🎼 千曲盤来余話 by盤友人

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  シーメンス社製フィールド型オイロダインと出会い、23年が経過した。ようやくシステムに見合うステレオ録音、ベートーヴェン交響曲全集を再生できた気がする。サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のレコードをキング・インターナショナルがリリース。弦楽器古典配置による2015年10月ライヴ録音。 
 それ以前は、タンノイ社製オートグラフ、モニター・ゴールドユニット入りオリジナル・エンクロージャーを使用していた。どこが違うのかというと、それは箱全体を鳴らす思想で、オイロダインは後面開放型で使用されていて、元々はシアタータイプ、ユニットから楽器の倍音を聴かせるという発想による。ステレオ録音によると、定位ローカリゼイション、楽器を拾い採るマイクロフォンでステージ上の位置感覚を、再生するという思想である。左スピーカー、中央、そして右スピーカーという音場感を醸成するから、作曲家のイメージする楽器配置を体感することになるのである。 
  ステレオ録音初期には、左チャンネルから高音域、そして右チャンネルへ低音域と展開するものが前提となり、そのようにオーケストラの楽器配置は設定され、そのように再生を目指していたのである。ところが時代は進み、1945年を境としてドイツ式古典配置はタブー視、忌避されて管弦楽の全体配置は解体され、その上で演奏が展開していて有体に言うと、左からヴァイオリン、右からはコントラバスという配置が前提とされてオーケストラ・シーンは展開していたのであるが、ここに来て、その封印は解かれたLPレコードが流通され出したのだ。それがベルリン・フィルによるB 氏交響曲全集。つまり、作曲家が前提とした楽器配置による音楽が再生される時代が到来したといえる。それこそ革命的なことなのである。 
 そのレコード全集から、4、5、6番を聴いた。第四番で音楽の開始、高音域弦楽器のピッチカートと同時、少し早くにコントラバスの低音域が立ち上がる、この瞬間にゾクゾクさせられてしまう。それは、左スピーカー、第一ヴァイオリンの奥に、バスが配置されているからこその効果である。その上で、右スピーカーでは、第二ヴァイオリン、アルト=ヴィオラの演奏が定位する。こう聞こえる前提でB氏は作曲に腕をふるい、演奏者はそれを提供するという図式が成り立ったのだ。
 木管楽器奏者たちは、みな、耳が良くて腕達者ぞろい、弦楽器奏者の音楽に合わせて吹奏し、フルートやクラリネットの合わせも音程がピタリで、バランスも最適、絶妙の演奏を披露している。 ティンパニーの刺激的なクレッシェンドを的確に再生するとあの音質は、ライナー・ゼーガース氏によるものなのか?という気になる。彼は、七月に札幌キタラホールに登場して、そのヨハン・シュトラウスを思わせる風貌を見せてくれていたのである。PMF国際教育音楽祭で、若者たちの中に混じり、ベルリオーズ、序曲海賊を暗譜で演奏していて、抜群の存在感を発揮していたものだった。レコードでは、第五交響曲もかくやと思わせているし、それはハイドン古典派音楽的構成感を表現し、オイロダインは、田園交響曲をロマン派の音楽的解釈、第二楽章で弦楽器が弱音器を使用した演奏を、そのように再生する。まさにベルリン・フィルハーモニーの演奏を得て、初めて体感する世界である。ベートーヴェン本来の楽器配置は採用され、再生されることになったというのは、極上、否、管楽器配置もそれを追求されることにより実現されるものなのであろう。

音楽は、もはや不必要な芸術ではないか?というショッキングな評論を手に取ったのは、昭和44年、盤友人が高校生で東京修学旅行の折に御茶ノ水で購入した一冊、芸術現代論、劇作家山崎正和の一文だった。 
  これは、現代の作品、コンテンポラリー音楽に対する批評であって、何も、音楽に対するのではなく、現代音楽に対する辛辣な一言である。たしかに、近代音楽のシェーンベルグらによる、十二音音楽の展開は、調性の不採用であって、音楽は袋小路に入った印象を否定することはむつかしい。その後に、アメリカでは、ジョン・ケージが現れて、<四分三十三秒>というピアニストが楽器を前にして、何も弾かない<作品>を発表し、盤友人はそれをTV番組、題名のない音楽会で視聴した。司会は、作曲家黛敏郎。作品の趣旨は、ピアニストが楽器を前にした時、聞こえるあらゆるものが音楽である、ということだった。摂氏-273.15度、華氏零度という数値と奇妙にも一致するのだが、さもありなん、これは音楽に対する概念の改革であって、音楽観の再構築と言い換えることが出来るだろう。これを音楽の袋小路ということは、あながち、誤りともいえないであろう。行きつくところまで、到達したといえるであろう。ただし、再生の可能性は折り返しなのだから、無くなったわけではあるまい。だから、音楽はもはや、不必要な芸術ではないかという警句は、必要な評論ともいえる。逆説なのであって、コンテンポラリー同世代音楽作曲家の宿命を言い得て、妙である。奇妙ではないということだ。   
 フランス・バロック音楽の精華、ラモー作曲の鍵盤楽器作品をマルセル・メイエルの<演奏>で聴くというか、ディスコフィル・フランセDF98-99で再生する。 
 システムは、アンプが、V69からPX4へ移行し、モノーラルカートリッジをオルトフォンAタイプ針圧8グラムのものにとグレードアップを図った。四月には、スピーカー・オイロダインの調整を済ませていて、劇的なシステム・アップを経験したことになる。その上で、カートリッジの本命ともいえる黒ツノの入手であった。相乗効果は、モノーラルLPレコードの再生で、不足がなくなったことである。スピーカー、オイロダインは2ウエイだから、目の前にドライバーとウーファーの二対が存在しながら、それを意識させない音像の広がり感である。メイエルの弾くスタインウエイを録音技師アンドレ・シャルランは拾い採り。ピックアップ、針を下すと黒ツノは作動して、鮮明かつ圧力感、実態のある演奏が再生される。ラモー1683-1764作曲、鍵盤音楽のための曲集、グランドピアノで弾かれた極上の音楽は、それがオリジナルがクラブサン、チェンバロのためのものであったにせよ、メイエルは、なんの外連味もない演奏で披露する。両面で六十分、たっぷり二枚で、聴いていて時間を忘れるほどの名演奏名録音ディスク。時間の芸術、記録音楽を再生する喜びの有頂天を経験する。  
 ディスクの価格は、フランス料理フルコースともいえるほどゼロ四個円、その前に数字が来るのだがそれ位の価値はあるというもので、室温29度、湿度48パーセント、満月前夜の晴天、最高のコンディション、今、台風五号は近畿地方を北東に進行していて・・・・・

ニュースでは最高気温が37度を超えるなど、連日の猛暑を伝えている。 
 お盆を迎えて交通渋滞の予報すら伝えられるこの頃、いかにもつらい毎日、反面、家族の再会など明るい話題にかかない夏休み時でもある。そんな中、お盆に考えてみた。  
 無人島に持っていく一枚のレコード、確か、グレン・グールドはシベリウス交響曲第五番、カラヤン指揮するベルリン・フィルを挙げていたのを記憶している。だいたい、無人島でレコードを聴けるかどうか疑問ではあるのだが、ソーラーパネル発電の発達など、今や、不可能なことではないのだろう。それこそ無粋な話で、無人島でレコードを聴くとしたら?というまでである。そこで、お盆を迎えた八月での一枚はハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮した北ドイツ放送交響楽団ハンブルク、1968年10月28日ライヴ録音、ブルックナー交響曲第七番にしようと思う。 
 ある知人など、開始の曲想は旅行に出るために乗り込んで飛行機が、離陸する時の音楽にふさわしいと語っていたことがある。ホ長調、ハース版使用とある。ノヴァーク版と違うのはクライマックスの構築で使用する打楽器が一部異なり原典版に近いといわれるもの。  
 第二楽章アダージオ、とても荘厳に、そしてとてもゆっくりと、嬰ハ短調4/4拍子  
 ここで、音楽は悲しみを湛えた葬送の音楽ともいうべき逝ける人を追悼するものになっている。シューベルトは尊敬したベートーヴェンを追慕して、即興曲作品142をものしていると考えられるのだが、ブルックナーはこれを作曲当時、ワーグナーの訃報を受けとっていた。ワーグナーチューバという吹奏低音楽器のアンサンブルをお仕舞いに付け加えて、大編成オーケストラ曲をさらに拡大する後期ロマン派の特色をいかんなく発揮している。二十分超える楽章のクライマックスに悲痛な楽想を展開して、追悼の音楽を完成している。  
 1945年10月、シュミット=イッセルシュテット氏が45歳で新しいオーケストラ、NDR交響楽団ハンブルクを組織して最初のコンサートを開催、彼は戦後、新しい時代をきり拓く期待された指揮者であった。紹介された写真によると、弦楽器配置では、ヴァイオリンとチェロを両翼に展開するタイプ、二十世紀主流となった第一と第二ヴァイオリンを束ねたもの。これは、戦前のドイツ音楽を封印したもので、歴史的展開として理解できるもので、それがステレオ・ライヴ録音としてLPレコードがリリースされた。コピーライト2017年とある。販売元、株・キングインターナショナル。演奏の特色は、輝かしくなおかつ重厚な弦楽器の音色、軽快なブラスアンサンブルの演奏・・・
 これは、指揮者と管弦楽団が一体となった記録として貴重、稀有な一枚である。当然の結果というより、苦難、二十年余りの歴史を克服した勝利のレコードといえるだろう。1967年1月7日には、先達の指揮者カール・シューリヒトの訃報がある。直接の関連性を証明するものはもちろん無いのだが、86歳の天寿を全うした指揮者へ追悼する演奏として、その想いはひしひしと伝わってくる記録にほかならない。お盆、無人島で聴く一枚、極上のレコードといわずして、憚らないものである。オイロダインを聞いてみたい、果たさずして初盆を迎えた同い年のFさんの無念を思う・・・・・

音楽は、時間の芸術、その歴史的変遷を正確に受け止めることは必要であるばかりでなく、いっそう愉しむ態度でもある。詳しくではなく、正しくということは、大まかな理解が第一歩だ。
現代音楽というのは、正確に言うと、コンテンポラリー、同世代の音楽。それ以前をモダン、いわゆる近代音楽になる。二十世紀を境として、その近くに印象主義という絵画の世界に連動した音楽があり、その前が後期ロマン派、それをさかのぼると、ロマン派、そして古典主義いわゆるクラシックという音楽がある。ざっくり、それ以前に十六~十七世紀のバロック音楽があり、さらにさかのぼると、ルネッサンス期十四~十六、文芸復興の音楽へとつらなる。
  
 ラッソ、モンテヴェルディ(ルネッサンス期の音楽) 
 スカルラッティ伊ヴィヴァルディ伊ラモー仏バッハ独ヘンデル独 -英(バロック音楽) 
 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(古典派音楽) 
 シューベルト、シューマン、ショパン、リスト、メンデルスゾーン、ワーグナー、     
 ブラームス、チャイコフスキー、ドボルジャーク(ロマン派音楽) 
 スメタナ、コダーイ、バルトーク、シベリウス(国民派音楽) 
 ブルックナー、マーラー、リヒルト・シュトラウス(後期ロマン派音楽) 
 ドビュッスィー、ラヴェル、ファリャ(印象派音楽) 
 ストラヴィンスキー、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルン、サティー、 ミヨー、 
 プロコフィエフ、ハチャトウリアン、ショスターコーヴィチ、バーバー(近代音楽) 
 メスィアン仏ブーレーズ仏ケージ米、武満徹ユン・イサン韓タンドゥン中(現代音楽) 

 ヨハンナ・マルツィ(1924.10.26ティミショアラ、ルーマニア~1979.8.13チューリヒ、スイス)。イェネー・フバーイ門下、リスト音楽院出身、ヴィヴラートに特徴があり生命力のある演奏が特色で、1947年には、ジュネーブ国際コンクールで最高位、1位なしの第二位を獲得。 
 EMI、DGなどにモノーラル録音、レコードを多数残している。 ピアニスト、ジャン・アントニエッティとの演奏で、ラヴェル作曲ガブリエル・フォーレによる子守歌、ハバネラ形式による小品、ダリウス・ミヨー作曲イパネマ、これは、バーバリズム野蛮主義ともいえるリズムに特徴のある音楽、ファリア作曲スペイン舞曲、そしてカロル・シマノフスキー作曲、小夜曲とタランテラ作品28-1、2静かな音楽と律動的な音楽を対比的に演奏する。両面で30分ほどの演奏時間で、なぜか良い録音のモノーラル盤。
 ヴァイオリンの音色が、古典派とロマン派音楽の後にくる近代音楽において、その可能性が色彩的に拡大されて、湿り気のある輝きというか、夜色に光るヴァイオリンの輝き、ヴィオロンの・・・という感覚がぴったりしている。それもそのはず、ジャン・アントニエッティのピアノが、深くて、渋くて、量感たっぷりの落ち着いた音楽、ミヨーの骨太のリズムも、決して、違和感のない音楽に仕上がっている。マルツィの音楽の一面を語るにふさわしい1枚。

愛は悲なり、とは大学生の時に出会った言葉で、慈愛、慈悲ともにいつくしむ心というほどの意味。 ガブリエル・フォーレの一音を耳にした時、学生時分の当時にタイムスリップする。これは、正に音楽による洗礼である。   
 人は、悲しみが多いほど、人には、優しくなれるものだから・・・はやり歌にあるがごとく、エレジー悲歌、哀歌の音楽に出会うのは、悲しみの共有であり、演奏家に対するリスペクト尊敬の念の経験と作曲家に対する共感の念の発露となる。    A・レヴィの音色は、現代の演奏家には失われた世界であり、それは、レコードを再生する喜びにほかならない。それほどまでに、CDではなくLPの世界に遊ぶ価値はあり、と云える。スピーカーの鳴り方が別物なのである。23日にふれあいチャリティーコンサートで、フィンランド民俗楽器カンテレの音色を愉しむ経験を持った。それはそれは、妙なる音色、小さな音量でも、だからこそ人の心に迫る音楽を奏でていた。演奏家あら ひろこ小樽在住のしっかりした音楽に、時のたつのを、心行くまで楽しんだことであった。決して忘れることのできない一時となったのである。楽器の39弦を両手でかき鳴らし、そのカトリック教会礼拝堂に居合わせた人たちは、みな幸福に包まれていた。  
 レコード音楽再生の喜びは、正に、音楽との出会いであって、単なる情報の所有を超えたところにある。だから、その日のひろこの音楽、レコードによる鑑賞レヴィの音楽、ともに盤友人にとって音楽の経験による美の共有といえる。ゲーテの格言、人生は注意だ、有用なものから真を通して、美へ・・・というものがある。その価値は、知にあらず、情にあると言い換えることが出来るだろう。 
 文章は千古の事、得失は寸心の知とは、中国先人の詞。 
 哲学、文学は、知の世界であり、芸術はそれとは異なる、感覚の世界だろう。ということは、時間の過ごし方として、知に遊ぶのも良し、情に遊ぶのはさらに良しというものである。人生は短く、芸術は長し、とは、けだし名言、盤友人は人の世の無常を、つよく感じる。 
 ブラームスのチェロソナタ第一番は、ロマン派の音楽、ということは、先にベートーヴェンによる五曲のソナタがあって、その後、半世紀ほどして作曲された音楽ともいえるのだが、演奏の録音は,1961年5月、立派なモノーラル録音でチェロの音色を再生して充分に伝わる、滋味あふれる音楽である。彼のバッハ無伴奏チェロ組曲セットLPは、100~200万円の相場で取引されているという。パブロ・カザルスより次の世代で1894~1982年の生涯に、演奏録音は希少である。彼の音色は、多少、音程の不確かなところもあるにはあるけれど、それは、ガット弦だからであって、なんの遜色もない。それより、音楽を共有する聴衆の拍手に、迫真の芸術を記録証明することになっている。一瞬、その場に居合わせたかの錯覚に陥る、というか芸術享受の喜びの時間といえるのではなかろうか?彼の記録は、不滅、希少、滋味という三拍子そろった名盤である。フォーレと、ドビュッスィのソナタなど1958年6月のパリ録音、貴重なクレジット。

以前、知人のヴァイオリニストに、楽器の演奏で大事なのは左手と右手のどちらか?と質問したことがある。 
 盤友人は手にしたことが無く、聴くだけだったので、さぞや左手ポジションで音程の取り方とか、ヴィヴラートの掛け方等かな?と予想していたのである。彼は即座に、右手!というものだった。つまり、ヴァイオリニストにとって音を出す生命は、弓を操る右手である、というのだ。 
 日本には、知られざる名ヴァイオリニスト、渡辺茂夫(1942~99)がいる。彼はハイフェッツに才能を見出され渡米して、ジュリアード音楽院に学び、しかし演奏家としてのキャリアはわずか17歳くらいで閉じられた悲劇の演奏家だった。モーツァルトの再来とまで評価されるなど才能に溢れていたけれど決して恵まれた運命ではなかった。彼を育てた叔父の季夫さんが語っていた茂夫の幼い時は、とにかく、ロングトーンを朝から晩まで明け暮れていたというものがある。すなわち、彼のスタートは、弓遣いの訓練に集中していたのである。その上で、作曲法を学習していて楽譜の読み込みがきちんと身についていて、室内楽曲などアンサンブルは初見でこなせる演奏家だったということで、神童と言われたゆえんである。「まるでモーツァルト」というのは、一緒にアンサンブル演奏した人の言葉である。 
 ヨーゼフ・ハッシド1923~50はポーランドに生まれ、17歳でSP録音四枚、八面の録音しか残されていない演奏家。復刻モノーラルLPレコードで鑑賞できる。1940年に精神を病んで入院、手術したことが原因で生命を絶たれた悲運の天才。  
 アビーロード第3スタジオ、ピアニストで当時40歳のジェラルド・ムーアと共演を果たしている。プロデューサーは、ウォルター・レッグ。 
 コンサートでは、チャイコフスキー、ブラームスの協奏曲を演奏、1935年、ヴィニャエフスキー国際コンクールでは、演奏時記憶欠落もあり入賞はしていなかったという経歴の持ち主。その時のグランプリはジネット・ヌヴーだった。 
 モノーラルLPレコードで復刻録音を鑑賞できるのは、レコードコレクターにとって、わずかな幸運である。この一枚を所有しているか、いないかで、その人の収集キャリアを物語る、というものだろう。それほど貴重な復刻レコード。輝かしい音色、幸福感の豊かなムーアのピアノ音楽の再生に出会ったとき、鑑賞者は音楽のなんたるか!を思い知らされることになる。 
 ドボルジャークのユーモレスク、チャイコフスキーのメロディー、サラサーテ、マスネー、アクロンのヘブライの旋律、クライスラーのウィーン奇想曲、そしてエルガーの気まぐれ女など、テクニックの冴えのみにとどまらず、ピアノとの極上アンサンブルを経験する。
 本当に、彼がもっと演奏活動を続けることができたなら・・・と思わされることは、盤友人だけの思いではないだろう。これっきり、これっきりもう、これっきりですか?スピーカーにそう問いかける、哀しいことであるけれど、レコードを再生することが出来るのはこの上ない幸せなことなのだ。彼の人生はそれまでの努力があり、天才とは努力する才能の持ち主のことであるという至言!

協奏曲コンチェルトというものは、六十人余りのオーケストラをバックにして、独奏者ソリストが彼女の名技性をいかんなく発揮したもので、1948年4月と1949年9:月の演奏記録としてキングインターナショナルがリリースしたレコード、ジネット・ヌブー1919年11月パリ生まれで、1949年10月29日サン・ミゲル、飛行機事故により客死する。30歳の若さで亡くなった彼女の残したディスクは、すべて貴重で特にロジェ・デゾルミエール1898~1963 指揮したブラームスの演奏は類を見ない緊張感に溢れた演奏記録である。 
 普通、協奏曲ではソリストを引き立てるために管弦楽の方は、控え目に演奏されることが考えられる。ところが、ヌブーがステージに立つとき、彼女入魂の演奏によりバックのオーケストラは逆に音楽の炎を燃えさかえらせることになる。演奏者全員の緊張感の上に、さらに、抜きん出て独奏の火花をまき散らす。だから常識の枠を乗り越えた記録になっているといえる。 
 デゾルミエールの指揮は、オーケストラここでは、フランス国立放送管弦楽団のメンバーを奮い立たせ、あるときは冷静に、あるときは激情的に、つけている。何より、レガート、レガート、レガート、旋律線のフレーズがしなやかで、なおかつ、目の積んだベルベットのような演奏を実現している。  ` ヌブーはヌブーで、オーケストラのフルヴォイスを突き抜けて、美音を披露している。それは、大音量ではなく、輝きによる存在感であり、そこのところ、ポップスミュージックでヴォリュームのツマミを回して聞かせるのとは、次元の異なる音楽である。孤高の芸術とは、まさに、人並み外れた音楽のことを指していて、彼女の芸術は不滅であることが理解される。ヌブーは、星になったのであった。 
 それでは、彼女に比肩する現代のヴァイオリン奏者は居ないのであろうか?疑問を抱くのがふつうであろう。そう! 無二の音楽なのだといえる。なぜなら、音が違う。スチール弦に慣らされた現代のヴァイオリン音楽と、羊腸ガット弦とは別世界なのである。よくガット弦は切れるからという言葉を聞かされるのだが、彼女はそのリスクを回避することなく、対決する態度に聞こえる。だから、真っ向勝負の態度なのである。いつも、緊張感を高めているのではなく、あるときは、祈りを捧げる風な音楽を奏でていて、そこのところ、天才のなせる業なのだ。
 
ブラームスの演奏を聴いていると、ファゴットの奏でる中低音域の音楽の重要性に気づかされる。ベートーヴェンという古典派の世界とは異なる別な世界のロマン派、彼女はその共感の上に立って内面性の追求を極めている。後者は、ハンス・ロスバウト指揮、南西ドイツ放送交響楽団、これらライブの直後、1949年10月29日、飛行機事故により客死した彼女、録音は不滅の記録で貴重だ。音質は鑑賞に充分なモノーラル録音で、こういう音楽を再生するためにオーディオシステムはあるのであって、美の追求は、音にではなく音楽のためにある。芸術の再生にこそ、LPレコード、アナログの世界はあり、音楽を愛する人のために、レコードはあるの・・・・・

 

お父様が亡くなってからもう十三年も経つのね、休憩の合間でもれ聞こえる会話では、笛方の一噌幸政ユキマサ氏ご長男、幸弘ユキヒロさんが企画した音楽会は囃子を中心に据えた継承される音楽、そして仕舞い、休憩を挟み半能の披露、一調一管という能管と太鼓、吉谷潔との二重奏や、最後に変幻化という新作能、平成に生きる観世銕之丞、梅若玄祥、野村万蔵らの舞台に地謡と、笛方で藤田六郎兵衛ヒョウエ、尺八、ヴァイオリン、コントラバスを従えて、幸弘さんの曲が披露されて中に法螺貝、宮下覚栓氏も出演するなど意欲的な作品が上演された。午後一時半からきっちり四時間経過した音楽会だった。   上演者にも老若世代、和洋混在、満席の聴衆も老若男女ヴァラエティに富み、安土桃山時代からの歴史が伝えられた演奏会に、盤友人は朝九時札幌・千歳から、渋谷・千駄ヶ谷へ正午にたどり着き、圧巻のドラマを目の当たりにした。  
 幸弘さんの単独で能管演奏、幸政氏との合作曲、入魂で迫真の循環ブレスという息をのみながらも吹き続けるという演奏、なにより、融とおるという半能、彼が父の演奏を誇らしく思い感動したという曲、それが上演されたのを、格別な思いで盤友人も胸に刻んだ。笛でのシーソウッという音色は忘れがたいもので十六世紀室町からの音楽に、悠久の時代の音楽を耳にした。  
 日本の音楽は、リズム、旋律、さらに即興演奏という三拍子の上で、仕舞いの舞台付きという総合芸術、幽玄の世界、扇子の金箔も室町時代からの歴史を生き抜いたもので、観客として感慨も一入、深夜零時には無事帰宅して、夜空には煌々と満月が一際印象的で今年二番目に小さいものだとか、 音楽の魅力に満足した七月九日であった。追善会ではあっても、亡き幸政氏の笑顔が思い浮かばれるようなマチネー音楽会、幸弘さんの縁ユカリ広い人たちに包まれて、幸せな一日を過ごすことが出来、感謝する思いを共有したのだった。    
 幸弘さんには二時間、人前で能管を吹き続けるという即興演奏の達人、亡きローランド・カークのLPレコードにサインしていただいた経験のある盤友人、ただ単にジャズとの融合を図るのみにあらず、音楽のペイソスを表現する稀少なアーティスト、父親から笛を稽古されて神髄を受け継ぎ、さらに創造する伝統を求め続け、求道、入魂、演奏する心、迫真の演奏者、ミュージシャン、まだまだお若い笛方幸弘さんで、獅子奮迅の演奏する姿は、人々に強く記憶されることであろう。ハートのある音楽、尺八辻本好美さんの即興から、ヴァイオリン壺井彰久さん、コントラバス吉野弘志さんらのユニットまで、意欲的な試みの象徴で、ダイナミックだ。狂言の、連吟で鉢叩き、野村萬先生、手向けの選曲でも可笑しみ満点など、工夫された演目であった。幸弘の会、支える組織もあって盛会。
 北海道の翼、札幌から東京へのトンボ帰りも無事で、何より、音楽の神に守られた一日、すべての人たちへの感謝をお伝えして、このサイトにしたい。真昼三十度を超える気温、東京は湿度が有り、札幌はそれが無い、夜空北には北斗七星、西にアークトゥールス、銀河で白鳥座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイル、何時頃からの光なのか?地上に届けられている・・・

M・ルターの宗教改革から500年目にあたり札幌ルーテル・センター7F礼拝堂にて、コントラバスとエフェクト・ギターによるデュオ二重奏を愉しんだ。   
 助川太郎によるナイスなエフェクト・ギター、弟の龍は三年前から仙台フィルのコントラバス首席で以前札幌交響楽団首席奏者11年のキャリアを持つ。  
 プログラムは、前半にサウンド・オブ・ミュージックから、プレリュード、エーデルワイス、ドレミの歌、クライム・エヴリマウンテン!ドレミは入魂の演奏で、コントラバスの深い響きとエフェクト・ギター、音量のウエルヴァランスがすこぶるつきの美しい音楽を奏でられる! 
 龍さんは朝に中島公園を散策し、ライラックは・・・・・へただけだったとのこと。この映画では、戦争のことが、ということで、それをトレモロと、効果音を取り入れてうまく表現、凄みが加えられていた。ファイン!清潔好きのお兄さん、潔癖、うがい手洗い抗菌、・・・口琴を太郎さんが少しだけ披露して、プログラムは後半、サンサーンス動物の謝肉祭へと展開する。 
象、白鳥、亀。リズミックな象、空を飛ぶ白鳥、そして歩みの速い亀、エスプリの効いたインプロビゼイション、アンプロンプチュ即興演奏・・・、
 気になったのは、コントラバスの弦でスチールの光、あれが羊の腸だったらさぞや・・・・・ だいたい現在のオーケストラで、ガット弦を使用している演奏者は、いるものやら居ないものやら。先日、LPレコードを再生(ジョルジュ・エネスコ)ブカレスト・フィルハーモニー管弦楽団で、ジョルジュ・ジョルジェスク指揮した弦楽器の響きに腰を抜かしたばかりで、あの響きだよなあと天を仰いだことがある。時代は逆戻りせず、レコードで追体験することしかできないのだけれども、盤友人は、銀のフルートから、15年ほど前から木管フィリップ・ハンミッヒ製へと乗り換えた。演奏していて、金属製では経験しない倍音の響きに魅せられてしまった。プロの演奏家達はそこのところ、政治的な関係からか、メーカーとの結びつきからか?いい鳴リだ・・・ごくろうさん。 龍さん、一人だけオーケストラの中で異質な音色は排除されるのだろうか?   
 みんな違って、みんな良い!はずでないのか、そういうものなのか?まあ、金管のフルートを吹く気にはなれないから、フィルハーモニア・オーケストラ・オブ・ロンドンのガレス・モリスとか、アムステルダム・コンセルトヘボウのフーベルト・バルワーザーとか、木管フルート演奏の音色をLPレコードで愉しもうと思うこの頃で、憂さを晴らす日々新し。  
仙台フィルハーモニーのコンサートを、聴く日は何時になるかなあ?手帳をチェックすることにしよう。グリンカ、ラフマニノフ、チャイコフスキー・・・・・9月函館公演カー! プログラムのお仕舞いは、アンコール、赤とんぼ即興演奏モデラートでハネたのでした。トマンナヨSEE YOU AGAIN! 音楽をしていると復会えるne!

 



先日、知人と話をしていて彼に良い音とは何さ?と話をふると、意外なことに、みんなが認めるのがやっぱり良い音になるのでは?ということを口にした。盤友人としては、これこれこういうものという答えを期待していたのだけれど、彼の答えは多数の他者が認める音という発想であったのである。     
  この答え方は、良い音が成立する条件についてなのであって、要素ではなく、あえて云うと政治上の決定方法そのようなものなのであろう。オーディオの話で、そういう答え方に対して、その人の哲学は、自分の考えより、他者の判断が決定するという発想なのであった。    
 システムについていうと、音の出口はスピーカー、胴体はアンプ、入り口はプレーヤーやカートリッジという三つの部分から成っていて、盤友人は最近、胴体部分の変更を経験した。二十年以上、慣れた五極管から三極管の出力管へという変化である。中低音域の倍音成分が豊かになり、にわかに鍵盤楽器の再生が姿を変えてきたのである。わかりやすくいうと、スタインウエイよりもベーゼンドルファーの面白味が向上して、モノーラル録音では、チェンバロ=ハープシコード録音の情報、解像度、性能が向上を見せたのである。それは、ただ単に金属的な音から近接マイクロフォンでの楽器胴鳴り音の再生なのである。これは、革命的な改変である。    
 ピヒト先生によるピアノ公開レッスンを受講したのは、今から二十年ほど前、札幌大谷短期大学で招聘したピアニストによる授業を目近に経験して、共済ホールで実演したバッハのゴールドベルク変奏曲チェンバロ演奏を宍戸悟郎先生に促されて最前席で聴いたのは、その頃のことであった。ピヒト先生のレッスンはベートーヴェンのソナタ作品101であったか、不正確な記憶ではあるのだが、まさにベートーヴェン演奏はかくあるべしというもので、伝統の継承を実感したものだった。あのゴールドベルク変奏曲の演奏、開始早々は、なかなか気合いが入り込めず、第八曲目あたりから、入魂の演奏に変化した、偉大なバッハ演奏の実演に対して、正に、彼女の実力を遺憾なく発揮された音楽という実感を、肌に記憶したものだった。     
 エディット・ピヒト=アクセンフェルト1914.1/1フライブルク生まれ~2001.9/29フライブルク寂、1927年生地でデビューを果たし、ルドルフ・ゼルキンなどに師事、チェンバロ奏者としても有名で、名教師としてもフライブルク音楽院47~78年まで教授を務め81~96年まで講師としてたびたび来日している。             米マーキュリーのモノーラルLPレコード、1950年頃録音でイギリス組曲第1~第6番BWV806~811は、イギリス人のために作曲されたと伝記にあるが不詳。作曲当時1712~25年頃、ワイマール、ケーテン時代の慣習に従った六曲セット。基本的にプレリュード前奏曲と舞曲の構成で鍵盤楽器用組曲、充実した音楽で、こういう音楽の演奏家は、精神的に堅固な骨格を有した芸術家として揺るぎ無いものを感じる。それを再生できるオーディオシステムこそ求める良い音、良い音楽なのであって、そのためにある道具ツールとしてのシステムである。    楽器胴鳴りの再生は、知の働きにあらず、感性の世界で、しっかり再生、しっかり感動して初めて体験する芸術世界である。音楽は時間の芸術なので、感覚を総動員して経験する世界、ピヒト=アクセンフェルトの演奏を通して、バッハの精神世界、時間は三百年前へと飛翔する。

オルケストラとは、古代ギリシャ劇、コーラスが歌い踊る舞台を指す言葉で、その場所で演奏する管弦楽団を指すようになった。舞台で演奏が展開されるとき、当然、楽器の配置は重要な課題であるのだが、現代型では、舞台下手がヴァイオリン、上手側にアルト、チェロ、コントラバスという低音域を受け持つ楽器が配置される。言いかえると、原則として、高音と低音のコントラスト対比が設定されているのだ。最近になり、古典配置が復活して、舞台下手にコントラバス、チェロ、アルト、そして舞台上手に第二ヴァイオリンが展開する。その対向として第一ヴァイオリンが位置して舞台奥が低音域だとすると、手前に高音域が設定されるのがそれである。
 現代主流の録音は、左スピーカーが高音のヴァイオリンで、右スピーカーに低音のチエロ、コントラバスというものなのだが、独コンサートホール、1965年頃のレコードでは、右スピーカーから第二ヴァイオリンが聞こえてくる配置の録音が存在する。エリアフ・インバル指揮した、イスラエルの室内管弦楽団演奏した、モーツァルトの喜遊曲ケッヘル番号136、137、138である。
 聴いてすぐ判断できることは、第一と第二ヴァイオリンがひとつながりになるこそ、作曲者の意図を明快に再生する演奏であろうということ、古典配置こそ作曲者の立場に立った演奏形態といえることだ。つまり、現代配置の、高い音から低い音へという感覚は、その意図を分解するものだといえるのである。     
 インバル指揮したK136など、第一楽章ではヴァイオリン配置で左側から右側へと音楽の受け渡しが明確であることに気づかされる。       
 ディベルティントという音楽は、右スピーカー側で、心臓の鼓動のように、リズムの刻みが印象的で、左スピーカーからウキウキした旋律線、メロディーラインか対話する。現代配置であると、そこのところが混とんとして、対話は演奏者同士がその意識にあっても、左右対話という音楽の演奏に反映されてはいない。指揮者はそのつもりをしていても、聞こえ方として、姿を現していないといえるのである。だから、オーケストラという舞台で、左右の対話がいかに大切なことか現代主流の配置が破壊したものは大きいといえる。モーツァルトの音楽は、第一楽章ばかりではなく、アンダンテ楽章、プレスト楽章にいたるまで、左右の対話感が生きている。意外なことにその後の録音では、ほとんど、演奏されない配置が古典型なのである。なぜ、姿を消したのか?  
 ステレオ録音では、高音と低音という分離こそ立体感だという感覚で、第一と第二の対話という感覚が置き去りにされた言えるのは、今、録音史を振り返るとよく見通せる事情である。最近、録音され出したモーツァルトの音楽の存在であぶり出されたともいえるのであるが、インバルはすでに録音していて、それは、後にスルーされたものであるというのが正確なのであろう。過去を否定して現代があり、さらに、それを否定して新しい歴史が開かれるともいえる。現代の否定は、注意が必要なのであって、生かすべきは高度な合奏能力であり、そこを否定するのではなく、生かした上で古典配置の復活なのであろう。左スピーカーにコントラバス、チェロの音響の土台で第一ヴァイオリンが聞こえてきて、カブリではなく重要なのは、第二ヴァイオリンの聞こえ方なのである。

1827年12月頃ウィーンにて作曲、ということは、その年の3月にB氏への別離を経験していて、もはや事実上一段落ついていたであろうことは予想される。ただ、それは、S氏にとってどれだけ喪失としてインパクトがあったものか、この音楽を通してのみ感じられることといえる。  
 離別の経験で、共感するか否かは、そのように感じる人の人間性によるといえるだろう。生命は終わりがあるものであり、それは近しい人の経験によってのみ、知らしめられるものである。だからS氏にとって、B氏はまさしくそうした事実であったのだろう。第二曲は、弔いの鐘、ピアノという楽器の音響が、実際、そのように響くかどうか、オーディオの階段を、一段一段歩みを進めて、獲得できた音楽といえる。倍音が、開始からお仕舞いまで鳴り続ける、不思議な音楽になっている。そういえば、ウィ
ルヘルム・バックハウスという偉大なピアニストの亡くなる1週間前に演奏されて、生涯のフィナーレに選ばれた音楽であったのは、深く心をうたれる事実である。  
 アルフレッド・ブレンデル1931・1/5チェコ、モラヴィア、ヴィーゼンベルク出身で、オランダ、フィリップス1974年録音盤、アメリカ、ヴォックス1962年頃録音盤という二種類のソースを比較して聴くのは、一興。ピアノという鍵盤楽器でメーカーによる音色の違いを愉しむことが出来る。もちろん、クレジットは無く、スピーカーの鳴り響き方の違いを、どのように引き出すか?というものと、純粋に、演奏上のテンポの揺れ、間合いの表現を愉しむことになる。明らかに前者はスタインウエイ、後者は、ウィーン製ベーゼンドルファーというものであり、そのように響いているというまでだ。その違いとはどういうものか?
     
 
ブレンデル31歳頃のものはテンポ感は一定というか、伸び縮みは少なく、目の詰んだ発条の効いたしなやかな音楽のように聞こえる。10年余り後の録音は、それに比して、ところどころに溜めが感じられる。柔軟な感性が加わり、年輪の経過を感じさせる。ひとまわり、表現に幅が広げられたといえる。スタインウイは、中高音の倍音が豊かで、華やかさが感じられるのに対して、ベーゼンは、中低音の倍音が豊か、重心の低い音響である。ベーゼンを愛するピアニストの特徴として、ロマン性、ウィーンへの憧れを強く感じるのは、盤友人一人のことなのであろうか?どちらが良いのかという問題ではなくて、味わいの違い、微妙なことなのである。

1969年2月録音、МPSレコード、彼がピアノに向かう姿と象徴的なピアノのフレーム形状からして、その写真は楽器がスタインウエイであることを知らしめるものとなっている。   
  フリードリッヒ・グルダ1930・5・30ウィーン出身2000・1・27アッターゼ湖畔自宅没が39歳頃のレコードで、クロード・ドビュッスイ、24の前奏曲集を聴く。近接したマイクロフォンによるものらしく、生々しいスタジオ録音になっている。第1巻は1909~10年パリで作曲されていて第2巻は1911~13年パリで作曲。ラヴェル作曲夜のガスパールは1908年作曲であり、ドビュッスィの前奏曲第2巻は明らかに、その影響を受けているように聞こえる。彼はラヴェルの13歳年上であり、その関係は、フランス印象主義の旗手として微妙である。ドビュッスィはフランス象徴派の詩人たちとの交流を通して、管弦楽や、ピアノ音楽などの重要な作品を発表している。  
 グルダは、後年、ジャズ音楽との関わりをレコードしている異色のピアニストである。ウィーンの三羽烏として、パウル・バドゥラスコダ、イエルク・デムスたちと有名な存在で、その盤歴は、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、そしてドビュッスィなどと重要な作品を残している。    
 グルダの演奏は、テンポ感のしっかりした端正なものが多く、彼の性格は一途でひたむきさがある。ドビュッスィの前奏曲集は、打鍵の確実で、しっかりした音響を記録している。きらめくような輝かしい音色からそこはかとない音色など幅広いピアニズムを披露していて、ドビュッスィの音楽としてその性格が充分に描かれている。軽快なリズムが基本であって、全曲を一気に聴かせる集中力を有している。D氏の鍵盤音楽の源に、ラモーやクープランたちが居たことを認識することは、重要なファクトである。すなわち、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスなどドイツ音楽の柱、ハイドン、モーツァルト、シューベルトなどウィーン音楽の流れ、リスト、ショパン、シューマン、メンデルスゾーンなどのロマン派音楽などの時代の後、重要な印象主義のピアノ音楽として特色がある。彼らの継続として、バルトーク、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチらの近現代の音楽へとピアノの世界は、百花繚乱の様相を呈している。       
 前奏曲集の第7曲、西風の見たもの、第8曲、亜麻色の髪の乙女などを聞いていると、ダイナミックスの対比など白黒が明快な音楽は、ドラマ性が充分である。それぞれ、12曲ずつの2管編成で、バッハの平均律曲集とパラレルな様相を帯びていて、不即不離の音楽ではあるまいか? 
 グルダの演奏には、一貫して彼の姿勢が聞き取れる。それは、形式より造形を優先したスタイルを崩していないところにある。決して情緒的な気分を感じさせるところなく、客観的な演奏に対して、彼のプライドを感じさせる。昭和45年、1970年には、旧札幌市民会館に登場している。バッハのイタリア協奏曲を冒頭に置いたリサイタルは、彼の音楽性を披露していて考えさせられるものがある。バッハ作曲でありながらイタリアという歌謡性にあこがれた音楽、すなわち、形式の上に造形性を優先したポリシーは、グルダの一生を通したスタイルで、ドビュッスィの前奏曲集は、メジャー録音ではないけれども彼のディスコグラフィーに重要な刻印を残したものといえる。

先日、知人から訃報が届いた。6月2日、ジェフリー・テイト1943年4月23日英国出身74歳。 彼はモーツァルト指揮者として知られクレンペラーの再来とまで称されていた。1979年本格的なデビュー以来、イギリス室内管弦楽団初代首席指揮者就任1985~2000というキャリアが示すように楽員との絶大な信頼関係を築いた古典派をレパートリーの中心に据えた芸風で、内田光子女史とのモーツァルト、ピアノ協奏曲集が特色の盤歴である。         
 LPレコード末期1986・2・26、3・2録音ドレスデン・シュターツカペレとシューベルトの交響曲グレートD944は、一際精彩を放ったディスク。プロデューサーはデイヴィド・グローブスとウェーグナー、録音技師クラウス・ストリューベン、EМI盤。  開始早々、ペーター・ダム氏によるホルン独奏が右チャンネルから、アンダンテという歩くようなテンポで朗々と展開する。このテンポ感は、第2楽章アンダンテ、第3楽章スケルツォ、第4楽章アレグロ・ヴィヴァーチェに至るまで、安定感ある設定を感じさせるものになっている。ヴィヴァーチェというのは、急速にプレストと異なり、生き生きとしたテンポのことである。
 その演奏のピアノ弱奏部分で、弦楽器の定位が印象的に録音されている。
 第一と、第二ヴァイオリンに左右の対比があり、左チャンネルのコントラバス、チェロのヴォリュウム感など豊かである。チェロとアルトが中央に設定されていて、右チャンネルでは第二ヴァイオリンが定位している。ホルンの配置が右チャンネルというのは、古典配置して理想的である。なぜなら、コントラバスが左チャンネルに存在することによるから。ダム氏の豊かな音楽性とあいまって、ファゴット、クラリネット、そしてフルート、オーボエなど管楽器の合奏アンサンブルが絶妙といえる。トランペット、トロンボーンの切れ味良い演奏も印象的である。
 第2楽章の弦楽アンサンブルがこれほど印象に残る演奏は稀である。安定感あるテンポ設定により一段と快い演奏に仕上がっていてこんなアンダンテは初めての経験だ。63分余りの演奏時間は第1、第3、第4楽章リピートありでのことにもよるが天国的長さを一気に聴き終えることになる。 
 現代配置から古典配置への潮流だが、このあたりから、大きくうねり始めている。1945年を境界として、ウィルヘルム・フルトヴェングラーは、古典配置から転換して、スタンダードとしての現代配置、第一と第二ヴァイオリンを指揮者左手側に束ねるものにして、アルトの奥にチェロを配置することになる。そのために、コントラバスは舞台上手配置。古典配置は左スピーカーにチェロやコントラバスが定位するために、第二ヴァイオリンは右スピーカーから聞こえてきて、その効果は作曲者の意図にかなったものといえよう。古典配置によるグレートのLPは、オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団や、ルドルフ・ケンペ指揮するミュンヘン・フィルハーモニー、ニコラウス・アーノンクール指揮、ベルリン・フィルハーモニーなど魅力的演奏のオンパレード。 だから、古典配置は曲によってという言葉も目にするのだがそれはそれで、古典配置が主流となる時代には、大して意味のないものであり時代の展開を待望するのは、盤友人だけなのであろうか?

誤解されているようだが、Vn両翼配置は演奏の目的ではない。それは前提条件であり、最終的にはモーツァルトの音楽を鑑賞することにある。だから、現代主流のヴァイオリンを束ねた配置では、味わうことのできない世界なのであり、すでに、否定されている懐古趣味の復活とも異なるだろう。  
  その神髄は、チェロとアルトを舞台中央に配置すること、両袖に第一と第二ヴァイオリンを展開することになるから、現代主流の配置は舞台下手向きに中心線が引かれているといえる。だから舞台上手側にコントラバスが土台となっている配置は、ちょうど、正反対の音楽に仕上がっていることになるのである。ヴァイオリンとチェロの合奏は音楽的理想の実現であり、アルトと第二ヴァイオリンのアンサンブルは、応答の音楽なのである。ちなみに、指揮者の左手側からコントラバス、チェロそしてアルト、第二ヴァイオリンと展開するのは、開放弦が低音から高音へとなめらかに上向するから、そこのところ、理想配置といえる。 
 ジェイムズ・レヴアインは、ウィーン・フィルとモーツァルト交響曲全集を完成させて、K543は、1986年頃録音された名演奏である。こう表現すると、名演奏とは何か?ということになる。スタンダードとなる録音として、日本では、ブルーノ・ワルターのものが広く知られているのだが、それは、一つの音楽のスタイルであって、テンポを自由に変化させるのが当時のものであり、現代には受け入れられない演奏である。すなわち、一定のテンポ設定の下にわずか、自由な変化を与えるのが現代のスタイルなのである。先日、NHK‐Eテレでブラームス交響曲第4番、イタリア人指揮者による演奏が放映されていた。それは、オーケストラに目一杯歌わせていて、ロマン性豊かな解釈であったといえる。それも、一つの名演奏なのではあるが、第一と第二ヴァイオリンを束ねた現代主流派型の演奏なのであってテレヴィ聴衆にとって、あれを、第一と第二ヴァイオリンがステージ両翼に配置されていたなら、どのような演奏に仕上がっていたのか?という疑問を持たざるをえない。モノーラル録音ではあるのだが、トスカニーニの演奏はすべて、両翼配置であったという事実を思い起こすことは、無益なことではないのである。あの男性的演奏の根源には、舞台下手にコントラバス、チェロそして第一ヴァイオリンが配置されていたのである。そこのところで、主旋律がコントラバス、そしてチェロという土台と結びつき、強固な演奏の要素であり、名演奏の必要条件といってさしつかえないだろう。レヴァインとウィーン・フィルによるモーツァルト演奏を聴いていると、主旋律を支える側に、チェロなど低音の音楽が演奏されている。 
 フルートの独奏や、クラリネットの二重奏など、さりげない名演の記録も、ヴァイオリン両翼配置の弦楽合奏が前提となっていることが、キーワードである。ウィーン・フィルハーモニーの弦楽合奏は、その音程が完全であるというのは、特筆される事で、忘れてはならない。美しい音楽には、演奏する前提が必要なのであって、もはや、ヴァイオリンを束ねているようでは、感興がそがれてしまうといえるのである。

オットー・クレンペラーのことを、人は頑固者だ!と決めつけるきらいがある。ここのところを、しっかり考えてみたい。モーツァルトを人は理解していてのことなのだろうか?はなはだ疑問といえる。       
 オーディオは、モノーラルからステレオ録音という具合に展開を見せていることに対して、その変化を肯定的に受け入れて問題は無い。舞台芸術の受容としてそこを起点として押さえることの重大ポイントであるからだ。     
 振り返ってみるに、初期のステレオ感に無理があったといえる。それは、高音域左チャンネル、低音域右チャンネルという感覚の問題である。これは、現代では完全に否定可能な認識だ。モノーラル録音時代が1955年頃迄続いたことにより、混乱をきたしていたことは、確かだった。スタンダードとなるステレオ感が確立していなかったことによる。総体の一角をになっていたのがオットー・クレンペラーという指揮者のステレオ録音であった。片やカラヤン、ベーム、ヨッフムらのドイツ系の指揮者たちのステレオ録音が多数派を形成しているのだがそれは、おしなべて過去の両翼配置型音楽の否定が出発点であり、その体現者としてウィルヘルム・フルトヴェングラーがいた。1945年を境界として変化を見せたといえる。旧い音楽として否定された姿を、クレンペラーは、受け入れなかっただけなのである。モノーラル時代の旗手としてアルトゥール・トスカニーニが、そしてその後継者にグィド・カンテルリがその役割を果たすはずであった・・・1956年11月、悲劇は襲いかかり、その記憶に対して、多数派は新しい時代を求めるオーケストラ、ステレオ録音として発展を遂げたのである。その間でも、ケンペ、クーベリックのステレオ録音にヴァイオリン両翼型が存在したことは極めて重要であり、その支柱的存在に、オットー・クレンペラーが居たといえる。     
 モーツァルトの舞台芸術は、前後左右という四分割の感覚が、キーポイントと言える。ハーモニーの展開が、ソプラノ、アルト、テノール、バスという四声体が横一列に並ぶ現代主流ステレオ感であるといえるのだが、それを一度否定する必要がある。ソプラノの奥にバスが支えて、その一対として内声部アルトとそれを支えるテノールが後ろに配置される感覚、それがすなわちモーツァルトの芸術の起源であり、舞台での左右の対話というものが、ステレオ録音の一つの在り方であろう。                  
 モーツァルト、交響曲第38番は、1787年1月プラハで初演されている。それをクレンペラーは1962年3月ロンドンでフィルハーモニア管弦楽団とステレオ録音を果たしている。彼のモーツァルト愛が込められていて、左右の対話、前後の奥行きが充分の、ロマンがこめられたステレオ録音になっていて、オーディオの充分な醍醐味を味わえる一枚である。つまり、モーツァルトの仕掛けを、左右の対比が、高低音という固定観念から解き放たれた自由な音楽なのであって、単なる頑固者はどちらなのか?と問われるのが、2017年の地平である。頑固者こそは、第一と第二ヴァイオリンをたたんで、コントラバスを舞台上手に配置する指揮者たちを指すといえる。そこに、モーツァルトの愉悦感を味わえることはないのである。       
 百の左右高低ステレオ録音を聴くのではなく、クレンペラーのステレオ録音一枚を聴くことにより、極楽往生を遂げると云えよう!

ヨハネス・ワルターのフルート、ドレスデン・カンマーゾリステンの演奏、ルカ教会スタジオ、1971年⒒月録音、ドイツ・エテルナ盤。自由闊達、古典的優雅、軽快愉悦、行雲流水、室内楽の極めつけの演奏である。ドイツ民主共和国、東独のメンバーによる芸術性の極めて高い演奏内容で、一聴してただものならざる芸術価値を感じさせる名演奏といえる。大体、モーツァルトがフルートという楽器を嫌いだったとかいわれていて、その音程の不確実性をうんぬんする向きもあるのだけれど、K285でニ長調、ト長調、ハ長調、K298イ長調という4曲の四重奏曲、そして、K299でフルートとハープのための協奏曲など、1778年頃に集中して名曲を生み出しているМ氏。その天才ぶりが、よく伝わる作品ではある。フルート、ヴァイオリン、チェロ、アルトの四重奏その上に、2曲のコンチェルト、そしてフルートとハープのための協奏曲と名曲のオンパレート。言うまでもなく、彼は天才である。         
 よくフルートは音程があいまいで・・・とかいわれているけど、それは楽器構造上での難点であって、名演奏者の手にかかると、そのような不安材料は、一切無縁である。ヨハネス・ワルターも日本でこそ有名ではないけれども、ドレスデンきっての名フルート奏者、ニ長調K285での第3楽章ロンド・アレグレットなど、天衣無縫、演奏技術を軽快に披露して余裕綽綽、むつかしい技術を平明に聞かせるつぼを押さえている。よどみない第二楽章アダージョなどさらりと流しているなど実に憎いしかけである。その第一楽章アレグロ快速にであるのだが、定位、ローカリゼイションは左スピーカーに独奏フルートが演奏を披露していて、中央にヴァイオリン、右スピーカーには、チェロとその手前にアルトが演奏している。これは、一般的な配置だろう。       
 左スピーカーにフルートというのは、自然である。その奥にチェロを配置するのはいかがであろうか?そして右スピーカーでは、アルトと手前にヴァイオリンを配置する。そうすると、右側で合いの手を入れて、左スピーカーで主旋律と、第一拍を担当するチェロを演奏させるというアイディアであり、弦楽四重奏のヴァイオリン両翼配置で、第一ヴァイオリンの部分に独奏フルートを座らせることになる。ここで、一般的な発想のチェロを右側に配置するという固定観念を、ひとひねりするところが、ミソである。                          
 レコードは記録されていて、コンクリートみたいなもの、鑑賞するときに、頭の中でこういう風に聞こえたらよいのになあ、といつも聴きながらそのように思いをめぐらせるというのは、欲求不満になるのではあらずして、自由な思考を愉しんでいるのである。第二楽章で弦楽器のピッツィカートなど、左側にチェロがいた方が自然なのになあと、盤友人は考えている。これは、何か?というと、演奏家はいつも演奏しやすいように発想しているのだが、それを、どのように聞こえているのか?という観点で作曲家はどのように考えているのか?という配慮が、今ひとつ欠けているのではなかろうか?というのが、スピーカーに向かう鑑賞者の発想である。これからも、演奏記録に向かうアーティストのみなさんに、一言、作曲家はいかに作曲しているか?そのベストセッティングを披露して頂きたいものである。金太郎飴をいつも懐かしんでいるのではあるのだけれども・・・

先日、交響楽団五月定期公演で、あれは指揮者の解釈か?という指摘をした。本棚から楽譜を取り出して該当のところを確認することが出来て、盤友人の認識は適当ではなかったことが確認できる。1ers de chasque pupltre Soli というようにフランス語記入があり、辞書を引くと、~それぞれの譜面台 独奏で~この解釈を、指揮者ハインツ・ホリガーは指示していたということで、盤友人はかつて、札幌厚生年金会館での、ラファエル・フリューベック デ=ブルゴス指揮したフィルハーモニア管弦楽団の演奏で第一ヴァイオリン斉奏ユニゾンだった記憶による誤発信。あれは、デ=ブルゴスの解釈が特殊だったことなのだろう。ホリガーは楽譜に拠る指揮だったということだ。                                        
  指揮者がレコーディングするときなど、採用楽譜問題は、演奏の大前提となる重要課題であるのだが、その楽譜自体の問題を、盤友人は指摘する。ベートーヴェンの第五番ハ短調交響曲 第一楽章小節数問題である。問題の箇所は389小節目の全休止、二分休止符の存在である。ブライトコップフ・ウント・ヘルテル社の旧全集1862年頃の改版1966年を底本としているものの写真を掲載。 この曲の解釈、開始の五小節をそのまま、一単位と考えると、123、124小節目の2小節が全休止であって、それまでをリピートして、124と501小節を合わせて625小節すなわち、5の四乗という数字を確認できる。これが、解釈の鍵、426小節目から音楽が流れ出して、現行の427小節目からでは、一小節ズレたことになる。だから、389小節目の全休止が不自然であるという指摘であって、626という数字は不完全、B氏の音楽とは無縁であるということを指摘するのである。
 これは、ベートーヴェンに対する愛情により、その結論は導かれるもので、そこのところ、完全性の追求、そしてその作曲で実現したという感覚が、あの全休止を否定することになる。
 じっくり、総譜楽譜の写真を見ると、その不自然さが、分かるか分からないか、という問題と、レコード、アルトゥール・ニキッシュ指揮、山田耕筰指揮のSP録音では、その全休止が無いという事実、それは、採用楽譜にそれがない底本による演奏であり、その楽譜の存在の根拠となる。その問題は、現在、502小節の演奏が無意識の前提としてはならないということである。それしかないことではない。つまり、指揮者にとって、選択を迫られているということであろう。否!501の演奏があってしかるべきということだ。
 その演奏をする上でテンポが問題となる。アレグロという指定をプレストのように演奏するのは今まで通りの音楽になるだけで、コン ブリオ勇気をもってというごとく、少し緩やかなテンポを採用する時、あの休止する音楽の不自然さは明らかとなろう。なぜ緩やかにするのかというと、それは、ヴァイオリン両翼配置というアンサンブル合奏の高難度によるもので、演奏者と指揮者の両者信頼の上でのテンポ設定により、演奏可能となるのだ。第二ヴァイオリンとアルトが扉を叩いて、さらに、第一ヴァイオリンが叩くというのは、舞台右側から舞台左側へと音楽が対話することに意味があるのを意識化する音楽こそ、501音楽実現の鍵!といえるだろう。指揮者のみなさんは、お試しできる話ではある。どなたが、最初にされるものなのか?楽しみだ!


シューベルトは、ベートーヴェン27歳の当時ウィーンに誕生し、B氏の死の翌年31歳で冥界に旅立っている。S氏の音楽はロマン派に属するものであり、B氏の音楽は古典派でありながら、すでにロマン派の音楽を内包する世界であった。ハイドン、モーツァルトの世界が古典派の典型であり、形式でもって情緒の表現を創造していたのに対し、S氏は情緒が形式の枠を超える音楽創造の世界に遊んでいるのである。アン ディエ ムズィーク音楽に寄すという歌曲、高校生の音楽教科書に掲載されていて、最初の学習はハ長調をニ長調に移調して記譜するものであった。     
 現代では、コピーすると済むものを音楽の先生は、手で書き写す作業を指示していたのである。まさにアナログ的な学習法の典型であり、作曲者の作曲の結果体験なのであった。      
 その盤友人の師が80歳?頃作の短歌・・・わがピアノ、ウィーン製なれば日毎弾く音はウィーンの匂ひくるなりという一首で彼女は先月天寿を全う、百三歳であった。         
 ピアニストには、タイプが二通りあって、メーカーにこだわりを持つ、持たないという生き方である。ウィルヘルム・バックハウス、クリフォード・カーゾン、パウル・バドゥラ・スコダ、ルドルフ・フィルクスニー、ジョルジュ・シフラ達は、特にウィーン製品のピアノのLPレコードがほとんどである。男性ピアニスト、アルフレッド・ブレンデル、女性ピアニスト、アンヌ・ケフェレックなどは、音楽によりメーカーを交替しているし、男性のアルトゥール・ルーヴィンシュタイン、ウラディミール・ホロウィッツ、クラウディオ・アラウ、女性のイングリット・ヘブラーはスタインウエイというものにこだわりを見せており、ウィルヘルム・ケンプなどは、モノーラル録音時代は、ベヒシュタイン、ステレオ録音時代はスタインウエイと、メーカーを使い分けている。特に、ヘブラーのモーツァルト、ピアノ協奏曲集は3人の指揮者により制作年代の異なるスタインウエイを使い分けている。
 シューベルト作曲、ソナタ第19番ハ短調、D958の第二楽章アダージョなどは、まさに女性が理解できるものか?イッヒ リーベ ディッヒという文句を告げる立場の音楽であり、女性が理解できるものか?というのは告げられる立場の存在で・・・というほどの意味である。その点、ヘブラーの演奏とブレンデルの演奏には、天と地ほどの味わいの違いがある。すなわち、彼女の演奏は、美しいものであるのだが、S氏の決然とした音楽と決断に迷う表現のその差の揺れ幅が、その味わいの分かれ目になっているのである。そこのところ、スタインウエイと、ベーゼンドルファーには、表現の差がよく分かると云える。ブレンデルは68年頃、米ヴォックスでLPをリリース、72年頃フィリップス録音でLPをリリースしている。前者はベーゼンドルファー、後者はスタインウエイの響きがする。というのは、クレジットはないからであって、その違いは、盤友人のオーディオのグレードで受ける印象の違いによるもの。だから、良い音とは何か?と問われると、ピアノの音色の違いを表現できるか?否か?にあり、だいたい、多額の投資をしてシステムを揃えるとか、真空管をオールドタイプに揃えるなど、努力を必要として到達する世界なのである。      
 嫌味な話で恐縮だが、それは、金の解決などではあらず、情熱の有無に尽きる話なので・・・

手元に、楽譜を持ち合わせておらず、それが作曲者の許容する解釈に当たるのか?指揮者は第三曲、風と海との対話においてクライマックスにあたる場面、第一ヴァイオリンはAs変イとDes変二の斉奏ユニゾンで22小節間フラジョレットトーン、弦楽器のハーモニックス倍音を聞かせるところがあるが、それをコンサートマスターと隣、第一プルトだけの演奏にしていたのだった。多分、彼の解釈か、芸術的理由からの選択によるものなのか?即断はできないのだけれど、盤友人は、そこのところ、オーケストラがどのように演奏してくれるのか、当夜最大の期待を抱いていた音楽なのであるが、それを彼は二名だけの演奏に変更を加えていたのだった。それは、ショックだった。 
  さもありなん、彼は、ヴァイオリンの配置が両翼配置ではなく、第一と第二を束ねる現代主 流の選択なのであるが、ドビュッスィの管弦楽法は、たとえば、チェロとアルトの音楽の時、舞台下手側のヴァイオリン群は音を出さないでいる部分などがあるのだが、それは、両翼配置の場合には舞台中央の音楽に当たる。だから、作曲者の前提としては、楽器配置のイメージがあるのであり、それが、コントラバス舞台下手に位置するヴァイオリン両翼配置なのであり、当夜、六人のコントラバス演奏者は普段通り、舞台上手配置をされていたという構図。否定されるべきは、指揮者によるヴァイオリンを束ねる判断そのものなのである。現代、なぜその選択が主流を占めるのかというと、指揮台に立つ指揮者のリスク回避なだけなのである。ヴァイオリンを舞台両袖に開くと、格段に演奏技術の高さ、緊張感が強いられることを予想されるのだが、それでこそ、その緊張感こそ克服すべき音楽なのであろうし、その交響楽団の力量を発揮する選択そのものなのである。あの部分に限らず、音楽の楽しみはいたるところにあったのだ。                
 音楽の演奏上の透明感は、当夜、一際精彩を放っていたし、なにより、ラトヴィア放送合唱団、各パート六名ずつによる演奏は、女声前列、後列は下手側バス、上手側テノール配置という、四声体にとって理想とする配置をなされていて、10分に及ぶ無伴奏アカペラ演奏での、マーラー交響曲第五番第四楽章アダジェットのクリュタス・ゴットヴァルト編曲版、ヨゼフ・フォン・アイヒェンドルフ詞の夕映えに、素晴らしい理想的な、極上の演奏を披露していた。その前には、オーケストラの演奏があって、アタッカ、続けて演奏されていたのだが、たしかに、オーケストラ弦楽器奏者たちは、音を出さないでいたのだった。それが、布石であったといえば、そうなのだが、あのドビュッスィで、ユニゾンがそのように第一ヴァイオリン奏者達は、待機させられていたというならば、オーケストラ定期会員である盤友人は、ほぞをかむ思いになったのである。なにより、当のメンバーたちもそのように、感じていたと思われるのだ。     
 海、第二曲波の戯れでの打楽器、トライアングルの演奏一音一音なども、鮮やかで管弦楽法の透明感は極上の演奏が展開されていただけに、あの指揮者の解釈は、納得が行かないものであったといえる。交響楽団定期公演での最高の醍醐味は、演奏者たちの活躍に他ならない。指揮者の解釈、それが世界最高器楽奏者によるものであったとても、残念至極であったという思いをさせられて札幌コンサートホールを後にしたのだった。名曲、名演奏を聴いた後に・・・