを用意していた。
バッハ作品番号の1001から1006までの無伴奏ソナタとパルティータ六曲の第五番ハ長調がそれである。
1960年録音された、アルテュール・グリュミオーのステレオ録音は、鮮烈だ。
第一楽章は、表板と、裏板を存分に鳴らし切っている。
これ見よがしに響かせているので、胸のすく演奏になっている。
同じ頃録音された、ヨゼフ・シゲティの演奏を聴くとき、感想は少し異なる。
シゲティは、楽器を響かせるよりは、旋律線の隈取りを克明に弾き分けている。
味わい深いチーズを口にしたような感覚がある。彼の音楽性は彼の時代の象徴である。
ブルーノ・ワルターやハンス・クナッパーツブッシュという指揮者の音楽が鳴り響いていた。グリュミオーの音楽は、彼らよりかは、カラヤン、バーンスタインのスタイルに近い。
1954年3月録音の、ヨハンナ・マルツィを聴いた。
思慮深い音楽である。最初、テンションはかなり、控え目と言っていい。驚いてしまう。師匠のカール・フレッシュの影響を感じさせる。
音楽の設計が大変立派で、ギアチェンジがマニュアル仕様だ。サード、セカンドとチェインジが確実なシフトであってトップに入ると全開である。偉大な芸術といえよう。