千曲万来余話その543~「ベートーヴェン弦楽四重奏曲第15番カペー四重奏団SP復刻盤再生という快楽・・・」

 4月20日桜前線は松前に到着した。札幌には26日と予想されている。平年より10日ほど早いとのことだ。
 ミクロンとは百万分の1メートルで、0.5ミクロンがウィールスの大きさを表している。一般用マスクの網の目は500ミクロンほどだから、千倍ほどの隙間といえるのだろう。米国大統領、自分は検査して陰性だったからウィールス拡散しないんだと発言していたのは3月のことだった。あれから世間では安心を求めてマスクは必需品となっているのだが、その役目をはき違えないことを忘れてはいけないだろう。安心、というものは人の心であってその認識の危険性は承知しておいた方が良いのだ。
 弦楽四重奏を蓄音機で聴くのは最高の快楽だ!とは稲垣足穂(たるほ)の言葉で、フランスのカペー四重奏団は1930年に78回転式SP録音でベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132を記録している。多分文士稲垣も、これを聴いての話ではなかっただろうか?すごい演奏であり、演奏の熱気が記録されていてLPレコード鑑賞可能だから、当時の感覚はそのまま体験できる。
 第15番は第12番の次に作曲されていて、1825年作曲だから亡くなる二年前の作品で全5楽章。続く第13番は6楽章、第14番は7楽章。第16番は4楽章になっている。ちなみに「大フーガ」作品133というのは1825年秋、ウィーンのルドルフ大公に献呈、第13番の終楽章に構想されるも、独立単一楽章作品として扱われている。
 イ短調作品132、第一楽章はアッサイ、ソステヌート(各音符を充分保持して)、アレグロ(快速に)、第2楽章アレグロ、マ ノン タント(快速で、しかし余りではなく)、第3楽章モルト アダージョ(きわめて、幅広く遅く、くつろいで)第4楽章アラ マルチャ(行進曲風に) アッサイ ヴィヴァーチェ(充分に快活で)第5楽章アレグロ アパッショナート(快速に 熱情的で) ここで4~5楽章は続けて演奏されるから、聴いていて第3楽章は緩徐楽章でおだやか、次に快速な演奏の楽章が展開して全4楽章の感覚は生きている。おだやかな音楽は「感謝の歌」ともされていてリディア旋法によるもの。中世教会音楽では第5旋法、古代ギリシャ旋法、支配音は「ハ」cの音で、終止音は「へ」fになる。
 B氏は、ここの冒頭「リディア旋法による、病から回復した者の神に対する聖なる感謝の歌」と記しているという。演奏時間16分ほど、全5楽章で40分ほどの中間に位置するからたっぷりした印象を与える。瀕死の瀬戸際から作曲を遂行して成立させる喜びは如何ほどだったことだろう。「なぜに、ベートーヴェン?」 かというと、彼の人生は、苦悩する中から獲得する歓喜というものがあり、その精神世界はまさに哲学、宗教を超えて、音楽の愉悦だろう。終楽章に充満する歓喜の演奏は、カペー四重奏団の展開する世界なのだけれど、まさに、B氏55歳で到達した孤高の境地。
 ルシアン・カペーが主宰するアンサンブル、第二Vnはモーリス・エウィット、アルトはアンリ・ブノア、チェロはカミーユ・ドゥロベーユ。1893年カペーは20歳で創立、57歳時の演奏録音になる。
 第2Vn、アルト、チェロ、第1Vnへと演奏は展開したり、アルト、第2Vn、第1Vn、チェロへと旋律が受け渡される音楽を聴いていると、楽器の配置はジャケット写真の如くに中央がチェロアルトというVn両翼配置なのが理解されるだろう。すなわち、モノーラル録音であっても演奏する音楽は楽器配置がそのような前提で作曲されていることを認識するのが自然というもの。単純に左右が高い音から低い音へ整列するというのは伝統破壊に他ならないことだろう。作曲者の御前では・・・・・ということだ