千曲万来余話その424~「モーツァルト、ピアノとVnのためのソナタ変ホ長調の名演奏」

 今年の母の日は、五月十三日だった。赤いカーネーションは女性の愛、感動、感覚、純粋な愛情といったものが花言葉。サイトウォッチャーの皆さんにも、贈った人贈られた人と様々のことだろう。
 前回ジュピター動機モチーフの指摘に対して、知人のKHさんからすかさずレスポンスを頂くことになり、ありがたかった。他の皆様もぜひクリケットレコード宛にでも送られるとありがたい。
 K16交響曲第一番第1第2楽章、K319交響曲第33番変ロ長調第1楽章、K481ヴァイオリンソナタ第41番第1楽章、他にもディベルティメント、ミサブレヴィスなどなどを指摘。音楽は今まで聴いていたのだけれど、気づかずにスルーしていて、改めて聞くとなるほどと、膝を打つことになる。ここでは特にK481について取り上げたい。
 1974年録音によるラド・ルプー、シモン・ゴールドベルクによる演奏。タイトルは、ヴァイオリンソナタでもピアノとVnのためにという言葉で、ピアノが先に来ていることに気を付けたい。ここでも、ルプー1945.11/30ルーマニア生まれの演奏は冴えていて、霊感インスピレーション豊かで、情熱的なものに仕上がっている。ピアノのリリシストと評価されたピアニスト、ブカレストとモスクワ音楽院を卒業して1969年11月ロンドンデビューを果たしている。シモン・ゴールドベルク1909.6/1ポーランド生まれ~1993.7/19富山市没、16歳でドレスデン・フィルのコンサートマスター、20歳でフルトヴェングラー推挙によりベルリン・フィルのコンサートマスターの席に就任。1945年ジャワで日本軍に捕らわれるもアメリカに帰化、その後日本でも桐朋学園で教授、新日本フィルで指揮につくなど活躍していて、パートナー山根美代子さんとの1992年ライヴ新潟録音を残している。その演奏は音楽の使徒ともいうべき厳格な音楽性を発揮、特にモーツァルト演奏には高い評価を得ている。
 ソナタ形式は、提示部展開部再現部終結部という基本があり、ジュピター動機モチーフは提示部の後、展開部との橋渡しでしっかりと聴くことが出来る。ドーレーファーミーというのがヴァイオリンでもって演奏される。1785年作曲、ハイドンセット弦楽四重奏曲など29歳の作品で魅力満載の音楽だ。あたかもヴァイオリン協奏曲とも云える華麗な音楽を展開し、そのピアノの音楽も色彩的、劇的で説得力がある。ルプーの演奏はその意味でも魅力的で、確固とした主張を展開している。当時29歳というのも作曲家その人M氏が乗り移っているかのよう。トランスポートされた雰囲気もありインスピレーション豊かと云える。ゴールドベルクはその当時65歳、円熟の境地の記録。彼は16歳、20歳でコンサートマスター就任という経歴からして天才ぶりは事実、その精神的な重圧、激職に鍛えられたに相違ない。ベルリン・フィルという超一流のオーケストラでの経験は、余人のうかがい知れない音楽経験の人生であったろうと想像される。
 モーツァルトの音楽とは何か?さまざまな答えはそうだろうけれど、一言でいうと、ピュア、ではなかろうかと盤友人は考えている。インノセンス純粋無垢というものとは少し異なり、シンプル、とも少し異なる。どういうことかというと、輝き放つ星屑のごとく、永遠性を有しているといえるのだろうか?すなわち、彼の音楽は不滅であり、ということは、存在であらずして、経験、再生するその時間こそ永遠を共有する時間といえる。だから、混じりけの無い、無二の経験こそモーツァルトなのだろう。そのようなことをいうと、たとえば、K231カノンの題名についてのようなことをいう人もいるには、いるのだけれど・・・