千曲万来余話その709「サンサーンス第1Vn奏鳴曲の名技性とハイフェッツと…」

 シャルル・カミユ・サン=サーンスは1835.10/9パリに生れ、父親はノルマンディ地方の農家出身といわれる。バッハやベートーヴェンではなく「自分は芸術を尊敬する」とする至言をのこす。彼一流のエスプリを利かせている。常識の対象としてそのようではあるのだが、そこに、わさび味というか彼らの芸術に敬意を働かせるすなわち、截然、距離感の上で自分の居場所を確保しているという訳だろう。作曲家に対するより、芸術に対する尊敬というものはサンサーンスの確かな感性といえる。その客観性こそサンサーンス音楽の所以であり、作曲行為を越えてその時間的ストラクチュアに価値を認めている。彼が1861年ピアノ教授を務めていた当時、ガブリエル・フォーレがその門弟で居たという事実はフランス音楽の時系列として重要である。1921.12/16アルジェにて客死。
ヤッシャ・ハイフェッツ1901.2/2(リトアニア)ヴィルナ生れ~1987.12/10ロスアンジェルス没その姓名由来は「宝石」。レオポルト・アウアーの教えを受け1934年にはグラズノフの協奏曲を始め大曲のSP録音を果たしている。NBC-8Hスタジオにてトスカニーニ指揮したベートーヴェンの協奏曲は両巨匠ともプレイバック一度でオーケーを出したという。完全な技巧を駆使した演奏で、20世紀最高のヴァイオリニストといわれる。録音盤は「カンヅメ」ともいわれるほど、見下される存在ではあるだろう。だがしかし、LPアナログレコードの愛好家にとり、たいへん貴重な宝物である。なぜなら、ハイフィデリティ、高度忠実性というコンセプトを正しく追求した暁には、録音した時間の高度で忠実な再生こそ、楽興のひと時、音楽の歓びはそこに有る。
 ジャケット写真で1967年当時、ヴァイオリンの写真で糸巻きを見ると、ああ、グァルネリウス製作のものではないか ?とかよろこびの前、予兆を愉しむことになる。楽曲自体第1と第2曲ともそれぞれ急、緩、急という3部構成であり、耳にした印象は、その構造の客体的華麗、作曲の見栄えがするともいえる構築性の勝利である。客観、冷静、完璧、にこりともしないハイフェッツの演奏スタイルこそ、彼の芸術の神髄というか、余人の追随を許さない完全主義の結晶である。とここまでいうとすでにお気づきの向きもあろうか、クール、クール、クールという言葉の正確な意味するエッセンスである。もしかすると、世阿弥のいう「離見の見」とする能役者シテ究極の境地、音楽に熱中することなく演奏する姿、シェークスピアと同じころの能楽で、既に語られていることは興味深い。
 ブルックス・スミスの演奏するピアノを再生すると明らかに、左手音域の重厚感はたまらなく魅力的である。左手の小指にて打鍵される最低音を、力込めずに量感が確かめられると、それはもうグランドピアノを耳にする喜びそのものである。ジャケット写真によると、蓋は小開、そうすると低音域の音圧は見事に力感を発揮する。と同時にそれはピアニストがコントロールしていることによる濁りの無い明快なぺダリングの操作性による。このピアニズムこそ、ピアニストの系譜としては「ジェラルド・ムーア」という英国に高名な演奏家がいる。日本でいうと盤友人にとりレコード収集では高名なアーティスト「小林道夫」さん、そこでこのブルックス・スミスはそのハイフェッツ選り抜きのピアニストといえる。あの楽器で、側板の曲線を静かに確認すると「ベーゼンドルファー」かもしれない。
 平成6年から令和8年に至る32年間、オイロダインの環境は変わり、アンプの高性能3極出力管シングルタイプは、耳にする人に「倖せ」をもたらせてくれる。この「オーディオの悦び」こそ人生にとり必要十分な世界といえるかもし…