千曲万来余話その672「ブラームス、音楽の有りようVnソナタ3番・・・」

 秋日、ヴァイオリンリサイタルで若手の演奏家鶴野紘之(永峰高志さんにも師事)によるフォーレとブラームスの奏鳴曲を鑑賞、演奏の若々しさもさることながら、音楽を聴くことにより力もらうことのできる喜びを味わっている。演奏者による成功した音楽演奏は、作曲家の世界へと誘い、日頃のやるせない環境の中で、唯一実人生の有難味を思わせてくれる貴重な時間である。
 先日はB氏のピアノ協奏曲2番をドイツ人ピアニストの名手オピッツによる演奏を愉しんだばかりである。彼のアプローチは、札幌文化交流施設hitaruというオペラ・ホールにて、大容量の空間に対して、音量で太刀打ちするにあらず、極めて克明なタッチ、明晰な解釈、安定感に満ちた演奏スタイルであのピアノ独奏付き交響曲のような音楽を披露していた。指揮者と札幌のオーケストラの一体感はいうまでもなく、指揮者の音楽観に応えていたオピッツの演奏技術は、現在最高度のブラームス解釈の結論なのだろう。オーケトラの独奏チェリストに近寄り万雷の拍手に対して喜びを分かち合っていた場面は印象的である。交響楽団と音楽監督の絆の深化は、実り豊かな晩秋のひと時にいかにも相応しいのであった。
 ヴァイオリンソナタ3番ニ短調は1888年完成、初演者はフバーイ、ブダペストにて行われた。楽想はシンプル、しかも交響的な音楽で明らかにピアノは誘導的に進行しながらも独奏ヴァイオリンの歌は、主人公の役割を果たしている。1983年のレコーディング、独奏はアンネ-ゾフィー ムター、ピアニストはアレクシス・ワイセンベルクという異色のコラボレイション。二人の共通項は指揮者カラヤン先生(1908~1989)の独奏者としてコンチェルトを記録していることである。ワイセンベルク1929.7/26ソフィア生まれ~2012.1/8ルガーノ没が54歳の時のレコード。くしくもこのソナタはブラームス55歳の作曲になる。
 ワイセンベルクはその30歳頃にクララ・ハスキル独奏によるベートーヴェン協奏曲3番の演奏に接して彼女宛に親書を託したというエピソード、ハスキルの伝記本に記載されている。ブルガリア出身の彼がルーマニア出身の彼女に最大讃辞を贈っていたのだそうである。ここで、国籍にこだわることなく青年ピアニストが、クララ・ハスキルに対してその芸術を高く評価していたというまでである。ワイセンベルクのデスク・デビューはもしかしたらスクロヴァチェフスキー指揮によるショパンの協奏曲1番だったかもしれない。そのすぐ後には、カラヤン指揮でチャイコフスキー、ベートーヴェン、ラフマニノフ、そしてカルロ・マリア ジュリーニ指揮によるブラームスの1番など大曲が目白押し、70年大阪万国博では、岩城宏之指揮、NHK交響楽団で2番のピアノ協奏曲を披露、盤友人はリアルタイムFM放送で視聴していて、特に第3楽章の独奏チェリスト徳永謙一郎さんによる光り輝く音色を忘れられない。なにも独奏ピアニストと関係ないではないかといわれる向きもあろうが、徳永さんの名演は、ワイセンベルクとの化学反応によるものだというまでである。音楽とは不思議なもので、舞台の上に座っている楽団員は大抵のことでは驚かない猛者連中、天才的な独奏者が披露する名演奏は、圧倒的な説得力を持って王権に服させるものである。
 ソナタの第2楽章は、ピアノのメーカーによる音色と言うか、音楽性の分かれるところである。すなわち、スタインウエイ&サンズでは、いかんせん、高い音域に向かって倍音が匂うがごとくであり、ところがブラームスによるピアノの音域は明らかに低音域の勝負にかかっている。だから、ムターの独奏をピアノの音楽は支え切れていないところが明らかになる。今日、札幌旭ケ丘のギャラリーで聴いた音色は実にまろやかな晩秋に相応しい音色を披露。ピアニスト渡部美蕗watanabe mibuki・・・