千曲万来余話その717「バッハ音楽の捧げ物BWV1079、室内楽の醍醐味…」

立秋を過ぎると此方では、道端のすすきの穂に季節の移り替りを教えられる。今年の7月には紫陽花の色鮮やかに目を奪われるも、太平洋教育音楽祭PMFでは、ウィーン・フィルハーモニーコンサートマスター、ヤーメン・サーディ氏のショスタコーヴィチVn協奏曲1番イ短調作品77で披露されたクライスラー譲りのストラッド1734年製ロードアンハースト楽器の魅力を遺憾なく発揮、カデンツァにおける確固たる楽曲解釈の確かさは画期的な演奏を披露、指揮していたライアン・バンクロフトとの演奏に弾み在る躍動的な音楽には、歴史に刻まれるほどの高みに、苫小牧や札幌の聴衆に深い感銘を与えていた。苫小牧の1200人収容するアートキューブ館は優れた音響を誇るホールである。
公開セミナーではホルンのロスアンゼルス・フィル首席のアンドリュー・べインは、R・シュトラウスの協奏曲1番第1楽章、旋律を朗々と声で歌い出すというアカデミー生にとり予想外の指導に必死に食らいつくなど、聴きものだった。シカゴ響首席Cbアレクサンダー・ハンナは、ドボルザーク弦楽五重奏曲ト長調作品77、彼は演奏する時に音のキャラクター性格、カラー音色、フィーング感性という3つの意識を自覚する指導を実践していた。演奏する際にはきちんとイメージを持ち辿り着く方向を意識する指導には長年の演奏経験蓄積から来る説得力のあるセミナーであった。つまりこの僅かひと月足らずの期間でも、ヨーロッパグループとアメリカグルーブ教授陣による指導は、札幌の市民にとっても音楽的に貴重な経験となったことは、このPMF教育音楽祭の実力であろう。
なお7月27日GARAコンサートでルカ・赤枝・サンテソンによる開幕オルガン演奏、バッハ曲パッサカリアc-moll BWV582はそのすそのから頂きの高みに至る緊張感の醸成に成功した演奏は、あたかもPMFの成功を象徴したかのような名演奏だった。Vn独奏吉本梨乃はストラッド1736年製ムンツ、華やかなホールに満たされた音響は彼女のテンペラメントを遺憾なく発揮、ベートーヴェンの協奏曲ニ長調を豊かな幸福感を以て演奏、オーケストラのアカデミー生にも感銘を与えていたことは特筆に値する。指揮者デイヴィド・ロバートソンはその熱量を全開した覇気のあるプロコフィエフの5番交響曲変ロ長調作品100。ブルックナーも5番はB dur変ロ長調、彼はコラール交響曲とあだ名された作品で、ベートーヴェンの最後のコラールというあだ名を想起させるもBをイメージさせる勝利の音楽である。なおプロコフィエフの終楽章にはチャイコフスキー5番の前の作品マンフレッドの顔が、垣間見られたのは、その演奏の確かさを表明していたかもしれない。
2025年のホーネック指揮したマーラー5番の交響曲では弦楽配置はヴァイオリン左右展開の古典配置であった。今年のロバートソンはヴァイオリンを束ねた配置である。その違いは、弦楽の配置という演奏の展開する緊張感の相違に有るだろう。
ジャン・ピエール・ランパルFlと対称の配置でアイザック・スターンVnは応答演奏、チェロ奏者レスラー・パルナスのチェロはフルートの奥に位置、ハープシコードのジョン・スティールリッターはスターンの奥に配置された。1982年頃演奏録音のトリオソナタc-moll BWV1079という1747年ころ作曲されたヨハン・セヴァスティアン・バッハの室内楽でも、この古典配置は現代に蘇っているヴァイオリン左右配置の原型である。第1楽章ラルゴ、ゆったりと幅広く歌うように演奏、場所として下手側チェロと上手側ハープシコードの通奏低音、その前面にフルートとヴァイオリンの展開、これすなわち、第1と第2Vnの音楽的対話とする最近の両翼配置の確かな、音楽にそのバッハ以来の伝統に感謝する・・・